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あんずの神様 ~山波雷神幻想譚~  作者: ざくろべぇ
第弐章  大奈国の鬼退治
39/63

第三八話   ~復讐に肯く~



「すまないな、お袋さん。

 こんなものまで用意して貰って」

「うふふ、お礼なんていいんだよ。

 私()にはこんなことしか出来ないしね」


 朝を迎えた和良村。

 明日の見えない村にも等しく朝は訪れて、一新された日の象徴である陽光は降り注ぐ。

 歌人なら爽やかさを詩に表すための常套句として用いよう晴れた日の朝日も、この村の人々の心を洗うには至るまい。

 朝日が鬼に荒らされた破壊跡をありありと見える形に照らすような情景のうちは、いっそ嫌なものを見ずに済む夜の方が心休まるほどかもしれない。


 セイカの家を出て帰路へと向かう前、コナツとアンズは一宿の礼を述べていた。

 加えて、コナツの壊された左腕は、添え木で固めた腕を麻布で吊る形で、怪我人相応の処置が施されている。

 昨夜のうちに、こんなものまで用意してくれたセイカの母には、当然コナツも改めて礼を重ねるというものだ。


「……この添え木を作ってくれた人、教えて貰えねえの?」

「秘密だって。

 だってあなた、わざわざお礼を言いに行くでしょう?

 きっと、こんな当たり前のことをしたぐらいで感謝されるのも照れ臭いのよ」

「かもしれませんね。

 わかりました、心の中でだけ感謝しておくことにしますよ」

「ええ、きっとそれが一番いいわ」


 添え木は枝を材質に作ったものではなく、薪にも使える木の幹を材質に、しかも肌を傷つけないようささくれが落とされ、さらに磨かれている。

 年老いたセイカの母に、こんな丁寧で綺麗な添え木を作り上げるのは難しいはずだ。

 材木は固いし、ここまですべすべのものを作るには腕力と、時間をかける丁寧な反復作業が必要なのだから。

 コナツが左腕をだらりとしたまま村に帰り着いた姿を見て、家で黙々と添え木を作り始めてくれた誰かが、昨晩この家まで届けてくれたとしか思えない。

 村の一員である若者が、憎き鬼を討つために傷付いて帰ってきた姿を見て、それぐらいのことをすることは人として、感謝されるほど偉大なことではない。

 照れ臭いからわざわざ礼なんて言いに来なくていいという誰かさんの暗黙は、コナツもアンズも正味のところ共感できるところである。


「セイカ、俺はもう行くぞ。

 母さん、大事にしてやれよ」

「お布団、ありがとうございました。

 とてもよく眠れましたよ」


「…………」


 見送ってくれるセイカの母に反し、セイカは家の奥から出てこない。

 呼びかける声を発した二人にも、返事は返ってこない。

 玄関前まですら顔を出したがらない、すっかり引き籠って何年も経つセイカの塞ぎ込みぶりは、二人も改めて痛感する。

 老齢のお母さんがこの世を去ると、彼はその後どうやって生きていくのだろうか。

 もう米俵を運ぶ力も無さそうな、身体を使わず痩せ細った身体はもう見ているし、母でなくともアンズでさえ心配になる。


「息災でね、コナツ君。無理はしてはいけないよ。

 よろしくね、アンズちゃん。頑張り屋さんのこの子のこと、支えてあげてね」


「ああ、約束する。

 そう簡単にはくたばらねえってな」

「お任せ下さい。

 私のことを助けてくれたこともある、大事な友達で大切な恩人でもありますから」


 改めて言葉を重ね、別れを紡いで二人は和良村を去る向きへ歩いていく。

 小さく手を振り見送ったセイカの母は、家の奥で小さくなっているセイカに寄る。

 年を取ってから産まれてくれた、たった一人の可愛い息子だ。

 もう村の畑仕事を手伝うこともしないようになり、穀潰しと蔑まれるようになって長くとも、彼女にとっては永遠に最愛の我が子である。


「セイカ……」

「………………惨めだよ、俺……」


 誰に恥ずることもなく生きている誰も彼もが眩しい。

 光があれば影もまた生まれる。独り立ちして立派に生きている人を前にすると、誇りようもない自らがどうしようもなく情けなく感じる。

 コナツのことが憎いわけではないのだ。彼とて、そこまで歪んでいない。


 セイカの母は、やり切れぬ表情で我が子を後ろから抱きしめることしか出来なかった。

 この子がこうなってしまったきっかけも、親は当然知っている。

 鬼が憎い。我が子を、こんな風にさせてしまった鬼が。

 そして、抗う力も我が子を救う力もない自分自身こそが、何より不甲斐無かった。






「……コナツの兄ちゃん」


「ん……どうしたんだ?」


 村の出口を前にした頃、コナツに後ろから声をかけてきた幼い声。

 少し息が上がっているので、走ってコナツに追いついてきたのだろう。

 コナツも振り返って腰を下ろし、六歳の小さな少年に目線を近付ける。


 この少年の名前もコナツは知っている。

 そして、彼の境遇も。


「また、あの山に行ってくれる?」

「ああ、必ずまた行く。

 うるせえ赤鬼カネグマはもうぶっ飛ばしてやった。二度とこの村に降りてくることはねえ。

 残りの鬼の偉そうな奴らも、いつか必ず俺が全部ぶっ飛ばしてやる」

「……ありがとう、コナツ兄ちゃん」


 気付けば、遠巻きながらもコナツを見送る老若男女が、決して数多くはないが見渡せる。

 コナツも一度目線を上にし、見回すように顔を動かしたので、見送られていることはわかっているのだろう。

 だけど今は、切実な想いを伝えようとしている幼い少年の言葉を聞くために、立ち上がりもしないし目も逸らさない。


「父ちゃんの仇、討ってくれるよね……?」

「全部、ぶっ潰す。

 お前から父ちゃんを奪った黄鬼トラグマも、全部だ。

 兄ちゃんに任せとけ」

「うん……お願い、コナツ兄ちゃん……」


 ぐずりだす少年を、コナツは片腕だけででも抱き寄せぎゅっとする。

 アンズにもわかる。コナツを遠巻きに見送る大人子供、若者と老人の眼は、いずれも哀しみに溢れている。

 それは、村の怨敵である鬼を討たんとする果敢な少年を、勇者と讃えて見送る眼差しなどではない。

 昨日、コナツが鬼に挑むことをやめさせようとした者達とは想いを異とする、コナツに悲願を託すたび、悲痛な記憶を思い返す者達の表情に他ならない。


 コナツが抱きしめる少年のように、親を奪われた者。

 我が子を奪われた者、妻や夫を奪われた者、兄弟姉妹を奪われた者。

 掛け替えの無いものを理不尽に奪われた悲しみと無念を、どうして忘れて生きていけようというのだ。

 和良村は、ずっと二つに割れている。

 コナツの復讐を支持しない者と、心の底から願う者。

 まだ何も喪っていないかこれ以上を喪うことを恐れる者達と、失うものはもう無くなってしまった者達。

 せめてこの命があるうちに、憎き鬼が報いを受けたことを知り及ぶまでは、死んでも死にきれぬとそのためだけに長寿を誓う老人もいるのだ。


 絶望の溢れる山の麓の小さな村。同じだけ、憎しみもある。

 コナツは、それすら背負っている。望むところだと言わんばかりに。

 与えられた添え木にも、よくやってくれたと涙ながらに木を削った、家族の誰かを奪われた男の感謝と怨念が込められていることも実感しているとも。


「俺が、全部なんとかしてやるさ。

 信じて待ってろよ」


 誓いの言葉に、涙を拭って笑ってくれる少年の姿に、アンズの胸はずきずきとさえ痛んだ。

 こんな幼い子供ですら、復讐の成就を夢見て、そんな希望を授けられただけでこんなにも喜ぶ。

 殺生すら時には肯定されるべきだという考えを、こんな幼子が既に心から信じているのだ。あまりにも早過ぎる。

 いかに現世が真の泰平から程遠いかを物語るのは、いつだって無垢であるはずの子供達が歪められた姿に反映されるものだ。

 大人の無力。何度痛感しても、アンズは胸が苦しくなる。


 和良村を去る中で、何度もアンズはこの村の情景を胸の内で反芻する。

 妖魔に苦しめられる人々の姿は何度だって見てきた。別に、よくある、ありふれた一幕。

 それを大人びて、よくあるものだと見過ごす者に、昏い現実を変えるための力は決して宿らない。

 あり得べからざる現実を常に憂いるべし。血を流しながら険しき道を行き、新世界へ辿り着くために欠かしてはならない信念である。






「ねえ」


「え、ミズタマ?」


 村を出て、しばし歩いていたコナツとアンズに、また声をかける人物が現れた。

 追いついてきたのか、先回りしていたのか、脇道から姿を見せたミズタマには、アンズも少々驚かされた。顔には出さぬがコナツもそうではあろう。

 山の麓と言える場所から逸していないこの場所は、ミズタマにとっては多少の遠出と言える地点であり、行動範囲内を辛うじて逸脱していない辺りである。 


「何さ、死んだような奴を見る目で。

 あたし達はとっくに制裁されて消された認識だったのかい?」

「や、そんなことはないですけど!?

 私そんな顔してなかったと思うよ!? ええ間違いなく!」

「冗談だよ、そんな慌てるなよ。

 あんたはからかいやすそうな性格してるなぁ」


 くすくす笑うミズタマの態度は、大和龍山でいくらか言葉を交わした時よりは、まあまあ友好的に見える態度である。

 表面上は、だ。幼い顔立ちで無邪気そうであるから、笑うと無垢に見えるだけ。

 笑うのをやめ、ふうと息を吐いたミズタマの無表情は、やはり決して友好的なものではないと、アンズのささやかな期待を蹴飛ばした。


「あんた達は、また大和龍山に来るつもりなんだろう。

 あれだけ痛い目に遭ったのに懲りもせず」

「やめられるわけねえな」

「……うん、必ずまた来るよ」


「最後にもう一度だけ言わせて貰う。

 二度と大和龍山に来るな。あたしは絶対に歓迎しない。

 あんた達が暴れたせいで、あたし達は昨日地獄を見させられたんだ」


 ミズタマの表情は、怒りと、哀しみと、憎しみが全て煮詰められた上で表されたような、ぶつけ所の無い血生臭い感情に染まり始めていた。

 今はそれを、目の前のアンズとコナツに突き付けることで、心からの想いを切実に伝えんとするばかりだ。


「昨日、あたし達が何を見せつけられたか知ってるか?

 アオグマとイブキに押さえつけられ、白鬼と黄鬼が山の動物達を、八つ裂きにして食い屠る姿を見せしめとばかりに見せつけられたんだ。

 あたし達にとっての身内が、あの山に流れ着いた力無き妖だけだと思うか?

 生まれた時から見守ってきた、ようやく大人になった動物達が、あたし達への制裁のために泣き叫びながら死んでいく姿を見せられた気持ちがわかるか?

 どうしてこんな目に遭わされるのかわからず、救いを求めて血の海に沈んでいく、物心もついていない幼い命の終わりを見せつけられる気持ちがわかるのか?」


 それはさながら、公開処刑。

 隣人のように共にあった大人子供が、暴虐の限りを尽くす支配者に、不必要な苦痛とともに涙を流して死んでいく姿を、何も出来ずに見せつけられること。

 ミズタマにとっての動物達と妖がそうであるなら、アンズも村のみんなが同じようなことになろうものなら、それを想像するだけで胸が引き裂かれる。

 思わず息を詰まらせて胸をぎゅっと握りしめるアンズの姿にも、ミズタマは容赦無く黒い感情を差し向けたまま逸らしもしない。


「あんた達が来たことで、そうなったんだ。

 またあんた達があの山で暴れれば、同じことが繰り返されるんだ。

 わかったら、もう来るな。

 たとえあんた達の悲願があたし達のそれと一致していようが、あたしはあんた達にそんなことは求めない。

 あたしにしてみれば、あんた達は身勝手に自分の都合で敷居を跨いで、無責任に去るか死ぬかして禍根だけ残していく侵略者だ」


 正しくはない。正しくはないのだ。

 侵略者はあの悪鬼どもに他なるまい。真に憎むべきものはそこしかない。

 そんなことはミズタマだってわかっているだろう。アンズ達と自分が相容れないことの発端、すべてはアオグマをはじめとする鬼どもだ。

 ここでいがみ合うことに正しさなど無いし、それによって生まれるものもまた、あるべきではない不毛な憎悪のみ。

 それでも、掛け替えの無いものを喪って血を流す心の叫びに、正論だけを以って否定することもあまりに薄情で冷徹だ。

 如何に正論めいたものを思い浮かべられようが、アンズに返せる言葉は無い。今にも涙ぐみそうなミズタマを前に、どうしてそんな言葉が紡げよう。


「あたし達の余生を傷付けに来るんじゃない。

 ゼンドウが何と言おうが、あたしはあんた達を絶対に許さない。

 大和龍山は、あんた達が勝手気ままに夢の絵図を描く遊び場じゃないんだ」


 きっとミズタマは、自分の説得がコナツ達を心変わりさせられるとは思っていない。

 だから、喧嘩を売るにも等しい言葉遣いをも厭わないのだ。

 言い回しは本心そのものだ。お前達のせいで失われた命がいくつあると思ってる、という純然たる事実の突き付け。

 そして、あたしの憎悪の対象はあんた達とは例外ではないと、徹底的な拒絶の想いをぶつけるためにここにいる。


「行くぞ、アンズ」

「コナツ……」

「話にならねえ。なりようがねえんだ」


 コナツもまた、要求を呑まぬことを態度と言葉で表して、ミズタマに背を向け山を去る。

 アンズも、苦々しくも同意せざるを得ない。

 どんな言葉も、ミズタマには届かないだろう。仮に彼女が求めるとおり、わかった、と言っても赦しはしてくれまい。

 今のミズタマにとって、コナツとアンズさえ、仇なのだから。


「っ~~~~~!

 死んじゃえ! お前らなんか!

 お前達さえいなければ、みんな、みんなまだ生きていられたんだぁ……っ……!」


 去り行く二人に、やり切れない感情をぶつけるミズタマの涙声に、やはり二人は返す言葉も無い。

 コナツは、和良村の心無い言葉には容赦なく拳すら返した。言葉もだ。

 そんな彼とてここでは何も言わなかったのは、アンズと同様に、今のミズタマを傷付け得る言葉は向けられなかったのだろう。

 復讐に迷いは無い。だが、ミズタマに対して筋が通らぬのも確か。

 自分達の行動がミズタマを苦しめたことは、やはり否定できない事実であり、きっとそれは永劫変えられない。

 つくづく世の中は、強く望めば望むほどに、望む全てを総取りにして望まぬ全てを無しとなどは出来ぬ、儘ならぬもの。


 復讐は悲しみの連鎖を生むものだとはよく言ったものだ。

 俗に言われる根拠や想像される形でそうならずとも、どのような形でも、きっと、必ず、どこかにそれを及ぼす。

 憎しみに身を任せた行動は、やはり悲劇しか生み出さない。

 百も承知でそれをやめることを選べないのもまた、復讐心の根源にある怨念によるものだ。


 そんな不幸の連鎖を、確実に断ち切ることが出来る正解は実在する。

 その復讐を耐えて諦めるという、決して辿り着けない正解だ。

 正しいことだけで生きていくことが出来るなら、どれだけ誰もが幸福な人生になるだろう。

 それが当たり前のように否定されることそのものもまた、思い返せば寂しく、やりきれない。











「コナツ~、腕の調子はどう?」

「どうってどういうことよ。

 普通に重傷だけど」

「そっか~」

「流石に俺も、これで痩せ我慢して平気平気とは言わないからな?

 今でも普通に痛いからな?」


 和良村を離れて大奈村に向かう中。

 どうにもお喋りアンズの調子が良くない。

 話し始めれば次々繋いで、あれよあれよと長話に持って行って歩き旅の暇を潰せる彼女が、こんな短く切れてしまう会話の繰り返しだ。

 最初の問いからして驚くほど愚問なのも、たいそう彼女らしくない。


「ん~…………大奈の村でも一日休む?

 私はまだ山波村に帰るのも、そこまで急いでないからさ」

「別にいいよ、この怪我で長旅は億劫だが、一日休んでも治るもんじゃないし。

 とりあえずさっさと帰ってのんびりした方がいいと思うわ」

「わかった~」


 なんとか話題を探して振るが、すぐ終わる。

 山波村を出発してからの往路の喋りとは違い過ぎる。

 流石にコナツも、明らかに調子を乱しているアンズの語り口に、どうしたんだろうなとは思っている。

 もっとも、和良村でのことや、ミズタマとのことがあって間もない今、互いに調子が乱れるのも当たり前の空気とも思っているが。


「ん~~~……………………」

「…………」


「……………………」

「…………」


 何か話して気を紛らわせようしている、あるいはしてくれているのはコナツもわかるが、沈黙ばかりが重なる一方だ。

 言葉に迷いながらちらちらと横並びに歩くコナツを見るアンズと、ふとぱちりと目が合ってしまっても、なんだかちょっと気まずさみたいなものもある。

 あんまり気にするな、とコナツも苦笑いを浮かべながら頬をかりかり掻くばかり。

 あらすいません、と口元を手で隠すおばちゃん仕草で応じられる辺り、疎通があれば挙動をすぐ返せる辺りは、アンズの元来の柔軟さは垣間見える。


「…………はぁ。

 あ~もう、駄目だな。

 もういいや、はっきりさせちゃおう。

 コナツ覚悟して、今からちょっかいかけます」

「なんだよそれ、嫌な響き……ええっ?」


 溜め息めいたものを吐くや否や、それが何らか肚を決めた仕草だったのか、一転アンズがきちんとした張りの声で話しかけてきた。

 おかしな絡み始めだからコナツも冗談を受け止める笑みで応じるが、アンズはコナツの前に回り込んで立ち止まり、コナツもその場に留めさせる。

 両手を後ろで組み、ずいと前のめりに顔を突き出してコナツを見上げるその姿には、若干ながらもコナツを狼狽させてくる。


 その体勢、胸元が不用心なんだがこいつわかってるんだろうか。

 わかってなさそうだなと思う。指摘しても面倒なので目を軽く逸らせるだけにして抗うが。


「コナツのご両親は、鬼に奪われたの?」

「……まあ、そうだな。

 父さんは病で倒れたから鬼は関係ないけどな。

 母さんを俺達から奪ったのは、白鬼の星熊(ほしぐま)獣士だよだよ」

「うん、わかった。

 嫌なこと思い出させちゃってごめんね。

 でも、これではっきりコナツの立場は理解したつもりだよ」


 これが肝心な話だったとばかりに、アンズはその答えさえ聞けたとなれば、コナツに背を向け再び道なりに歩きだす。

 これまでのコナツの言動の行間を読めば、アンズも充分推察は出来ていたことで、敢えて尋ねる必要が無さそうなほどの確信もあったはず。

 それでも、言質を取りに来たのだ。謝ることになるとわかってでも。

 意図はあるんだろうなと信じられるコナツは、不快に思わず同じように歩き始め、またアンズと横並びの形で進んでいく。


「鬼なんて全部ぶっ殺しちゃお。

 しょうがないよ、お母さん取られちゃったら」

「神職者って、そんな言葉遣いしていいものなのか?」

「良くはないよ。

 でも、良くないとわかってることでもやりたくなることって無い?」

「確かにな」


 復讐だってその一つ。良くは無い。

 それは必ず、過程でも結実の果てにも新たな何かを生み出してしまうのだから、堂々それが肯定される世の中であるべきではないのだろう。

 コナツもそれは理解していながら、この道を選び取った上で引き下がらない。


「私、コナツの味方だからね。

 あいつら全部消し飛ばすためなら、いつだって一緒に戦うから。

 それだけ、絶対わかっといて」

「んな笑顔で言うことかよ」

「ふふ、そう言われるとそうだったかも」


 隣のコナツににしっと笑いながらも、発する言葉は実に物騒。

 確かに笑顔で言うようなことではなかっただろう。

 それだけ彼女の主張とは、追随する言葉が血生臭かろうとも、あなたの味方だよと好意を顔に表すのがすべてだったということだ。


 復讐に身を捧げようとするコナツのことを、まともな人ほどみんな否定した。

 そのために力をつける長い旅に出ることを伝えた時、弟にだって悲しそうに引き留められた。

 妹には、今でも再会するたび引き留めたそうな顔をされる。言っても無駄だと理解されてしまったから、最近はもう言葉にされなくなっただけだ。

 叔母さんにだって同じことを言われたし、接点を持った武士にここまで強くなった根拠と動機を伝えれば、案じる意図を込めて渋い顔もされる。

 保身でコナツを止めたがる和良村の連中の言葉に耳を貸す気は一切無いが、真っ当な感覚で以って否定される行為に人生を懸けている自覚はコナツにもある。


 最も直近で出会ったばかりなれど、共に戦えるなら最も頼もしく、年も同じで話しやすいアンズ。

 人格的にも壊れちゃいない彼女が、こうして復讐を肯定してくれたことに、どこかコナツは心をほぐされた想いすら抱いていた。

 背中を押すだけでなく、手を結んで共に戦おうと言ってくれる盟友。

 妖魔調伏という共通の目的を持つ者同士の共闘ではなく、志そのものを重ねてその達成を悲願せんとする、深き意での一蓮托生をアンズは約束してくれたのだ。

 些細な違いのようでいて、それは復讐という極めて慎重に触れるべきものに、敢えて身を寄せてくれたという点で全く異なる。

 そんな重みを、コナツは切に感じられたはず。

 他者の復讐に、私にとっても他人事じゃなく命だって懸けて協力するよと言う決意とは、生半可なものであるはずがないのだから。


「頑張ろうね、コナツ。

 私だってついてるんだから。

 頼もしいと思ってくれていいからね」

「ああ、そう思ってる。

 今までも、きっとこれからは今まで以上にだ。

 お前も、お前を助けてくれる神様もな」

「んへへっ。

 やっぱり頼もしいって言ってもらえるの、嬉しいな」


 神様のことを褒めると喜ぶ子なのはわかっているので、コナツも意図してその言葉は添えた。

 だが、今の嬉しそうなアンズの表情は、自分のことが頼もしいと言ってくれたことに対する喜びが勝っているように見える。

 親しい友達に頼もしいという言葉を向けられた時、お前がそうだと言われるのと、お前の力の源がそうだと言われるのと、どちらが嬉しいか。

 コナツはアンズの表情から、既に自分がアンズの懐に受け入れられていることを、その表情から感じ取れてならなかった。


 復讐を志す旅は孤独だった。

 そうあるべきだと自分も思っていた。誰かを巻き込める戦いではなかったから。

 初めて、独りじゃないと思えたのだ。

 それも、そうじゃないようにしてくれたのは向こうからだ。

 縁に恵まれた自らを後から気付くことはままある話だが、ゆえにこそ、後れもせず気付けるほど恵まれた縁との出会いとは、つくづく望外にして幸福だ。


「コナツ、これからはどうするの?

 傷が癒えるまで適度に休んで、治ったらまた力を付けるために修行?」

「そんな感じだな。

 治るまで時間はかかりそうだけど」

「それじゃ、明日から私の家に来てよ。

 神様の力で傷の治りを早くしてあげることが出来るよ。

 結構きついけど」

「そんなこと出来るのか。

 っていうか、きついって?」

「やってみたらわかる。かなりきつい。

 でも、傷が早く治ることは保証す……」


『おいおい、よいのか?

 私としては別に構わぬが、恐らくお前が思うよりきついぞ』

(いやまあ、確かに私にはわかりませんが、コナツは根性あるし大丈夫かなと)

『刀傷に指を突っ込んでぐばあっと広げるほど痛いぞ、恐らく。

 いいのか? そんな試練を人に唆して』

(……またまたぁ)


「おい、なんだ急に。

 保証する、って最後まで言い切れねえのか」

「あ、いや、保証は出来る。出来るよ。

 ただ、冷静に思い返すと軽く言えるほど生易しくはないかもなと……」

「なんかおっかねえな。

 ……でも、少しでも早く治るなら賭けてもみてえな」

「うん、そうだよね。

 コナツはそう答えるよね。

 私の方から言っておいてなんですけど……」


 神力を用いた治癒は、アンズも普段から自分によく使っている。

 生傷だらけの戦いを幾度となく繰り返しながら、傷跡ひとつない彼女の全身からも、その効力は抜群間違いなし。

 ただ、神の力はアンズ以外の者に対しては――

 毒でもないし、害でもないが、手心が無いというか――

 今回アンズが軽はずみではないかとテンジンに突っ込まれるのは、彼女だけは神力による治癒の"優しくなさ"を体験していないからである。


「と、とりあえず今日は山波国まで帰ろ?

 私は家に帰るし、コナツはどこかで適当に宿取ってね?

 お金ある? 招いてる立場だからちょっとぐらいなら賄うよ?」

「大丈夫だよ、案外どうとでも出来るから。

 山波村には泊まったことのある宿もあるし、気心知れててやりやすいぐらいだよ」


『うちに泊めてやればよいではないか。

 私は止めんぞ?』

(夜の(しとね)に招いた時点で過ちでしょ)


 いかがわしいことを仰るのはやめて頂きたい。

 想像してはいけない夜を想像して顔が熱くなってくる。紅くなってきた自覚もある。

 コナツから見れば何の脈絡も無く、突然赤面し始めたわけのわからん女に見られかねないではないか。

 まあ、ほんの軽い冗談で想像が進み過ぎているアンズもどうかという話でもあるのだが――


 身持ちが鉄壁なのは巫女として結構なことだが、普段からのそんな意識高さが災いして、そちら方面への想像力が育ち過ぎている。

 アンズだって健全な十七歳なので興味はあるのだ。律しているだけ。

 しかし、駄目と言われるようなことほど余計に気になるのも人の性なので、むしろアンズのそれへの興味は同い年のそれより強い。

 それをむっつりと言っては気の毒であろう。敢えては言うまい。


「……言っておくけど一日で治るわけじゃないからね?

 何日か通ってもらうことになると思うよ?

 それでもよかったら頑張ってね」

「お前が言い出したことなのにそんな面構えで念を押すのはやめろ」

「ごめん、これは私が悪かったです」


 同じ志を掲げ合い、心が繋がり合ったような空気もどこへやら。

 良かれと思って言い出したことによって、新たに妙な空気を作ることになってしまい、仕舞いには頭すら下げることに。

 締まらない。口数が多いアンズは、時々こんなへまをする。

 もっとも、この後も新たな話題を喋り倒して、大奈村に着く頃には明るい空気へ立て直せるのも彼女の強みだが。


 とはいえ、結果的には良かったかもしれない。

 あなたに尽くすよ、とコナツに対して宣言したはいいけれど、本音を言えば過剰に有難がって欲しくもない。

 友達同士だもの。それを抜きにしても、困ったときはお互い様だ。

 恩義無く、対等に親しく話せればそれでいい。それが、一番いい。

 大奈村に着いた頃には、先の話もお互い忘れたかのように談笑していたところで、私達はこれぐらいの関係が一番いいなとアンズはふと思うのだった。

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