第三話 すべての密室はツンデレに通ず
ダイニングルームに関係者が集まってくる。
主人、兵士、メイドの三人。
三者三様の反応で席に座った。
最後に先生。
キッチンから勝手に拝借したであろうグラスに入れられたワインを持っていた。
「いったい誰がやったんだ!許せん!」主人が真っ赤になる。
「じ、自分はなにも知りませんよ」兵士が真っ青になる。
「ああ、そんな。奥様、奥様……」メイドが真っ白になる。
「皆様、お集まりいただきありがとう。
密室による夫人の怪死事件。
これは自然死ではなく、殺人です。
間違いありません」
席に着くなり開口一番に殺人事件だと断定。
先生はワインを一口舐めながら、
テーブルに座るボクたちを睨め付けた。
ピストルと鞭を携えて、
猛獣の巣へと殴り込みに行くような気迫だ。
全員が唾を呑み込んだ。
「だが、真相解明に移る前に、ツンデレについて講義してやろう」
ボクは額に手を当てた。
「ツ、ツンデレだって!?
そんなのはどうでもいい!
早く犯人を――」主人が声を荒げて立ち上がった。
しかし、先生は眉間に深刻な皺を寄せて制止した。
「ツンデレが、どうでもいいだと?
……なら帰る。
聞かないなら帰る。
事件も解かない」
あまりに堂々たる拗ね宣告。
そのまま荷物を持って立ち上がった。
皆があっけにとられる中で、
ボクは慌てて、
「わ、分かりました! 先生! ツンデレは重要です!」
と言うと、
先生は即座に振り返って、
「よろしい。では続けよう。ご主人もそれでよろしいか」
圧。
主人は教師に叱られた生徒のようにシュンとなった。
「……はい」
異様な空気が流れる中で、先生は満足そうにうなずいた。
何処からか持ってきた黒板の前に立ち意気揚々と話す。
これからはじまるのはツンデレ講義。
だが、まてしばし。
ツンデレというのは、すわなち。
――密室なのである。
「では聞くがいい。ツンデレにはいくつか種類がある。
まずは、偶然が重なり最悪の出会いを果たすタイプ。まだ好意はない。
次に、好意はあるが素直になれないタイプ。愛情表現が遠回しだ。
さらに、好意があることは隠しているつもりでも、観察すれば一目瞭然のタイプ。
主人公を想っているが、家の事情などで気持ちを隠し、距離を置くタイプ。
あるいは、好みの人物を演じて本心を隠すタイプ」
そして――」
彼は黒板に新しい項目を書いた。
『遠隔で殺害したにもかかわらず、室内で犯行が行われたように見せかける密室』
『被害者はまだ生存している。密室を破った瞬間に殺害し、密室殺人と思わせる密室』
「先生」
「なんだ」
「後半、密室ですよね?」
「細かいやつだな」
彼は咳払いを一つ。
「だが、もう分かっただろう。
今回のツンデレは、『密室を破った瞬間に殺害し、密室殺人と思わせるタイプ』だ」
全員が息を飲んだ。
「つまり、被害者はまだ生きていた。
犯行は夜分に行われたんじゃない。
――朝なんだ」
静寂。
誰も言葉一つ発しなかった。しかし、いち早く声を上げた兵士は気色ばみながら立ち上がった。
「じ、自分が嘘つきだと言いたいんですか!?」
「当たらずも遠からず、と言ったところだな。兵士君」
「なっ……!確実に、誰も、怪しい者は部屋に入れていません!自分はやってません!」
「そう慌てるな。順を追って話を聞こう。
それと、あまり『私はやっていない』と声を荒らげるものではない。
かえって疑いを深めるだけだ」
兵士はまだ何か言いたげであったのでボクも落ち着かせるように言葉を掛ける。
「兵士さん、今は話を聞いてください。あなたが無実なら、きっと悪い用にはなりませんから」
「……はい」
兵士はうなだれながら席に戻った。
先生は咳払いを一つ。真相を覆う岩盤へ、言葉の楔を打ち込んだ。
「主人に質問がある。
夫人は昨晩、晩酌をしていたそうだ。
普段どれくらい飲むのかな」
「……ボトル2本くらい開けます」
「夫人はかなりの上戸だったわけだ。
夕食もしっかり食べて空腹でもなかった。
なのに、たったのグラス2杯で泥酔した。
なぜか?」
先生は顎をしゃくってボクに突き出した。
答えは歴然だ。
「薬が入っていたからだと考えられます。
極めて強力な睡眠薬だった。
だから、有毒反応がでなかったんです」
先生はボクの答えに満足したようにうなずいた。
「まさしくそのとおり。
薬とアルコールの食い合わせで急激に意識朦朧となった夫人は部屋に戻る。
薬は容量を過剰に逸脱していたのだろう。
ベッドの上で仮死状態になっていたのだ。
だから、主人の呼びかけにも応じなかった」
「なる、ほど……」
額に玉汗を噴き出しながらしどろもどろに呟いた。
「兵士、貴君に聞きたい。
朝、メイドが夫人を起こしに来た時、
鍵を壊して部屋に入ったそうだな。
貴君は夫人の様子を確認したか」
「は、はい」
「夫人は死んでいたと誓えるか」
兵士は言葉に窮した。
何かを言おうとしては辞めては繰り貸す。
辛抱強く腕を組む先生は、何時までも待つぞと言わんばかりに背を預けた。
「……いえ。本当は、自分は入口近くで見ただけなので、わかりません」
「そうか。医者を呼んでくれたそうだな。
どれくらい部屋を空けた」
「五分ほどです」
「わかった」
兵士は安堵と罪悪感が入り混じった顔で頷いた。
「犯人は」先生はふぅと息を吐いた。
「部屋に入って夫人の様態を確認する必要があったのだ。
昨晩たらふく睡眠薬を飲ませたからな。
もしかしたらそのままあの世に旅立っているかもしれない。
だが、まだ息があったなら改めて始末しないといけない。
これが兵士に鍵を破壊させて押し入った理由だ。
その後の流れは簡単。
部屋になだれ込んだ犯人は、
未だ昏睡している夫人を指さして、
死んでいると声を張り上げた。
冷静さを失った兵士まんまと騙されて医師を呼びに行った。
部屋に残されたのは犯人とまだ息がある夫人。
五分間も二人きりになったんだ」
「は、犯人はどうやって妻を絞め殺したんですか」
胸元を握りしめながら絞り出す主人。
「首に跡はなかったはずですよ」
「……凶器、そうだな。凶器についてはなそう。
実に巧妙に隠していた。
枕だ。
夫人の寝具である枕を抜き取って顔に押し当てたんだ。
裏にくっきりと残っていたよ。
夫人の噛み跡と、まだ湿っている唾液が。
唾液跡こそが、犯行が夜ではなく朝だった証だ。
犯行を終えた犯人は枕を元に戻し、
そのまま素知らぬ顔で部屋にいたのだよ」
主人、兵士、メイド、ボク。
テーブルに座る者たちの目を丁寧に睨んでいった先生の視線が、一点で止まった。
「これが事件の真相だ。
そうなんだろう。
――メイド」
全員の視線が集中する。
「な、何で皆さんわたくしを見るんですか……?
ち、違います。わたくしやってません!
信じてください!」
疑念。
口には出さないが、全員が同じことを思っていたと思う。
先生が机に肘をついた。
まるでウサギを狙う猛禽類のような目だ。
「メイド、最後にひとつ聞く。
夫人の最期の晩酌に付き合ったのは、お前だな?」
メイドは脅えた顔をしていた。
震えていた。
自分にそんなことは出来るわけがない。
そう言いたげに身を縮めている。
だけど、狩人は許してくれない。
銃口を突き付けるように、メイドの双眼を射抜いていた。
沈黙に堪えられなかった主人が
「何とか言ったらどうなんだ!メイド!はっきり答えなさい!」
腹痛に喘ぐようにして言った。
その瞬間。
「――そうですよ」
その声は驚くほど、落ち着いていた。醒めていた。
「で? わたくしが奥様に睡眠薬を盛った証拠はあるんですか?」
豹変だ。冷たい目。顔には表情がない。
「どうなんです? せ・ん・せ・い?」
うんざりしたような顔で先生はこめかみを掻いた。
夫人を手に掛けられたのは確かにメイドだけ。
それは明らかだろう。
しかしながら、薬に関しては憶測でしかない。
急所だ。まだ証拠は見つかっていな――
「あるぞ」
「――えっ?」
虚を突かれたようなメイドの声が聞こえなかったらボクが言っていただろう。
先生は小さくため息をつくと、ワイングラスを持ち上げて軽く舐めた。
「あると言ったんだ。
お前、ワインの残りを捨てただろ。
キッチンに澱が残っていたぞ。
そこにびっしりと薬が検出された。
初歩的なミスをしたな。
犯人はメイド、お前だ」
メイドは目を見開いた。
ワナワナと口を動かすが、声は続かない。
やがて、膝をつくように俯き肩を震わせた。
ボクはそれが観念、あるいは屈辱によるものだと思ったが、違った。
メイドは突然髪をふり乱しながら顔を上げた。
「あーーはっははは、あはっ!はぁーはっはっはっは!」
まるで狂気の役を演じているような、血気迫る笑いだった。
主人は口を堅く結び、兵士は気圧され、息を飲んで様子を見守る。
メイドはひとしきり笑うと、席を立った。
「はい。わたくしがやりました」
そして主人にとびっきりの笑顔を見せた。
「奥様をあんなに苦しめておいて、自分だけ被害者面ですか?
――愛していますよ、ご主人様。
最期の瞬間まで、わたくしを愛し続けてください」
次の瞬間、メイドは懐から包丁を取り出した。
兵士が主人を庇って躍り出る。
だが、切っ先はそこには向かない。
凶刃は両手で固く握られ、持ち主の胸の奥へと――
それと同時に、ボクはメイドに向かって飛び掛かった。
包丁を蹴り飛ばし、そのまま腕をとって床に叩きつける。
肺を押しつぶされたメイドから「ぎぃ」と苦悶の声が押し出された。
そのまま腕を締め上げる。
「ああああああ!! 痛い痛い痛い! 放して、放せええええっ!!!」
「暴れないでください! 腕をへし折りますよ!」
「ううっ……! ううううっ……」
咽び泣くメイドから体の力みが取れていく。
もうヤケは起こさないだろう。
念の為に手を縛ったけど、抵抗する様子もない。
彼女は抜け殻のようになっていた。
あっけない幕切れだ。
敢え無くメイドは警察に引き渡されていった。




