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あんずの神様 ~山波雷神幻想譚~  作者: ざくろべぇ
第弐章  大奈国の鬼退治
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第二五話   ~大奈国への短い旅~



 今朝もアンズの寝起きは早かった。

 普段の倍ほどの米を炊き、湯で身を清め、弁当を作り。

 巫女服を身に纏い、髪を結い、朝太鼓を果たして万全の神力を貯えて。


 準備万端、さあ行こう。

 今日は、大事な友達に頼まれた、絶対に失敗できない仕事に挑む日々の始まり。

 巫女として、失敗しても許される仕事など一つも無いことは百も承知の上で、今回はアンズもひときわ気合が入る。

 どんな依頼者の願いにも、平等な心境で臨むべきであろうか。

 感情に素直が過ぎるアンズに、そんなことが出来るはずもない。友達からの頼み事は特別だ。

 お仕事は、結果さえしっかりしていればそれで良い。


「よー」


「あっ、おはようコナツ~。

 わざわざ来てくれたんだ」


 待ち合わせ相手のコナツが待つであろう、稲荷御像へ向かわんと、意気揚々に神社の鳥居をくぐる向きへと歩いていたアンズ。

 その鳥居の向こう側で、突っ立って待っていたと見える人物を目にするや否や、アンズは小走りになって近付いていく。

 鳥居をくぐった所で丁度、彼の前に立つ形になる。


「もしかして先に稲荷御像の前で待ってた?

 待ちくたびれてここまで来ちゃった?」

「いや、ぼーっと突っ立って待ってるのも暇だし、約束とは違うけどここに来た。

 すれ違っていつまでもアンズが来なかったら、それからあの場所に向かうつもりでいたよ」


 大奈国の鬼退治をアンズに依頼したコナツ。

 今日は山波村の広場に立つ、待ち合わせ場所としてよく使われる、イナリ姫を模した像の前で待ち合わせという話であったはずなのだが。

 もしかして、長くそこで待っていたコナツが、焦れてここまで迎えに来たのかと懸念したアンズだったが、どうやらそうでもなかったようで一安心。


「なんなら境内まで入ってきてくれてもよかったのに。

 そんな場所で待ってちゃ稲荷御像の前で突っ立ってるのと変わんなくない?」

「いや、入っていこうとは思ったんだけどな?

 ほら、その、いざ入った時にお前が着替えてる最中だったりしたら最悪だろ。

 万が一そんなことになったら俺死ぬしかないから、ここで待ってたってだけ」

「あっ、すけべ疑惑だ。

 そんなこと考えてたなんて」

「超普通の懸念だろ」


 口を手で隠してにまにまするアンズのいじりに、わざわざ取り合わず笑って応じるコナツである。

 すけべ扱いは貞操観念の強い時代において相当な侮辱であるが、ここでは完全な冗談だと伝わるので、コナツもわざわざ目くじらは立てない。

 配慮ある対応をしたコナツと、そうだと理解して敢えて冗談口を叩いているアンズであると、双方わかっているからだ。


 大事な話であるが。

 数百年も経てば、どなたかのお宅を訪ねる時に、扉を叩いて返事を待つ習慣も当たり前のものになるかもしれないが、生憎時代はまだそこに追い付いていない。

 庶民は誰かの家を訪ねる時、何の前触れもなく家の入口の扉を開けることが、珍しいことでもないしそれで責められもしない。

 扉をこんこんと二度か三度か叩く風習など、今のところ和大国に住まう誰一人として自ずとは思い付いていない時代である。

 貴人の待つ部屋を訪れる際、襖の前でご挨拶して向こうから許しが出るまで待つという高尚なしきたりは、上層階級のみの嗜みに過ぎない。


「よしよし、賢明だぞぅ、コナツ。

 まさかよっぽど無いとは思うけど、私がさらしを巻いてる所に入ってきたりしたら、私はあなたを葬るしかなくなっていただろうからね」

「それは稲妻で命を奪うって意味?

 それともすけべ野郎コナツの名を村じゅうに広めて社会的にって意味?」

「両方」

「二回も殺されるのか。おっかねえな」


 コナツがアンズの家を訪ね、がらっと扉を開けることがあれば、間が悪ければアンズの御着替え中なんてことも充分あり得る話である。

 余程の間の悪さでない限り成り立たない破茶滅茶な展開だが、起こってしまう時は起こってしまうことでもあろう。

 その万が一を想定して、勇み足を踏まなかったコナツは益荒男に違いない。


 たいした根拠は無いのだが、男が迂闊に女の家を訪れると、そういうことがよく起こる気がする。たいした根拠は無いのだが。

 女が男の家を迂闊に訪れても、そうはならなそうなのに。

 そうしたある意味で羨ましくも破滅的な展開を、万一にも起こすまいと心掛けるコナツというのは、とても賢い立ち回りをしていると言っていい。

 見方によってはなんだかつまらない気もするが。無責任な立場から見れば、そういうことが起こった方が面白いものなのであるが。


「そんな慎重なコナツなら鬼にだって負けないよ。

 何せ今回は神様と私もついてるんだからね。ふふん」

「おめー無理矢理話を纏めてきたな。

 お前にかかればくだらねぇ話も、最後は適度な下げに纏まりそうだわ。

 何なんだその前向き思考は」

「神様という言葉が便利なのだ」

「神職者の言うこっちゃねえなぁ」


 くだらねぇ話を続けつつ、二人は神社を離れて歩きだす。

 アンズの頭の上で頬杖つくテンジンも、神様を軽々しい引き合いに使うアンズを咎めはしない。

 主神たる立場として(やかま)しく口を挟み、若者達の会話に水を差すような、そんなことをしない程度にはテンジンも大人である。

 そもそも、アンズの軽口が信用に値するという信頼あってのことでもあるが。


(……テンジン様、真に受けないで下さいね?)

『わかっておるわかっておる。

 私に気を遣う必要などないから、今は親しい友との会話に花を咲かせておけ』

(すみませぇん)


 案の定、ちょっと待ったら脳裏のみの会話で謝ってくる。

 対人において、その場が温かくなるための冗談に神様を引き合いに出すこともあるアンズは、そうした時は必ずこうして補足もこっそり捧げてくる。

 主神に対して僭越の過ぎる軽口もその実多いアンズだが、こうして都度に丁寧な対応を、自発的に上司に言上するのが信頼に繋がっているのだろう。

 何でもそうだが、そうした"いちいち"が適切に(・・・)しっかりしてさえいるならば、決して信頼というものが崩れることもない。

 世渡りの鉄則だ。きちんとすべき所だけはきちんとする。それだけでいい。


「大奈国、遠いよね。

 長時間の旅、私めっちゃ喋るよ。

 うざったくなったらごめんね? 反省しないけど」

「お前すっげーお喋りな気配するからなぁ」


 神社を出て、朝も早くまだ静かな村を歩き、山波村の南出口に近付く中で、さっそくアンズに火がつき始めている。

 コナツはまだ知らない。アンズは元々お喋りだが、旅路を共にする相手には、退屈させないよう意図的にいっそうお喋りになる。


 元々喋れる奴が、明確な意思を以ってさらにお喋りになるのだ。

 コナツはきっと、アンズのそうした側面を知らないから甘く見ている。











 山波国は南北に広い国で、大奈国は山波国の南に隣する国。

 仮にであるが、山波国の最北部から、大奈国への国境へと到達しようとすれば、朝から晩まで歩いても凡人の足では辿り着けぬほどの距離がある。

 対して山波村は、山波村の中央部よりもかなり南寄りの位置にあるため、大奈国へと辿り着くまでの距離も、先の例よりは随分と短く済む。

 それでも朝早くから出発したとて、大奈国まで渡り切るには夕時までかかるほどの距離はある。

 アンズとコナツは朝早くに山波村を出発したが、それも遠き大奈国への旅路というのが、辿り着くだけで本来丸一日かかるものだと知っているからである。


 二人が今日の目的地としているのが、大奈国で最も大きな村とされる大奈村(おおなのむら)

 大奈国もまた山波国と同様に、国土の形こそ似ても似つかわぬものの、南北に広い領土である。

 そして大奈村は、大奈国の最北部に位置するため、山波国から大奈国へと国境を越えると、もはや大奈村は目と鼻の先とさえ形容できる。

 大奈国に渡るだけでも半日構想なのは長い旅だが、その国境から大奈村までも近いので、大奈国に渡ってからも長い旅が続くわけでもない。

 出発さえ早くすれば、夜になるまでには充分、大奈村には辿り着ける旅ということである。


 山の多い山波国を歩き慣れたアンズと、旅慣れしたコナツ、目的地が遠いことが分かっていると足の運びも早い。

 走るでもなく早歩きでもないが、すたすたと進む速度は子供や老人なら徐々に引き離していくような速さには違いなく、それでいて二人は疲れもしない。

 お昼までにこの調子で進み、適当に見晴らしのいい場所で弁当でも啄んで、再び同じような速度で大奈村を目指せば、日が沈む直前には大奈村に着く算段だ。

 大奈国の生まれであり両国間の渡り方をよく知るコナツが、基本的に歩く速度を先導するので、アンズはそれについていくだけでいい。


「そういえば、昨日は何か用事があったのか?

 依頼してから一日空けたけど」

「昨日はねー、六日に一度の絶対はずせない用事があったんだよ。

 筆場っていうんだけどコナツ知ってる? 聞いたことある?」

「いや、初めて聞くな」

「たぶん山波村にしかないものだしな~。

 似たようなもの、探せばどこかにあるかもしれないけど、筆場って名前とは限らないし」

「へ~、なんだそれ。

 山波村の名物ってこと?」

「名物と言えば名物なのかなぁ。

 見世物ではないんだけど。

 筆場っていうのは――」


 山波村を二人で歩いている間は、すれ違う少々の方々にご挨拶と愛想を振りまくことに徹していたアンズだが、村を出てからが本領発揮。

 まずは話題を振ったのはコナツだったが、早々に話の主導権はあっちに移りかけている。


「――ってな感じ。

 子供達が読み書きと計算が出来るようになっておけば、大人になってから色んなことが出来そうじゃない?

 神様発案の筆場なんだけど、やってみて凄くやりがいあるんだよ」

「へ~、いいかもな。

 その子達がどんな大人になっていくのか、興味沸いてくるな」


 お喋り巫女の口が早々に回り始めた。

 筆場がどういったものなのかを説明するが、内容が内容なので理念も含めた説明となり、それなりに長く喋る。

 ただ、歩きながらでも身振り手振りを交えて、聞き取りやすい早さで話してくれるので、コナツも初耳の概念にしてはするりと呑み込めた実感があった。

 子供達にものを教えることをしているらしいアンズだが、こいつそういうの上手いんだろうなとは今の説明だけでもコナツには理解できた。


「コナツは字、書ける?」

「平仮名は大丈夫だよ。

 漢字はきっついな。

 読めって言われたらある程度は出来るけど、書くのはな」


 農民の識字率は低い。

 子供に読み書きを教える筆場という概念が、斬新だと思われるような時代なので当たり前だ。

 字を書けますか、という問いは決して馬鹿にした質問ではないので悪しからず。

 平仮名が全て読み書き出来れば大人でも優秀である。


「じゃ、今度暇が出来たら簡単な漢字教えてあげる。

 私も教える側だから結構勉強してるんだよ?

 二百個ぐらいは絶対書ける。かなり自慢」

「そりゃすげぇな、歌人も出来るんじゃね」

「それは無理。

 私には詩の才能がすっからかん。

 作ってみたけど神様にも酷評された」


「なんか当たり前のように言ってるけど、アンズは主神様と会話が出来てるのか?

 頭おかしい奴じゃないよな、念のために聞いておくけど」

「それは尋ね方が鋭角すぎやしませんかね、コナツさん。

 きちんと会話出来てるんだぞ、何なら声に出さずに脳裏だけでも会話できるんだぞ。

 あんまりそのことは切には周りには話してないけどね」

「まあ出来てるとしても、神様の声が聴けるのがアンズだけってなると、証を立てようもないもんな。

 信じないわけじゃないけど、俺も半信半疑な感じなのは本当」

「はっきり言ってくれるのは意外と好感度高かったるする。

 信じてないのに、うんうん信じるよって愛想笑いしてる人の顔ってぶっちゃけわかっちゃうんで。

 そういうの寂しいんだよねぇ、嘘つき呼ばわりされるのとはまた違った意味で。

 むしろコナツが半分でも信じてくれてるならまだいい方」

「だって神様の実在そのものに対しては、俺も半信半疑よりは遥かに信寄りだぜ?

 神様なんてこの世にいないなら、お前の雷の力は何なんだよって話。

 陰陽術の可能性も無いことはないけど、あんな凄まじい力をまだ十七歳のお前が、陰陽道の師匠もいないのに身に付けてたら、それはそれで異常だわ」

「もうそこまで汲んでくれてるなら信寄りじゃなくて十全の信にしてよ。

 ねえコナツさん、信者にならない?

 神様の実在を信じて下さるだけで結構ですぞ」

「近い近い、わざわざ寄ってくんな」

「ちなみにおか……私の育ての親でもあるナルミ様は、陰陽術の達人ではあるけどね。

 一切教わってないよ。後から知られて疑われるのも嫌だから先に明かしとくけど」

「今お母さんって言いかけたのか」

「だってお母さんだもん。

 恥ずかしいからいじらないでくだせぇ」


 コナツが喋れる方だというのもあるが、アンズがたいそう楽しそうに口を弾ませてくる。

 言いたいことに合わせて表情もころころ変わるし、首や肩、手の動きなど、歩くための動きに徹する下半身以外には、感情がいちいち現れる巫女である。

 こいつお喋りなんだなぁとは、この時点でもコナツには重々伝わっているのだが。


 アンズとナルミが血の繋がった親子ではないことぐらい、コナツも両者の立場から充分に察せるので、あまり二人の関係については言及しない。

 アンズの実の両親は既に――と、そこまで想像がつく。触らない。


「それより大奈村に着いたら、寝る前にちょっと漢字教えてあげよっか。

 あ、おんなじ部屋に寝るのは無理だよ」

「あたりめーだろそんなこと。

 あと字は教えてくれなくていい。

 俺、字がきったねぇから人に見せたくねえ」

「えー、書いてみせてとは言わな……あぁでもそうか、私も教えたら書いて覚えてって言うだろうな、絶対」

「だろ。

 俺も平仮名覚える際は書いて覚えたもん」


「でも見てみたいね、コナツのきったない字とやら。

 馬鹿にしたいわけじゃないんだよ。でも何故か好奇心が沸く。

 コナツが好奇心沸くような言い方したのが悪いってことにしとく」

「そうだな、そりゃ反省するわ。

 でも断固お断りなんで」

「代わりに私のへったくそな詩を詠んでみせてあげてもいいよ?

 もしくは私、絵心も壊滅的なんで絵を描いてみせてあげてもいい。

 私も恥ずかしいけどコナツもそういうとこどんどん出していこう」

「誰が得するんだよ。

 怪我する奴が二人発生するだけじゃねえか」

「妖と戦って負う怪我に比べれば大したことないない。

 痛くないから安心して、優しくするから。

 とりあえず見せ合って聞かせ合ったその時だけは、けっこう笑い合えそうな予感がするので賭けてみたい」

「お前って案外博打好きなのか。

 神職者って堅実を是とする方々じゃないのか」

「どうだろ、本業に対しては皆さんそうだと思うけど。

 私は結構、私生活では勝負して生きてるような気がする。

 あともう一つの本業の妖調伏は、基本的に賭けばっか」

「対妖の話はいいんだよ、あんなもんに安定策や定石なんてねぇから」


 徐々にコナツも実感してくるが、アンズは一つ問えば、それに対する答えを述べて尚、新しい言葉を紡いでくる。

 基本的に、アンズが話を主導しているのがコナツにも実感できる。

 コナツは自分から話を回すより、受け答えに徹する方が楽なので、主導してくれるなら有難くすらあるのだが。

 話したがりと聞きたがりなので、アンズとコナツはその点においては相性が良いのだろう。


「妖の話をしてたら別のこと思い付いたけど、大奈国に向かうまでの道のりで近道ってある?

 街道はずれて山越えしたら近道だ、ってのがあるとしたら私は全然付き合えるよ。

 そういうのあったら選んでくれていいからね」

「あ~、あるにはあるな、俺が一人の時なら使ってる道が。

 基本、安全性に欠けるから誰かと一緒の時には使わないけど」

「じゃ、それ使お。

 ちょっとでも早く大奈村に着いて漢字のおべんきょ」

「その話まだ生きてたのかよ。

 まあ有難い話ではあるから教えてくれるなら嬉しいけど、字は見せないからな」

「うんうん、それはいつかでいい」

「そんな日は来ねぇ」

「じゃあもっと仲良くなってみせる。

 心を開こうぜ」

「そんなことのために親睦深められてたまるか」

「んふふふ、いい目標が出来ちゃった」

「こら、人の話を聞け」


 突っぱね気味の返答をしてやっても、飛んだ発想で話を繋いでくるアンズに、このお喋りっぷりには頭の回転の早さありきなのだろうとコナツにもわかった。

 しかも薄々コナツも感じていたことだが、こいつの発言には、こちらが自然と無言でない返答をしてしまうよう、自ずと誘導されている気がする。

 引っ張られるのだ。少なくともコナツは、自分がこんなに口数が多くなった記憶はあまりないし、自分がお喋りでない方だという自覚は確実にある。

 こちらもこちらで、話しながら聞きながらでこんなことを考えられる頭の回転は早いものだが、アンズとの会話がそうだと気付くと若干の戸惑いも得る。


「聞いてるよ? 聞かなきゃ仲良くなっていけないじゃん。

 私、思うんだけど話せる人より聞ける人の方が、誰かに寄り添える巫女にはなれると思うんだよね。

 大昔、七人の話を同時に聞ける為政者様がいたって話を聞いたことあるけど、その人はただそれだけですっごい偉大だと思うんだ」

「まあ話すことより聞くことの方が大事だってのは確かにそうだな。

 アンズは聞くより話す方の比が凄いと思うけど」

「それはしょうがないんだよ、私お喋りだもん。

 でもコナツが言いたいことあるならいくらでも聞いてあげるぞ?

 じゃあそれで行ってみよう。私が無言でコナツの長話を聞き続けてしんぜよう」

「いきなり振ってこられてもだな。

 アンズは仮に同じ振りをされても、本当に一日中話せるかもしれねえが」

「出来るよ?

 これ絶対しないけど、神様について熱弁しろって言われたら丸二日は寝かせないからね」

「じゃあやめろ。

 興味無いことはないけど精を吸われるのはたまんねえわ」

「だから私に任せておきなさいってば。

 自信はあるけど、私がべらべら喋ってるぐらいで大抵の場合は丁度いいんだぞぅ。

 もちろん相手は選ぶけど、今日はコナツも結構楽しんでくれてる気がしてる」


「……まあ、それはそうだな。

 意外と気が楽だわ」

「よーし、言質取れた。

 とりあえず今日はずっとこんな感じでいくんでよろしく!

 あ、でもコナツが疲れてきたかもな~、って思ったら、勝手にこっちで察して静かにするから安心してね。

 私そういうのも得意だから」

「お前どこでそんな能力養ってんだよ、自分で言えるのって相当だぞ」

「そりゃ護送で初対面の人と長く一緒に歩くことも多いし、山波村は余所の村から人が来ることも多いから。

 私はけっこう積極的に話しかける口だからさ。

 まあそこに、親しくなれればあわよくば神様の実在を相手にすり込められたらいいなっていう、神職者の下心があるのも否定はしませんが。

 そんなこんなで、色んな人と話す機会は多いからね」


 なるほど、そうやってこんなお喋りお化けが出来上がるのかと。

 言質まで取られたが、口数多過ぎだろとすらはっきり感じるこの相手との会話に、喋り上手でない自分が心地良さを感じている自覚もある。

 旅の進行は自分が主導しているが、会話においては、こいつに全部委ねておけば今日はずっと楽しいんじゃないかという期待が既に出来上がっている。


 なんだかむず痒いコナツ。なんか俺、こいつに飼い慣らされ始めてないか。

 頼りになる巫女だとは思っていたけど、想定以上に身を委ねても楽をさせて貰える奴なんじゃないかと、信頼でき始めている実感すらある。

 どんな形であっても、女の子に簡単に主導権をあまり渡し過ぎたくはないという、男の子特有の妙な意地めいたものはコナツにもあるのだが。

 こいつに対してはそれも悪くないかなぁなんて思い始めている自分に、今までになかったはずの自分の世界観をこじ開けられたような気がして戸惑いすらする。


「とりあえず長旅だろうが退屈させないから。

 そしたら思った以上に、隣国に着くまでもあっという間だよ。

 大奈国に着いたら、一度一人旅の時と思い比べて欲しいなって思ってる。

 一日中歩く道のりがこんなにすぐに終わるのか、っていう新感覚を提供してみせるからさ」

「すげえこと軽々しく言ってのけるもんだな。

 じゃあ期待するぞ。裏切るなよ?」

「あぁ大きく出ちゃった。

 口にしたら引っ込みつかないのに。

 よーし頑張ろう! 巫女の気合の見せ所だっ!」


 組んだ両手をうーんと頭の上に伸ばして気合を口にするアンズ。

 腋が見えてる見えてる。コナツも思わずふいっと目を逸らした。

 それでアンズも自分の痴態に気付いたらしく、ぼっと顔を赤くして、胸の前方の空を殴りつけるほどの勢いで両手を振り下ろした。

 腋が甘いってか。いつものこと過ぎてなんにも面白くない。


『脇が甘いなぁ、お前は』

(それ面白くありませんよっ!)


 からかって笑うテンジンだが、アンズが気を緩めて挙動が甘くなるような相手というのも、限られているのは知っているので微笑ましい。

 貞操観念は本当にしっかりしているはずなのだ。未だに露出が多いこの巫女服に、慣れはしながらもぐちぐち言ってくるぐらいなのだから。

 そんな彼女がつい油断した瞬間が生まれるほどには、アンズも浮かれるぐらいコナツとのやり取りに夢中だったというのも確かである。


 テンジンは、可愛い娘を持つ世の父親の皆様方よりも、はっきり自分が羨ましがられて然るべき立場にあることを知っている。

 こんな愛娘の喜怒哀楽を、ずっとそばで見守っていられるのだ。

 それはそれはもう、毎日が楽しくて仕方がない。

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