第四二話 ~迂闊!~
「よーし、みんないるね!?
それじゃあ"輪作り"はじめるよー!
みんな準備は万端かな!?」
「「「「「はーーーーーい!!」」」」」
山波村の子供達にとっては、六日に一度の楽しみな日。
アンズお姉ちゃんに遊んで貰える、筆場に集まる日だ。
数字がわからず、六日に一度というのがわからない幼い子供であっても、その前日に筆場に行けば、明日だよという立札が立つこの筆場。
すっかり村の子供達に愛され、定着し、その日は必ず五十人以上の子供達が集う筆場は、可愛い子供達が大好きなアンズにとっては浄土にも近い。
輪作り。
アンズが考えた、筆場に集まった子供達みんなで遊べて、筆場本来の目的もこっそりと叶えられる遊びの一つだ。
今日、この筆場に集まってくれた子供達を、筆場前の広場に集めて、散り散り気まぐれの子らを前に始まりの声を放つ。
総勢、四十九人集まってくれた今日の子供達の人数はアンズは把握している。
さて、ここからがアンズの腕の見せ所。あるいは、彼女自身の計算の速さの見せ所とも言う。
「まずは、九!
さあ、この人数で輪を作って!」
アンズが"九"と書かれた札を掲げる。
子供達はそれを見て、何人で輪を作ることを求められているのかを知る。
この場には四十九人の子供がいるので、九人の輪が五つ出来て、四人が余ることがこれで決定した。
「えーと、えーと……!」
「あれは九人だよ! いっぱいだよ!」
『いっぱい手を繋げー!』
いっぱい手を繋げー! と叫んだのはテンジン様ではなく、筆場の常連クマリである。
今回に限り、そうであるので悪しからず。あれはクマリの発言だ。
「はいそこー!
そこは私の指示した人数と違うねぇ!
誰にしようかなぁ!? はいあなた! 輪から飛び出せぇ!」
「えー!? なんで私ー!」
「知らないっ!
いいから新しい輪をさっさと作るのだっ」
「こっち来い! ここ八人しかいないから! あと一人欲しい!」
「よかったー! 助かったぁ!」
アンズの指示を理解した子供達が、九人の輪を作ろうとする。
人数の多い輪を作ればいいという指示に、急いで九人の輪を作ろうとして、十人の輪が出来ることもある。
すぐさまそこに駆けつけたアンズが、気まぐれに一人の肩を叩いて、輪から出ろと命じて強引に九人の輪にする。
あぶれた一人はあわあわしていたが、近場に八人しか集まっていない輪があったので、そこに吸収されて助かった。
この遊びは、指示された人数の輪をみんなで作り、その輪を作れなかった者は退場となる遊びである。
だからみんな、輪の人数を指定されるや否や急ぐ。競争であり協力だ。
話したことの無い初対面の子供同士でも、男女や年齢の差も関係なく、生き残るための味方として手を繋いでいく。
「はーい、ここまで!
あれぇ~? 三人余ってるなぁ。もう一人余ってるはずだぞ?
ってことは……そこだな!? 十人いるな!?」
計算の出来るアンズなので、何人の余りがいるかで矛盾はわかる。
十人の輪でなんとか誤魔化しきれないかと黙っている輪を即座に見つけ、見逃しませんよとばかりに駆けていく。
さてこの輪の中から一人追放しなくては。判定はアンズ任せ。
こういう時に、アンズが誰を選ぶかはだいたい決まっているのだが。
十人の輪が九人でないことをわかっておらず、アンズお姉ちゃんに迫られて無性にびくびくする年下ではなく、わかっていて黙っている年上の方である。
「お、ま、え、だ」
「なんで俺~!?」
「わかってて騙そうとしてたからだっ!
出てけ~!」
そういう子は輪の中に複数いたのだが、その中から誰を選ぶかはアンズの気分次第。
まあ、基本的に年長者を選ぶ。小さい子供を自分の采配で追い出して、早くから退場者にするようなことはしない。
「はい、現在は四十五人になりました!
次の輪の数いくよ! 準備は出来てる!? 私は出来てる!
ほらそこ、早く手を放して次に備えて! 待ってあげないぞ!」
四人の退場者は少し離れた場所に行って貰い、残った人数で次の輪作りへ。
手を繋いで輪を作れて、ほっとしていた子供達も解散させる指示。
アンズが札を上げる前から手を繋いでいたり、露骨にすぐそばの誰かと手を繋ぐ準備をしていたら、反則と見做されて問答無用で退場だ。
アンズは目ざとい。絶対に見逃さない。みんな知ってるから違反は出来ない。
「次は七!
さあ輪を作れ!」
「え~、あれ何人だっけ!」
『七だよ! これも多い方!』
「こっちだ! あと二人欲しいから!」
「引っ張ってきてやれ! 早くしないと取られる!」
子供達は、誰も彼もが数字を全て知っているわけではない。幼い子ほどそうだ。
クマリはよく周りに目を配っており、近くにいる幼い子供にそれを教えてあげている。
彼女は面倒見がいい性格をしているから率先してそうするが、クマリに限らず数字がわかる年長者は、わからずおろおろしている子供を積極的に輪に招く。
人数の足りない自分達の輪に、頭数を足したいという子供ながらの計算もある。
ただ、やっぱり根本的に、どうしていいかわからない年下は放っておけない気持ちになるのだ。
子供は純真ゆえにしばしば残酷なこともあると大人に言われるが、その純真さとは、利を知る大人が一考かかるものを、最速で行動に移すものも多々生み出す。
「三人余ったね! 次は四十二人!
はい手を放して! 間髪入れずにいくよ!
と言いつつ、えーっと……よしっ、次は五だっ!」
輪からあぶれた子供は退場していくが、それらが退屈しないようにアンズの進行は非常に早い。
実は、退場した子供達にもやれることはある。
自分が選ぶなら年長者ほど先に退場させるアンズだが、それもそんな子ほど、退場しても暇せずにいられるという算段ありきである。
「あっ、あそこ七人いる!」
「アンズ姉ちゃーん! あそこ六人だぞ!」
「はーい、教えてくれてありがと!
あなたとあなた、輪から出て次の輪を作れぃ!
はいそこも! あなただぞ! 六人なのわかってて黙ってんじゃないよぉ!」
退場位置から俯瞰的に見る子供らは、指定された人数と違う輪に野次を飛ばして茶々を入れる。
しーっ、秘密にしてて! という本心は野次られた側もあるが、心の底ではそこまで恨まない。どうせ黙ってくれていてもアンズにはばれてしまうのだし。
むしろ早めに解決して貰えて、新たな輪を作る時間がまだ残されているうちでよかった、という考え方が出来るようになれば立派な成長である。
「さあ次は四十人!
次は八……あっ、違う違う、今のなし!」
『お姉ちゃんがすべった!
みんな見て! あんなにえらそーにしてるのにすべった!』
「アンズお姉ちゃんかっこわるーい!」
「八人の輪だったら余りが出ねえだろー!」
「うるせー! お姉ちゃんだって間違うことぐらいあるわいっ!
クマリ笑いすぎ! 退場させるぞっ!」
『しょっけんらんようだー!』
「凄いねクマリ!
やたら難しい言葉ばかり覚えて!」
四十人で八人の輪を作れと指示したら、丁度全員で五つの輪が出来て退場者が出ない。遊びが進まない。
アンズも早い展開を進めようとすると、たまにこんな間違いをする。いくら計算が出来ても、考えることの多い仕切り役で展開を急げばこんなこともある。
そのたび、計算が出来る子供にはいじられる。別に悪い気はしない。
それだけ、数字のわかる子供がいるという筆場の理念が達成されている。
「気を取り直して、次は六!
さあ輪を作って!」
こうして、少しずつの退場者を出しながら、人数を減らしていく。
本質を言えば、場に残った子供達の数を、割れば余りの出る数字で輪を作らせ、その余りの数だけ減らしていくのだ。
今アンズが言った六の次は八、次は七、それで残りは二十八。
次は二十四人ほどに減らしたいからと言って、うっかり次は四とか言ったら先程と同じ轍を踏む。
輪を作る人数を指示する役目のアンズも案外神経は遣っており、間違えないように六と言っている。
「だいぶ減ってきたね! 残り二十四人!」
『……次はたぶん五』
「そうなの?
じゃあ次は少なめで輪を作らなきゃだね……」
「……次は七人じゃない?」
「そうかも……」
「次は五!」
「「「違うじゃーん!?」」」
「あれぇ~!?」
勘のいい子は、残った人数から次の数字も読める。
計算の得意なクマリに限らず、彼女ほど計算が早くない子供でも、経験上から次の数字が予測できたりもする。
二十四人いる状態から、余りの出る輪の人数を指定しようと思ったら、三も四も六も八も駄目だ。
五か七しかない。アンズは十以上の人数の札は持っていない。
計算と理屈によってそれがわからなくても、何度かこの遊びをしている子供なら、なんとなく直感的にそう気付けることもある。
たとえこの場でその根拠がわからなくても、学びの根幹にあるのはその"気付き"だ。いつか理屈を理解できた時、経験から生じた着想は一生忘れない。
「あそこ六人いるよー! アンズお姉ちゃん捕まえろー!」
「はーいありがとう!
あなただよ! わかってるふりは駄目だと何度言えば!」
「くっそー! ここまで生き残ったのに!」
「わかる? あそこは五人だよ。
数えてみて」
「いち、に、さん、よん……ご!
ほんとだ、五人いる!」
「あははっ」
生き残って輪を作る側も、退場して眺める側も楽しくやっている。
無邪気な子供は、悪く言い方をすれば安い優越感を得るのも嫌いじゃない。
だから、共に退場者となった年下の子に、あそこの人数を数えてみて、と数字を教えてあげることをする。
そうしてお兄さんお姉さんぶる。教えてくれた年上に喜んでくれる声と顔を前にして嬉しくなれる。
それでいいのだ。それがいい。
年長者ほど退場者枠に集いやすい傾向は、何もアンズとて幼子贔屓だけでそうしているのではなく、こんなことも期待してである。
指導者というのは強かであってよい。
「クマリ」
『しにがみ!?』
「ここまでよく頑張ったね!
でも退場~!」
この遊びにおいて、クマリは最後まで残れた試しが無い。
今しがた、十五人残りの状態から四人の輪を三つ作れという指示の中、二人あぶれて五人の輪が一つ出来ていたところ。
その輪にクマリがいればもう、アンズが肩を叩く相手はクマリ確定である。
『私がんばった! ほめて!』
「うん、お疲れ様。
でもご褒美はお預けね」
『けっ!』
いじけたことを仰って退場枠に駆けていくクマリだが、足取りは元気で不満ひとつ無さげ。
この輪遊び、最後は五人前後ほどの"勝ち残り"を残して終わるのだが、最後まで勝ち残った子にはアンズお姉ちゃんからささやかなご褒美がある。
それはあくまで、昼食に漬物が付くとか、おかわりが一回多く許されるとか、些細なものに過ぎないのだが。
だからみんな、躍起になり過ぎない程度に頑張れるのだ。
それ抜きにしても、子供は遊びの勝ち負けが結構好きなので充分に盛り上がるのだが、あった方がより盛り上がるのでご褒美があるのは良い決まりである。
クマリがアンズに特別愛されているのは、他の子は勿論クマリ自身ですらわかっているので、大抵この子は最後まで残されない。
なんならクマリは終盤に自分が残りそうになれば、わざと多めの輪に自ら参じて、自分から追放対象に選ばれようとするぐらいである。
自分の役割がわかっているのだ。しばらくは長く生き残り、周りの幼い子供に色々教えながら、機を見て勝ち残りだけはせず、すすっと退く。
ご褒美目当てで頑張らなくても、私はアンズお姉ちゃんに、他のみんな以上にずっと可愛がって貰ってきているんだから。
物分かり良く立ち回ってくれるクマリには、退場枠へ向かうその背を見送るアンズも、本当にいい子だなぁと感心するばかり。
「あと十二人! そろそろ終わるよ、正念場!
次は五だっ! さあ急げっ!」
この後、十人になる。
その後、四人で輪を作れという指示で八人となり。
最後に三人で輪を作れという指示を経て六人となる。
これ以上は減らせない。
五人で一つの輪を作れと言えば、早い者勝ちの流れで揉めるかもしれない。一番年下の子が割を食って悲しい想いをする可能性もある。
これによって、勝ち残り六人が"ご褒美"を得られることでお遊び終了だ。
「はーい、おしまい!
頑張ったね! 残った六人には、お昼ご飯に梅干し入りおにぎりが一つ!
私が漬けたやつだよ! 自信作だから美味しく食べてね!」
「「やったー!!」」
「えぇ~、いいなー」
「アンズお姉ちゃんの梅干し旨いんだよなぁ」
明日も残るようなものをご褒美として差し上げると、羨ましがる子供同士で取り合いになるかもしれないので、こんな形のご褒美が望ましい。
アンズの梅干しは評判である。
子供達も好き嫌いというものがあって、酸っぱいものを嫌う子供も多くはあるが、梅干しだけは嫌がる子供も少ない。
ご飯によく合う塩そのものが農民にとっては若干の贅沢品で、子供達も普段はよく味の利いたご飯をあまり口にしていないのだ。
手間暇かけて作られる梅干しなんて、滅多にとは言わないが食べられる機会も限られるので、ご褒美として食べられるなら子供達には嬉しい。
「それじゃみんな、筆場に戻ろっか!
年上の子は私と一緒にお昼ご飯作り! 疲れた子は寝ててもいいよ!
次はお昼ご飯だからね! さあおいで!」
「「「「「はーーーーーい!!」」」」」
アンズの言うことをよく聞く子供達だ。
指導力のあるアンズであることをよく表した一幕であるとも言えるし、そもそも彼女に会いたくて来ている子供達だから当然のこととも言える。
筆場の方へ上がるアンズと、それについていき草鞋を脱ぎ捨てる子供達により、どれが誰のかわからない草鞋だらけになるのもいつもの光景。
帰る時、履いてきた草鞋と違うものを履いて、気にせず帰る子供だらけになるのも含め、これが筆場の日常風景である。
六日に一度、アンズに会いたくて集まる子供をこれだけ集わせるのもたいしたものだ。
子供達に将来役に立ち得る知識をもたらすため、それを初志として造られた筆場という概念において、アンズはその看板娘として最上の役目を果たしている。
「クマリはすっかりみんなのお姉ちゃんだね。
いつも来てくれて私も楽しいし、助けられることも多いし」
「ふふふ、私すごい。
お姉ちゃんのほさをはたせる賢い子なのだ」
「補佐て。
難しい言葉を好んで使うようになっちゃって」
筆場の昼食の時間、アンズの隣には当たり前のようにクマリが座っている。
アンズお姉ちゃんに誰よりも懐く彼女は、六日に一度この筆場に遊びに来る余所者ながら、アンズの隣の片方を誰にも譲らない。
その上で、山波村の子供達からも不平が出ないほど馴染んでいる。
幼い子ですら、筆場の日には必ず余所から来るこの特別なお姉さんは、アンズお姉ちゃんにとっての特別な相棒みたいなものだと認識してしまえるのだろう。
アンズの補佐役を自称して得意げなクマリだが、実際そうなのだ。
遊びに読み書き計算を学べる要素を組み込むアンズだが、クマリはその理念をよく理解した上で、そばの子供達の手をよく引いている。
大袈裟承知でアンズを教育者と呼ぶなら、クマリもアンズのそれを補佐できているのだ。偶然的にではなく、意図的に。
アンズにとっては遊びに来てくれるだけで嬉しい、思い入れのある子ではあるが、それ以上のはたらきをクマリは確実に筆場で果たしている。
「それよりお姉ちゃん、なんだか今日はいつもより楽しそう。
なんかわくわくしてる?」
「凄いなぁ、クマリは。
お姉ちゃんのこと、なんでもわかっちゃうんだね」
「でへへ~、いもうとであり、そっきんだから」
どちらの表現もさほど的外れでないのだからたいしたものだ。
離れて暮らす姉妹のように親しく、筆場においてはアンズのしたいことをさりげなく支える、最も話のわかる優秀な人材ですらあるクマリ。
何歳も年下の子に過ぎないクマリが、自分にとって代わりの利かない幼子であることは、アンズも存分に自覚がある。
「実は明日から、摂泉国に遊びに行くんだ。
楽しみなんだぁ、今から。
お姉ちゃん忙しくて、なかなかそういうの今まで出来なかったから」
「……ふ~~~ん…………」
「え~! いいなぁお姉ちゃん!」
「私たちも連れてってよ~!
せずみのくに、行ってみたい!」
「だめだめ、遊びに行くとは言ったけどお仕事もあるんだから。
好きなように買い物したり、色んなもの見るだけの旅じゃないよ?
一緒に来ても、お姉ちゃん忙しいから遊んであげられないよ」
一考してから、まあいいかと結論付けて、アンズは明日の予定を白状する。
クマリなら、こういう話を聞かせたら、明日は一緒に来たいとでも言いたがりそうなことも踏まえた上で話している。
クマリの反応は予想に反していまいちだが、周りの子供達はアンズがクマリで想定したのと同じように、僕も私も連れていっての声。
大所帯の遠足で隣国まで赴くような軽率は出来るはずもなく、アンズは用意していた断り文句をすっと出す。先の一考の間にこれぐらいの用意はしたのだ。
「ちゃんとお土産も買ってくるから。
みんな楽しみに待ってて欲しいな。
もうすぐこども祭りだし、お土産はその時に披露するから」
「ほんと? じゃあ楽しみ!」
「お姉ちゃん、絶対にお約束だよ?」
「はいは~い。
お姉ちゃんは約束破らないから信じて待っててね」
子供達はアンズとの約束が大好きだ。
明日のことなど、己や家族の命すら含めて、決まっているものではないとわかっているのが現代の幼子。
これほど安寧と整った治安に護られた山波村ですらそうなのだ。天災一発でお友達の親が一人消された経験を持つ子も決して少なくはない。
良き未来を暗示する"約束"とは、子供達にうけが良いのはアンズも知るところであり、それは我が儘を封じる妙手として鉄板とさえ言える。
安易に約束するとそれを破った時、子供達をひどくがっかりさせた咎を背負うことになるが、アンズも腹は括って約束をする。
必ずこども祭りで子供達が喜ぶお土産を披露する。そう決心するだけ。
元よりナルミに頼まれたこと、かつ、祭の真の主役は子供達ということで、はなから何としても最高のものを持ち帰ろうという意志は強いのだ。
約束を結んだことにより、万一の非力による不達成すら許されなくなったが、絶対に何とかするぞという想いは元々なのであまり変わらない。
損せず値打ちあるものを安売りできるのは、ある意味でアンズの強かさの一端と言えるかもしれない。
「クマリも待っててね?
必ず、素敵なお土産を持って帰るからさ」
「うん、たのしみにしとく!」
後から思えば、アンズはこの時の違和感を重視すべきだったのだ。
アンズの想定では、摂泉国に遊びに行くと聞けば、まずクマリが反応して、周りの子供も乗っかってくる想定もあって。
それを今の話でなだめすかす算段だったのだが。
冷静に現実を見ればどうか。
クマリはおとなしく、周りの子供だけが我が儘を言ってきて、用意していた話でそれらをなだめすかしただけ。
クマリの反応が薄かったから、ちょっと普段とは違うなと思いつつも、最後に名指しで話しかけたぐらいである。
それに対する返答も物分かりが良かったので、ああこの子もいつまでも子供じゃなく成長したんだな、と、アンズは感慨深く感じるだけに留まってしまった。
いつの間にか算数をほぼ完璧に学びきっていたほどには、かつてのアンズの想像以上に地頭の良いクマリなのに。
そんな彼女がアンズの予想外の反応であった時点で、アンズはもっと様々な可能性を想定すべきだったのである。
程よい頃合いを迎え、筆場の子供達を解散させ、アンズはクマリと共に神社方面へ向かって歩いていた。
筆場を終えるような時間帯になると、大抵はタケスエが神社で待ってくれている。
山の向こうの桑原村から六日に一度、筆場に遊びに来るクマリの往復路であるが、彼女が安全に両村の間を往来できるのはタケスエの護送ありきだ。
忙しい朝とは違い、帰り道はアンズが送ってあげるという選択肢もあるのだが、やれることの多いアンズの時間をクマリだけに割き過ぎるのも少々考えもの。
クマリを桑原村に送り届けて帰ってくるまでの時間があれば、山波村での畑仕事の一つでも手伝えるのだ。
山波村の安寧に寄与する山波神社の巫女として、クマリのためばかりに時間を費やし過ぎるのは、思慮できる限り慎むに越したことはない。
「クマリ、ちょっと市場に寄っていく?
桑原村の皆さんに、お土産ぐらいは買っていっても……」
「そんなことよりお姉ちゃん。
わたし明日お姉ちゃんと一緒に、せずみのくにに行きたい」
「なにぬっ」
流れをぶった切っていきなりぶち込んできた。
言われてすぐに、あるいはようやく気付いたが、どうも筆場でおとなしいと思っていたら、二人きりになってから言うつもりだったらしい。
同時にわかるが、これは結構強い気持ちで訴えてきている。
筆場でみんなと一緒にせがんでも、一纏めにされてあしらわれると思ったのだろう。
頓珍漢な言動を見せることも多いクマリだが、しれっと他の子供達から抜け駆けして、希望を通さんと立ち回ってきた辺りは幼いながらも策士である。
「あ~、でもそれはみんなにも言ったけど……」
「いっぱい一緒に行ったらお姉ちゃんも大変だろうけど、一人だけならいいでしょ?
わたし、たまにはお姉ちゃんと普段と違う所にも遊びに行きたいよぉ」
「こらこら、ちょっとずるくないかね。
みんなにも我慢して貰ってるのにクマリだけっていうのは……」
「それでもいいもん」
「くっ、決意の眼差しがすごい」
普段はあまり周囲や和を蔑ろにするようなことを言わない子なので、今回は我が儘を承知で押し切りたいほど一緒に来たいのだろう。
自分のことしか考えない生き方ややり方はアンズを嫌うし、躾けの上ではここでクマリを叱るべきと普段なら即決する。
とはいえ今回は、きっとクマリにとっては滅多に無い機会と見えるし、事実そう。
面白いものが沢山見られそうだと子供達も思う、商人の集う摂泉国へアンズが向かうことを前日に知っていて、同行をせがめる無二の機会。
そこまでアンズも理解できれば、これは恐らく軽い気持ちで口を滑らせて、余計な希望を抱かせた自分にも責があるのだろうと思う。
批難されるほどのことではないにせよ、口の軽さは災いを招き得るものだと知る大人として、軽挙は反省に値することだ。
「……一応、ナルミ様に預かってるお仕事で行く話だからさ。
ナルミ様に、一緒に連れていってもいいか聞いてみるよ。
いいよって言われたら連れていってあげる」
「ほんと?
いいよって言われたのに駄目だったって言うのなしだよ?」
「しないってばそんなこと。
大人はそこまで汚くないよ」
「お姉ちゃんはけっこう、うそもほうべん、やるの知ってるもん」
「しますね。
あなたほんと色んなことよく知ってるね」
アンズのことをよくわかっているし、書物もろくに流通していない農民生活の中でなかなか知り得ないような言葉を知っているし。
子供って、知らないうちにいつの間にか想像以上に育っているものなんだなぁと、近所のおばさんが昔言っていたようなことを思い出すアンズ。
みんながみんなこうではないのだが。クマリは吸収の良い子供である。
本来あまり甘受すべきでない事情がありながら、クマリと一緒に旅行となれば、アンズも少し楽しみな気がしてくる自覚もある。
お母さんに相談して、駄目と言って欲しいような、いいよと言って欲しいような。
そう思うにつけ、私もすっかり絆されてしまっているんだなぁと、神職者としては歯がゆく、個人としては胸が温かく、アンズはクマリの手を引いていた。




