第五五話 ~義賊の善悪~
「おいアンズ、どうしたよ。
すっかりまた口数が減っちまったな」
「あたしらなんか嫌なことでも言っちまったかい?
まあそうだとしても反省はしないけど。あっはははは!」
何杯飲んでも顔が赤くならないソウサイとヤシマの前には、既に顔を真っ赤っ赤にしたアンズが背中を丸めて座っている。
めちゃくちゃ飲まされた後である。もっともアンズも自分の意志で盃を進めていたので、飲まされたという表現が似合うかは半々だが。
景気よくがぶがぶ飲んでいた頃から時間がやや過ぎて、頭もくわんくわん回ってきた頃である。
どんな酒でも基本的にそうだが、飲んでからしんどくなり始めるまでには時間がかかる。
元気な素面に近い体で、まだまだ飲めると思ってがぶがぶ飲んでいると、遅れてついてくる重過ぎる酔いに苛まれて悔いるのはよくある話。
「も~いぃですよ……そろそろ本題いきませんか……
これ以上引っ張られると私つぶれちゃぃますよ……」
昨日は賭場で潰されかけたアンズだが、今日は酒で潰されかけている。
若干程度に呂律の回らなさが出てきているものの、まだ発音はしっかりしている。酔い潰れる三歩ほど手前。
これ以上飲んだらやばいと彼女自身も思っているのか、ちゃんとこれ以上の酒は断ることも出来ている。
大抵、これ以上はまずいと思ったら既に手遅れなのが大酒飲みの酒宴であるので、アンズの踏み止まりぶりは上等である。
もっとも、まだ夕時前だが。
まだお日様も赤らむ前から顔真っ赤なほど酔うのは、そもそも不健全であること間違いなし。
「なんだよ、まだ序の口だろうがよ。
そんなに俺達と飲むのが嫌か? おん? おん?」
「いいもんだって食わせてやっただろぉ?
何を不満になることがあるんだい? おん? おん?」
「ぜぇんぶいやです。
一向に話が進まないのも、ヤシマさんのおらおら感も、ソウサイさんのげへげへ感も、頭にがんがん響くあなた達の大声も」
「あぁん!?
俺がいつお前におらおら攻めたっつーんだよ!」
「うるせーーー!!」
「なんだいあたしにその言い草! 聞き捨てならないねえ!」
「うるせーーー!!」
「声がでかくなるのはしょうがねーだろ! 酒飲んでんだからよ!」
「ヤシマと一緒にすんじゃないよ! 声がでかいのはこいつの方だろ!」
「うるせーーーーー!
二人ともうるせぇんですよ! もういいでしょ! 本題入りましょうよ!
私に用事があって呼んだんでしょうが!」
「なんだよ話を急ぐなよ! まだ飲み足りねえっつーんだよ!」
「ぷっはぁー! ほらこんなに酒が旨い! 付いてこねぇかあんたも!」
「うるせええええええええええ!!!!!」
「「ぶあははははは!!」」
馬鹿しかいねえ。近寄るべからず。
単に絡まれればめんどくさい酔っ払いどもというだけではなく、機嫌を損ねたら容赦なく顔面に拳をぶっ刺してくるような方々である。
店も迷惑であろう。でも片方が親分なんだから仕方ありませんね。
酒を扱う飲食店は、しばしばこういう時に地獄である。
それにしてもアンズ、かなりの年上を相手にうるせぇと大声で怒鳴りながら、短気な二人を前にしてむしろ笑わせられるほど許容されたものだ。
何のかんので酔っても出る人付き合いの良さ、そのためなら酒でしんどくなろうが体を張る気概、それが酒好きの年長者にはよく刺さるのかもしれない。
元よりアンズは世渡り上手なのだ。打算的にならなくても、こうすれば相手が喜んでくれるだろうなというのを理解して、そのためなら体も張れるから。
その上これだけ飲んで、酔っても、奔放な言葉遣いかつ節度を犯すことも無い地頭の礼儀正しさがあるのだから、致命的な失言もしないし一線も越えない。
結局酔おうが酔うまいが、常日頃から身に付けている教養や節度や分別というものは、どんな時と場合でも身を助けるということである。
「お願いですから、いい加減もう締めに入って下さいよぉ……
これ以上長引かされたら私、ここで寝ちゃってもおかしくないですから……」
「くははっ、流石にそろそろ限界か。
ま、そんじょそこらの小僧よりはよほど頑張ったし、そろそろ勘弁してやろうかね」
「飲み慣れたあたし達にここまでついてこられた時点で上々さね。
よく頑張ったよ。あるいは、よく頑張ってくれたよ」
何の用で呼ばれたのか知らないが、このままでは用件も聞けぬまま終わりそう。
密かにアンズが心配しているのは、記憶を無くすほど酔わされた自分が、知らぬ間に変な約束を結ばされること。
この人達はやりかねない。ヤシマは勿論、ソウサイも普段は優しくしてくれるが本気を出すと手段を選ばない人だ。
最初から最後まで記憶を持って帰れる体調のまま保たないと、明日以降どんな目に遭うかわからないのだ。
憶えてません、なんてこの人達には絶対通用しないんだから。
「よーし、本題に入るか……ひっく。
ヤシマぁ、あんた頭はしゃんとしてるのかい?」
「誰に聞いてんだ、酔ってねえよ、酔ってねえ。あぁ酔ってねえ」
「あたしも酔ってないよ。
酔っぱらってんのはアンズだけだね! ひっく」
「はい、認めます、お二人は素面です、私べろんべろんです。
それで、お話ってなんですか……へくっ」
全員べろべろでしょという心底からの突っ込みを我慢して、アンズは進行を促している。はよしてくれ。
ソウサイさんがしゃっくりを出し始めたが、私もやばい。
飲み過ぎて人前でひっくひっく言うのは恥ずかしい。早く帰りたい。
「さて、アンズ。
一応聞いてみるが、あんたは"五右衛門騒動"という響きに聞き覚えはあるかい? ひっく」
「……けほっ。いえ、初耳です。
この村での出来事で……へくっ……す、すいません……」
「最近、摂泉村を騒がせている事件に大衆が名を付けたもんだ。
まあお前は余所の国から来たばかりだからな、知らなくても無理はねえ」
「一応、村中で話題になってることだから、あんたももしかしたらちょっとは小耳に挟んでいるかとも思っ……ひっく。
ま、流石に巡りが無ければ聞き及んじゃいないか」
頭がなかなか回らない体調なので、重要そうな言葉だけは注意して拾うアンズ。
ゴエモン騒動とな。
よし、覚えた。ゴエモン騒動、と。念のため頭で何度も反芻する。
「あたし達は、あんたにこの事件の下手人であるゴエモ……ひっく、ゴエモンを取っ捕まえて欲しいんだ。
なに、無理にとは言わないんだが、話を聞いて貰えればあんたもきっと協力的になってくれると見込んで……ひぃっく!」
「下手人ってことは悪い人だと思っていいんで……へく、っ……!
ご、ごめんなさい、すみません、しゃっくりが……っ、へくっ……」
「待てお前ら、まずはその色気もへったくれもねえしゃっくりを止めろ。
それでいちいち話を遮られても面倒だし、何より単にうざってえ」
呆れたように言われて釈然としないアンズ。
あなた達が飲ませるからでしょ。ほんと酔っ払いはこれだから。いや、特にこの人だから尚更か?
「あ゛~、あ゛~、止まれぇ、止まれぇ!
……よ~し、これでしゃっくりは止まった。待たせたね」
「っ………………はぐぇぇ、っ……!!」
「お前らからは女っ気みたいなもんが一厘も感じ取れねえな」
ソウサイはその両拳で、どすんどすんと自分の胸を力強く叩いて、無理矢理しゃっくりを止めてしまった。
アンズはと言えば、右の掌をみぞおちに当て、左の掌をちょうどその反対側の背中に当て、両手の間を駆け抜ける雷撃で自分の腹の奥を貫いた。
しゃっくり百回したら死んじゃうかも、という迷信が怖かった幼い頃に編み出した、神力を借りて無理矢理にでもしゃっくりを止める技である。
かなりの衝撃で息が詰まるので、我慢しようとしても出る声を溢れさせ、びくんびくん体を跳ねさせながら机に突っ伏す羽目になるが。
狸のように腹太鼓するソウサイと、うら若き乙女が出しちゃ残念な吐き気声を漏らしたアンズを、ヤシマは白い目で眺めるばかりであった。
気を取り直して、ソウサイとヤシマは、アンズに"ゴエモン騒動"なるものの概要を話してくれた。
しゃっくりが挟まれなくなったら、大商人二人の話は流暢かつ早かった。
無理にでもしゃっくりを止めて正解だったらしい。
ことの始まりは先月頭ほど、つまり月末近い今からであれば、二ヶ月近く前のこと。
とある豪商の屋敷に泥棒が入ったらしい。金目のものをごっそりと――ではなく、蔵に貯めてあった貨幣のみをごっそりと沢山。
強盗ではなく窃盗なので、負傷者などがいなかったのはいいが、盗みに遭った豪商は大損だ。
普段であれば豪快な泥棒が出たぞとばかりに、庶民も戸締りをきつくして終わりの事件だが、その翌朝からの展開が普通の泥棒騒動とは違う。
事件が起こったことも知らず、朝起きて軒先に出た摂泉村の皆様はびっくりしただろう。
何せ村中のあらゆる所に、捨てられたかのように銭がばらまかれていたのだから。
まあ勿論みんな拾う。お金が生活基盤となる摂泉村で、落ちてるお金なんて拾っておかなきゃ損。
そりゃあ財布でも落ちてれば、落とした誰かが困っているのではないかと思って持ち主を探すが、銭だけばら撒くように落ちているのだもの。
それも、ありとあらゆる所にだ。路地裏のような目立たぬ所ではなく、大通りといった誰の目にも留まる所にばかり。
若干の不気味さはあったが、掃除がてらに拾う方々からすれば、まあ儲かったということでいいや、という話で落ち着いてしまうのである。
「ま、結論から言うと、ゴエモンがでかい家から盗み取ってきた銭を、村中にばら撒いていたんだろうという話になる。
そういう盗みがあった翌朝にこそ、銭がじゃらんじゃらん村中に撒かれるんだ」
「何度かそういう事件が繰り返されててな。
おかげで摂泉村の奴らときたら、明日もあるかと期待して最近みんな早起きだわ。
ちなみに夜明け前の真っ暗時、屋根の上を駆けて飛ぶ人影が、銭をぶん投げまくって闇に消えてったって証言もあるしな」
「変な泥棒ですねぇ……
盗んだものをばら撒いていくって感じですか」
「さて、この事件の特殊な所はここからだよ。
盗みを果たしていった屋敷には、必ず"五右衛門参上"と書かれた紙が置いていかれる。
それもあって、下手人の名はゴエモンであると周知され、この一連の事件はゴエモン騒動と呼ばれているわけだ」
「さらに言うと、ゴエモンが盗みに入った場所っていうのは、どれもこれも悪評が立つような商人の家ばかりなんだわ。
性格が悪いとか嫌な奴とか、そういう次元の話じゃねえぜ?
あいつ何か悪いことしてんじゃねえかとか、それで最近羽振りがいいんじゃねえかとか、そういう黒~い噂が一度は立った奴の家をゴエモンは狙っている。
それが繰り返されてるってのが、庶民が散らされた銭を拾うことにいっそう抵抗を無くしてる遠因なんだろうなって気もする」
「えぇと、つまり……
ゴエモンと名乗る泥棒は、評判の悪いお金持ちの家にばかり盗みに入る。
それで得たお金を、村の皆さんに配るようなことをしてるってことですね?
それが、今日まで何度も繰り返されてると……」
「あ、ちなみにあたし達は一度も被害に遭ってないよ。
あたしらは商売に対してのみは意外と清廉潔白だからね」
「俺んとこにも来たことはねえな。
ま、俺は強引だが案外筋だけは通してるからよ。かっかっか」
「評判はあたしらも存分に悪いんだけどね~」
「敵は多いよな。
立ち向かってくるなら全員殺すがね」
意外と、とか案外、とかわざわざ一言加えるぐらいには、ソウサイもヤシマも誹られ得るほどの強引な商売は繰り返しているようだが。
それでもゴエモンとやらに的にかけられたことはないそうな。下手人基準では、悪い奴らとまでは言えないと見做されているのだろうか。
殺生をも平然と厭わぬ者達をそう評価して然るべきなのかは果たしてだが。
「ま、ともかく被害者以外に対しては、ゴエモンとやらの評判はそんなに悪くねえってのも実態だ。
鼻持ちならねえ金持ちを懲らしめて、庶民には銭をばら撒いてくれる奴。
被害に遭った奴は血眼になって下手人を探しているが、それに雇われた奴らはともかく、庶民はさほどそれに協力的ではねえのよ」
「正直わざわざ取っ捕まえなくても別に困りゃしないんだけどね、あたしら個人としても民意の大多数を汲んでも。
ただ、あたしらも被害者どもに何とかしてくれって泣きつかれて、まあそれなら少々関わってみるかなってとこなんだ。
そんであんたに協力を求めてみてるんだがね。
別にあんたに断られても、あたしらがやることはあんまり変わらないんだが」
被害者となった金持ちが果たして本当に悪人かはアンズには見極めにくいので、それはアンズが考えるべきところではない。
わかるのは、ゴエモンと呼ばれる下手人は民意を味方に付けているということだ。
これを余所者が関わって捕らえようとするというのは、場合によっては敵を作るとまでは言わずとも、つまらねえことする余所者だと思われ得ることである。
信仰、言い換えれば民衆の支持にも近いものを軽視できない立場のアンズをして、本来これは関わり合いにならない方が賢明な案件だとはすぐにわかる。
「その上で、尋ねてみようか。
あたし達に協力して、ゴエモンを取っ捕まえてくれるかい?」
「はい、お引き受けます」
「ほう、即答か。
お前さんとは色々あったが、これは本当に強制するつもりはないんだぜ?
別に断ったからって、俺の顔に泥を塗ったと見做したりもしねえぞ。
余所者に村の事件の解決を一任するぐらいならてめぇでやれよってのも、村の顔として真っ当な思想だからな」
「いえ、お引き受けしますよ。
酔いも醒めた気がしてきましたし」
だろうな、とソウサイもヤシマも思っている。
彼女の立場が複雑であることも踏まえた上で、この話を彼女に聞かせれば、協力を得られるという確信があったのだから。
強制は本当にするつもりはなかったのだ。答えがわかっていたからである。
「あんたはやっぱり、偸盗は動機に関わらず御法度かい?」
「駄目ですね。
場合によっては仕方ないとか言ってたら、何が何やらわかりませんもの」
「可能な限りの想像力をはたらかせても、どんな場合であっても駄目か?
同情され得る盗人ってものも実在はするのはお前さんもわかるんだろ?」
「それはまあ、わかるんですけど……
それでもやっぱり、駄目ですよ。
偸盗において免れない一番の問題は、奪う側が得るささやかな幸福と、奪われる側の甚大な不幸がまったく釣り合わないことですからね。
まして、楽な手段で利を得る成功体験をしてしまうと、必ずその人はいつか同じことを繰り返します。
たった一人の盗人の、繰り返される幸福のために果たしてどれだけの人が不幸になるかなんて、想像しただけで気分が悪くなりますよ」
「くははっ、仰るとおりだわ。
人なんつうものはそんなに強くはねえし、一度でも己の欲に敗れた奴は、覚えた楽な道をまた選ぶ。
博打で一度でも強烈な成功体験をして頭が焼けた奴が、やめることが出来なくなるようにな」
「あたしら商売人は、人のそういう性を食い物にさせて貰ってるわけだしね。
そういう低俗な話に限らずとも、銭を出せば畑仕事に勤しまなくても米や野菜、漁に出なくても魚が食えるってのも楽でいいものだろ。
客を楽させることを突き詰めて考えれば、当たる新しい商売を考えることもしやすいってのは、商売の基本だからね」
「正確には、楽してるように思わせるってのが肝なんだがな」
「あっはは、周りの声に左右されやすい奴は騙しやすいよね。
情報通の自分は騙されないと思ってる奴が一番吸い上げられる」
基本は良い人のソウサイもばちくその商売人なので、真っ黒ヤシマとそんな話では意気投合してしまえる。
陽のソウサイと陰のヤシマという印象で広く知られる両者であり、対立することも多い二人だが、あまり二極化して捉えない方がいい。
誰もが恐れるのはヤシマの方だが、ソウサイだって敵に回せばおっかない。
アンズとしては、そんなことわかってるからしばしばそんな一面を覗かせないで頂きたいところ。酔ってるからって悪さを醸し出す類の饒舌にならないで。
「所詮は私も余所者ですから、事情もわからない隣国のいざこざに自分から積極的に関わることはすべきではないと思ってますよ。
だけど、まるで庶民には義賊のように認識されてるその下手人も、お二人に言わせれば駄目なんでしょう?
だから余所者の私に協力を仰いででも、解決に向けて前向きなんですから」
「ほほう、それが協力しようって決断に至れる根拠の一つか。
ソウサイはともかく、依頼者の片方は俺だぜ? それでもいいのか。
言っておくが俺はがっつり悪党だし、そんな奴の要望を呑んでいいのかよ。
まさか昨日、ちょっと筋を通した程度の俺を見て、道理については信頼できるとでも思っちゃいねえよな?」
「ヤシマは少なくとも自分の領分で好き勝手する奴は、たとえそいつが善人でも葬るよ?」
「波が立つ尋ね方しないで欲しいんですけどねぇ……
ぶっちゃけますけど、ヤシマさん一人だけの御依頼でしたら熟考しますよ?
道理において信頼できるソウサイさんもいるから二つ返事ってだけでして」
「な? あたしも一緒でよかったろ?」
「違げーだろ、俺は拗れるかもしれねえからお前一人で行けっつったじゃねえか。
お前が俺を引っ張ったんだろが。酒が旨えからいいけどよ」
「そうだっけ?
まあどうでもいいこっちゃけど、あっはは」
「お二人の見解としてどうなんです? その義賊みたいな人。
被害に遭ったからとか、いつか自分も的にかけられるからとか、それであらかじめどうにかしたいという感じではないのは察せるんですが」
「いらんいらん。
盗みという手段でちやほやされて、それで己を正当化してるんだったらどう考えても調子乗ってんだろうがよ」
「独自の観点で嫌われ者を勝手に選別してる時点で、あたしはそれが一番気に入らねえのさ。
盗人風情が善悪を見極めて正義を執行できる気になってるなら笑い話にもならねえよ。
アンズもそんな奴を義賊だなんて呼ぶな、むかつくから。
どんなに馬鹿な民衆が讃えようが、所詮あんなもんは木っ端の泥棒だよ」
「ぁゎ、すみません……」
酔っ払いってどこに逆鱗があるかわからないから本当に怖い。
アンズは女同士のソウサイの方が、本能的にはヤシマより怖いから尚更だ。
「まあしかし、あんたが協力してくれるっていうなら頼もしい。
あたしらも、次にそいつがどこに出るかはある程度絞ってある。
情報なら寄越してやるから、是非とも手を尽くしてくれ」
「けちなことは言わずにしっかり見返りも用意してやっからよ。
お前さんは利益度外視で動けるんだろうが、それも理解した上で面白い報酬も考えておいてやる。
ま、それも踏まえてよく頑張ってくれや」
「よーし、話が早く纏まると時間が余って有難いもんだ!
もうちょい飲むか! ヤシマも付き合えるよな?」
「当たり前だろうが、こんなもんで満足できるかよ」
「あぁ、まだ終わらないんですね……
もう勘弁して欲しいんだけどなぁ……」
牙を剥いてこない限りでなら、ソウサイのみならずヤシマと話すのも案外アンズも楽しめるのだが、今日は些かもうしんどい。
飲める口でも量が多いと流石に疲れる。明日のことも心配だし、もっと言えば帰り道も不安になる。
べろんべろんに酔った足取りで、ハタノのようなごろつきに絡まれたようものなら、手加減できるかわからないから。
心配の種類が普通の女の子のそれとは違うのはさておいて。
「なぁに、帰りはちゃんとあたしが宿まで送ってやるよ。
あたしと一緒なら安心だろ」
「というわけで飲め。
酒ならいくらでもあるんだからよ」
「もう~……」
みっちり話し込んでいた間にもがぶがぶ飲んでいた二人、酒は随分減っている。
親分格二人が込み入った話をしていると見て、近寄るまいとしていた店員も、ここしかないと見て酒を持ってきた。
それでも遅かったらしい。ヤシマが空になった徳利をつまんで揺らす姿からも、酒が切れた瞬間が一瞬でもあれば駄目。
可能な限り最速で立ち回った若者も、ヤシマの次の一杯にはかろうじて間に合ったのだが、それでもヤシマに頭をばっしんと叩かれている。
ソウサイやアンズと談笑しながら、振り返りもせずに殴るのだ。どれだけ傍目には上機嫌に見えても、油断できる瞬間など一抹も無い親分。
ならず者集団を纏め上げ、それらにすら常に恐れられる一番上の人物というのは、これほどでなければ通用しないのだろう。
ここから解散まではさほど長くなかったのだが、それでもアンズには長く感じた。
話せば面白いのだ。二人とも価値観は尖っているが、確たる世界観を持っており、それが世知辛いこの世を生き延びていく力の源泉でもある。
そうした方々の話を伺えるのは、意外と掛け替えの無い経験になるものだが、なにしろ気難しい大人にも違いないので神経を遣う。
成功者がどのように生き抜いてきたか、その根源にはどのような考えがあってのことなのか、それを聞いて垣間見ることが出来る席とは本来魅力的なものだ。
それも、そうそう簡単な話ではないということである。
旨い話はなかなか転がっていない。商人の集う村では当たり前のように囁かれることだ。




