ゆめ、cryコwhy⑪
「モリアキさん?」
思わず声をかける。何故、彼女がわざわざここに来たのだろうか。
俺に任せてくれたのではなかったのだろうか。
「岩山君」
モリアキさんは俺に一瞥もくれずに岩山をずっと見つめて呟いた。
まるで、恋する少女のような顔をしていた。
「岩山君」
探偵女と思われる声が路地裏に向かって声が飛んできた。
「岩山君」
モリアキさんは岩山の耳元でもう一度、名を呼んだ。
その声は妖艶で、色気を含む女の声だ。
彼女の細くて白い美しい指が岩山の頬を撫でた。愛おしそうにモリアキさんの顔が緩む。
なんだか、それが悲しく感じた。
俺は頭を撫でられたことはあるけど、顔は触れられたことない。
何故か、悔しかった。
とても、寂しく感じた。
「岩山君」
またあの探偵女の声がした。
モリアキさんが振り返る。
その顔はいつもの顔に戻っていた。
「いくよ、ついてきて」
彼女はまるでそよ風のように空へ舞う。
「ドウシテ」
俺は叫んだ。
モヤモヤする。
なんだろう、怖くなってきた。
彼女を追って跳躍する。
必死で、必死に彼女を追う。
手を伸ばす。届かない。
もっと、もっと早く。
俺は跳んだ。飛んで、跳んだ。
はぁはぁはぁ。
呼吸が苦しい。
何とかいつもの待ち合わせ場所に辿り着いた。
肩で息をする俺を横目に彼女は何やら考え込む表情をしていた。
「モリアキさん、どうしたの?彼を、岩山は連れてこなくてよかったの?」
「まだ、はやいかなって。岩山君、まだ私の事視えてないみたいだったから」
どういう意味か分からなかった。
なのにモリアキさんは寂しそうな顔をする。
どうして、胸が苦しい。
沢山、跳んだりしたからだろうか。
「モ、モリアキさん。こいつはどうしよう」
俺は掴んだままの高橋を突き出してみた。
「それ。もういいや、食べていいよ。全部」
興味なさそうに彼女は言った。
どうして、
どうして。
俺は悔しくて高橋を丸呑みした。彼女の興味を引きたかったから。
肉も、内臓も、骨も、脳も、心臓も。
全部、ゼンブ、ぜんぶ。
綺麗に食べつくした。
我ながら言い食べっぷりだったと思う。
オナカガイッパイダ。
それでも、彼女は遠くを見つめたまま。
俺に興味は示してはくれなかった。
「食べた、食べたよ!」
俺は力いっぱい大きな声で言った。
「そう。それで、二人目だね?おいしい?」
モリアキさんはまだ街を見下ろしたままだ。
「うん、二人目だよ」
「なるほど。君の場合は知能が欠落していくんだね。やはり昨日用意した人間だけでよかったのかな?」
「何の話?」
モリアキさんの言っている意味がわからない。
用意した人間?誰の事だろう?
「ねぇ、岩山君にあとどの位、怖い思いをさせればいいのかな?手紙をあげた時はきっと驚いただろうな。できれば、その顔も見ておきたかった」
「どういう事?」
「え?言ったじゃん。堕ちて欲しいって。貴方みたいに獣に堕ちたら私を知覚してくれるかなって」
モリアキさんはそう言って振り返ると笑ってくれた。
なんだかこっちも嬉しくなって笑った。
彼女はこちらにそっと近づくと耳元で囁く。
優しい声だ。
「ありがとう」
そう言って。
細くて、白い美しい彼女の腕が
―――俺の心臓を貫いた。
「え」
彼女の手の中で俺の心臓が躍る。
どくん、ドクン、どくん。
彼女の手の中で俺の心臓が、
―――握り潰された。
どうして、どうして、どうして。
どうして、どうして、どうして。
「同じ恐怖じゃ堕ちてくれないよ。でも、君は結構頑張ってくれたから。直接、私が殺してあげたの。ありがとう。オオカミ男くん」
彼女は無邪気に笑った。
こんな風に彼女が笑うのは初めてみた。
それなのに、どうしてこんなに悲しいの。
「モリアキさん、ドウシテ」
「あ。ところで、君、名前なんていうの?ま、いっかどうせ死ぬんだし。じゃ、ばいばい」
無邪気な音で彼女は俺に別れを告げた。
まるで、雪のように彼女の姿が消えていく。
どうして、どうして、どうして。
どうして、どうして、どうして。
悔しくて涙が溢れてくる。
俺の膝が力なく折れた。
俺の心が音もなく折れた。
屋上の床は冷たい、吹いてくる風も冷たい。
満月が俺を惨めに照らしてくる。
泣いた、泣いた、泣いた。
俺はひたすら泣いた。
子供のように。
「うぉぉぉぉぉぉぉおおぉん」
月に向かって、赤子くらい、ないた。
こわいくらいないた。
まっくらなよぞらに、かのじょはもういない。
くらい、こわい。
まぶたがおもい。
くらい、こわい。
いしきがどこかにとんじゃいそう。
これは、ゆめ?
これは、げんじつ?
ゆめならいいのに
ずっと、ずっと
さめなくていいよ。
げんじつは
ゆめくらいこわい。




