第13話「システム・エラー」
同居一週間目にして、朝霧遼の生活にはいくつかの法則が生まれていた。
法則その一。朝食を作ると、凛が完食する。
法則その二。夕食を作ると、凛がおかわりする。
法則その三。何を出しても完食する。
味噌汁だろうが生姜焼きだろうがコンビニのカップ麺だろうが——最後の一口まできっちりと消費し、「エネルギー補給完了」と報告する。感想は求めても基本的には出てこない。空になった皿だけが、雄弁に何かを語っている。
今夜もそうだった。
鯖の味噌煮、小松菜のおひたし、なめこの味噌汁。ご飯は二合炊いた。一人暮らしの時は一合で二食分を賄っていたのだが、凛が来てからは二合でも足りない日がある。体重四十キロあるかないかの少女が、成人男性と同じ量を平然と消費するのだ。
遼が最後の味噌汁をすすっている間に、凛の膳は既に空だった。
「……今日は鯖の味噌煮か。煮汁の粘度が昨日の肉じゃがより高い分、白米との相性が——」
「食事分析は不要です」
「感想だっつってんだろ。お前も何か言えよ」
凛は空の皿を見下ろした。数秒の間。
「……鯖の脂質が味噌のアミノ酸と反応し、加熱により生成されたメイラード反応物質が——」
「いや、そっちのが成分分析だろ」
「……美味しかったです」
最後の三文字が、他の単語より僅かに小さかった。
遼は箸を置き、茶碗に残った米粒を眺めた。この一週間で確信したことがある。月城凛は、食事が好きだ。「エネルギー補給」と言い張るが、朝の味噌汁は必ず二杯飲む。おかずは残さない。そして時々——本当に時々だが——箸を止めて何かを処理しているような間がある。味を、記録しているのかもしれない。
「おかわり、いるか」
「エネルギー補給は既に——」
凛の視線が、鍋に残った鯖に一瞬だけ向いた。一瞬だけ。
「……追加補給は、効率的です」
遼は黙って鯖を凛の皿に移した。煮汁もたっぷりかけてやった。
凛は無表情のまま箸を取り、鯖を一口。ご飯を一口。煮汁をご飯に染み込ませて、また一口。
合計三合目に突入していた。
(……どこに入ってるんだ、マジで)
その時、凛の端末が震えた。
正確にはスマートフォンではない。見たこともない通信端末だ。見た目はスマートフォンによく似ているが、一般のキャリアには繋がらない。凛はこれをどこから支給されたのか、遼はまだ知らない。
凛が画面を見た。銀色の瞳が一瞬だけ細くなる。
「……異常検知。渋谷区神泉町。レベル二」
「距離は」
「徒歩十二分」
遼はエプロンを外した。食器はシンクに重ねるだけにして、椅子を引く。
「徒歩圏内じゃあ仕方ないな。行くか」
「はい」
凛は三合目の茶碗を——まだ半分残っていた——テーブルに置いた。置く手が、ほんの一瞬だけ名残惜しそうに見えたのは、気のせいだろう。たぶん。
二人は六分で支度を終えた。遼がジャケットを羽織り、凛が銃を腰に差す。一週間前なら異様な光景だったはずだが、今ではもう日常の延長線上にある。
鯖の味噌煮の残り香が漂うキッチンを背に、二人は夜の街へ出た。




