ゆめ、cryコwhy⑧
森秋夢子は幼馴染だった。
家が近所で親同士も仲が良く幼少の頃から一緒に遊んでいた。
俺はいつも彼女と遊んでいた。夢子はかなり怖がりだった。
いつも俺の後ろをついては回ってきていた。周りの友達からは「お前ら結婚するんだろ」と揶揄われていた。
結婚の意味が当時小学生の俺にはあまり分かっていなかったが「そうだよ」と答えておいた。
横にいた夢子も嬉しそうに頷いていたので、きっと良い事なのだろうと思った
ある日。他の友達もつれて誰も住んでいない民家を探検しようという話になった。
言い出したのはグループのリーダー格だった内藤君。
内藤君の家の近くにその民家があるらしい。彼の家は少し遠かったがみんなで自転車に乗って向かった。
人数は俺と夢子を入れて六人。内藤君の家に集合すると彼は「じゃあ、歩いていこう」というのでみんなと徒歩で向かった。
夢子はやはり怖がって俺の服の裾をずっと掴んでいた。
その民家は少し山を登った所にあるらしい。俺たちは内藤君を先頭に民家の前に来た。
歩いてきた道路は所々ひび割れており草木が道路へと自由に伸びていた。車だと通れないかもしれない。
道路は民家の前で途切れていてそこだけ山をくり抜いたように建てられている。
思えば道路も私有地だったのかもしれない。建物の周囲は木製の柵で覆われており、通ってきた道より荒んでいた。三分の一は朽ちて倒壊しているが建物自体は広そうだと感じた。
内藤君が一歩踏み出して敷地内に入ると夢子が声を荒げた。
「だめ。誰かいるよ」
今まで聞いた事のない夢子の大きな声に俺を含めて皆が彼女の方へと振り返った。
「だ、大丈夫だよ。父さんもここには誰も住んでいないって言ってたぜ」
内藤君の声が微かに震えている。正直、彼も内心はビビッているのだろう。
俺は夢子の手を握ってやった。
いつも彼女が不安がったり、怖気づいたりするとこうして手を握ってあげていた。
そうすると夢子はその手を握り返して微笑む。
だが、今日の夢子はいつもと違った。
俺の手を振り払い「危ないよ」と大声で叫んだ。
みんなが夢子をみる。異様な空気感だった。
「おい、森秋は岩山と居ろよ。俺らはいこーぜ」
「あ、あぁ」
内藤君達は俺と夢子を置いて民家へ入っていた。
夢子の言う通り一部が倒壊している建物に入るのは危険だろうと後から思った。
でも、内藤君もそちらにはいかないだろうし、大丈夫だろうとも思っていた。
夢子は肩を震わせ、ガチガチと歯を鳴らす。怯えているにしては異常ともいえる状態だった。
「なぁ、夢子。大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。あいつがいる。怖いのが」
夢子は震えながら俺の後ろを指さす。
内心、不安になりながら振り返ったが、誰もいない。
「岩山君の後ろにずっと……いるんだよ」
「後ろって誰もいないじゃないか」
「いる。ずっと。ここにきてから。岩山君の後ろにずっとずっと黒いのが。ねぇ、帰ろ。怖いよ。帰ろ」
夢子は必死に俺の手を引いてくる。
流石にこの怯え方は尋常じゃない。俺は夢子の言う通りにした。
「わかったよ。夢子。一緒にいこう」
そう言って俺は夢子の首を絞めた。
「や、やめて……岩山君」
夢子が苦しそうな声をあげた。細くて白い腕が俺に助けを求めるように伸びる。
まるで、水中でもがくように腕をばたつかせる。
俺は彼女を押し倒して馬乗りになった。
「夢子」
俺はそんな苦しそうにもがく夢子が心配になった。可哀そうだと思ったが俺にはどうする事も出来なかった。
「たす……け……て」
「夢子、夢子。しっかりしろ」
俺は必死に声をあげる。それでも。
俺の両手が夢子の首を絞め続ける。
「やめろ、やめろやめろ。やめてください。夢子が死んじゃう。やめて、やめて」
俺は必死に叫んだ。
だが、声にならない。
俺の体は誰かに操られているように。
勝手に彼女を苦しめる。
夢子の指先が俺の顔に一瞬触れた。冷たくて綺麗な指先。
俺が握ると「岩山君の手はあったかい」と笑って嬉しそう夢子の顔が赤くなっていく。
涙を流しながら最後に夢子は破顔する。
「いわや……ま、ぐ……すっ―――」
夢子の声が消える。
彼女の腕が糸切れた人形の様に落ちた。
「あ。あぁぁぁぁああああああああああああああああ」
俺の叫び声は何処にも響かなかった。
―――そこからの記憶はない。
目を覚ますと俺は病室のベッドで寝ていた。
母親は俺に抱きついて泣いた。父親も立ったまま泣いていた。
「夢子は?内藤君達は?」
俺が聞くと二人は暗い顔をして俯いた。
あれは、夢だと言ってほしかった。
あれは、嘘だと言ってほしかった。
「落ち着いて聞け。お前たちが遊びに行った民家は完全に倒壊してしまったんだ。みんなそれに押しつぶされて死んでしまった。奇跡的に助かったのはお前だけだ」
父親は声を殺して呟いた。
「嘘だ。嘘だ、夢子は?夢子は?どこに―――」
「……夢子ちゃんも一緒に倒壊した建物から見つかったそうよ。でも、その」
母親が俯いた。
嘘だ。
嘘だ。
嘘だ。
嘘だ。
これは、夢だ。
そう、いつもみる夢だ。
毎夜、毎夜繰り返される。わるい夢なんだ。
※
寝起きはいつも最悪だ。
鏡花さんの事務所に就職してからはあの悪夢を見る回数は減った気がしていた。
それでも、ここ一週間ほど前からは毎日見ている。
起きている間は、正確にはあの人と話している間はあの悪夢は忘れていられた。
だけど、それももう叶わない。
昨日、あの人を殺したからだ。
ベタついた感触。またいつものように寝汗をかいていたようだ。
気持ち悪くはあるが、そのおかげで目が覚めたのだろうと逆に安心する。
外はもう暗い。
また、夜が来てしまったのかと考えると吐き気が胸を殴りつけてくる。
水でも飲もうかと起き上がると玄関を叩く音がした。
かなり強く、何度も何度も叩かれる。
警察だろうか。それならいっその事捕まえてほしかった。
牢屋に閉じ込められている方がいいかもしれない。
スマホをみると二十三時だった。日付はまだ変わってない。一日かからず犯人を見つけるなんて日本の警察は優秀だと思った。
暗い部屋の中、おぼつかない足取りで玄関前まで辿り着くと扉を開けた。
が、視界の先には誰もいない。
悪戯だろうか?
こんな時間に?
一体、誰が?
どうやら悪い夢はまだ続いているようだった。




