第一話 ツンデレとツインテール
「良い密室というものはね、実にツンツンしている」
「……はい」
部屋に入るなり先生が変なことを言いだした。
ここで話を聞いてあげないと拗ねて帰ると言い出しかねない。故に話を促したが、思ったよりも数倍生返事になってしまった。幸い先生は気にしていない様子だ。
「容易く心を開かない。デレる姿など、誰にも想像できない。
だからこそ、品がある。
ほら、この部屋を見たまえ。
『入れるものなら入ってみなさいよっ!』と鼻を鳴らし、
こちらへ背を向けているじゃないか」
そういってショーマンよろしく腕を広げて恍惚としている。上機嫌で大変結構。このまま調子に乗らせて事件をさっさと解決して貰おう。
「あとは『か、勘違いしないでよねっ!』とかですかね」
「どういうことだ?」間髪入れず怪訝な顔をする先生。
ボクは啞然とした。ちょっと可愛くやったのにこの仕打ち。カッと耳まで熱くなる。この裏切者め! という気持ちを込めて先生の脇腹に手刀を差し込むと、グフッと声を上げてよろめいた。
「う、うるさい! 馬鹿な事言ってないでさっさと始めますよ!」
「ン、ンフフっ……。そうだな。そうしよう」
そういって彼はポケットに手を入れて背筋を伸ばした。首をゆっくりと回しながら現場を見回す様は上背がある分、夜の灯台のようだ。こういう時にボクももう少し背があればなと思う。
「実に頑強だな。君、どう思う?」
「そうですね……」ボクも改めて部屋を見回してみた。
一人暮らし用の宿部屋は簡素な造りだ。右手側に木製のベッドに左手側に簡単なデスク、クロゼットが燭台によって照らされている。小さい暖炉も備えられていたが、稼働はしていない。煤っぽい埃をかき分けながら床を踏むと軋みが響く。男性の遺体は部屋の真ん中で四肢を投げ打つようにして倒れていた。青々とした隈がくっきりと刻まれた目は見開かれ、黄色い歯は死してなお食いしばられている。首からはおびただしい血が流れたようで、床に赤い染みが残っていた。手には軍用と思しきナイフ。刀身に赤錆のような血の跡があった。
「自殺……ですかね」
「その割にはずいぶん大忙しだったようだ」
先生はつかつかとクロゼットに歩み寄ると、人差し指をスッと走らせる。ザックリと切り裂かれた跡だ。デスクにもベッドにも無数の線。逆手でナイフを突き立てたような跡もあった。
「誰かと争ったと言われても疑問には思いませんが、先生はどう思いますか」
「であるならば、他に血痕があっても良いはずだがね。不思議と被害者周り以外に血はない」先生は顎に手を当てた。「見えない何かと殺し合ったのか……?」
「まさか、幽霊とか?」
薄気味悪い部屋だ。宿全体もどこか鬱蒼とした森のようで、暗がりに人の気配を感じる。さっきの言葉も冗談半分だったが、半分は本気だった。
「ふむ。興味深い意見だ。参考にしよう」
先生はそれきり黙り込んで思索にふけっている。てっきり馬鹿にされると思ったが、思いのほか好印象だった。調子を良くしたボクは他も見て回る。窓には鍵が掛かっていた。クレセント錠だ。鎧戸も閉められ内鍵が降ろされており、守りは盤石。ベッドサイドには錠剤入りの瓶があった。扉に駆け寄ってみる。木製の板を組み合わせた押戸。ウォード錠に加え内鍵も降ろされていたようだ。今はこじ開けられて破損しているが。
「内鍵が掛かっている――それは、ただ鍵が掛かっているのとは訳が違う」
「わっ!ビックリした!」
音もなく忍び寄っていた先生が腰を折り曲げながら鍵を見つめていた。
「あれは部屋自らが『入るな』と言っているのだ。勝ち気なツインテールを見れば、誰もがツンデレを期待するだろう?」
「ツイン……?」
腕を組んで重く頷く先生は片眉を上げてニヤリ。爆弾魔がスイッチを押す寸前にするような笑みを浮かべた。
「内鍵も同じだ。王道。密室界のツインテールなんだよ」
どういう意味か測りかねるが、先生の目が炯々と怪しく光っていた。ボクも知恵を巡らせる。なぜ内鍵が閉められていたのか。ナイフで喉を掻き切った被害者。しかし、実は犯人が切り裂いたのだとしたら……。
「……犯人が何らかの方法で内鍵を閉めたということですか。自殺に見せかけるために」
しかし、先生は首を振った。
「それはまだわからん。内鍵は被害者によって閉められたのかもしれない。閉じられた部屋は牢であり城にもなる。密室を作り“幽霊”から身を守りたかったのかもしれんな」
先生はドアノブに手を掛けた。
「関係者の話を聞きに行くぞ。被害者についての情報も得たい」
「はい先生」
ボクも軽く伸びをして、スタスタ歩いて行く先生の背中の後を追った。




