ゆめ、cryコwhy⑩
彼女は何をしたのだろうか?
彼女は何を仕込んだのだろうか?
彼女は最後になんと言ったのだろうか?
堕ちるとは一体どういう意味なのだろうか?
幾ら考えても俺にはわからない。
でも、きっと岩山は俺の仲間なんだと思う。
彼をモリアキさんの所へ連れて行ってあげなくちゃ。
嬉しいな。友達が増えるなんて。
俺は跳躍する。
思わず月と目が合った。
丸々とした月だった。
美味しそうだと思った。
所で、昨日食べたのは誰だったのだろうか?
随分と岩山の上司に似ていると思った。
探偵だっけ?
モリアキさんは彼の上司である探偵女が嫌いみたいだった。
上司はみんな嫌な奴に決まってる。
今日、高橋を食べたら明日はそいつを食べよう。
きっと、モリアキさんも岩山も喜んでくれるだろう。
俺は嬉しくなって、叫び声をあげた。
※
目の前の凄惨な光景が俺の網膜を刺激する。
嫌悪と安堵が同時に押し寄せ来る。
俺じゃなかった安心感。
俺が見殺しにした嫌悪感。
二つの感情がぶつかりながら胃の中を這いずり回る。「うっ」と腹部が叩きつけられて嗚咽が漏れる。
こみ上げてきた胃液が胸部でジワジワと締め付けるように痛む。
たまらず俺は嘔吐した。
胃液の酸味ある匂いが鼻をつつく。
膝をつきながら俺はそれを見上げた。
全身が毛皮で覆われている。獣のように尖った耳、犬のような尻尾。両手足の鋭い爪。
それらがスマホのライトに照らされて鮮明に映し出された。
目の前の異形に対する恐怖はない。
憎しみ、憎悪、俺がこんなものを抱いていいはずがないと言い聞かせる。
目の前のオオカミ男が高橋だった男を未だに食している。
肉を噛みきり、骨を砕く。時折、血液が噴出するがオオカミ男は気にせず食べ続けている。
「お、おい。何してるんだ。お前」
思わず声をかけた。理由もない。ただ、声をかけずにはいられなかった。
それをやめさせようと思っただけの行動だった。
「■■■■■■■」
振り向いたオオカミ男が損傷した死体を差し出してくる。
何を言っているか分からず俺は唖然とするしかなかった。
「■■■■■■?」
彼は寂しそうな顔をする。意味がわからなかった。
そんな表情をするオオカミ男の意図が。
「■■■」
彼ではない誰かの声がした気がした。
「岩山君」
あの人の声だろうか。
「■■■」
いや、彼女の声だろうか。
俺の頬を誰かが撫でた気がする。
触れられた頬を自身でなぞってみる。
とても、冷たくて懐かしい感じがした。
「岩山君」
後ろであの人の声がした。
俺が振り返った瞬間。
「■■■■」
オオカミ男が吠えた。
慌ててまたオオカミ男の方を見やると彼の姿も高橋の死体も消えていた。
地面にはまだ高橋の残した血痕が残っている。
「岩山君」
あの人の声がした。
そちらを見ると小柄な物体が俺の腹部に突撃してきた。
「うっ」
痛みと衝撃で思わず尻もちをつく。
見上げた先にはあの人がいた。
「き、鏡花さん。どうして?」
「どうしてもあるもんか。こんなところで何をしているんだ」
「それより、降りてください。重いです」
俺に馬乗りになっている事に気づいた鏡花さんが、顔を真っ赤にして頭を叩いてくる。
普通に痛かった。
「あららー。イチャイチャしないでくれる?この後の処理大変なんだけど」
「し、してないよ。もうここからは、きみちゃんの仕事だろ?ほら、岩山君いくよ」
鏡花さんが俺の手を引いて体を起こしてくれたかと思うと、そのまま路地裏から連れ出された。
一人残されたきみちゃんと呼ばれた女性が暗がりに消えていく。
その姿は昨日会った時と同じ真っ白なゴシックファッションの女性だった。
「あ、あの」
「なにさ?」
街灯に照らされて改めて目の前に鏡花さんがいる事に驚き、安心感からか腰が抜けそうになってしまう。
「本物ですよね?」
「は?偽物がいるとでも?」
「い、いや。そういうわけじゃないですけど。そういうわけでもあって」
なんと説明していいか分からず、鼻の頭をかいた。
聞きたいことがありすぎて何から聞いていいか分からない。
でも、よかった。
頭の中の靄が晴れた気分だ。
―――本当にそうだろうか?
俺の中でまだ違和感が消えない。
「岩山君。君、体に変化はある?」
「変化ですか?あの、異様に頑丈だったり、凄くジャンプできます」
「あーごめん。聞き方が悪かった。体の見た目が変化したことはある?例えばオオカミ男のように」
「それは。多分、ないです」
俺は、素直に答えた。さっき視たのが本物のオオカミ男なら俺は一体何者なのだろうか。
やはり、霊にとり憑かれた影響なのだろうか。
「うん。とりあえずはいいかな」
「あの女性は?」
俺は路地裏を指さす。先ほどのゴシックファッションの女性について尋ねた。
「あー。きみちゃんだよ。君島貴己子。とりあえずは関わらない方がいい。私たちとは生きる世界が違うからねー。君に紹介したかった知人ではあるけど」
それは、鏡花が事務所で話していた『専門家』というやつだろうか。
「それで、岩山君」
「はい、なんでしょう」
鏡花さんと向き合う。
なんだろう。やはり落ち着く。
なにか俺に催眠術でもかけているのだろうか。
本当に鏡花さんならやりかねない。
「ねぇ、この子知ってる?」
神妙な面持ちで彼女はスマホを取り出して操作していた。
直感的に血の気が引いていく。背筋が凍るような感覚。
一体、鏡花さんの言う この子 とは誰を指しているのだろうか。
「―――君、過去に人を殺したことはあるかい?」
鏡花さんはスマホの画面を俺に見せつけてきた。
俺の記憶が疼く。
そこに映るっているのは俺の初恋の女の子。
そこに映っているのは俺が殺した女の子。
「……ゆめ、こ」
風が吹いた。
それは、冷たかった。
あの人、鏡花さんは、
―――彼女、夢子と同じ赤い瞳で俺を見据えていた。




