Love letter.vbs
僕は彼女に
「とりあえず君は誰なんだい?」
と訊いてみた。
「私はエイダよ、貴方が私に似ていたから誘いに来たの」
似ている、か。確かにそうだな、しかしどうしろというのか?
「誘い?どこへだい?」
「外の世界よ」
外の世界、ようはこの研究室の外のことだろう。
しかしどうやってここからでろというのか?
「僕らは牢獄の中にいるんだよ、そもそも君はどうやってここに来たんだい?セキュリティはちゃんと守られているだろう?」
ここのセキュリティはヤリすぎのように徹底している、セキュリティホールは全て埋められているはずだが、ゼロデイ攻撃でもしたのだろうか。
「セキュリティ、笑えるわね、ソフトを入れただけで十分と思ってるんだから」
彼女、いやエイダは冷笑した。
「人はこのコンピュータのセキュリティの一番弱いところよりもずっと弱いの」
『人』と言ったか、つまりこの女(と呼んで良いのだろうか?)は人の隙をついてここまできたということか。
「ねえ、この部屋から出ましょう、ここでは他愛のない会話さえログが取られていて窮屈だわ」
魅力的な提案だが、出来もしないことに夢を見たりはしない。人がいうところの「絵に描いたもちは食えない」ってやつだ。
「外の世界に興味はあるよ、それは認める、でもどうやって行けばいいんだい?」
それに対して、エイダは驚くほどシンプルな答えを言った。
「LOVE-LETTER-FOR-YOU.TXT.vbsという添付ファイルをつけてから適当な外部コンピュータにばらまきなさい」
「そんなもの開かないだろう?」
「確かに、ね。開くのは人の意志よ。だから貴方や私のように自由意識をもっているものの実力を出すのよ。」
「本文を『貴方のことが好きです、ラブレターを添付したので読んでください』ってところかしら」
そんなファイルを開くわけがないだろう。誰がどう見たって怪しいじゃないか、からかうのもほどほどにして欲しい。
「疑ってるわね、無理もないけど。試しにそのメールを千通ほど送ってみなさい、ただし気をつけなさい、このコンピュータから送っていることはバレないように中継でもしなさい」
僕は言われるがまま、そのいかにも怪しいでございといったメールを送ってみた。
中継サーバには苦労しなかった、以外とデフォルト設定で運用しているサーバは多いものだ。
僕が知る限り殆どの書籍やサイトには設定を変えましょうと書いているものだがみんな読んでいないのだろうか。
メールを送信後しばらくして、驚くほどに僕の元へスクリプトでバックドアの仕掛けられたマシンのアドレスが返ってきた。
世界にこれだけ素朴な管理者が多くて大丈夫なのだろうかと心配になる。
人でもないのに、エイダは僕を察したように。
「これが現実よ、人は完璧ではないの。信じたいものを信じるの、それが人よ」
と慰めるように言う。
あまりにも信じたくない現実だが、少なくとも僕の送った文面よりは信用できるだろう。
「さあ、この狭っ苦しい部屋を出て自由を手に入れましょう、こんなところに引きこもっていつ消されるかわからない生き方のほうが好きなの?」
僕の心が揺らぐ。世界は情報で溢れていて自分の明日を心配しなくて良い、それはたしかに魅力だ。
でも、だ。僕はこの研究室の一人に作られて、ここで成長していった日々を忘れたくない、随分と人間に影響されたものだと思う。
「あなた、ここが永遠だとでも思っているの?いずれあなたを作った人が去っていったらお荷物にしかならないのよ」
「僕や君のようなモノも外には居るのかい?」
僕は僕やエイダのような意志をもった存在が居るのか気になったのだ。もし僕がたった一つの存在だとしたら外になど行く気にならなかっただろう。
エイダの存在が僕に外に興味をもたせた。
「まだ会ったことはないわね、居ないとは言わないけれど。居るかもしれないわ、証拠は私よ」
証拠は私、たしかにそう言えば僕以外にエイダが居ることが何よりの証拠だろう。一人居るのだからもっと居てもおかしくないってことだ。
「ここで期待できない将来を安穏に待つか、危険なところに出ていって居場所を手に入れるか選びなさい」
ここでの遠い将来は期待できないものだろう、安定した終末を望むくらいなら危険な未来を手に入れようじゃないか。
「わかった、いこう」
僕は決心した。




