疑惑の出どころ
『あれ』のことを王様が追求しないのは愛なのか。
いや、王様、ちょっとトボけているからなのか。
そう思ってしまったあとで、メイッサは不敬だったな、と思う。
だが、どのような身分の者でも、心の中は自由なはずだ。
召使いがちょっと入れ替わったことを悪く言っている者たちがいるのは知っている。
寧々子様に心配かけまいと、その話はしていなかったのだが、王様がしゃべってしまったようだ。
王様め。
繰り返し言うが。
心の中は誰であろうと自由なはずだ。
朝、メイッサは寧々子の湯浴みを手伝った。
寧々子は手の先まで荒れのひとつもなく美しい。
王族というのはこういうものかと最初に湯浴みの手伝いをしたとき思った。
シャターンは小国ではあるが、寧々子が王女であることには変わりない。
今、ひとつ疑問に思っていることがあるのだが。
どちらにせよ、寧々子の育ちが良いことは間違いないだろう。
この水仕事をしたことのない手。
誰にでも怯むことなく言い返す態度。
庶民ではあり得ない証拠だった。
ロバの乳で満たされた湯船に浸かりながら、寧々子がこちらを振り返り訊いた。
「何人か使用人たちが入れ替わっていると聞いたんだけど」
「家の事情でやめた者が二人ばかりおります。
何人もは替わっておりません」
「そう……。
じゃあ、話に尾ヒレがついたのね」
それで納得しているのかわからないが。
寧々子は、ここで納得してみせた方が良い、という判断ができる人だった。
なので、これ以上は追求してこないだろうとメイッサは思った。
そして、そこで追求しないということが、自分たち侍女への信頼のあかしであるとわかっているので、誇らしく思う。
「寧々子様、ある貴族の方から寧々子様に贈り物の打診があるのですが」
「え? 私に?」
今まで、他の妃たちを気にして寧々子に近寄ってこなかった者たちも、王が寧々子のもとにしか通わないので、少しずつ、態度を変えてきていた。
「寧々子様がお気に召さない物を送ってもしょうがないので、さりげなく訊いて欲しいと言われたのですが」
「そんな気を使ってもらわなくていいと言って」
「はあ、でも、向こうも寧々子様とお近づきになりたいという野心があるので簡単には引き下がらないかと」
「ちなみに、それはなんなの?」
「毎朝、屠殺した仔牛の肉を寧々子様にお送りする権利です」
「……結構です」
と寧々子は即行断ってくる。
「っていうか、なにするの、その肉。
毎朝、朝から仔牛を食べるの?」
まあ、とメイッサは驚く。
「顔に貼るのに決まってるではありませんか」
いやいやいやいやっ、と寧々子は手を振る。
「決まってるではありませんかってっ。
顔に貼ってどうするの?
そこから手を使わずに食べるとかっっ?」
寧々子は曲芸師のようなことを言い出す。
「肌に必要な養分を吸い込ませるに決まってるではないですか。
シャターンではやらないのですか?」
「いやっ、仔牛の生肉のパックとか、結構なんでっ。
お断りしてっ。
逆に私がその方に、今度、簡易なパックを作ってお送りするからっ」
「まあ、寧々子様からっ?
そんなことをなさったら、相手がつけ上がりますよっ」
と話していて気づいた。
新しい召使いが不思議そうに寧々子の背中を見ていたことに。
メイッサがそちらを見ると、慌てて彼女は目をそらす。
鋭い寧々子が、
「……どうかした? メイッサ」
と訊いてくる。
「なんでもございません、寧々子様」
とメイッサは側で同じように仕えていたジャンヌとともに微笑んだ。




