商売人ヴィオラ
化粧品の在庫は鞄の中にある物だけではなかった。
地下倉庫いっぱいにある商品を見て、うんざりしてしまう。
「うわあ……」
母がこの化粧品を売っていたのは五年くらい前だったか。
エドウィン・フェレライとどこで知り合ったのか知らないが、そこからお金を借りるような関係に繋がったのだろう。
通常、化粧品は使用期限が決まっていて、製造から一、二年くらいで劣化が始まる。
けれどもエドウィン・フェレライの妻、マルティナ夫人が作った化粧品には、保存の魔法がかけられていた。
パッケージも真珠があしらわれた豪華なデザインで、まあ、少々成金ちっくではあるものの、そこまで悪くない。悪くないのだが、手に取ったときにずっしり重たく、鞄に忍ばせて出先で化粧を直すように持ち歩くことには向かないだろう。
「妻はこの化粧品にかなり自信があったようで、このとおり大量生産してしまった。百貨店や個人店など、たくさんの店に卸したんだが、五年経っても売れずに在庫の山を抱えている」
この化粧品の在庫についてマルティナ夫人は見ない振りをしているという。
自らの失敗を認めたくないようだ。
一時期は母を始めとする知人に商品を委託し、どうにか販売しようとしていたようだが、それも上手くいかなかった。
「ここに保管しておくのも無駄だと思い、一度処分しようとしたら、大げんかに発展してな」
以降、夫婦間でも禁句となっているようだ。
「わたしが販売に関わって大丈夫なの? ご夫人は嫌な気持ちになったりしない?」
「言わなければいいだけだ」
適正価格で在庫が捌けたと聞いたら、マルティナ夫人も納得するだろうとのこと。
「一週間に一度は、在庫の管理と販売状況について報告をするために、ここにくるように」
「わかったわ」
上手くいくとは思えないのだが、やるしかない。
ちなみに金貨五十枚は次に会うときに渡せばいいようだ。
今日のところはアタッシュケースに入った化粧品のみを持って帰ることとなった。
帰宅後、マルティナ夫人の化粧品を改めて見てみる。
大精霊ボルゾイも興味津々とばかりに覗き込んできた。
販売するには、商品についてよく知る必要があるからだ。
ラインナップは白粉入りのコンパクトに、口紅、化粧水、乳液、香水。
香水をハンカチに拭きかけてみる。
「うえっ!!」
なんと言えばいいのか、果物が腐ったような芳香がして吐き気を催す。
劣化しているわけではないので、もともとこの香りなのだ。
そういえば五年前も、この香りを嗅いで悲鳴を上げたような記憶が甦ってきた。
大精霊ボルゾイも、臭いにやられて倒れていた。
「なんていうか……ごめん」
『よ、よろしくってよ』
いったい誰がこれを買うというのか。
口紅はべたべたしていて、色もけばけばしくて最悪。
白粉は顔が真っ白になって、白塗りのお化けかと思った。
化粧水と乳液はひたすらベタベタしていて、絶対に塗りたくない。
どれも最悪な仕上がりである。
「これ、どうやって売ればいいの……?」
思わず頭を抱えてしまった。
◇◇◇
それからというもの、わたしは食堂での仕事をしつつ、昼間は化粧品の販売をするために動く。
ただ闇雲に屋敷を訪問しても、売れるわけがいので、ひとまず知人に手紙を送ってみた。
返信があったのは三分の一以下。
その中でも、わたしと会ってくれる奇特な人は一人もいないようで、がっくりうな垂れる。
知人というのは、ナイトの野郎と恋人同士になってからの付き合いである。
皆、わたしが王族と交際しているので、繋がりを欲していたのだろう。
ナイトの野郎と別れた今、わたしと関係を続けたいと思う人なんていないのだ。
離れていった人達が悪いとは思っていない。
かつてのわたしは、ナイトの野郎さえいればいいと思って、社交界での付き合いをおろそかにしていた。
自業自得というものだろう。
今日は高級ブティックに飛び込みで営業に行ったものの、てんで相手にされない。
「はあ~~~~~~」
何をやっているのか、わたし。
なんて重く長いため息を吐いていたところに、背後から声がかかる。
「あら、あなたは、ヴィオラ?」
振り返った先にいたのは、空色の髪に青い瞳を持つ、きっとこの世でもっとも清楚な女性ヒルディスだった。
肩には彼女の守護獣、水晶聖獣がいる。ガラス玉みたいな大きな瞳をわたしに向けていた。
他にも彼女は聖騎士や修道女を引き連れている。そんな状況で、うっかり出会ってしまったようだ。
「あなたはお一人なのですか?」
「ええ、まあ、そうなの」
彼女がわたしとこうして顔を合わせるのは、わたしと母がシュヴァーベン公爵邸を追放されて以来。
あれから七、八年以上経っているだろう。
「ヒルディス、よくわたしだってわかったわね」
「あなたのお母様に、後ろ姿がそっくりでしたので」
シルエットでさえ、わたしと母は似ているようだ。
「こんなところでどうしましたの?」
「商売をしているの」
「そうだったのですね。いったい何を販売しているのですか?」
「化粧品よ」
そう答えた次の瞬間、ヒルディスの瞳がきらりと輝く。
「その化粧品を使ったら、ヴィオラみたいにきれいになるのですか?」
「え……」
「買ってみたいです。いい品物だったら、知り合いにもおすすめしますので」
沈みゆく泥船に乗るわたしへの、助け船だと思った。




