ゆめ、cryコwhy⑦
理性が溶ける。
どうしてこうなってしまったのだろうか。
昨晩、俺は好きな人を殺してしまった。
多分、好きだった。
いや、殺すなんて生ぬるい。
捕食してしまった。
あの美しい髪は、赤く染まった。
あの小柄で愛らしい身体を刻んで食べてしまった。
どうして、
どうして、どうして。
きっと、これは俺にとっての二度目の殺人。
やっぱり、俺はただの異常者だ。
あの人の優しさに甘えた。
あの人の強さに甘えた。
俺はただの殺人異常者に違いない。
―――昨晩。時間は覚えていない。
家の扉を複数回叩く音がした。悪戯だと思い目を瞑った。
夜中にもう一度目を覚ました。
スマホが点滅していた気がしたが視なかった。
一度、睡眠を阻害された扉を叩く音が気になった。
玄関へと向かう途中で床に積まれた本が足にかかり崩れ落ちる。
鏡花さんに無理矢理押し付けられた本たちだ。紙袋四つ分になる大量の本。
おかげで帰りは大変だったが逆にどうやってこの本を事務所まで持ってきたのだろうかは未だに疑問だ。
崩れた本を積み直して玄関扉のドアノブを回す。既にいる筈のないあの人の姿を幻視しながら回したそれはいつもより重たく感じた。
扉を開けた先にはやはり誰もいなかった。
代わりにドアノブを回した際に感じた重み。その答えが廊下に落ちている。
ビニール袋。中にはペットボトルの飲料水が入っていた。俺はそれを拾い上げて室内へと引き返す。
「誰からだろう」
当然の疑問を馬鹿らしく口にしながら袋の中を弄る。
中に入っていた紙が指先に触れた。直ぐに取り出し目を通す。
暗くてよく見えなかったので慌てて部屋の明かりを灯した。急激な光が視覚を突き刺す。
瞼を思いきり閉じて目を凝らすと見覚えのある筆跡が脳髄へと響いた。
どうして、
どうして。
見間違う筈もない彼女の筆跡、特徴的なそれは俺の記憶を叩き起こすには充分だった。
「―――ここでまってる」
という文面で締められた下段に簡易的だが分かりやすい地図が記載されていた。
俺は慌てて衣服を拾う。出勤時に来ていた衣服だ。汗のせいか、無駄に貰ったポケットティッシュせいか、じんわりとした感覚を纏う衣服を着ると直ぐに家から飛び出した。
どうして、どうして、
どうして、どうして。
疑問だけが思考を巡る。永遠に辿り着かない答えを求めて。
ただ、走った。ひたすらにその場所へ。
気づけばあの人を視界に捉えていた。道路を挟んだ向こう側にその後ろ姿がみえていた。
どうして、どうして、
どうして、どうして。
思わずその名を呼んだ。
「―――鏡花さん」
返答はない。
一瞥もしない。振り返りもしない。ただ、ブロンド色の髪が靡く。
吸い込まれるように路地裏へと消えていった。
深夜という事もあり車は通っていなかった。俺は、道路を横切り後を追うように路地裏へと進んだ。
しばらく進むとビルとビルの間に出来た異質な空間にでた。
そこで俺は、
俺は、
俺は、
俺は。
―――あの人を殺した。
幾度となく繰り返される。映像のフラッシュバック。
それは鮮明に記憶されている。
網膜に焼き付いた映像が脳で再生される。
エンドロールの無い悲劇が永遠に繰り返される。
苦しい、苦しい。
苦しい、苦しい。
タスケテ、タスケテ。
タスケテ、タスケテ。
彼女もあの時、繰り返していた。
彼女もあの時、求めていた。
俺は伸ばせば届く手を彼女に伸ばせなかった。
俺は伸ばさなくていい手を伸ばしてあの人を刻んだ。
いつ、いつ、いつ。
これはいつの。
誰の、誰を。
誰を、誰の。
俺はコロシタノダロウカ。
逃避するように。
俺は意識を沈める。
微睡へ、泥濘へ。
ようこそ、
ようこそ、
ようこそ、
ようこそ。
忘れられない記憶の彼方。
こんにちは。
こんにちは。
彼女が伸ばした手が俺を掴んで離さない。
タスケテ、
タスケテ。
タスケテ―――。
―――助けて。




