Face20 無償の愛
空の果てで爆発があった。核ミサイル。一応、世界は最悪のシナリオを逃れた。多分、誰も真相なんて知りやしねぇんだろう。何年か先の歴史の教科書にだって、ホントのことはぜってぇ書かれねぇんだろうな。でも、オレ達は知ってる。あいつが止めたんだ。三村湊人、オレ達の仲間。オレ達は、たとえ歴史の教科書にホントのことが書かれなかったとしても、世界がそれを真実だと言ったとしても、忘れやしねぇ。あいつのことを。あいつの…勇気を。
「オレ、生きて帰れって言ったよな…オメー、必ずって返事したよな…」
やっとオメーを悪くねぇって思えるようになったのに。まだまだこれからだったってのに。泣きたくてたまらねぇ。でも、この身体じゃ泣くことすらできねぇ。
「なぁ、湊人ッ…!」
呼んでもあいつは帰ってこねぇ。わかりきったことだがよ、刻まなきゃなんねぇ気がしたんだよ。この世界にあいつがいたってこと。そうしなきゃ、ホントに全部無かったことになっちまう気がしたんだよ。
「やってくれたわね…やってくれたわねぇ!」
万丈恵美。全ての元凶。あいつは平気で人の命を弄ぶ奴なんだ。だからハイユンだって平気で騙せた。だから自分の目的のためだけに、世界中を巻き込めた。そんな奴のために…湊人は死ななくちゃいけなかったのか。
「あなた達のために!私の夢が果たせなくなる!そんなことが許されていいはずがないのよ!」
「それはこっちの台詞だ!テメーのためだけに皆を危険に晒して、オレ達の仲間まで殺して!ぜってぇに許さねぇ!」
「──そう。そういう考えなのね、あなた達は。私の夢をそんなにも潰したいのね。なら…!」
次の瞬間、万丈恵美の両隣に十字架が出てきた。人が磔にされてた。オレの馴染みの人。片方はこの国のトップ。もう片方はこの国を本気で変えようとした女。両方気絶させられてる。
「救えるのは二人に一人。選んだ時点で、私がもう片方を始末する。さぁ、選びなさい!この国の要か、あなたの想い人か!」
高笑い。確信した。あいつ、本物の腐れ外道だ。
「テメー…よくそんなことができるな…!自分だって、大切な人を亡くしたくせによぉ…!その痛み、わかってるくせによぉ…!」
「あなたに私の何がわかるっていうの?知ったような口を利いて!私の痛みなんて、知りもしないでしょうに!」
要するにあれか、自分の痛みだけが『本物』でそれ以外は『紛い物』だってか。腐れ外道らしい考え方だな。
「どっちが腐れ外道よ!私はただ、『天国』へ行きたいだけなのに!」
「天国天国うるせぇなぁ…!そんなに行きてぇなら行かせてやるよ!ただし、テメーが行くのは『地獄』だがな!!」
オレはあのクソ野郎に拳を叩き込もうとした。が、お得意の瞬間移動で避けられる。
「言ったはずよ。私の戦い方は『本物』だって」
また来る。あの剣が。反射的に振り向いて、防御の姿勢を取る。でも、勘でわかった。間に合わねぇ──と思いきや、B-ONEが止めてくれた。そうだ、B-ONEがいるじゃねぇか。二人とも助けられるぞ。
「それは…無理…ッ!」
B-ONEが言った。
「何でだよ!」
B-ONEだって瞬間移動はできる。それはアジトで見た。なのに助けられないってどういうこった?
「代わりに教えてあげる。この子の潜在意識にね、ちょっと『呪い』をかけたのよ。『私に逆らえないように』ってね」
もしそいつが原因なら、既にその『呪い』は解けてるはずだ。じゃなきゃ、こんなとこまで来られる訳ねぇよ。
「つまり、いくら私が頑張っても、『土壇場で』ダメになる…そう言いたいのね…!」
「正解!さすがねぇ、『偽物』さん」
「もう偽物なんかじゃない!私に寄生してた分、たっぷりお返ししてやるんだから!」
『寄生』だと?今まで…ずっとそうだったのか?
「そうよ…!情けない話、ずっと怯えていた…!この万丈恵美にね!」
「言うようになったわねぇ、ダメ人間が!」
あいつ、ずっと戦ってたのか。オレ達に見えない所でずっと、自分の心に住み着いた悪魔と戦ってたのか。想像もつかねぇほど…つらかったんだろうな。
そんなことを考えてたら、B-ONEが口をパクパクさせた。読唇術とかやったことねぇけど、『行って!今のうちに!早く!』って風に見えた。こんな回りくどいことをする理由はわかる。万丈恵美はオレ達の考えが読める。仕組みはさておき、そういう事情だから声に出すどころか、ちょっと考えるってのもダメで、頭に浮かんだ瞬間パッと外に出すぐらいじゃないとあのクソ野郎に読まれちまうんだ。
オレはすぐに走った。けど、何かに足を止められた。下を見る。手だけが地面から生えてきてて、それがオレの足首をしっかり掴んでやがった。振り向く。万丈恵美の左手が消えてた。剣を持ってない方。これは要するに…
「無駄よ。『霊体』に肉体の縛りは無い。私を出し抜こうなんて無理ってこと」
とんでもねぇスピードで剣をぶつけ合いながら、涼しい顔して続けた。
「あなたにはちゃんと『ゲーム』をやってもらうわ。それが報いよ。私の夢をバカにした、あなたへのね」
…『ゲーム』?人の命を弄んどいて、『ゲーム』だと?
「テメーは…どこまでオレをキレさせたら…気が済むんだアアアアア!!」
ありったけの力であのクソ野郎の顔面めがけてパンチを喰らわせようとする。だが、すんでの所で手が止まった。間一髪、B-ONEが止めた。よく見ると、オレがパンチしようとしてたのは…知事だった。本物の万丈恵美は向かいのハイユンの近くにいた。
「さっきのは幻覚よ!あいつ、量子を使って好き放題できるの!私達の意識を歪められるの!私には『わかる』!あいつと『同じ』だったから!」
それは寄生されてたって意味でか?それとも──
「『選んだ』わね!知事を選んだわね、あなた!」
「違──」
「賽は投げられた!これより、処刑を開始する!世界よ、これが自由の鉄鎚である!」
ハイユンの顔に剣が突き立てられる。頬から血が流れ落ちた。やめろ…やめろ…!
「やめろオオオオオ!」
今度は動くことすらできなかった。周りが崩れ落ちた。オレを取り巻くのは奈落の底。これも意識を歪めた結果だってのは、頭ではわかる。でも…動けねぇ。闇しか見えねぇ。声も聞こえねぇ。オレは…『独り』なのか?
「オレは…どうすればいい?」
自分で決めなさい。
「誰だ!?──デュラ…ハン…?」
いや。
「じゃあ…もしやアンタって…」
それより、君に会わせたい人がいる。
「会わせたい…人?」
着いて来い。あの向日葵畑の向こうで待っている。
「ヒマワリって…あそこの、金色の…」
──さぁ、着いた。この二人だ。
「えっ…」
大きくなったわね、潤発。
「何でだ?初めて見るはずなのに…覚えてねぇのに…『懐かしい』。アンタ達を、オレは『知ってる』」
当然だろう。何故なら私達は、あなたの父と母なんですから。
「アッパ…オンマ…世界でたった二人の…オレを生んだ…親」
そう。
「でも、二人は死んだ。オレの目の前で死んだじゃねぇか。ここは…『天国』か」
正確に言えば、『天国』の狭間だ。
「オレは…死んだのか。ハッ、何も残せねぇままだったな。アンタ達と同じく」
それは違う。
「違わねぇ!オレは…アンタ達の顔すら忘れてたんだぞ…?アンタ達が何も残さなかったから!何も覚えてねぇんだぞ…」
…すまない。つらい思いをさせてしまったね。
「そうじゃねぇんだ!何か残してくれって、オレが言えてたら…そもそも、オレが何かしてやれたら…オレは忘れずに済んだ二人も死なずに済んだ!全部…オレのせいだ…何もしなかった…オレの…」
泣かないで。あなたは十分してくれた。私達の為に、精一杯してくれたこと、あったじゃない。
「何を!」
『愛する』ことよ。
「愛する…こと…」
そして今は、あの女の子を愛している。優しい潤発、だから泣かないで。あなたが生きているってこと、あなたが誰かを愛しているってことが、私達が残した──何よりの宝物よ。
「アッパ…オンマ…」
言ったそばから泣いて。昔から変わらないな、潤発。泣き虫で強がりで…でも優しくて。オレ達の誇りだ。
「オレ…ずっと、何で二人から生まれちまったんだろうって思ってた…純粋な日本人ならどんだけ楽だったかなって…でも、今わかった気がする。二人が結ばれたのってきっと、証明したかったからなんだよな。人が人を想うことに…壁なんていらねぇってことを。今なら言える。胸を張って言える。オレは…『二人の子供でよかった』」
潤発…ありがとう、潤発。私達の子供に、生まれてきてくれて。
──さぁ、行くんだ。
「どこへ?」
潤発の、行くべき場所へ──
周りが晴れた。今見えるのは奈落の底じゃねぇ。今いるべき現実、守るべき現実だ。
「神子幻想を破った!?」
「助けてくれたんだよ、神様って奴がな」
多分、一瞬だけ見た夢だったのかもしれねぇ。あんまりに取り乱して見ちまった幻覚だったのかもしれねぇ。でも、だからこそオレはこの現実を踏みしめられる。明日に続く今を生きたいってことを、噛みしめられる。
「だからよぉ…邪魔しねぇでくれねぇか?『偽物』さんよぉ!」
挑発に乗った万丈恵美がこっちに来た。
「死ねぇッ!」
剣が突き立てられる。咄嗟に左手を出すが、剣をかすっただけで、お構い無しにオレの身体を貫いた。腹から血飛沫が出る。
「勝った!」
「これを…待ってた!」
オレは全力のパンチをクソ野郎の顔面にぶつけた。
「へへ…やっとテメーの顔に…一発喰らわせられたぜ…この野郎…!」
と、同時に再生も途絶えた。
「よりにもよって、私の顔に…!」
キレてるキレてる。これが見たかったんだ。
「許せない許せない許せない許せない──」
「どけ!」
オレには行かなきゃなんねぇ所があんだよ。目の前で突っ立ってんな。こちとらフラフラなんだよチクショー。腹に剣が刺さったまんま歩く。一歩が遠いなぁオイ。でも、確かに一歩ずつ進んでる。ハイユンの所へ。目の前へたどり着く。再生を止める。
「よぉ…もう、朝だぞ…」
ハイユンが目を覚ます。驚きで声を漏らす。当たり前だな、目の前に血だらけの野郎が立ってんだから。
「その怪我…」
「心配すんな…」
「でも!」
「いいから気にすんな!それより、話がある…」
こんな時だが、オレは慎重に言葉を選んだ。全力を伝えなきゃだろ、『最後』は。
「オレは…オメーを…ハイユン=シンウェルを…世界一…愛してます」
「知って…います…」
「だから…こんなオレだけど…お願いしていいか…?」
首を縦に振る。自然に笑顔になっちまうなぁ。声が掠れてきたけど、精一杯大きな声を出した。
「オレの…朴潤発の側に…一生、いてください…」
今度はハイユンが笑顔になって、泣きながら言った。
「はい…はい…!」
頭がボーッとして仕方ねぇ。でも、こいつが──愛する人がいる。それだけで、すっげぇ嬉しかった。やっぱりオレ、こいつのことが大好きなんだ。世界一、愛してるんだ。
「私からもお願いします!どうか…死なないで…!」
いきなり叫ぶから何を言い出すかと思えば、ムチャなこと言うなぁ。もうオメーの声さえ遠いってのに。だけどよ、そう言われたら…応えたく…なっちまう…じゃねぇか…
唇に、触れる。キス。舌は…入れなかった。血の味なんて…こいつには似合わねぇ。こいつには…血の味なんて無縁な…笑顔が一番なんだ。
「ハイユン、ありがとう…オレと、出会ってくれて…」
「そんな…そんな死ぬみたいなこと、言わないで!私は…貴方と生きたいのに!これからも!この先も!ずっとずっと!なのに何で…そんなこと言っちゃうんですかぁ…」
抱きしめる。あったけぇなぁ、こいつ。
「ずるいですよ…そんなことされたら…嬉しくなるしかないじゃないですか…こんなにも悲しいのに…」
「それで…いいんだよ…オメーは…笑顔が一番なんだから…」
ガタガタと震える身体で抱きしめる。命の限り、愛する人を感じたかった。
「ハイユン…愛してる」
最後に見えたのは──ハイユンの、黄金の髪だった。




