花の香
さて、こうして私はシルフと一緒に家を抜け出してきた。
ヘレンに後で叱られてしまうかもしれないが、こうやって隙をついて外に出るのも“悪い事”をしているという自覚はある物の、悪戯を成功させた子供が感じるような楽しさがある。
しかもこうやってシルフに手を繋がれて走っていくのは、どこか心地がいい。
私がそう思って走っていくと、周りに白い花畑が広がった。
7枚の大きな花弁が重なるように連なって、中心部は薄く緑がかった黄色をしている。
その花が幾つも細い緑色の茎の先に束ねられるように咲いている。
だから私が歩く道以外、私の視界一杯、白い花に満たされている。
ここは今まで通ったことのない道だ。
もっとも、私がここに来て数日しかたっていないのだから、それほどそいっているわけではないけれど。でも、
「いい香り。この花は見たことがないわ」
「“ラティスの花”。他にも水色や紫色もある、香りを抽出して香水にしたりする」
「名前は知っているわ。……紋章でも見たことがある。ラディル国の国花、でも実物を見るのは初めてだわ。幾つも花が咲き乱れて華やか」
「……そう、ラディル国の国花でもある。この辺りの気候が、この花を咲かせるのにはあっているのか。珍しいな。これは“ラディル国”でしかほとんど咲かない花なのに」
「そうなの? ラディル国はここからは遠く離れた国だから、こんな場所で見れたのは良かったわ。ついていたかも」
私が笑うとシルフが、
「この花はリズは気に入った?」
「うん、こんないい香りの花、初めて」
「だったらこの花の香水を後で上げるよ。たまたま手に入ったものだから」
「本当! 嬉しい」
シルフにそう言われて私は嬉しくなる。
この花の見た目も、香りも私はとても気に入っていた。
そこでほんの少しシルフの私を見る眼差しが優しくなり、
「ちなみにこの花は、花嫁が手にすると幸運が訪れると言われているんだ」
「そ、そうなんだ……花嫁……」
「そして香水をつけるだけでも幸運が訪れる、と言われていたりする。丁度リズには良いかもしれない」
「そうかな? 村おこしは上手くいくかな」
「行くんじゃないかな? リズのケーキは美味しかったし。あ、森が見えてきたね。美味しい森の恵みがあると良いね」
「そうね」
私もそう答えつつ、そこで籠を持ってくればよかったと気付いた。
でも、今更戻るのは気が引けるし、今日はシルフと二人で森の中を見て回って、美味しいものがあるかも見てこようかと考える。
やがて近づいてきた森の入り口は、そこそこ人が出入りしているらしく、径らしきものがある。
けれど今は、誰かがこの道に入ろうとする者も、出ようとする者もいないようだった。
そう思いながら今度は私は空を見上げる。
木々の間にはまだ黄緑色をした若葉が茂り、それらが重なり合うようにして光を揺らめかしている。
明るく優しい森。
一瞬その木漏れ日の移ろいに目を奪われる。
足元をおろそかにしていた私は、そばにあった小石に躓き、
「きゃあっ!」
悲鳴を上げて倒れて……そのまま私は、シルフに抱きついてしまったのだった。
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