Face19 悔いは無い
国会議事堂、学校、東京駅、そして闇町。全てマスコミの記事として影響力の強い場所。そう、万丈恵美の狙いは『意識を集める』こと。全国のネットワークを断ったのも、結局は意識を集中させる前準備のようなもの。普段は流し見しているような内容も、要所で見せれば相当な数の目を引く。そういう考えだろう。だから、はっきり言って奴等自身、皇居を襲うことに『意味』はない。その行動『そのものだけ』に意味がある。つまりはマスコミ思考なのだ。ネタそのものに意味が無くとも、そのネタを広める『行為』に意味がある。もし、そうした意識が集まったとしたら、それは…万丈恵美の思うツボ、『ヘブン・プロジェクト』の完遂を意味する。何としてでも阻止しなくては。
「あの、意気込んどいてなんだけど…行く前にさ、聞きたいことがあるの」
B-ONEが俺と朴を呼び止める。
「何だ?早急に頼む」
「私達、自分の名前はわからないじゃん?だからさ、せめて教え合おうよ。例えば…隠し事とかさ」
急に何を言い出すんだ?そんなに暇でもないだろうに──
「オレ、実は日本人と韓国人のハーフなんだ」
そういえば、俺は知っているがB-ONEは知らないんだったな。果たしてどんな反応を見せるのか。
「へぇ、そうなんだ」
噛みしめるように言った。意外だな、マスコミやインターネットでも、韓国は相当な言われようだった記憶なんだが──俺もその一人だった。
「…気味悪がらねぇんだな」
「気味悪がる?何で?」
「いやだってよ、その…気持ち悪いだろ?外国人って」
「全然?というか凄いと思う。だって、私の知らない世界を知っているんだもの。それって素敵なことでしょ?」
本当にあのB-ONEか?まるっきり別人だな。それとも、こっちが本性なのか?こいつはつくづく俺の考えを飛び抜けていく。
「私は歌が好き。皆からは音痴とか言われるけど、やっぱり好きなものは好きなのよね…って、何かR-ONEの後だと肩透かし感半端ないね」
B-ONEが照れ笑いを浮かべる。
「歌、か。聴かせてくれよ」
「何歌えばいい?」
「そうだなぁ…聖歌」
「聖歌?クリスチャンなの?」
「そうじゃねぇけど…多分、知事がクリスチャンだから影響されたんだと思う」
朴のリクエストに合わせて、B-ONEは聖歌を歌った。音痴──きっと、周囲の嫉妬だったのだろう──とは程遠い歌だった。心に染み渡る歌声。曲が終わる頃、自然と拍手していた。
「すげぇ!メチャクチャ上手いじゃねぇか!」
「ありがとう…何か、褒められ慣れてないから、こういう時どうすればいいかわかんなくなるわ」
まごつくB-ONEにひたすら拍手を送る朴。とても世界の終わりが近づいているとは思えないな。
「全く、二人してわかっているのか?今にも地球が危ないって言うのに」
「そういうオメーだって拍手してたくせに」
「あっ、あれはだな…」
痛い所を突く。こいつ、変な所で勘が鋭いな…
「とにかく!俺が聞きたいのは、何故いきなりこんなことをする必要があるかってことだ」
苦し紛れに聞くと、B-ONEはさっきまでとは打って変わって、真剣な眼差しで言った。
「私達、お互いのことよく知らないままじゃん?いや、それはそれでいいのよ?それでも仲間なんだーって感覚はある。痛いくらい。でも、だからこそもっと知りたいの。何でもいい、私は二人と向き合いたい」
そういう事情か。あのB-ONEがここまで自己主張するとはな。なら、『仲間』と呼んだ手前、乗らない訳にはいかない。
「わかった。なら言おう。だが…笑うなよ?」
「もちろん」
こういう約束は破られるのが世の常だが、あらかじめ釘を刺しておいた方が精神的にやりやすい。
「じゃあ、言うぞ──俺は昔観たヒーローに憧れている。今もだ。たった一人になっても決して信念を曲げない。そんな生き様を追いかけている。…以上!」
沈黙。呆れて物も言えないってやつか?
「な、ダサいだろ?」
と言うと、B-ONEは首を振った。
「全然。むしろ羨ましい。私にはそういう情熱ないから」
そんな風に言うB-ONEの肩に、朴は手を乗せた。
「まだ見つかってねぇだけだ。これから探せばいいんだよ」
更に、俺を見て朴は一言だけ添えた。
「なれるといいな」
何だか熱いものが込み上げてきて、それを誤魔化すために笑ってみた。二人がつられて笑う。
「──じゃあ、今度こそ行こっか」
「ああ!」
「守ろうぜ、世界を!」
深呼吸。そして、B-ONEが火蓋を切る。俺達の…『本当』を取り戻すための火蓋を。
「無面、始動!」
国会議事堂の目の前へ辿り着いた。あの廃虚の先に奴はいる。万丈恵美があそこで待ち構えている。
「ここからは文字通りの死闘だ。覚悟はいいな?」
「オメーは出来てんのか?」
朴が尋ねる。
「俺は出来てる」
「じゃあ俺もだ」
笑顔で言ってのけた。こいつは単細胞だが…強いな。
「怖くないって言ったら嘘。だけど嫌じゃない。二人がいるから」
強いのはこっちもか。だったらもう心配はいらないな。
「出てこい、万丈恵美!俺達は逃げも隠れもしない!ここにいるぞ!」
「うるさいわねぇ、そんな大声出さなくたって聞こえるわよ」
背後から声。いつの間に…!?
「せっかく来てくれたんだし、遊んであげる」
剣を呼び出し、すかさず俺の胴体めがけて振る。まずい、追いつかない──と思いきや、B-ONEが瞬間移動で防いだ。
「あら、『極めた』のね」
どうすればあれができる?俺達の身体スペックは同じはず。違うのは色と武装くらいと睨んだ。ならばきっとある、万丈恵美に追いつく手段が。
「私が相手する!その間に考えて!」
「ああ、わかった!」
──ん?俺は何も言っていないぞ?それなのに、あいつは考えを読んだような口調だった。デュラハンも近いことをしていたが、少し違う。あいつの場合は心理パターンを分析し、時々に応じた言語を選んでいただけだろうが、B-ONEのそれは『完全に』俺の思考を読んでいる。それも再生した身体でできることなのか?どうなんだ?
「代わりに教えてあげる。ノーフェイスにはそんな機能無いわ」
バカな、また背後に!?B-ONEの瞬間移動をも上回るというのか!?瞬間さえも超えるだと?それはもはや神の領域だ。無神論者だと自覚していても、どうしてもそんな言葉で表現せざるを得ない。
「ノーフェイスはあくまでオラクルに適応するための身体。それと──」
国会議事堂の中から、無色のノーフェイス──『量産品』が飛び出してきた。
「私の盾を造るためのサンプル。それだけの存在よ」
朴の攻撃を掻い潜り、圧倒的な物量でこちらに押し寄せてくる。防ぎきれない。押し込まれる。姿勢が崩れる。量産品に埋もれた俺に、万丈恵美が近づきしゃがむ。
「第六感って知ってる?霊感とか、あれのこと。量子はそういう超常的な事象に関わる分子なんだけど、私の身体、100%それで出来てるの。だからこんな動きや…」
と言って朴とB-ONEの側を、瞬間さえも超える速さで通り抜ける。余裕の態度で。刹那、二人が倒れた。
「朴!B-ONE!」
「こんな動きができる」
背中に隙間風が吹く。脳が『それ』に気づいた頃にはもう遅かった。痛みが走る。コンマすら無い時間で、俺は背中を数十回斬られた。あまりの激痛に叫ぶ。それでいながら、何故か量産品の山は崩れていない。これも量子の力と?
「正解。さすがに鋭いわねぇ。原子の隙間に入れるから、都合よく攻撃できるのよ」
「よくそれだけの量子を集められたな…!」
「あなた達のおかげでしょ?電気が一番効率よく量子を集められるから、集めてもらったじゃない。『意思のある電気』を」
クローンといえど、当然意識はある。生きとし生けるもの、全てに備わる意思。生存本能。それと、闘争本能。最も根源的な意思故に、最も濃度が高い。エレキガンの性能はそういう故か。で、電気『だけ』を回収するアダプターは不要だから壊したと。どこまでもコケにしてくれるな、全く。
ふと、万丈恵美が空を見上げる。どうしたんだ?
「お三方、ご覧なさい!」
空が見えた。何だ?あの飛行機雲。いや、飛行機雲じゃない!あれは、あれは…!
「そう!お待ちかね、核ミサイルよ!」
早すぎる。あまりにも来るのが早すぎる。このままでは住民の避難が追いつくこともなく、俺達ごと東京が壊滅する。だが、そうなっても万丈恵美は無事なのだろう。量子の力とやらで。
「あと五分で到着するわ。三人で楽しい余生をどうぞ──って、そんな調子じゃ無理か!」
バカ笑い。果てしなく不快な奴だ。だが、逆に言えば核ミサイルを防げたら、お前の鼻っ柱を折れるんだな?万丈恵美。
「それこそ無理よ。ねぇ、無駄なことを考えるのはやめましょう?私は『天国』へ行きたいだけなの。あなた達には手伝ってもらうだけ。たったそれだけよ?何のデメリットがあるの?」
あるんだよ。俺にとっては許しがたい、一番のデメリットがな。
「俺の『美学』に反するんだよ…!」
呼吸すらやっとの身体に鞭打ち、力を込める。
「おい!起きろお前ら!こんな下衆にボロカス言われたままでいいのか!?俺はもう堪忍袋の緒が切れそうで仕方ないぞ!屈辱で頭がおかしくなりそうだぞ!お前らはどうなんだ!悔しくないのか!?」
二人の指が動く。そして、土を掴む。
「うるっせぇなぁ…!ちょっと寝てただけだろ…!」
「当たり前に…悔しさマックスなんですけど…!」
天に吼え、立ち上がる。やはりな。お前達ならそうするよな。
「テメーこそ、いつまでそんなのおんぶさせてんだよ…!保育園の先生かテメー…!」
そんなジョークが言えるなら完璧だ。手に、脚に全ての力が注がれる。
「今やろうと思っていたんだよ…!」
唸り声を上げ、量産品を天高く飛ばして立ち上がる。
「まだそんな馬力が出るの!?」
「『まだ』じゃない…『これから』だ…!」
「そんな…100%倒せたはずなのに…そんなそんなそんな…」
奴が当惑している今だ。二人に交信する。
「──そんなのダメ!」
「オメー何考えてんだ!ダメに決まってんだろ!」
「これしかない!」
「でも…」
ええい、じれったい。
「一度しか言わないぞ。──俺はずっと、人助けなんてしたくなかった。怖かったんだ。『助けられないかもしれない』ってことが。だが今は違う。皆の『これから』を守りたい。その先に続く未来ってやつを、皆が歩むのを…『助けたい』」
何でこんな恥ずかしいカミングアウトをしなくてはならないんだ。本当に仕方のない奴等だな。
「…俺をヒーローにさせてくれ」
沈黙。万丈恵美はまだ狼狽えている。
「──わかった」
「R-ONE!」
「ただし!…死ぬなよ」
震えを隠すように、声を殺す。
「必ず」
いよいよだ。俺はこの一瞬に全てを懸ける。全てを懸けて、これからへ繋げてみせる。
「B-ONE!」
瞬間移動の速度を利用した振り。 あらかじめスイング位置に跳んでいた朴の足裏に当たり、弾丸のように朴がこちらへ飛んでくる。だが、ここで最悪の事態が起きた。万丈恵美が気づいてしまったのだ。
「そうはさせない!」
剣を突き立て、朴の身体を引き裂く。
「勝った!」
「R-ONE!」
「俺達の…作戦が…」
渾身の策が…破られた。もう終わりだ。
「偽物が『本物』に勝てる訳なかったのよ!」
──なんてな。ここまでがフェイク。本物の朴は『ここにいる』。お前が斬ったのは色も無い量産品だ。
「レッドフェイスじゃない!?」
「来い!B-ONE!」
瞬間移動で俺を足払いする。空中に放りだされた。真下で朴の足裏をB-ONEが蹴り上げる。俺は回転して盾を構えた。超高速の勢いが付けられたパンチが俺の盾に加わる。その衝撃が、俺を遥か上空へ押し上げた。この瞬間、たった一瞬だけ、俺達は『瞬間を超えた』のだ。ここまで来てみろ、万丈恵美。まぁ無理だろうがな。たとえ量子の身体を得ようと、お前は『人』だ。人である限り、お前がこの高さまで──3000フィートまで跳ぶことは不可能なんだ。
雲を掻き分け、見えてきたのは核ミサイル。生きて帰れる保証は無い。身震いする。だが、それ以上に闘志が湧いてきた。臨戦態勢に移る。
厚木さん、俺にも見つかったよ。信じられる仲間が。友達が出来たんだ。誇れる友達。そっちに行ったら教えるよ。だから、ほんの少しだけ、力を貸してほしい。あなたのように上手くはいかないかもしれないけど、俺も『この先に続く未来を守り』たい。だから…俺に友達を助ける力をくれ。
「さて…『助ける』か!」
かつて、遥か空で爆発が起こった。突然、原因不明の爆発が起きたらしい。幸い、放射能物質は届かない範囲だった。ロシア側は軍基地へのハッキングが原因とし、証拠の画像を伴ってこれを主張した。米国も核ミサイルによる被害が日本国内に無いことが確認されたので、事態は比較的穏便に収束した。調査班はこの爆発で核ミサイルの残骸と、ガラスのような未確認物質が発見されたと発表。未確認物質は発見直後、跡形も無く消え去ったと言う。




