名前のせいで……
水辺に置いてあるベッドのような椅子に寧々子と王は座っていた。
涼やかな風とともに、不思議な楽器の美しい音色が寧々子たちのもとに届く。
搾りたての果物のジュースの入った金の盃を見ながら、優雅な時間だな、と寧々子は思っていた。
ベルカントが言う。
「戦さが起こりそうです」
急に優雅じゃなくなったな……。
「国境付近で小競り合いが起こっているらしく――」
「起こさせるな」
カムラン王は戦さが嫌いなようだった。
まあ私も好きじゃないな、と寧々子は思う。
戦火に巻き込まれたら、あんな楽しく暮らしている街の人々はどうなるんだ、と思ってしまう。
「野心家のグルハンたちが、なんとか隣国を攻めたがってますからなあ」
と長老、ガリブが言った。
ベルカントが考えながら言う。
「隣国と諍うことになると、長い戦いになるでしょうな。
王は戦いに出ないまでも、戦地には行って、みなを鼓舞していただかないと。
となると、誰か寧々子様におつけせねば」
おおそうだ、とガリブも頷く。
「王がいらっしゃらない間、寵姫様がよそにお心をお移しになったり、他の男の子を孕られたりしたら大変なので、害のない、ちょうどよい男をこちらからあてがうことになっております」
……いりません。
長老たちが一斉にジルを見た。
ちょうど側にいた御しやすい男だからだろう。
「わ、私は嫌ですっ。
それくらいなら、王とともに、戦さ場に行きますっ」
こっちも結構なんですけど。
そんなに嫌がられると不愉快なのですが……。
「そもそも、そのお役目の男は、王が帰ってきた暁には、殺されたりするそうではありませんかっ」
私がいないと国が回りませんぞっ、とジルは主張する。
宰相ひとり消えたら回らない国どうなんだ、と思ったが。
確かに、面倒臭い仕事が回ってきたら嫌だな、と思ったらしい長老たちは、それもそうだな、と頷いていた。
「よし、わかった。
サンジェスにしよう」
とガリブが言い出す。
「えっ?
殺されるの嫌なんですけどっ」
「女神の如き麗しき寧々子様のお側にはべれるのだぞ」
とガリブは思ってもいないことを笑顔で言う。
「それはともかく、殺されるのは嫌ですっ。
私も王とともに戦いますっ。
助けてくださいっ、ベルカント様っ」
とサンジェスは主人の後ろに隠れ、しがみつく。
いや、私は戦わぬが……という顔をしていた、見るからに文系な感じのカムラン王は溜息をつき、
「男をあてがわずとも、私が戦地まで寧々子を連れて行けばよいではないか。
どうせ私は前線には出ない。
……戦さ場で私は役に立たぬからな」
と自虐的に言った。
だが、
「それはなりませんっ」
と二人以外の長老たちも声をそろえて主張する。
「駄目ですっ。
戦場に寧々子様をやるだなんてっ」
まあ、流れ弾……。
流れ矢かな?
なんかも飛んでくるかもしれませんしね、と思ったのだが、彼らが心配していたのはそこではなかった。
「戦場に寧々子様を連れて行くだなんて。
寧々子様が敵を蹂躙して、戦さが終わったあとも、敵国からいろいろ言われるところしか浮かびませんがっ」
「数百年に渡って遺恨とか残しそうなのでやめてくださいっ」
と長老たちは口々に訴える。
……皆の者、今すぐ無礼討ちにしてくれようか。
王は威厳ある口調で彼らを嗜める。
「戦さを起こさねばよいのだ。
私からグルハンによく言っておこう」
だがそこで、ガリブが進言する。
「グルハンはああ見えて、昔気質な男ですから、最終的には王には逆らわないと思いますが。
配下のニャオンたちが言うことを聞くかどうか。
血気盛んな連中ですからな」
――なんだって?
「ニャオンか……」
とカムラン王は渋い顔をする。
サンジェスが眉をひそめて言った。
「ニャオン様はいきなり切れたりするので恐ろしいですよね」
いきなり切れそうですね、ニャオン様。
寧々子の頭の中で、紐でぶら下げられたおもちゃで遊んでいた、ふさふさの毛の猫がいきなり切れた。
おもちゃを叩きつけ噛み付いている。
「この間も私の幼馴染みの衛士が態度が悪いといきなり殴られまして」
サンジェスそっくりの衛士が足のすねあたりを猫にグーパンチされていた。
「寧々子様もニャオン様にはお気をつけてください」
とカリブたちに言われたが、
いや、なんかむしろ、グーパンチされたいんですけど、と寧々子は思ってしまう。




