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無面─ノーフェイセズ─  作者: 上野祐太
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Face21 潰えることの無い想い

 G-ONE(ゴーン)が死んだ。R-ONE(ローン)が死んだ。まただ。また、私は失った。虚脱感が襲う。膝から崩れ落ちた。

「どこまでも私をコケにして!死んでしまえ!」

 叫びと共に、私のお腹を蹴る。内臓が飛び出そうなほどの威力で、向かいの十字架まで吹っ飛ばされる。このスピードとパワーに勝てる訳がない。いや、そもそも私じゃ逆らうことすらできない。

 万丈恵美が私の髪をつかむ。痛覚はあるはずなのに、何も感じない。感じることを拒んでいる。だって死んだもの。私の道標(とも)は。どうせパパとママも死ぬ。じゃあ、私がしてきたことって一体何?

「何も無い!あなたはただ、無を揺蕩(たゆた)っただけ!」

 髪をつかんだまま、私を地面へ叩きつける。やっぱり、世の中はこういうものなんだ。目の前に希望が置かれていると思ったら、途端に根こそぎ奪われる。もし神様がいるんだとしたら、どうして世界をこんなにも残酷に創ったんだろう?

「わかった?最初からあなた達に希望なんて無いのよ。私の邪魔をするあなた達にはね!」

 そう。

「全部…無駄だった」

「そうよ!あなた達の存在、一切合切!無駄なのよ!」

「本当に…そう思う?」

 声がした。男の人の声。振り向いて見上げる。十字架からのものだ。その正体は都知事だった。

「君は…どうして生きている?」

 私は何故生きている?わからない。けれど、私は一度死にかけた。心も身体も奪われて、『本当』がどこにも無くて、『私』という存在は死にかけた。それでも『私』は生きた。どうして?

「ゴチャゴチャうるさい!あなたは用済みなのよ!さっさと眠りなさい!」

 剣が都知事に襲いかかる。しかし、剣は寸前で止められた。ロザリオが光っている。

「どうして…攻撃できない…!?」

「これは洋介そのものだ!君に攻撃できる訳がないんだよ、万丈さん!」

 都知事の思考を読む。あれは洋介という人から預かったロザリオ。もちろん、ただのロザリオではない。ほんの一瞬、微量の量子に干渉できる。普通ならさしたる影響なんて出ないが、量子の塊みたいな今の万丈恵美にとっては、わずかなズレが大きな効果を生む。それはちょうど、精密機械からパーツ一つ欠けただけで不調が起きるように。

「違う!洋介はそんな物なんか造らない!私のことを傷つけたりなんてしない!デタラメを言わないで!」

「確かに造ったのは韓国政府の人間だけど、頼んだのは洋介だ。それが事実なんだ」

 万丈恵美は否定しようにもできないだろう。何故なら、否が応でも相手の心を読めるんだから。私のそれよりも遥かに鮮明に。まるで、実際に体験したかのように。

「洋介は待ってるのよ…『天国』で…私が来るのを待っている…行かなくちゃいけないの…」

 早口で呟く。直後、決壊したダムから流れ出る水のように、

「行かなくちゃいけないのよ『天国』に!それが洋介の望んだことだから!量子の、意志の世界に行かなくちゃダメなのよ!邪魔をしないで!」

 彼女は地縛霊みたいなものなのかもしれない。量子の身体──万丈恵美の言い方だと『霊体』──を持ちながら、この世界に留まるしかない。中途半端な存在なんだ。それを見越してのヘブンズ・ロードだったのだろう。けれど、あれはもう壊した。なら何のために戦う?何も叶わないとわかって、何故こんな虚しい戦いを?

「一度決めたことだから、もう止まれないのよ!偉そうな口を叩くな、『偽物』が!」

 踏みつけられる。何度も何度も。私自身が偽物だろうと、それはもうどうでもいい。ただ、私が出会って感じた『本物』が潰えていってしまった。二人の仲間という『本物』が。

「あなたの『本物』なんてどこにも無い!何もかも!私が消し去る!」

「それはできない。決して、誰にも」

 都知事が言った。そして、今度は私の方を見る。

「思い出してごらん。君が歩んできた日々を、彼等との思い出を」

 私は記憶を遡る。今までの私は無気力で、何をするにも関心が持てなくて。そんな私の環境はデュラハンによって豹変した。テロリストと戦う日々、確かにそれは『偽物』だった。けど、出会った仲間は『本物』だった。R-ONEは日本人と韓国人のハーフで、すぐ頭に血が上るけどいい人で、私の歌を褒めてくれた。G-ONEはいつも上から目線でどうしようもなく偉そうで、だけどプライドの高さと意志の強さは私が知る中で一番あって、昔憧れたヒーローみたいになろうと頑張っている。

 ──そうか、二人が側からいなくなっても、いつか私自身がいなくなっても、

「私がやってきたことは、何も消えてなんかいない…」

「そうだ!君の体験は時さえ越えて、永遠を生きている!それは紛れもなく『本物』のはずだ!」

 とめどなく溢れる記憶と、そこで感じた気持ちに思いを馳せる。ああ、ようやく辿り着いた。『私』はそこにいたんだ。

「うるさいうるさい!その口、塞いでやる!」

 万丈恵美がロザリオのバリアを破り、剣を突き刺そうと力を込める。

「死ね!」

 だが、コンマすら経たない時間で、私はその攻撃を防いでいた。これが瞬間を超えた動き、『量子移動(クアンタ・ムーブ)』。

「私と…同じスピード…!?」

 呆気に取られる万丈恵美に剣を振りかざす。彼女から電気──いや、量子を奪えたら。ほんの少しでいい、それができたらきっと…だが、いくら攻撃しても寸前で防がれる。

「いくらスピードが同じでも、モノが違うのよ!」

 と言って、万丈恵美は私の足首をつかんだ。咄嗟のことでバランスを崩した私の身体に、剣が叩き込まれる。その時だった。斬られる直前で銃弾が万丈恵美に当たったのだ。銃弾が飛んできた先を目で追いかけると、大勢の人達がいた。自衛隊だ。

「何故ここが!?」

「『本物』のピンチを何度も経験してきた人達だ。甘く見ない方がいい」

 都知事が言った。その様子はとても誇らしげで、自信に満ち溢れていた。

「邪魔くさいわね!全員消してやる!」

 万丈恵美は自衛隊の前に量子移動するが、私だってそれを黙って見過ごす訳がない。自衛隊に対する全ての攻撃を、私が代わりにいなした。

「相手を間違えてるんじゃないかしら?あなたの相手は私よ」

 更なる追撃。ほんの一瞬、万丈恵美の動きにブレが生じた。R-ONEが頭に殴打した影響が、ここにきて出たんだ。やっぱりだ。『経験は生きている』。そして私はついに、万丈恵美に攻撃を加えられた。彼女から量子を奪えた。これで…

「そんなに私の夢を壊したいの…?だったら、もういいわ。そうよ…この世界を『私』にすればいいのよ。いい考えだわ…そうしましょう!」

 呪詛のように呟いた後、万丈恵美の身体から無数の透明の線が飛び出した。私はそれが何を意味するのか、察してしまった。それはまさか…

「そうよ!世界中の意識を、私の支配下に置く!『天国』へ行くのを皆が邪魔するなら、『私』の世界にすればいいのよ!」

 周囲を見渡す。都知事も自衛隊も金髪の少女も、全員意識を失っていた。全ての意識が万丈恵美のものになったのだ。この『ウイルス』が全世界に及んだら…想像するだけで恐ろしい。そこに残るのはもはや『有るだけ』の世界。生きるべき経験、出会うべき何もかもが無くなった世界。楽かもしれないけど、そんなの私は…ゴメンだ。

「だったらどうするっていうの?」

「止める」

「無駄よ!」

 私の身体をいくつもの腕が絡み合う。量子で創られた意識の塊。振り払うことはできない。錯覚だとわかってはいても、動くことさえままならない。

「全世界の意識を私の支配下に置くってことはね、全ての量子を私のものにするってことなの!つまり、あなたが相手にしているのは…『世界』そのもの!」

 違う。そうじゃない。

「それは…『世界』じゃない」

「何ですって?」

「自分一人だけなんて、そんなの『世界』って呼ばない!『世界』は…上手く言えないけど、誰かがいなくちゃいけないものよ!誰かと触れ合って、感じて、それが『世界』だと思う!自分の考え一つだけなんて、そんなのが『世界』であるはずがない!私はそれを、二人から学んだ!」

 何も無かった私に二人は『世界』をくれた。その『世界』は私の胸の中で、私が見る景色の中で、そして私が生きていく時の中で在り続ける。

「本物とか偽物とか、もう惑わされない!私が、私達が触れてきた『世界』こそが『本物』なんだって、わかったから!」

「よく言った」

 空から声がした。直後、私を縛りつける腕が消えた。私は知っている、その声を。私は知っている、その背中を。首の無い緑の身体を。

「G-ONE…?」

「ああ。助けに来たぞ。俺が!」

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