第26話「じいさんと、三年前のこと」
老人の家の中は、外見からは想像できないくらい本で溢れていた。
壁一面の本棚、テーブルの上にも積み上がった本、窓際にも本。それでいて不思議と散らかった感じはなく、全部がちゃんとした場所に収まっている気がした。
「座れ」
老人に促されて、私とカイトは向かい合わせのソファに腰を下ろした。老人はお茶を持ってきて、カイトの前に置いてから、自分も椅子に座った。
しばらく、誰も喋らなかった。
カイトはお茶を見たまま動かない。老人はカイトをじっと見ている。
……これは、第三者がいていい空気じゃないかもしれない。
「あの、私は外で待ってましょうか……」
「いい」
カイトが言った。
「……いてくれ」
思いがけない言葉だった。
カイトが「いてくれ」と言った。珍しいというか、たぶん初めて聞いた気がする。
「……分かった」
老人がようやく口を開いた。
「三年、どこにいた」
「色々なところ。テンパレスに落ち着いたのは半年前」
「強くなったか」
「Dランクになった」
「そうか」
また沈黙。
でもこの沈黙は、さっきより少し柔らかくなった気がした。
「……なんで急に来た」とカイトが聞いた。
「急にじゃない。三年ぶりだ」
「俺が来た理由を聞いてる」
老人は少し笑った。
「お前が来るのを待っていたから、理由なんてない」
カイトが初めてお茶を手に取った。
「……怒ってないのか」
「怒ってどうする。お前が飛び出したのには理由があったんだろう」
「……ある」
「聞いてもいいか」
カイトはまた黙った。今度は長かった。
私はお茶を飲みながら、できるだけ気配を消していた。
「……俺が弱かったから、守れなかった」
カイトがぽつりと言った。
「だから強くなりに行った。強くなってから戻ろうと思ってた」
「それがなぜ今日だ」
カイトはちらりと私を見た。
「……きっかけができた」
老人も私を見た。
「……この子か」
「別に、そういうんじゃない」
「そういうんじゃなくても、きっかけになったのはこの子なんだろう」
カイトは答えなかった。答えない、というのがたぶん答えだった。
老人が私に向かって言った。
「カイトの友人かい」
「……友人、だと思います!」とっさに答えた。
老人はふむ、と頷いて、それからカイトに向かって言った。
「いい子を連れてきた」
「……うるさい」
でも今日一番、カイトの耳が赤かった。




