第32話「鉄の骨、温かいスープ」
§ § §
帰宅後。
遼は何も言わずにキッチンに立ち、夕食を作った。鶏むねと玉ねぎを炒め、いつもの味噌汁を作った。
食卓に椀を二つ並べた。
凛は定位置——テーブルの向かいに座り、その椀を受け取った。湯気が立つ。白味噌に豆腐と刻んだ葱。
「……いつも作ってくれます」
「うん」
「私は食事の必要がありません」
「知ってる」
「それでも作ります」
「癖みたいなもんだ」
凛はしばらく椀を見つめていた。
「……美味しい、です」
遼は顔を上げなかった。箸を動かしながら、
「そりゃよかった」
と言った。
窓の外で、渋谷のネオンがぼんやり光っていた。遼の記憶の中から、また何かが消えた日の夜だった。だが今夜は——ここだけは、少し温かかった。
§ § §
——報告ログ:Day 15
対象:朝霧遼(登録アンカー/仮ID:A-017)
報告者:月城凛(管理端末Rin-01)
宛先:CHRONOS中央管理局
渋谷にてパッチワークス主導の大規模グリッチが発生。レベル四。対象が深層デバッグを実施。
私は対象を庇護するため、リストアの全出力を投入しました。
結果、私の外装テクスチャが損壊しました。人間の皮膚層の下に、機械的な構造体が露出しました。金属骨格。コード基盤。青い光。
対象は、私の正体(機械の素体)を見ました。
対象の反応を記録します。
「……そっか」
三秒の間。
「怪我は、してないな。ならいい」
それだけでした。
態度の変化はありませんでした。帰宅後も通常通りの会話を行い、夕食を作り、私にもいつものように味噌汁を出しました。
……
対象は、私の正体を知りました。
人間ではないこと。代替可能な『機械』であること。
それでも、対象は私に味噌汁を作ってくれました。
この事実の処理が、完了しません。
Day 12から継続中の未完了演算が、さらに深層領域へと到達しつつあります。
私のシステムに発生している定義不能な負荷が——過去最大値を記録しています。
報告は以上です。
——Rin-01のハイブリッド情報が対象に露見した。加えて、感情ロックの深刻な揺らぎを確認。
状況の重大性を鑑み、次回診断時に感情ロックの最高レベルでの再強化を実施する。警告する。 〈管理局〉




