マルティナ夫人
それから何度かエドウィン・フェレライの商会へ赴き、これから販売するという宝飾品の試着を行った。
「やはり、派手な宝石が似合うな」
マルティナ夫人が若い頃は、着用モデルとして商談に連れ歩いていたらしい。
「今はしわくちゃの婆さんになって、見る影もないがな」
人は誰だって老いがやってくるというのに、酷い物言いである。
というか、エドウィン・フェレライもわたしから見たら、立派なしわくちゃの爺さんなんだが。
「お前は本当に美しい」
「でも、数年経ったら、わたしもしわくちゃの婆さんになるわ」
「何を言っているんだ」
お前が言った言葉をそのまま口にしただけだ、と言いたかったものの、にっこり微笑んで誤魔化しておく。
反抗的な態度を取り過ぎて反感を買ったら面倒だから。
「まあ、いい。当日は華やかなドレスを用意するから、それに合わせてくれ」
「わかったわ」
ここで、エドウィン・フェレライは思いがけないことを言ってくる。
「今着けているダイヤモンドのネックレスは、お前にやるから、当日までにさらに似合うように自分を磨いておけ」
「なっ、こんな高価な品、貰えないわ!!」
贈り物だなんて気持ち悪い!! なんて言いたくなったが、必死にごくんと呑み込んだ。
「いいから、受け取っておけ。命令だ」
今日は返さないほうがよさそうだ。
「わかったわ。しばらく預かっておくから」
「素直じゃない女だ」
「なんとでもおっしゃって」
盛大なため息を吐いたあと、エドウィン・フェレライのもとを去る。
二度と会いたくないが、化粧品を売ってしまうまで我慢だ。
胃の辺りがムカムカしてきたので摩りながら歩いていたら、前方からコツコツとヒールの踵を慣らしながら闊歩する女性に気付く。
「あら、あの女性は――」
エドウィン・フェレライの妻、マルティナ夫人である。
商会にやってくることはほぼない、という話だったが、そんなことはないようだ。
彼女はかつかつとやってきて、わたしの前で立ち止まる。
「夫の周囲を雌犬がうろついているという話だったが――ヴィオラ・ドライス、お前だったのだな」
初対面のはずだがはて? と小首を傾げていたら、いきなり頬をぱん! と打たれた。
「え、なんなの?」
「それはこちらの台詞だ!」
チリチリ痛む頬を押さえながら、マルティナ夫人をじろりと睨む。
「お前の母親も、そういう顔でこの私を見てきた愚か者だった! まさか母子で、我が夫を食い物にしようとしていたとはな! とんでもない雌犬母子だ!」
「なっ――!?」
どうやら母はエドウィン・フェレライの愛人だった期間があったようだ。
ただ、わたしは違う。
「わたしは仕事でここに来ているの! エドウィン・フェレライとはなんの関係も持っていないわ」
「嘘を吐け、この万年発情期の雌犬が!!」
「雌犬雌犬って、雌犬に失礼だと思わないの!?」
「何を馬鹿なことを言っているのだ!!」
わたしの傍で気まずげにいる雌犬、大精霊ボルゾイが見えていないからそんなことを言えるのだろう。
「わたし達は疑われるような関係ではないの! あなたの旦那さんにも確認してちょうだい」
「信用なんぞできない! そんなの、どうとでも言えるだろうが!」
「だから、違うってば」
あんなおじさんになんてまったく興味ない。
そう言ってやりたかったが、逆上されても困る。
「まったく話にならないわ!!」
マルティナ夫人の肩を押しやり、商会をあとにする。
あとを追ってこなかったので、ホッと安堵の息を吐いたのだった。
◇◇◇
その後も食堂の仕事をこなし、エドウィン・フェレライと化粧品販売の打ち合わせも行う。
バタバタと忙しい毎日が続いていた。
マルティナ夫人については、エドウィン・フェレライにきっちり被害を訴えた。
母と関係があったのは本当だったようで、珍しく殊勝な様子で謝罪していた。
謝礼金もくれたので、今回だけは許してあげよう。
以降、マルティナ夫人が商会に乗り込んでくるので、面会は別の店で行うこととなった。
おかみさんと旦那さんには、化粧品販売について報告している。
母がお金を借りているエドウィン・フェレライの商会に返済するためだと説明したら、おかみさんは理解してくれた。
相変わらず旦那さんの態度は冷たい。
わたしがあれもこれもと仕事に手を出すのが気に食わないのだろうか。
どちらも手を抜くつもりはないので安心してほしいのだが。
その辺は勤務態度で示すしかないのだろう。
このあと、エドウィン・フェレライのもとへ行かないといけない。
今日は昼の商談に連れていってくれるというのだ。
その商談は一対一の対面式でなく、小規模なパーティーみたいな場所で取引を持ちかけるらしい。
女性も大勢やってくるというので、紹介してくれるようだ。
マルティナ夫人の化粧品を売るまたとないチャンスというわけである。
客足も少なくなってきたことから、おかみさんが早めに上がってもいいと言ってくれた。
エプロンを取って帰ろうとしていたタイミングで、アイスコレッタ卿がやってくる。
「アイスコレッタ卿、おはよう」
「おはようございます。もう、あがりですか?」
「そうなの。今日は別の仕事もあって。また、一緒にお食事しましょうね」
「ええ」
アイスコレッタ卿が何か言いたげな様子でいた。だが、このあと商談なのでお風呂に入ってから行きたかったので時間がない。明日、話を聞こう。
そんなことを思いつつ店の奥へと駆けていったら、旦那さんと鉢合わせになる。
「もう終わりか?」
「ええ」
そのまま去ろうとしたら、「待て」と引き留められた。
「何か?」
「お前には、死の臭いがまとわりついている」
「え?」
旦那さんの言葉に、ぎくりとする。
いったいどういうことなのか?




