第六七話 ~人の世は明かなり~
長らく摂泉国の商人達を憮然とさせてきた、人気商品平独楽の品薄。
世間の予想したとおり、やはりそれは一部の商人による独占という形で作られた、いわば流通操作の賜物だったのだ。
そして今は、ヤシマがアンズの前に纏まった数の平独楽を、大妖魔を調伏してくれた報酬だとばかりに差し出してくれている。
つまり、寡占の黒幕はヤシマやソウサイの手によって暴かれたのであろう。
摂泉村の親分格の目すら長らく欺いてきた者達はよくやったものだが、ついに逃げ切ることは叶わなかったようだ。
顛末を知りたがるアンズに、ヤシマもソウサイも得意げにその結末を語り明かしてくれた。
二人とも、人気商品を自分達の領分で、どこぞの誰かに独り占めされていたのはやはり面白くなかったのだろう。
酒が進んでいることもあって、たいそう上機嫌に話してくれたものだ。
酔っ払いの自慢話なので、要点を二の次にした長話になったが。
二日連続で徹夜して今、死ぬほど眠いアンズにとって、なかなか話が進まない自慢話が耐え難い試練であったのは言うまでもない。
目上の上機嫌な話を前にして居眠りなんてこけるか。根性でよくぞ踏ん張った。
というわけで、要点のみを纏めて簡潔に結論を話すと。
摂泉村にいる、なんとかという豪商がその黒幕で。
彼は口の堅い配下、あるいは外からの流れ者を多数従えて、巧みに何者が買い集めているかはわからぬよう平独楽を大量に買い占めて。
上手くやっていたようで、尻尾を出すこともなく長くやり続けてきたようだが。
彼はヤシマの傘下でもあり、大親分ヤシマの後ろ盾を武器に、ぶいぶい言わせてきた過去もあって。
そんな彼が、売れば必ず高値で捌けるほどの商品を、大親分に一つも回さず独占していたのは大いなる不義理には違いなく。
ヤシマ達にばれてしまえば最後、何の言い逃れもせずひたすら平伏し、命だけはと財産すべてを差し出す構えであったそうな。
というわけでヤシマは、彼が押さえていた平独楽および、その不義理野郎の財産の大半をまるっと手に入れたわけである。
別に始末したとかそういうことではないらしい。仮にもヤシマ達の目を長らく欺いていた手腕は、ある意味では大親分も感心したとのこと。
おっかないヤシマに嫌な覚えられ方をしてしまい、今後は肩身が狭かろうが、まあ穏便に済んだ方であろう。
付け加えるなら、アンズと嫌な意味で縁のあったハタノという乱暴者。
彼の取り巻きであった三人は、この平独楽買占めの黒幕に雇われる形で、寡占に一役買っていたらしい。
言うまでもなくこの三人もヤシマの傘下、かつ木っ端の小物であり、不義理に加担したこの三人は許されなかった。
一方で、彼らの上役であったハタノはどうやらこの話を知らなかったようで、ハタノはヤシマからの"裁き"からは免れている。
監督責任、若手の不始末、様々な言い草でハタノをどうこうする名分はヤシマにもあったのだが、ハタノに関してはお咎めなしだそうで。
大親分のヤシマが白と判断すれば無罪だ。ヤシマもそう判断するだけのものがあったのだろう。
取り巻きが大親分に弓を引いていることすら知らなかったハタノが、今後かなりヤシマ一家の中で評価を下げることになったが、これも穏便に済んだ方である。
もっともこうした勢力でそんな評価が広まると、上がり目が完全に無くなるということでもあるので、ハタノはもはや一家の中で大成することは生涯無い。
細々と暴力が得意な一段の末端構成員として生きていくのが関の山なので、先行きは暗いことになるだろう。
小駒扱いで荒事には真っ先に駆り出される一方で、たいした利益も得られぬ小僧のような扱いを、三十路過ぎてから強いられるのも割には合うまい。
今まででかい面してきただけに、今さら足抜けも許されないので、命あるだけ良いとはいえ、今後の人生は苦労の方が多くなりそうだ。
「その三人の取り巻きさん、どうされたんですか?」
「人足が欲しいっつう流れ者がいたから身柄売り飛ばしたよ。
鉱夫か漁師にでもされるんじゃねえの。
そういう奴を選んで売り飛ばしてるけどな。ひひひっ」
「あ~、だとしたら人生おしまいですねぇ」
ヤシマは自分に不義理をはたらいた者を、生かして許すような人物ではない。
人材として売り飛ばして利益を得るに留まらず、最後は必ず死ぬような場所に売り飛ばしているだろう。
今ヤシマが挙げた仕事にしたって、鉱夫というのはやばい仕事である。
咎ある者として容赦なく使い潰していい前提で買い取った人材は、自分からその仕事を選んだ地元民と同じ扱いは受けられない。
朝から晩まで日の当たらぬ場所での過酷な労働、そして使い捨て前提で大して飯も与えず、寝泊りする場所すら与えられず鉱山の中で茣蓙を敷いて寝かせ。
落盤や臭気による突然死の可能性もある中で長生き出来るわけがない。最初の一年で九割が駄目になり、次の一年で全員息絶える。
漁師だってそう。このような形で人材として買われた者達など、本職あるいは地元民の若手のように可愛がられることもない。
荒波の中で海に落ちればさようならの世界で、船酔いしながら、屈強な本職に逆らいようもなくこき使われ続け、使い物にならなくなったら海に捨てられる。
半年ももつまい。鉱夫と比べて救いがあるとすれば、海に捨てられて万が一どこかに流れ着いて生き延びられれば、過去を捨て去った次の人生がある程度。
そんな奇跡が実現し得るのかどうかは不明だが。荒れた海のど真ん中に捨てられて、何海里も生きてどこかの浜に流れ着けるものなら凄い凄い。
ヤシマのような人物に、制裁の意図で身柄を売り飛ばされて生き延びる未来は絶対に無いだろう。
アンズは今後、二度と、確実に、あの三人と顔を合わせることはあるまい。
「ハタノさんは?」
「あいつは俺の手打ちを無視してお前に喧嘩を売ったことも含めて、まあまあ肩身の狭い立場に収まって貰うわ。
とはいえ、俺が叱るまでもなくあいつすっかりやつれちまってるよ。
お前に二度もこてんぱんにされたことは、正直こたえてんじゃねえかな。
心配しなくても今後はもう、お前に絡んでくることはねえよ」
「ああ、私あの人の築き上げてきたものぶっ壊してますからね。
いっこも同情はしませんけど」
「結果的にだが、お前さんが摂泉国にいる場合において、再び妙な因縁をつけられる相手は根絶されたも同然だよ。
ついでにお前が軽はずみに絡んでいい小娘じゃねえっていう悪評も、ハタノ絡みで広まったわけだしな。
今後は安心して摂泉村を歩けよ」
「うむむぅ……
あんまりそういう知れ渡られ方は好みではないのですが」
アンズと絡んでしまったことで、築き上げてきたものを全て失ってしまったハタノだが、アンズが危惧すべきは彼の逆恨みである。
だが、ヤシマの言うとおりそれはもう心配しなくていい。
なにせ二度も、それも二度目は完全にアンズを捕らえた上で、完膚なきまでにアンズに捩じ伏せられてしまったハタノだ。
暴力の世界で生きてきた者にとって、これはもはや言い訳の利かない敗北である。
ハタノはすっかりこの道で生きていく自信を無くしたようで、抜け殻のようにしょげ返っているとのこと。
「ああいう奴らの末路を見ると、つくづく博打ってのはいいもんだと思うわけよ。
お前もわかるだろ、勝ち続けて築き上げたものは、たとえそれまで何百勝していようが、一回の負けで全部吹っ飛ぶんだわ」
「わかんないことはないですよ。
今まではたまたま妖魔調伏も上手くいってきましたけど、私は基本的に一回負けたら屍ですからね。
築き上げた信頼とかそれ以上のものも、私の命ごと一回の敗北で全部消えるんですもの」
「その点、博打って遊べるもんだろ。
自分で定めたぶん以上は、負けてもすべて失うわけじゃねえんだからな。
お前もこっち来いよ、命や人生を賭けたことのある奴にとっちゃ、気軽にひりつける一方で死にゃしない優しい世界だぜ?」
「あ~結構です結構です……
自分で賭け高を決められない博打を打たせたくせにそれはないでしょ……」
「かはははっ、まあそりゃそうか。
まあ気が変わったら遊びに来いや、お前ならいつでも大歓迎だわ」
この余談、本当に要らない。悪い遊びに誘ってきくさって。
とはいえヤシマの言うとおり、暴力で地位を築き上げてきたハタノが、アンズに負けたことですべてを失ったという話も確かである。
逆恨みしたヤシマがいつか、力を蓄えてアンズに復讐しに来ることはあり得るだろうか。
一度腰が引けてしまった相手にはもう、立ち向かえない。人生を懸けて暴力の世界に身を置いてきたものであればあるほどにそうだ。
それでも立ち向かえるという、頭の螺子がはずれた強みを持つ者なら、三十路になる頃にはもっとでかくなっていたはずであろう。あるいは早死にか。
喧嘩を売る相手を間違えたら人生終了。鉄則である。
たまたま生き残ることが出来れば勝ちであり、やがて捲土重来の機を失っていない僥倖?
それを唱えられるのは先のある若者だけの特権に過ぎず、いい年こいて大成もしていない凡人が唱えても安っぽい幻想である。
もう一つ余談を加えるなら、若者というのが何歳かはその国柄と世相にもよるが。
人生百年の世界なら三十代でも四十代でも、長い目で見ればまだまだ若者である。語弊を感じるかもしれないが、本当に若者なのだ。いくらでも再起はある。
人間五十年の世界でハタノはもう手遅れというだけの話。解釈はお任せする。
「それにしてもソウサイさん、ご機嫌ですね。
さっきから一つも口を挟まないまま、ぐびぐびいってますもん」
「いやぁ、気分がいいんだよ。
平独楽を買い占めていた馬鹿どもが駆逐されてね。
なあヤシマ、あんたあたしに少々の借りが出来ただろ」
「一家の始末をつけただけで恩着せがましくされてたまるかよ。
お前はお前でやりたいようにやってただけだろうが」
「いや~、結実して何よりだ。
ほんとお前んとこの小僧どもは糞餓鬼揃いだわ」
ヤシマとの会話に疲れてアンズは、ソウサイに話を振ってみた。
こちらもこちらで怖い人なのだが、ヤシマと喋り続けることの片付けられなさよりは、こちらの方がましな気がして。
「え~っと、ソウサイさんとしては……
買い占めそのものが駄目?
それとも、平独楽の買い占めが駄目?」
「おー、いい質問だ。
やり方自体は別にあたしも咎めはしないんだよ。
実行に移すには相応の元手と甲斐性が欠かせないし、やれただけでもたいしたもんだ。
みんな金持ちにはなりたいからね。気持ちはわかるさ。
そしてそれが果たせる方法論があって、実行できる手腕があれば誰でもやりたくはなるわな」
「恨みや妬みを買うようなやり方なのは当人もわかってたから、こそこそやってたわけだしな。
その時点で褒められたようなことではねえんだろうが、俺は嫌わんぞ?
真っすぐなことばかりじゃ儘ならねえのも商売ってやつだからな。
手っ取り早く大金持ちになろうと思えば特にだ」
ソウサイもヤシマも、買い占め策そのものに対しては、さほど問題視していない。
実害が無ければ文句を言う筋合いは無いのだ。
もっとも、買い占めした商品が米であったりすれば、意地でも三日で探し出して吊し上げの末に殺しているのだが。
生活必需品の品薄は誇張無しに死活問題なので、冗談で済まない実害を振り撒いたとして話が変わってくるだけだ。
平独楽はそうでないから、商人としての個人的な感性で言うなら、ソウサイもヤシマも見逃したってよかったのである。
「だが、あたしは嫌だね。
親の手伝いなりして小遣い貯めた子供達が、一番欲しいものを買おうとして買えないんだぜ?
子供だって馬鹿じゃないさ、なんで買えないのって疑問に思えばいつか答えに辿り着くさ。
それが大人の欲の皮突っ張った思惑によって、幼い努力すら報われない現実をその若さで知った子供達はどう育つかね?」
「それも人生勉強ってやつなんじゃねえの」
「なぁ~にが人生勉強だ。
自分の銭を稼ぎたいだけの奴が、ついで混じりに子供相手に人生の師匠気取りかい。
好きなことやってるだけの小僧が誰に何を教えられる気でいるんだ」
「商人としてじゃなく、個人的な感情でおかんむりだったんですね」
「大人の欲にまみれた都合のせいで、小遣い貯めても欲しいものすら買えなかった子供達は、社会なんてそんなものだと悪い勉強をするんだよ。
そうして擦れた子供達が大人になってからの姿を見て、年寄りになった奴らが『最近の若い者は』なんて言い出すのさ。
子供は大人を見て育つんだよ。お前らの世代が育てた若い者だっつうんだ」
「そばにいる身内はおろか、己のことすら面倒見きれないような奴ほど、でっかい視点と広い見識を持つふりをして空手の自分を慰めることしか出来ねえからな。
歳だけ取って、何の役にも立たない経験しか積んでこられなかった老害によくある話だよ。
いつも思うんだわ。お前の言葉に心動かされる奴なんて一人もいねえし、冷ややかな目で見られて晩節を汚してるだけだってよ」
お猪口に注がずに徳利から直接酒を一気飲みするソウサイと、げらげら笑いながら悪い口を走らせるヤシマに、どこかで二人に落ち着いて欲しいと思うアンズ。
場が乱れている。直感的に、この空気は何かのきっかけ一つで大爆発の気配がする。
胸糞悪い話を思い出して若干の火が点いているソウサイも、調子が出てくればどう暴れるかわからないヤシマの口が勢いづいているのも、火種にしか見えない。
どうにか二人を鎮める言葉を紡ぎたいアンズは、冷や汗すら出て不安げな目さえ浮かべている。
「まあでも、今回の話はそんな複雑なもんでもないよな」
「そうそう、俺らの私情を抜きにしても、どのみちあいつらに未来なんぞ無かったんだからよ。
この辺わかってねぇ辺り、あいつらもまだまだだな」
「えぇと、それは……?」
「露骨に儲かる商売なんて、それよりでっかい悪党に見つかりゃ終わりってことさ。
摂泉国にはあたしもヤシマもいるのに、逃げ切れると思ってたこと自体がおめでたい」
「結局どんな阿漕なやり口も、一番強い悪党を抱き込まずに利益を最後まで独り占めってのは不可能なんだわ。
俺らにもその話を上納してきて、目減りした儲けで妥協してりゃあ充分な利益になったのによ。
調子に乗って一本立ちの大儲けを目指したこと自体、俺らを舐めてるし見解が甘いっつう話でしかねえんだわ」
摂泉国で、買い占め商法は長い目で見れば絶対に成功しないということだ。
半年近くも黒幕が明かされぬまま続いた平独楽買い占めのやり口だが、どう足掻いても結末は最初から決まっていた。
現実としては、黒幕が引き際を誤って、ソウサイとヤシマに尻尾を掴まれた。
では、引き際を誤らずに良いところで撤退し、平独楽の流通を正常化させていれば黒幕は逃げ切れたのだろうか?
たとえ半月前に平独楽の流通が再開し、この件は終わったという流れになったとしても、ヤシマとソウサイは意地でも黒幕を突き止めていただろう。
すべて終わった気になった協力者の口は軽くなる。決してゆるゆるではなくたって、大商人たる二人が手練手管と力業でこじ開けられるぐらいには。
事後からでも黒幕に辿り着けば、特にヤシマは必ず勝てる。
お前随分とあの時に儲けたよな? 俺らの得られるはずだった儲けも独り占めしてな? という話の入りでどうとでも料理できる。
手段を選ばぬ最強の存在がいる地で、それを抱き込めなかった時点で逃げ切り勝ちなど無い。
断じて必要悪と定義されてはならないが、清廉を謳わざるを得ず手段に限りのある正義の味方より、容赦無く鉄槌を下せる悪党の方が制圧力は遥かに強い。
流れ者も多い摂泉国で、秩序を乱す外来者が息も出来ず蔓延れないのは、ソウサイやヤシマのような真っ黒な有力者がいるからでもある。
経済社会の黎明期。未熟な社会であればあるほど、ヤシマのような悪党が幅を利かせ、必要悪とさえ称されるのもまた摂理である。
それは、盗人という大罪人に過ぎぬゴエモンが、義賊と称され民衆の支持を得ていたことからも、未熟な資本社会であることは推して知れよう。
民が未熟な国で民主主義は成り立たない。愚行と無法で溢れ返るだけだ。
今の摂泉国は、ソウサイやヤシマのような、倫理観が欠如したやり方すら選ぶも厭わぬ、しかし平定力には飛び抜けた者が支配しているぐらいで丁度良いのだ。
二人が混沌をいずれ正し、秩序を取り戻し続けてきたこと、今後もそうであることは間違いないであろうのだから。
こうした者達を否定できる社会がいつか訪れるとすれば、それはその国が成熟した証であり、そんな国に過ごせる者とはそれだけで幸福なことである。
「ま、そう怖がるなよアンズ。
あたしは今、機嫌がいいんだ。
馬鹿どもをしばき倒した上で、平独楽の流通も再開するんだからさ」
「今日の主役はお前なんだぜ。
なんのかんので俺だって、村に火を放つ化け物を調伏してくれたであろうお前には真っ当に感謝もしてんだ。
そう気を揉まず、俺らにもてなされる立場って調子乗ってくれてもいいぐらいなんだからよ」
気は遣われている。そうそう、その調子でもっと遣って頂きたい。
アンズは本当に疲れているのだ。これ以上、こっちが気を遣うのもしんどい。
言葉どおりに従って調子に乗るのは難し過ぎるが、あたしら俺らの機嫌取りにそう頑張るなよと言って貰えたことはそれなりに救いだ。
無礼講を認められるか認められぬかで、年上相手の酒宴をどこまで楽しみきれるかが天と地ほど変わるように。
少しはアンズも肩の力を抜いて、よかったとばかりに息を吐くことが出来た。
「欲の皮突っ張った奴も多い摂泉村だが、俺は案外この村の連中のことはまともに嫌いじゃねえんだわ。
なあソウサイ、捨てたもんでもねえよな」
「な。
炊き出しの時にも、こいつら期待は裏切らねえなと心の底では思ったもんだよ」
「あっ、褒めてる。
お二人も人を褒めることがあるんですね」
「はえぇよ無礼講が。
調子出てきたな」
ソウサイに頭をわしゃわしゃ撫でられるアンズ。
痛みは無い。優しい触れ方なので、手を伸ばされた時は少しびくっとしたが、撫でられて気持ちの良い女将肌の手だ。
「あたしらは村の北の広場を、炊き出しの場に指定はしたけど、そしたらもちろん飯を作る人手ってのも要ってくるわけだ。
その辺は丸投げしたんだが、ちゃんとこういう時に自ら手を挙げてくる奴が何人もいるのは、当たり前のようで賞賛されるべきことだよ。
あたしの思った以上に手を挙げてくれる奴が多かったからね」
「炊き出しを発案したのがよく恐れられる俺達だから、意地悪言わせて貰えばみんなが善意のみではねえのかもしれねえけどな。
商売上手どもだし、こういう時に顔と恩を振り撒いておこうって奴がいてもそりゃ驚かねえ。
それでも、行動に移せる奴は口だけの奴よりは余程に優秀だ。
偽善で結構、それで救われる奴がいるかいねえかの方が重要なんだからよ」
「あんたにもわかるだろうけど、火に遭ってない奴らだって無傷ではないんだぜ?
常連客が家や財産を失ってりゃ売り上げは下がるし、取引のお得意様が今回の火で潰れてちゃ商売も立ち行かねえ。
災いに呑まれた奴らが最も不幸なのは言うまでもないが、不運に見舞われている奴の頭数はその何倍にも及ぶんだ」
「本職の料理人どもがこぞって炊き出しに手を挙げたのは良かったな。
てめえの店をしばし閉めてでも、ってのがよくやってるよ。
それだけ誰かが自分のことを後回しにして頑張らなきゃ、復興なんてのは一向に進みやしねえもんだしな。
ちょっと余裕のある奴がささやかな善意で小遣いばらまいた程度で、これほどの災いに呑まれた村の復興は進展するわけがねえ」
「店を失った料理人も、やることが無いから炊き出しでもさせてくれ、ってよく集まったんだがな。
店を閉めて集まった奴らが、お前らの方が大変だろうって意固地に座らせて、飯でも食ってゆっくりしてろって言ってたのが何よりだ。
沁みたんだろうね、いい年したおっさんが涙してたのは良い見世物だったよ」
「利と欲にまみれて、商売人同士の銭の分捕り合いが日常茶飯事のこんな村でも、案外お前の国の奴らと同じ、困った時はの精神は失われちゃいねえさ。
結局人間は、助け合わなきゃ生きていけやしねえんだ。
それは弱さではなく、それが出来ること自体が、獣には出来ない美徳ってやつだからな」
悪党思想を隠しもしないソウサイとヤシマだが、あるいはだからこそ、人類の倫理や美徳には敏感だ。
二人は善人を出し抜くこともある。だが、やはり善人がこの世界を支えていることは疑いようもない。
みんながみんな、自分のことしか考えないハタノのような奴らだったら、人間社会は成り立たない。それでは獣の巣食う山々と変わるまい。
正直者が馬鹿を見るという言葉は既にあるが、そうした人達はそうであるだけで、社会に貢献しているという見解もまた間違いではないということだ。
善人は、特にそれが力を持つ者なら、悪党にとっては邪魔者だ。
だが、それが世を成り立たせているからこそ、悪党も好き勝手なことが出来ている。
感謝とまではいかないが、良い奴がいなきゃ自分達もこうではいられないことをわかっているから、ソウサイもヤシマも真の意味で支持する相手は善人だ。
そんな二人が国の顔役であることもまた、摂泉国が栄える一因といえばそれもそうなのだろう。
一番偉い奴が単なる極悪人であれば、遅かれ早かれ必ずその国は滅びざるを得ないのだから。
時間のかかる復興に、初日から好調な滑り出しそのものは見せている摂泉国は、きっと向こう何十年も滅びることは決してあるまい。
これほどの災いに見舞われて尚、そう断言できることである。
「ま、うちの村の奴らはほっといても大丈夫さ。
復興は大変だが、そのうち元の村の形に戻るよ。
悲観することはねえからとりあえず呑もうぜ」
「潰れてもソウサイが持って帰ってくれるから安心しな。
よく呑んで深く寝りゃ明日はいい目覚めになるだろうよ」
「あたしに丸投げかい」
「俺やその取り巻きがこいつ背負うのか?
嫌だろアンズ」
「嫌ですね」
「くははは、ほらな」
「大丈夫ですよ、ちゃんと自分で歩いて帰りますから。
でも出来れば長引かせ過ぎないで下さいね?」
「おう、約束してやるよ」
「手短にいくさ。な、ソウサイ?」
何一つ信用できない酔っ払い相手の約束を交わして、他愛も無い話が重なる酒の席が再開する。
復興のことに対してろくに語らない、普段と変わらぬ二人の宴席。
滅入ることが無くて良いぐらいだ。アンズも今朝から幾度も見た、悲痛な村の眺めを今は忘れ、大物の話術に談笑させて貰える時間。
ソウサイもヤシマも接待という言葉に偽り無く、疲れて気重でもあるアンズを楽しませる話題を、ここからは紡ぎ続けてくれていた。
「あんたに刺身を出してくれた店の店主がいただろ。
あいつも自腹で毬をいくつも買ってきて、家を失って暇してる子らの集まりに配ったりしてたぜ。
やっぱり子供がしょぼくれてると、現実を前に立ち向かうしかない大人も滅入ってくるからさ」
「あぁ~、いいですねぇ。
優しい人がいっぱいいるなぁ」
「俺んとこの若い衆にもそういう奴は案外いるんだぜ。
こっちは子悪党が多いから素直な寄付なんかはしづれえようだが、炊き出しの材料を提供するなりしてよ。
悪ぶってる奴はこういう時に素直になれねえ辺り、子供のまま大人になってんなと思うわ」
「いいじゃないですか、行動に出てるんですから。
いいなぁ、いいなぁ……そういう話、私ほんと好きですよ」
流石は豪商、接待に回れば右に出る者はいない。
今は接待される側になってから長くとも、昔取った杵柄はお忘れではないようだ。
二人と絡めば苦労の多かったここ数日のアンズであったが、この席では、味方に回せば誰よりも頼もしい大人二人に歓待され、楽しい時間を嗜めていた。
ただ、アンズにしては返事が弱い。
相槌ぐらいは返しているが、普段の彼女なら、一つも二つも自分の言葉を乗せて、談話を弾ませることはするはずである。
それが出来ないぐらいにはお疲れということだ。二日連続の徹夜の後の夕方で、普段どおりに頭が回る方がおかしい。ここまででもよく頑張っていた方だ。
意地でも自分で歩いて帰るとは言っていたアンズだが、絶対そうはならんだろと、ソウサイもヤシマもはじめからわかっている話である。
「――――ふえぁっ!?」
「お、やっと起きたか。
本当、よ~くおやすみだったね」
どこで落ちたのかアンズ自身もわからなかったが、ふと気がついたらソウサイに背負われて夜の大通りを進んでいた。
ソウサイとヤシマに接待されながらも、途中から返事が無くなって、そんなアンズの背をソウサイが優しく押すと、突っ伏して熟睡したのが少し前の話。
それを以ってあの場はお開きとされ、今はソウサイがアンズをおんぶして、宿まで運んでいるところであった。
「あっ、えぅ、あのっ……お、おろしてください……
はずかしいので……」
「あっはっは、我慢せえ。
あたしらとの酒の席で居眠りして、どつかれずに済んだだけでも甘やかされてんだからよ」
「あうぅ……」
アンズはソウサイのうなじの下に額を押し当て、真っ赤になった顔を伏せている。
年上相手の飲み会で寝落ちして、あまつさえ年上に背負われて運んで貰って。
これだけでも巫女としてなかなかの汚点であるのに加え、裾の短い巫女服で、両脚を抱えておんぶされるこの姿勢もまた恥ずかしい。
後ろからも横からも、太もものさらに上が覗かれることは無いのだが、お尻よりも下の生脚が全部丸見えという時点で、裸で往来を歩くにも匹敵する。
ぷしゅ~と羞恥心の煙が昇る頭を自分の背中に押し当てられるソウサイも、やっぱりこの子もうら若き乙女の一人に過ぎないんだなと微笑ましい。
大人の男性相手でも堂々と喧嘩する、大妖魔相手でも怯まず立ち向かう。
そんなアンズの人間像を知っていれば薄れてしまいがちの事実であるが、やはりアンズもまた十七歳の女の子に過ぎないのだ。
「何日もよく頑張ってくれたね。
眠くなるのも仕方ないさ。
ほら、もう一回寝ちまいな。宿に着いたら起こしてやるからよ」
「うぅ……褒めて頂けるのは嬉しいんですが……」
二日前の晩はハタノ達に捕らえられて、殴られて、しかし翌日もゴエモン包囲網が続くと見越しての徹夜。
昨日はオオムカデとの死闘明けながら、復興支援に身を砕くために徹夜。
若くて無理が利くというのもあろうが、為すべき使命を感じ取れば妥協せずに身体を張ってしまうアンズであるのはソウサイもよく知っている。
自覚はあるが、だからソウサイもアンズには甘くしてしまう。
誰かのために頑張れる、それも片手間ではなく身を粉にしての滅私奉公が出来る、善人と呼ばれて遜色ない者達はどこまでも貴重なのだから。
若者の頑張りを評価し、それに報いる大人。それがいなくなったらおしまいだ。
「頭は痛いか?」
「いえ、大丈夫です……
二日酔いになるほど飲んでませんから……
あ~、私ほんとすぐに寝ちゃったんだなぁ……」
「あははは、それなら結構だ。
今宵はよく寝て、明日はすっきりした頭と元気な身体で目覚められるさ」
大酒飲むと話は変わるが、適量の酒を飲んで程よく酔って眠りにつけば、一日の疲れも相まって、短い時間でも充分なほど深い眠りにつけるものだ。
酒は百薬の長と呼ばれる今ですら、それは決して健康的な生き方ではないとされるものであるが、生き方の一つとして多くの人に支持されるものでもある。
程々の酒を飲み、ぐっすりよく寝て、元気な明日を。程々だぞ。
疲れているはずなのに何故か寝付きが良くなくて、夜明けを迎えても浅くて充分な睡眠も取れず、日々に追われてつらいというのは珍しくもない話だ。
使命を背負えば寝る間も惜しみ、粉骨砕身してしまうアンズのような子は、たまには正道ではない形で休ませることがあってもいい。
決して万人を労われるやり方ではないが、敢えてアンズをああした席に引っ張っていったソウサイにも、そうした思惑はあったということだ。
「ありがとうね、アンズ。
あんたのおかげで救われた人は沢山いたよ。
今はもう、色んなことを忘れてゆっくり休んでおくれ。
……本当に、お疲れ様」
『気にせず休め。
よく頑張ったな、アンズ』
「んんぅ……
じゃあ、ねます……」
「んふっ、素直でよろしい」
ソウサイの優しい言葉だけでも心が安らいだところに、主神であり父でもあるひとからお褒めの言葉も頂いたらもう駄目。
ああ、私よくやれたんだ。よかった、嬉しい、誇らしく感じていいのかな。
ただでさえ疲れているところにこの充足感、たまらない。恥も忘れて心身共に溶ける。
ぎゅっとソウサイに甘えるように抱き着いて、再び目を閉じて力を抜くアンズが意識を失ったことを背中に感じながら、ソウサイは微笑ましいばかりであった。
村の顔役であるソウサイは、己の立場を鑑みて誰かを贔屓し甘やかすことはしない人物と名高い。
そんな彼女が風変わりな巫女服の女の子を、我が子のように背負って往来を歩く姿は注目度も高い。
羞恥心ゆえ人目が気になるアンズが、視線を感じて降ろして欲しいと訴えたのも、ある意味では決して自意識過剰ではなかったということだ。
その上で、羞恥も今だけは忘れて再び安らかな眠りについてくれたアンズの体の重みが、ソウサイにとっては何よりである。
感謝したのは本心だ。この子がいなければ今頃は、摂泉村はすべてが焼け野原であったかもしれないのだから。
摂泉村に生きる民の一人として、本当によく頑張ってくれた女の子が、ようやく安息の時を迎えたことそのものが、ソウサイにとっては何よりも嬉しかった。
アンズは人たらしだ。
遥か年上の女傑にさえ可愛がられるほどなのだから。
だがその人たらしという称号も、要領良く立ち回れば手軽に得られるものではない。
相手が年配であればあるほどに尚更そうだ。上手い立ち回りだけで高評価を得ている者など、その本質を見抜いて騙されぬのが年長者。
本当の意味で、たいした奴だと年長者にすら評価される秘訣があるとするなら、打算無き献身こそが必須かつ一番の近道ということである。
静かな寝息を立てながら、ソウサイの背で再び眠るアンズ。
遥か年上の世話になる姿は、きっと決して格好のつくものではない。
それも已む無しとされるほど尽くしての今、そうあらざるを得ない若者の姿というものは、しっかりした大人であればちゃんと評価してくれる。
社会というのはそうあるべきものだ。




