-神宮玲慈は飾らない- 2
雨乞い。
広義では「神水を代価にして様々な要件を請け負ってくれる便利屋」である。
何故現金ではなく神水にこだわるのと言えば、その多くが『雨術』と呼ばれる神水を使った超能力のようなものを行使するからだ。
しかし最近では雨術を使わない人間が雨乞いの仕事に就くことも珍しくは無く、それはつまり、それほどこの神水は世界中で重宝されているということに他ならない。
さらに神水の換金制度や、一部地域で行われている神水を税として納めさせる条例などが、雨乞いの増加に拍車をかけた。
そして現在、この職種はかつてのサラリーマンと同じように最もポピュラーな職業の一つとして認知されるほどに至った。
だが雨乞いが増えれば増えるほど、その競争は厳しさを増す。
故に彼らは、ある時は仲間として協力し助け合い、ある時は大敵として対抗し殺し合う。
そんな苛酷でシビアな世界を生き続けるのが雨乞いなのだ――。
グレイとリンが訪れた廃倉庫。
その中には十数人のチンピラのような柄の悪い男たちが群がっていた。
これで全員なのか、はたまた仲間の一部が仕事に出かけているのかは不明だが、どのみち大した敵ではないなとグレイは感じ取った。
しかし、それとは別に厄介な問題が彼を困らせていた。
それはその柄の悪い男たちの中に交じって、たった一人だけ若い女性がいたことだった。
しかしその服装は他のチンピラたちと同じように薄汚く、顔立ちも悪くも無いがさして美しくも無い。
男たちが『何か』のために女を連れてきたならもう少し上玉を選んでくるだろうし、無理やり連れ去られたにしては雰囲気がおかしい。
(しかも、彼女はきっと雨乞いではない。どうしてこんな所に……?)
グレイが咄嗟に彼女は雨乞いではないと判断したのは、一見してその身辺に神水を入れた容器を持っていなかったからだ。
先述したように雨乞いの多くは雨術を使うため、日頃から神水を持ち歩くことを余儀なくされる。
その所持している神水を周囲にアピールする行為は、自分から強盗や盗難の的になっているだけのようにも見える。
しかし逆に言えば「自分は神水を常備している」、つまり「自分は何かしら神水を持っておかなければならない理由」があるということを誇示しているという風にも取れる。
このご時世にそんな危険を冒してまで神水を持ち歩く理由、それは「雨術を使う」以外に考えられないだろう。
神水を奪い取ろうとする人間も、出来るならそんな厄介な力を持つ者と戦いたくは無い。そうした心理を逆手に取り、あえて雨乞いたちは神水を見せびらかし、擬似的な威嚇行動をとっているのだ。
(だが、こんな廃れた倉庫にいるってことは、久老の話を聞いた雨乞いの連中か、方向音痴の散歩好きかしかあり得ない。一体どういうことなんだ?)
いぶかしみつつも、グレイとリンは倉庫の中に足を踏み入れ、奥で居座っているチンピラたちのもとに近づいていく。
室内はかなり広いが汚らしく、数年前に廃棄されたまま手付かずで放置されていたようだ。
廃車になった大型車や、積み上げられた鉄鋼類はかろうじて身を隠すのに使えそうだが、それ以外は正にゴミしかなかった。
グレイは最も近くにいた男に、ゆったりとした足取りで歩み寄る。
「えーっと、すみません。あなた方が最近、神水を強奪しているグループでしょうか?」
「あぁ? だったらどうした?」
「今まで奪った神水全部ここに置いて、ここを出て行ってもらいたいのですが」
「あぁ? 何ぬかしてやがんだ。てめえこそさっさと失せろ。でない」
男が言い終わる間もなく、グレイは目の前の男の鳩尾に向かって正確に裏拳を叩き込む。
そしてその巨体がゆっくりとしたスピードで地面に倒れこんだ。
「――いち」
長々とした馬鹿らしいセリフを黙って聞いていられるほど、グレイは気長ではない。
下手に出て、交渉決裂と判断した時点で即行動。それが彼の主義だ。
「おいお前ら、女は後だ。先にアイツを潰せ。ああいうでしゃばった野郎は大嫌いなんだよ」
敵のリーダー格と思われる人物が他のチンピラに命令を下す。
それに応じて、それまで謎の女性と話し合いをしていた者や、気だるそうにその場に佇んでいた者たちが各々の武器を手に取り、グレイたちに襲い掛かってきた。
昨今、数々の領地争いや紛争で荒廃したこの世界に嫌気が差し、勝手気ままに立ち回る子供のような大人が増加してきている。
そうした者の多くはありあわせのグループを形成し、自分より立場の弱い女子供や社会的弱者に付けよって、金目のものや、なけなしの神水を奪い取る。
おそらく彼らも、そうして生まれたどうしようもない余り物の寄せ集めなのだろう。
(やっぱこういう奴らはやり易くていいや……)
グレイは両足を広げ、上半身を軽く落とし両腕を軽く広げて構える。
最初に近づいてきたのは鉄パイプを持った男とナイフを持った男。それぞれ近接に向いた武器である。
それとまともに闘うのは気が引けたグレイは、右腕を後ろに回し背後のリンにサインを送る。
グレイの合図にに応じたリンは、自分の手首にカッターの刃を合わせ、ゆっくりと押し付ける。
溢れ出す血をを確認した後、次に神水の入った注射器をその切り口にさしこんだ。
そうして出来上がった血液と神水の混じりあった液体を、リンは思い切り「引っ張」った。
するとその手首から、細長い数本の糸が現れた。
リンは手首から取り出した糸を器用に操作して、グレイに襲いかかって来た二人の足首に巻きつけ、思い切り引き寄せた。
足元を取られバランスを崩した二人のチンピラは、ある意味美しいほど綺麗に後ろに仰け反った。
何が起きたのかも分からないまま倒れる二人。そしてその背後で、待ってましたとばかりに佇むグレイ。
向かってくる二つの首に逆行するように、それぞれ片手で高速の手刀をあびせた。
「うっ」という小さな呻き声をあげ、二人はその場に仰向けにダウンし、それぞれの武器を手放した。
「――にの、さん」
ちなみに、リンの手首から突如出現したあの糸は、彼女の雨術である夢幻鋼糸によるものである。
これは自分の体液に適量の神水を混ぜることで、頑丈な糸を生成するというものだ。
この糸はしばらく時間が経てば自然にもとの体液にもどるが、その時間は混ぜ合わせた神水の量が多ければ多いほど長くなる。
故に、今のように一瞬だけしか使用しない場合は少量の神水を使うだけで済むのだ。
更に、夢幻鋼糸で作られた糸は、部位によって質量の比率を自由に変えることが可能で、先端部分を重くすることにより遠心力を用いて糸を遠くに巻きつけることすら出来る。
チンピラの足に糸を巻きつけられたのも、これを利用したためだ。
「調子こいでんじゃねえぞガキがぁぁああ!!」
続いてハンドガンを手にした男が三名。
それぞれがバラバラのタイミングで、タンッ、タンッ、タンッ、とグレイに向かって無造作に乱射する。
彼らにとっては銃こそが最強の武器であり、最高の脅し道具なのだろう。
しかし、グレイにとってその行動は最も悪手である。
彼の赤い瞳は、ありとあらゆる「軌道」を見極める動体視力を持つ。
それがグレイの雨術、七色の双眸第一の能力、赤の瞳だ。
三方向から発射された三つの弾丸は、常人ならその弾丸が発射されたのとほぼ同時に目標に被弾したように見えるだろう。
だが、常人ではないグレイにとってはそうではない。
彼の目には相手がトリガーを引き、バレルから銃弾が飛び出、そして自分の方向に向かってくる。
この一連の動作が超スローモーションに見えているのだ。
故に赤の瞳発動中のグレイに攻撃を当てるのは容易なことではなく、まして予備動作が多く、直線的な動きしか出来ない銃による攻撃を避けるなど、彼にとっては造作も無いことだった。
かくしてグレイはその三発の銃弾を低姿勢でかわし、銃を持って並列した三人のうち真ん中の男の前にたどり着き、その顎にアッパーカットを食らわせる。
残った両サイドの二人はは慌ててこちらに照準を合わせ、再びそのトリガーを引く。
この距離なら銃よりも素手で殴りに来る方が手間が省けるのに、どうして銃にこだわるのだろう。よほど腕力やら体力に自信が無いのか。
と、グレイは内心で相手のことを哀れみつつ、さっとその場にしゃがみこむ。
するときれいに互いの銃弾が交錯し、それぞれもう片方の男の胸を打ち抜いた。
「ど、どうなってる!? あいつ弾が見えてるってのかよ!?」
「まさか雨術? だったらこんな武器で勝てるはずねえって!」
次第に相手側にも動揺の色が見え始めた。こうなれば、もうこっちのものである。
「そうそう、だから大人しく投降してくれよ。俺だって命までは奪いたくない。勝手に自爆したのは除いてな」
「……待て」
先ほど部下に命令を下したリーダー格の男が静かに言い放つ。
「この女、どうなってもいいか?」
その男は、先刻の女性の首に腕を巻きつけ、こめかみに銃を突きつけていた。女性の表情は恐怖に支配されており、体中が微妙に震えている。
しかし、その行為は男自身にとっても大きな賭けであった。
(もしこいつが下らない正義感に満ち溢れた幸せ野郎なら、これは効果的だ。だが逆に血も涙も無い金と神水目当ての奴だったらこの行動にはまるで意味がねぇ……)
「さあどうする? それ以上近づけば撃つ。そうされたくなければここから去れ」
リーダー格の男は自分の焦りを悟られぬよう、あくまで平静を装いつつグレイに言った。
しかし、グレイの返答は男が最も望まないものだった。
「って、アンタ、人質とる相手を間違えてないか? 俺はその女のことなんか全然知らないんだが。ひょっとして、彼女が俺と知り合いだとでも言ったのかい?」
(だよなあああああ! こんな美人でも金持ちそうでもない女、人質の価値なんかあるわけないよなああ!)
「撃てばいいじゃねえか。まぁ本当に撃つような勇気があればの話だけどな」
その言葉を聞いて、女の表情は更に引きつったものになる。今まで以上に身体をガタガタと揺らし、目からは押さえきれない涙がこぼれていた。
その言葉を聞いて、男の表情は大きく歪んだものになる。焦りと不安が平静さを塗り潰し、怒りを助長させ、それまでの落ち着いた雰囲気が嘘のように他のチンピラと変わらぬ口調になった。
「んだとコラァ! だったらお望みどおり、さっさとやってやるよ!」
そう言って男は引き金かけた指に力を入れる。女は覚悟を決めたのか、両目を強くつむっていた。
そしてタンッ、という銃声が高らかに響――かなかった。
男は思い通りに動かない自分の指を不思議に思い、引き金にかけた人差し指をじっくりと見つめた。
すると、そこに極細の糸が絡まっているのが光の反射で見えた。きつく縛られたその糸が、男の指の自由を奪っていたのだ。
慌てて糸を解こうとした男は、ただならぬ殺気にハッとして顔を上げた。
そこには恐ろしい形相でこちらに向かってくるグレイの姿があった。
「アンタみてえなやり方が、いっちばん嫌いなんだよおおおおおお!!」
これまでに見たのと比べ物にならないほどに段違いの威力、威圧、威勢。
振りかぶられたその右腕の標的は、間違いなく自分。
男は咄嗟に身体を反らし避けようとしたが、それすらも叶わない。
(糸が、体にも――!!)
男が頭を働かせる前に、グレイのあらん限りの力を振り絞った渾身の一撃がその体を吹き飛ばした。
ブチブチと音を立てて千切れる無数の糸、それを確認し手元に回収するリン。
(レイ兄って、本当ああいうのに弱いのよね……)
リンは、敵の卑怯な行為に憤慨するグレイに呆れながらも口の端を緩めて微笑んだ。
彼女も内心では、その素直で真っ直ぐなグレイの行動を羨ましく思っているのだろう。
(けど、そのレイ兄の考えが分かる私も私か)
清々しい表情を浮かべるグレイと呆気にとられるチンピラたちの表情を満足気に眺めながら、リンはふと後ろを振り返った。
倉庫の入口に佇んでいた一羽のカラスが、静かに飛び去った。




