正妃の仕事
「正妃ってなにをすればいいんでしょうね?」
正妃となった寧々子は部屋を移動していた。
今度の部屋は王の居室に近い、豪勢な部屋だ。
召使いたちもまた増えていて、壁際にずらりと並んでいる。
「さあ。
私も今まで正妃を持ったことがないからわからぬのう」
と涼しい室内の椅子にともに座っている王が呑気に言う。
いや、椅子というか。
我々の感覚から言うと、天蓋付きのベッドなのだが、
と寧々子は思っていた。
「正妃様という地位を得られたことで、さまざまな自由が手に入ったのではないですか?」
とジルが言ってくる。
「あちこち、たらい回しにあいながら、許可を取らなくとも、やりたいことがやれるとか」
「なるほど。
正妃の位は自由の象徴というわけですね」
と寧々子が言うと、壁際に何故か並んでいる取り巻きとなった妃たちが、
……なにを自由になさるつもりなんですか、
と怯える。
寧々子は彼女らを振り返り言った。
「私があなたがたに優しくするのも自由――」
「正妃様!」
とみなが縋るように寧々子を見る。
「……拷問するのも自由」
ひっ、と彼女らは息を呑む。
「いや、そこは自由じゃないです」
とジルが言う。
「拷問する場合は、ちゃんと手続きを踏んでください」
踏んだらいいんだっ、と妃たちは青ざめる。
いや、しませんけどね。
「あっ、じゃあ、自由に街に出るとか――」
「正妃様ですよ?
警備も大変なのに。
前より長いたらい回しにあって許可を得てください」
と言うジルに、
「じゃあなにが自由になるのっ!?」
と寧々子は思わず叫んでしまった。
散々手続きに手間取ったあと、寧々子は街に出掛けた。
ベルカントたちのよりちょっと劣る輿に乗って。
――正妃とはっ、
と思いながら。
「あ、そうだ。
次に街に出るときの手続き、もうしておいて。
それから、一日、二日置いて、またして。
そしたら、長い長いたらい回しにあっても、すぐに出られるでしょ?」
と寧々子は横を歩くジルに言った。
「知能犯ですね」
華やかな身なりの護衛の者たちを引き連れ現れた正妃様を見ようと民たちが集まって来る。
「みんな自由で楽しそうでいいわね」
と彼らを見ながら寧々子は呟く。
前から思っていたのだが、豊かな国なら、たぶん、王族より庶民の暮らしの方が好きに動けて楽しい。
ああ、屋台でなにか買って食べたりしたい……。
だが、
「今後は、外で売っているものなど口にしないでください。
正妃様なので」
とジルにも厳しく言われている。
確かに、今にもお腹を壊しそうに衛生管理とか緩そうだが。
色とりどりの果物や菓子の屋台とか楽しそうだ。
寧々子は噴水の前で輿から降ろしてもらった。
子どもたちは正妃さまがいようとお構いなしにはしゃいでいて、足を滑らせ、噴水に落ちて寧々子を水浸しにした。
ひえっ、と周りの大人たちが慌てて子どもを引き上げ、頭を下げたが、幼い子どもたちはまだ笑っていて。
水浸しになった寧々子が面白いらしく、更に水をかけようとする。
――殺されるっ!
美貌の寧々子が無表情に見下ろすとかなり恐ろしい。
いや、その恐ろしさは子どもにはあまり効き目がないようなのだが。
「この街の人たちは自由すぎるようですね」
寧々子の言葉に、慌てて親もやってきて、子ども抱いて平身低頭謝り、震えている。
「民たちは徹底管理しなければ。
愚民どもは、すぐ悪の煽動に乗りますからね」
ひいっ。
なんかとんでもない人が正妃になってしまった!
と民たちは震え上がる。
「大事なのは、飴と鞭です。
お菓子をあげましょう」
寧々子はその場に膝をつく。
外で買って食べられないと聞いていたので、持ってきていた日持ちのする焼き菓子を子どもたちや大人たちに配った。
「?
ありがとうございます」
と彼らは受け取る。
「もう水かけないでくださいね。
侍女たちがあとで大変なので」
「申し訳ございませんっ」
輿に戻ると、ジルが言った。
「さすがです、寧々子様。
あまり甘い対応をしたのでは、王様まで舐められますからね」
ついでに寧々子は職人たちの仕事の様子も見学した。
「よく働いていますね。
お菓子をあげましょう」
「ありがとうございます?」
その後も寧々子は街歩きをし、民たちに定期的にお菓子を配ってくれる人として認識された。
「……飴を配る機会はあるのに、鞭を振るう機会はなかなかないですね」
ある日、寧々子は帰りの輿でそう呟き、横を歩いていたジルに、
「振るいたいんですか……」
と言われてしまった。




