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-神宮玲慈は飾らない- 3



「……見てられん」



 カラスが飛び立った直後、溜め息のようなか細いが倉庫の外から聞こえた。


はっとして、リンはその声のした方向を注視する。



「うん? なんや面白そうなことやっとるやん、わいも混ぜてや」



 そしてもう一つ、かつて「カンサイベン」と呼ばれていた、地方独特の訛りのある声が同様の場所から聞こえた。



 グレイもその声に気づき入口の方を見やると、そこに二人の男が歩いてきた。



 一人は引き締まったスレンダーな体格に、白のタンクトップを着た二十代後半の精悍な顔つきをした男。


例えるなら、落ち着きを得たチーター。



 もう一人は派手な柄をしたシャツと短パン、それにサングラスをかけた怪しい風貌をした男。


例えるなら、人型の飄々としたカメレオン。



 双方共に、神水を入れた容器を収納するためのホルダーを腰に身につけている。



「ん? おまえは昨日の……」



タンクトップの男がグレイの顔を見て呟いた。



「何や黒鐘(くろがね)はん、知り合いでっか?」



「ああ。昨夜、矢上こいつらから神水を奪ってそのまま捕まってな。それを助けようとして、俺もやられた」



「ほー、あの黒鐘はんが負けるなんて、今日は雨が降ってもおかしくなかったわけや」



「それがもし『赤い』雨なら、俺は毎日負け続けるんだがな」



 黒鐘という男とサングラスの男は、場にそぐわな軽いジョークを言い合いう。


しかし、互いにその瞳は険しく、グレイたちに逃げる隙も攻める隙も与えない。



「して今朝は神水を集めるために、こんなトコまで来たわけですかい。あんさんら暇でんなー」



「ええ、最近なかなか経済状況が厳しくて。それで、そういうあなたたちは何者なのでしょうか?」



 ここで神宮玲慈お得意の「下手から入って不意をうつ」作戦発動。



「こいつは失敬。わいは一応ここの頭を務めさせてもらっとる、毒島皿目(ぶすじまさらめ)いうモンです。よろしゅう」



 しかし、流石にリーダーを名乗るだけあって、先ほどの有象無象のようなチンピラのように上手くはいかない。


それどころか、黒鐘という男も毒島という男も、さっきからまるで気を緩める素振りを見せない。



(口調はいかにも弱そうだってのに、こいつかなりの手だれか?)



「んで、あんさんらの名前は?」



「自分は神宮玲慈と申します。そちらの子は小森凛です」



「神宮はんに、小森ちゃんか。ていうかこの子、よう見たら随分と可愛らしくて……」



「……っ!」



 その言葉をきっかけに、それまで臨戦態勢をとっていたリンが動き出した。


基本的に「男」という人種を好まないリンは、彼らから褒められたり蔑まれたりすることを毛嫌いする。


それは彼女の過去が原因ではあるが、今は割愛する。



 まだ血の止まっていない手首の傷に注射の針をさしこみ、出来た液体を「引っ張」る。


焦りからか注射を強く押しすぎてしまい、若干神水がこぼれ落ちてしまったが気にしない。


目標はサングラスの男、すなわち毒島。その足元目掛けて糸を操り、足首に巻きつけようとした。



 しかし毒島は、リンの初動の動きから即座に「糸」による攻撃だと判断。


そこからの行動=足に引っ掛け転倒させる、ないしは腕を拘束し自由を奪うかの二択と推定。


その両方に対応するため、両腕を後ろに回し、膝を曲げながらのハイジャンプ。


見事にリンの糸を捌いた。



「……喧嘩早い性格でんなぁ」



 無言のまま糸を手元に手繰り寄せ、リンは毒島の様子を窺う。



「リン、あまり自分からは手を出すな! 戦況的にも不利になりやすいし、後々厄介になる」



「ごめん、なさい」



「はっはー、素直でいい娘だねぇ。でも、あんまりぼーっとしてていいんでっか? 神宮はん」



「っなに!?」



 神水を口にして速度上昇(スピードアップ)の雨術を発動させた黒鐘が、グレイの不意をついて一気に近寄ってきていた。


そして黒鐘は、その右腕を大きく振りかぶった。



(確かに速いが、俺にとっちゃ遅すぎるな)



 弾丸すら見切るグレイの赤の瞳(レッドアイ)にとって、人間の動きなど簡単に見切れる。


たとえそれが雨術によって強化されたものだったとしても、そのスピードには限界があるからだ。



(だから簡単に避け――いや待て)



 ここでグレイは冷静さを取り戻す。無能なチンピラを相手にしていたせいで、危うく自分まで思考が単純化するところだった。



(奴は昨日、これと全く同じ状況に遭遇し、そして敗北している)



 そう、あのときはここでカウンターをお見舞いし、そのまま難なく勝つことができた。


だが、一度それを経験した黒鐘はおそらく学んでいる。「自分の速度を過信してはいけない」ということを。


今まで戦ってきたチンピラなら露知らず、明らかなやり手である眼前の男が果たして同じ間違いを犯すか――?



(答えはNO あの振りかぶった腕はフェイク! なら本命は……)



 グレイは反撃の判断を捨て去り、再度、黒鐘の四肢に目を向けた。


すると案の定、右腕を振りかぶりつつも、姿勢を低くしつつ左足が前に出かけているのが分かった。


カウンターを食らわせようとしているグレイに対し、それをすかして逆に足払いをしてやろうという魂胆だ。



(だったら答えは右上にジャンプ、そこから体勢を整えての反撃!)



 この間わずか0.2秒。


その刹那とも思える一瞬にグレイはここまで思考し、そして行動に移した。



 足払いを避けつつ、黒鐘の右腕のリーチ外に逃げられる右上方向へのジャンプ。


それまでグレイの足があった場所に、黒鐘の長い左足が割り込んでくる。


黒鐘の驚いた顔を左端の視界に捉えながら、グレイはしたり顔で地上に着地しようとした。




 だが、グレイのその読みは甘すぎた。




 なぜなら、今の行動は相手が黒鐘しかいない前提での動きだからだ。


もう一人の共闘者の存在が頭から抜けてしまっていた。



――黒鐘の表情がかすかに緩む。


その直後、身をかがめた黒鐘の後ろから、突然毒島が現れた。今度こそ、思い切り腕を振りかぶりながら。



(しまっ)



 空中ではどう足掻いても避けることはできない。


どれほど目で見えていても、それに対処できなければ何の意味もないに等しい。


 

 黒鐘はその性質を見破り、毒島と協力することで瞬間的にグレイをジャンプさせることに成功したのだ。



 よくよく考えればすぐに考えつく二段構え。


だが、昨日のカウンターの成功が頭にあるせいで、どうしてもそれをもう一度繰り返したくなる。


そしてその判断が間違いだと気づき、慌てて「避け」の判断に移行。


そこに生まれる時間のロスが、グレイから落ち着いた正しい判断を奪い去った。



「二人いる」という当たり前の事柄が、「カウンターで勝てる」という目先の勝利への近道に消し去られてしまったのだ。



(最初、毒島が俺に黒鐘が近づいてきていることを教えたのも、この連携を確実にするためだったのか――!)



 結果、グレイは身動きできない空中で毒島から重たい一撃を食らう――はずがなかった。




 忘れてはならない。というより誰もが気づく。


相手が「二人」なら、こちらも「二人」


小森凛がその状況を黙って見ているはずがなかった。



「レイ兄っ!」



 リンは咄嗟に手元に残っていた糸を毒島の右腕に巻きつけ、糸を引き寄せた。



 先ほど慌てて神水を注入しすぎたのが幸いし、リン手元の糸はまだ元に戻ってはいなかった。


それが結果としてリンが糸を生成する時間を短縮し、何とか毒島がグレイを殴る前に動きをとめることができた。



(あの小森っちゅう小娘、この距離でも的確に糸を投げてくるか……。これはちと予想外)



 毒島はそのまま右に大きく体勢を崩した。



 しかしこの土壇場の状況に備え、毒島は更に「予備のもう一手」を打ってあった



 その最後の詰めは雨術。それによる攻撃だ。


毒島はバランスを崩した不自然な体勢のなかで、最後の力を振り絞り首を前に突き出した。


そして息を大きく吸い込み――。



「はぁぁぁああああ。…………喝っっっ!!!」



 大声で叫んだ。



 するとその前にいたグレイが、後方に激しい勢いで吹き飛んだ。


まるで不可視の打撃を浴びせられたようだった。



「っくぁ……!」



グレイはそれに対応する間も、受身を取る余裕もなく、地面に叩きつけられた。



 その直後、同様に糸に引っ張られていた毒島が地面に落ちる。


着地の際に毒島は小さな悲鳴をあげたが、そのダメージは軽微。グレイとは比べ物にならないほど軽い傷だった。



「いったたた。年寄りにはちとキツイ運動やったかもなー」



「お前、まだ二十過ぎだろう」



「メンタル面ではとうに還暦迎えてんねや」



 ほんの数秒だけの接触。それだけでグレイとリンは悟った。


対応力、応用力、判断力、全てにおいて相手が上回っていると。


どうしてころほどの猛者が、こんな陳腐なチンピラ集団のリーダーをしているのか分からない。そんなレベルはとうに超えているはずだ。



 打ち付けられた体が激しく痛むなかで、それでもグレイは立ち上がった。


先ほどの謎の「声」による攻撃のせいで万全の状態とまではいかなくても、十分にまだ戦える。


そして何より、その双眸はまだ戦いの意志を宿したままだった。



(ま、わいの舞踊る音源(ダンシングサウンド)の威力は微妙やからの。流石に一撃ではくたばらんか)



「ほぉ。わいの「叫び声」を聞いてまだ立てるとは、あんさんなかなかやりますな。



「……嘘つけ。今のは明らかに、ダメージ重視の攻撃じゃ、なかっただろうが」



「いやいやそんなこと無いですって! 神宮はんの体がそれほど屈強やったってことちゃいまっか?」



 悠々とほらを吹き続ける毒島。彼は呼吸をするように嘘と冗談を吐く。



 毒島は隣にいる黒鐘に耳打ちした。



「黒鐘はん、ほんまに昨日コイツらに負けたんでっか? 雑魚ですやん」



「油断していた、ということにしておいてくれ」



「まぁ、あんさんは仲間思いでっからな。それで力んでもたってことにしましょ」



 その後、黒鐘はグレイとリンにむかって言った。



「では、そろそろご退散願おう。俺たちもこれ以上おまえたちに怪我をさせたくは無い」



 その発言には裏があるわけでもなく、純粋に言葉通りの意味のようだった。


他のチンピラのように無闇に暴力を振るうでもなく、それでいて底知れぬ力を持った者。


グレイは、ますます彼らがここにいる理由が分からなくなった。



「一つ質問があるんだが、いいか?」



黒鐘は毒島の方を一瞥してから、静かに頷いた。



「どうしてアンタらはそんなに強いのに、こんな所のリーダーなんかしてるんだ?」



「ここのリーダー「も」しているというだけだ。本来は別の仕事をしている」



「その仕事って雨乞いか? それだけじゃ食っていけないのかよ?」



「雨乞いではない。だが安定していないという点では同じだな。副業がどうしても必要になる」



「へぇ、そうか……」



 そう言いつつ、グレイは遠くにいるリンにサインをを送ろうとした。

 

だが、出来なかった。



 どのみち、こんな会話からの不意打ちなんて通用しないだろう。



 ならば黒鐘の言うとおり、ここはおとなしく退くしかない。


神水は惜しいには惜しいが、こんな強敵二人を相手にしてまで手に入れようとは思えなかった。



「分かった。ここを去る。邪魔して悪かったな」



「ええてええて。どうせ久老やろ?」



「く、久老を知ってるのか?」



 グレイは予想外の名前に耳を疑った。



「むしろこの界隈やったら、知らん奴の方が少ないて。あの生意気ガラス、しょっちゅうここに雨乞い誘っては、わいらにボコらせるんや」



「俺たちが最初じゃ、無かったのか?」



「いんや、一週間ぐらい前からずっとや。あいつ人間同士の殺し合い見て楽しむ外道やからな。さっき入口におったあの部下のカラスを経由して、ここの戦いを観戦してるんやろ」



 その言葉を聞いてグレイは何とも言えない、ぐったりとした気分になった。

 


(つまり俺たちはあいつに遊ばれたってことかよ……。その上神水もとられてよぉ)



「んでこっちも質問なんやが、あの女はあんさんの連れか?」



「へ?」



 完全に記憶からなくなっていたが、そういえば一人の女性を助けていたのだった。


なんともやり切れない気持ちになっていたグレイは、とりあえずその場しのぎに



「あぁ、はい。そうです」



と言ってしまった。



 そしてこの発言が、グレイの運命を少しだけ変えることになった。



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