エピローグ
「この度はどうもありがとうございました……。
まさか、メイドがあんなことを……」
精魂尽き果てた様子の主人は何度も先生に頭を下げている。
処方箋を出す医師のような事務的な態度で先生は頷いた。
「女性の嫉妬は殺人の動機になりえます。
あのメイドはあなたとの関係をすべて破壊して、
一生消えない傷を残そうとしたのでしょう。
……あなたは今回の事件であまりに多くのものを失った。
なので、これ以上私からは何も申し上げません。
しかし責任の一端はあなたにも十分にあったことはお忘れなく」
「……はい。肝に銘じます。……重ね重ね、ありがとうございました」
主人はボクにも丁寧に頭を下げた。
「お嬢さんも……どうもありがとうございました。
まさか、あんな……あんな小さな体で、あれほどの、暴漢を……」
小さいと言われたことは癪に障ったが、まぁよしとしよう。
「いえ、これがボクの仕事ですから」
「デレも見えたことだし、さっさと帰ろうか。
今日の残りに目を向けよう。
主人、達者でな。
兵士にもよろしく」
そっけなく先生は回れ右、スタスタと歩いて行ってしまった。
ボクも主人に会釈して、後を追う。
「先生、ワインの澱ってどこにあったんですか。
いったい、いつのまに」
先生は肩をすくめた。
「さぁ? あの家のどこかにあるんじゃないか」
「……ブラフだったんですか?
そもそも、なんでワインに薬があると確信できたんですか。
まだ推測の域を出ていなかったはず――」
「ツンデレというものはね」
また始まった。
「辛抱強く寄り添わなければいけない。
どれだけ素っ気なく突っぱねられても、焦ってはいけないんだ。
そうすれば、いずれ向こうからデレる。
案外、きっかけは些細なものさ」
「……どういう意味ですか?」
先生は呆れたようにため息をついた。
「まったく。
君は私ばかり見て周りが全然見えていないな。
私がワインをもってダイニングに入ったとき。
ワインに口をつけて君たちを睨みつけたとき。
そして、一番はツンデレ講義をして結論を言ったとき。
そのまま、君に薬のことを聞いたとき。
メイドは顔に出ていた。
目が泳いだり、呼吸を乱したり、
明らかに隠し事をしている兆候だ。
それで十分だった。
薬はワインの中だ」
先生はニンマリと微笑んだ。
「密室は、必ずデレる。
予定調和だよ。
可愛いお嬢さん」
「なっ……!」
探偵の観察力を遺憾なく発揮した先生は
ここぞとばかりに頭に手を乗せてきた。
「あれ?照れた?」
「……っ、まだ仕事中ですよ。もう」
と、ボクは急激に熱くなった顔を隠すように歩調を速めた。
跳ねのけることも出来たはずの手を、
そのままポケットに突っ込んで。
先生の歩幅に合わせていた。
(完)




