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第29話「乱数の種子」

 マップに向き直った。五つの赤いピン。渋谷、新宿、池袋、中野——


 視点を変えろ。座標ではなく、時間だ。


「……待てよ」


 発生時刻を時系列に並べ直す。七時、九時、十時半、十二時。間隔は二時間、一時間半、一時間半。一定ではないが——


 遼はログデータの横に、別のウィンドウを開いた。気象庁の日照データ。


「渋谷のピン、午前七時。ハチ公前の東側——朝日が差す前の、まだビル影になってる時間帯だ。新宿、九時。西口の高層ビル群の北側で、午前中は日が当たらない。池袋、十時半。サンシャインの裏手。中野、正午——」


 すべて、その時間帯に日陰になる場所だった。


「犯人は日照条件で起動タイミングを決めてる。デバイスが太陽光の熱で誤作動しないよう、わざと日陰になる瞬間を狙ってタイマーをセットしてるんだ」


 凛が立ち上がり、遼の背後からマップを覗き込んだ。


「……仮説を検証します。五地点の日照遷移データと起動時刻の相関係数は——〇・九八。有意です」


「だろ」


 遼の目が光った。乱数の種子(シード)が見えた。法則が、解けた。


「この法則に従うなら——次は」


 日照データとビル群の配置を重ね合わせる。午後の日陰。まだ起動していない潜伏デバイス。条件に合致する座標を逆算する。


「秋葉原、裏通り。ラジオ会館の北側——午後二時に日陰に入る。三十分後だ」


 遼は立ち上がり、コートを掴んだ。脇腹が軋むのを無視して袖を通す。


「行くぞ、凛。先回りして、この強制錯誤出力機(グリッチ・エミッター)を仕掛けた泥棒猫の顔を拝んでやる」


「了解しました。ただし——」


 凛が遼の前に立ちはだかった。小柄な身体が、玄関への導線を正確に塞いでいる。


「あなたの右第七肋骨は完治していません。急激な運動は推奨しません」


「推奨しなくても行くぞ」


「…………」


 凛の銀色の瞳が、遼の顔をじっと見た。三秒。何かを演算しているのか、何かを堪えているのか——三週間一緒にいても、まだわからない。


「……直ちに同行します」


 根負けではない。たぶん、最初からそのつもりだった。止めてみせることが、凛なりの「心配」の出力形式なのだと——遼は最近、気づき始めていた。


 玄関のドアを開ける。四月の風が吹き込んだ。


 三週間前の夜、このドアの前で銃を向けてきた少女が、今は遼の半歩後ろを歩いている。足音が——ほんの僅かに、聞こえる。床を踏む確かな重力。空気を押しのけて、この世界に存在している音。


 遼の背中を追う「相棒」の足取りが、昼下がりの街へと向かっていった。



§ § §



 ——報告ログ:Day 14


 本日、都内五箇所において人為的と思われる連続バグ(レベル一〜二)が発生。対象はこれを全て修正しました。

 さらに、対象はバグの発生ログから法則性を導き出し、次回の発生ポイントを予測しました。日照条件とデバイスの熱耐性の相関を直感で看破した推論は、私の演算速度を凌駕するものでした。


 また、対象の疲労回復措置として、データベースより「コーヒーの最適抽出手順」を構築し、実行しました。

 対象はこれを「うまい」と評価しました。

 「うまい」の定義は依然として不明確です。しかし対象の声紋データに、通常の肯定評価とは異なる周波数の揺れが検出されました。この揺れの意味を解析しようとしましたが、Day 12から継続中の未完了演算がリソースを圧迫しており、処理が完了しません。


 ……Day 12の未完了演算は、現在も継続中です。


 なお、本日の出動時、対象の肋骨の状態を懸念し、外出前に制止を試みました。結果は無効でした。対象は私の警告を無視して出動しました。

 この行動を「無謀」と分類すべきか「信頼」と分類すべきか、判定が保留されています。


 さらに、秋葉原にて『グリッチ・エミッター』の設置者を捕捉した際、特記事項となる事象が発生しました。

 被疑者が私に対して「そんなロボット、いずれ廃棄処理される」という趣旨の発言を行いました。これは管理端末の仕様上、正確な事実です。

 しかし、対象はこの発言に対し明確な怒りを表明しました。


 「あいつは俺の相棒だ。部品じゃない」


 ……


 この音声データの再生を、本報告書の作成中に四回実行しました。

 再生のたびに、Day 12から継続中の未完了演算のリソース圧迫が激増しています。

 演算の終着点は、依然として不明です。


 報告は以上です。


 ——Rin-01의 미완료 연산의 장기화를 확인. 파라미터의 일탈이 가속되고 있다. 차회 진단 시에 감정 록의 재강화를 검토한다. 〈管理局〉

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