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あんずの神様 ~山波雷神幻想譚~  作者: ざくろべぇ
第弐章  大奈国の鬼退治
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第二六話   ~大奈村~



 山波国から大奈国へ渡る道のりの中でも、最も大きく拓かれて、主たる交易路でもあるのが山奈街道(やまなのかいどう)だ。

 山波国最大の村である山波村と、大奈国最大の村である大奈村を直結する道でもある。

 長い道のりなので途中で山間の村もいくつか経由するが、それを踏みしめて歩いていくだけで、大奈村へ至る道に迷うことはない。

 商人が牛車と共に荷物を運べる広さと均された平坦な道が、緑の多い山波国を走る太い一本筋は、空から見下ろしてもはっきり浮いて目に入る。


 山波国そのものが山林の多い国ではあるが、南部は未開拓の森林も多く、起伏も激しく緑に満ち溢れている。

 地図で眺めれば村もはっきりと点在するように、そこには確かに人々も在り、開拓史以来の人間社会と、村特有の文化もしっかり根差してはいる。

 しかし、やはり人間社会の周辺が、常に原生林に満たされているのが山波国の特徴でもあり、旅路の中では木よりも森ばかりが目につくのも事実。

 最も栄えて大きく拓かれた山波村と、それに近き山波京ですら、少しそこから離れればすぐに山々なのだ。

 手つかずの自然が大地を緑色に染め上げる、この国の主役が人類へと代わっていくにはまだ、この時代は人の数そのものが少な過ぎる。


 連なった山と森の中に道を拓く時、可能な限り勾配が少なく歩きやすい道を作ろうと意識される以上、その道のりは真っ直ぐ一本道とはいかない。

 国と国を繋ぐ最も頼もしい道というものを、総合的に最善とするためには、やはり理想に沿って道が曲がりくねる場所も増える。

 山波国南部に古くから点在する村の数々に、立ち寄りやすくするするために、街道そのものが長くなることを承知で迂回されている箇所もある。

 山奈街道が作られる前から実在した村々の位置が、街道の都合になど合わせた場所に存在しているわけがないのだから当たり前だ。

 この街道が出来て以降、その道沿いに新たに拓かれた、交通上でも便利な村というものもあるのだが、それはあくまで後から出来たもの。

 両国間最大の街道は、かつては現存する人間社会に合わせて苦心しながら拓かれたものでもあり、それによって生まれた新たな賑わいもまたある。

 人類史の発展は緩やかだ。突然発展するには、自然界の雄大さは本来人の手に余るほど大き過ぎるということである。


「はい、おにぎりあげる。

 コナツも一つちょうだい」

「でけぇよな、お前の作るおにぎり。

 交換して貰える側からすると基本的に釣り合ってねえのよ」

「貰ってくれる想定でおっきく作ってるから大丈夫です。

 むしろ交換してくれないと、私がお腹ぱんぱんになって太るかも。

 それは困るね」

「ありがたいけどな。

 しかもお前のおにぎり、味が利いてるし」

「本日は梅おにぎりです。

 けっこう上手く漬けれたと思ってるので、お気に召したなら褒めて貰えると嬉しい」


 コナツとアンズの歩みは速い方であるが、曲がりくねった山奈街道に沿って歩くと、やはり大奈村への到着は日没後になることも意識する。

 しかし山林を突っ切れば話は別。迂回の多い街道で、それに付き合わずしばしば直線突っ切る道を選べば近道も多い。

 普通、そんな旅人はなかなかいないのだが。

 森林なんて夜でなくても、獣と山賊、何より妖の群生地である。

 誰がそんな危険地帯を、ちょっと近道だからというその程度の理由で、命を危ぶめてまで突っ切るというのやら。

 特に、京や山波村のような都寄りの場所より離れた山奥ほど、山賊が隠れ棲む場所としてはいっそう可能性が高くなるのだから尚更である。


 そんなものが怖くもなんともないコナツとアンズだから、山道を平然と突っ切って近道し、しかも山の中で座り込んで弁当まで食べ始める始末。

 むしろこの二人に関しては、怖くないどころか遭遇したらそれはそれでいいとさえ思っているふしすらある。

 山賊やら妖やら、出没して襲いかかってくるなら、迎え撃てば修行になるから儲けものぐらいにしか思っていないコナツ。

 妖調伏が出来るなら人類にちょっかいを出す妖を滅せて良いと思うし、人の財産や命を奪う山賊なんて同じ意味で尚更だと前向きなアンズ。

 そして、勝てないほどの相手に遭遇すれば、二人はちゃんと逃げることを潔く選べる。

 命懸けの場面を幾度も経験してきたこともあり、強者の気配には敏感でもあるから、接近される前に感知して動きすらする。

 豪胆なんだか賢明なんだかわからないが、それぐらいの判断力と勘がなければ、そもそも二人とも今日まで生き延びてこられてはいない。

 のんびりお喋りしながらおにぎりを食べているコナツとアンズだが、二人が生きてきた世界というのは、しばしば極めて過酷なのである。

 そしたらこんな人間離れした心臓の十七歳が出来上がるのだ。


「そういや先に聞いておくべきだった気もするけど、山賊が出たらどうする?

 この辺で叩き伏せても突き出す先が無いよな。

 京が近ければ突き出しに行くけど、今さら引き返すのもあり得ねえし」

「楽にしてあげるしかないじゃん、しょうがないよ。

 見逃しても、生き延びたそれが無辜なる方々を襲ったら後悔するだけだし。

 悪さが絶対に出来ないような状態に追い込んでも、それはそれで無用に長く苦しませるだけになっちゃうしさ」

「ふーん、結構容赦ねえのな。

 神職者なんだし、殺生には人並み以上に厳格なものだと思ってたけど」

「道理と尊厳を共に躙られた時だけはね。

 というか私、偸盗だけは――」


 取り留めのない話に始まって、互いの価値観をよく知り合うための会話へと繋がり、お喋り巫女の導くままに長話へ。

 長話である。一般的には危険地帯とされる山の中で。

 むしろこのような誤解すら招きかねない繊細な話題、余人の無い中でなら遠慮なく出来るので、こんな場所でこそアンズの口も軽くなってすらいる。

 巫女の人格や評価が信仰に影響を及ぼしかねない立場であるアンズをして、話がわかりそうな相手との会話は、一対一こそ最も気兼ねない。


「――まあどんなに論じても、突き詰めればいっこしか答え無いもんね。

 『じゃあ仕方ないよね』で済むわけありませんね、としか」

「ま、最後はそういう話に落ち着くな。

 よし、丁度いいや、休み過ぎた。そろそろ行くか」

「あわっ、しまったしまった。

 また私の長話のくせが」

「いいよ別に、俺は楽しかったし。

 最悪、大奈村に着くのが夜になっても困りはしないしな」


「え、私とのお話、楽しい?

 うんって言ってくれると私すっごい喜ぶよ?」

「うん。

 これでいいか?」

「なんか態度が投げやりでやだなぁ~。

 でも気持ちだけ受け取っておく。

 すなわち嬉しいぜぇ」

「めし食いながら言うな。

 お前もなんか態度が雑だぞ」

「照れ隠しだと思って下さいな。

 私は嬉しいと思ったことは嬉しいって言うし、嬉しくないことは社交辞令だってわかる程度にしか嬉しいって言わないから」

「言うんじゃねえかよ」

「んへへへ、社交辞令じゃないのは伝わるでしょ?

 さ、行こ! 近道してるし、暗くなる前には国を渡れるでしょ」


 すっと立ち上がるアンズと、遅れてよっこらせと腰を上げるコナツ。

 時間を意識しなければ、案外コナツもずっとお喋りしてもいいとさえ思っていたのかもしれない。

 命のやり取りをすることも多い身、そんな話を同世代とする機会など決して多くは無く、そんな話を分かり合って話せる機会はいっそう稀。

 そんな意味でも、こんな込み入った話が出来る新たな友人との出会いというのは、意識しなくてもわかるほど貴重である。


「大奈村ってどんなとこ?

 私、実は一回も行ったことないだよね」

「遠征で大奈国に行ったことあるんじゃなかったのか?

 山波国から大奈国に渡ったなら、通り道で一度は寄ってそうだけど」

「何度か行った時っていうのは、大奈国の南の方の農村周りに発生した妖調伏の仕事だったからさ。

 歩いて行ったら日にちがかかり過ぎるから、雲に乗ってひとっ飛びで行ったの。

 空から大奈村は見たけどね。賑わってるなぁとしか見えなかった」

「仕事が終わった帰りに寄ればよかったのに」

「神社を長く空けられないんだよ~。

 今日みたいな時はいいんだけどね。ちょっと特別だから。

 鬼なんて特に強い妖だから、神力を無駄に出来ないから歩きでよし」

「そっか、じゃあ歩きで行かせてるのは俺も気にしなくていいんだな。

 そりゃよかった」

「大丈夫大丈夫、神社絡みで困る事情があったら私は妥協しないから。

 歩いて日数かけることに、今回もちゃんと意義を見出してるよ」

 

 起伏の多い山の中の獣道を、普段と変わらぬ足運びで、時には跳び、ろくに足元も見ぬまま躓かぬ、こんな場所をも歩き慣れた二人の足取りが続く。

 会話は止まらない。世間話から妖魔調伏の仕事の話まで、様々。


 結局、二人の会話は一切途切れることなく、山波国と大奈国の境を越えるところまで続くのであった。

 宣言通り、アンズは朝から夕までにかけ、コナツを退屈させることは無かったということだ。

 歳の近い友人で話しやすかったというのもあるにせよ、これは天晴れとテンジンも認めるところである。











 山波国から大奈国へと向かう山奈街道は、国境を越えると同時に大波(おおなみ)街道へと名前を変える。

 山波国から近滋国へと向かう山近街道が、近滋国に入ると同時に近山街道へと名前を変えるのと同じ理屈である。


 しかし大波街道は、その名高さに反してかなり短い。

 北の山波国から南の大奈国に入り、そこから大奈村までの道が大波街道なのだが、大奈村が大奈国の最北部に位置するからである。

 大奈国に入ってさあここからが大波街道、と思えば、大奈国はもう目と鼻の先ということだ。

 見方によっては山波国からの旅人をして、ここから大波街道と刻まれた標そのものが、大奈村は目前という目印も同然である。

 逆に大奈国から山波国へと向かう旅人からすれば、大奈村を出てすぐに途絶える大波街道に、うちの街道は影が薄いなぁと皮肉の種になったりもする。


「つーわけで、大波街道は人が多い。

 出店は多いし、あそこで舞の練習してる人なんかもいるだろ。

 もっと明るい時間なら、子供達が遊んでることだってあるぞ」

「これは街道の眺めじゃないよねぇ。

 大奈村の北部延長って感じ?」

「治安も行き届いてるぞ。

 警邏の目も常に光ってるからな。

 村の一部って例えはだいたい合ってるかもな」


 せっかくの街道が地味では忍びないということで、大奈村もその短い街道まで目を広げ、村おこしならぬ道おこしに精力的だ。

 国一番の大きな村に近く、範囲も広くないということは、充分治安が賄える範疇であり、賊や獣を露払いする警邏の目はコナツの言うとおり万全。

 村人は気軽に遊びに来るし、大奈村で店を構えるにはまだ未熟な商人が、即席の店を構えて土産物を並べることだってする。

 村の広場でやっては人目につくから恥ずかしいと、舞などの練習をここでする者もいれば、子供の広い遊び場にすらなるほど。

 街道と定義されているから、厳密な意味で村の領内とはされていないだけで、大奈村北部の、道の形をした広場という認識に近いのだろう。


 時は日が西に沈み始めた頃。

 流石に帰路に着く者も増え始め、日中ほどの賑わいは無い時間帯だ。

 それでも国境を越え、すぐに人の多さが目に付く街道の眺めは、山波国からの来訪者に大奈国の景観を先ず、おいでませと知らしめるかのよう。

 影の薄い街道という皮肉は、その短さだけを冗談の種にしただけであり、本当に存在感の無い街道にはならぬようには実現された街道と見て相違無い。


「全部終わったら、この街道までは歩いて帰ろうかな。

 空飛んで急いで帰るのは、きっとその後でいいよね」

「おう、そうしろそうしろ。

 土産物売ってる兄さん、大抵はみんな修行中の人達なんだけど、結構凝ったもの作ってるから面白いぞ。

 大奈村で構えられた店で買い物するより、ある意味では見応えあるかもな」


 コナツは大奈国の生まれである。

 自分の故郷に前向きな興味を持って貰えるのは、無条件に嬉しいものだ。

 お世辞ではなく口をついて出た言葉ではあったが、自分の言葉がどことなく、コナツの声を明るくさせたことに、アンズもまた少し嬉しくなる。

 アンズも、もしもコナツがもっと山波国のことを知るようになってくれれば嬉しい身だから、そんな気持ちはよくわかるというものである。


 さて、日が沈みかけて静かになりつつある街道の短い旅路を進めば、やがて見えてくる大奈村。

 遠目から見ても、あるいは空から見てもはっきりとわかる、大きな村。

 それも他の村になどそうそう無い、高い壁で村の周りを一周囲い、村の北部から入るにも関所めいた門をくぐる形になる。

 それもそのはず、大奈国最大の村と言えばそれまでだが、何せ大奈村というのは歴史的に見ても、その大きさと作りには根拠がある。


「すっごいね~!

 全然山波京と比べても小さくないよ~!」

「あんまり騒ぐなよ、田舎者だと思われるぞ。

 まぁ俺みたいな身なりの奴が一緒だとどっちみちだけど」


 山波京のような広大かつ、碁盤目のように整然とした街並み。

 この街並みはアンズが言ったように、よく山波京を引き合いに語られやすく、現に形もよく似ている。

 それもある意味では当然で、四百年ほど前には、帝がお住まいの京とはここ、大奈国にあったからだ。


 時代の流れでかつて"大奈京(おおなのみやこ)"と呼ばれたそれは、山波京に遷都されたことで、今でこそその名を失ったが、それが今の大奈村なのだ。

 一介の村に落ち着いた現在も、獣や外敵から村を守り得る周壁は保たれ、その威容たるや今の京にも決して見劣りはしない。

 和大国に京が二つあってはならぬ事情ゆえに、かつての大内裏をはじめとした皇族のお住まいは取り壊しになったが、それで余った土地は村が有効活用する。

 村の広場となったかつての聖地は広場となり、縁日の際には縁起の良い場所として有難がられ、村の外からの来訪者もいっそう多くなる。


 かつて和大国一であった村は、時が過ぎても決してその栄華は色褪せないのだ。

 今でこそ政権の半分を幕府に持って行かれた京が、未だ政界ではその片翼として存在感を示し続けているように。

 帝が去られ、政治の世界からは切り離されて尚、ある意味では小難しいしがらみから解放された一介の村として、その賑わいは絶えるどころか栄えもする。

 かつては大奈京跡と呼ばれて寂しがられたかつての都も、今や時代を経て、かつての栄華をまた違った形で現世に顕している。

 まさしく、歴史ある都と呼ばれるに相応しいだろう。


「お宿も高そうなのがちょっと困りもの。

 足りるのかな、ちょっと心配」

「お前さっそくそんな心配してんのか。

 神職者の割に俗物だなぁ」

「巫女なのは関係ないでしょ。

 貯め込む趣味は無いんだけど、門戸叩いてからお金足りませんっていうのは死ぬほど恥ずかしいじゃない」

「大丈夫だよ、あてはあるから。

 ただってわけにはいかないけど、そんなに高くはつかないよ」

「わ、頼もしいぞ地元民。

 そういうことなら甘える甘える。

 私そういうの遠慮しませんぞ~」


 初めて訪れる、京にも匹敵する都に浮き足立っているアンズは、道中よりも声も足取りも軽い。

 あてがあるというコナツの歩みに合わせて並ぶその横顔は、たいそう楽しそうであり、コナツから見ても良い見世物だ。

 今だけは、後日訪れる苦境のことも忘れ、新しい友達との楽しい時間を過ごすのも良いだろう。


 まあ、そんなアンズの顔も時間が経つにつれて、徐々に曇っていくのだが。

 何のこともない。今は浮かれて大事なことを忘れていたアンズが、少しずつ我に返っていったというだけの話である。

 たいした話ではない。テンジンは少なくともそう思っている。






 コナツに導かれるまま辿り着いたのは、村の中心地からはやや離れた民家。

 そうは言ってもかつて京であった村の一角、田舎臭い区画と呼べるものは無く、なかなかご立派な家である。

 村の中央区にある二階建ての大きな家ではないにせよ、広くて複数の部屋を擁すると見えるそれは、一世帯が住まう家としては豪勢だ。


「ごめんください、"ハルミ"叔母さん。

 コナツです」


 家主の名を呼び、名乗るコナツ。

 日も沈み、暗くなって村も静けさが目立ち始めた頃であり、コナツの声も控えめだ。これで充分相手にも聞こえる。


 そんな彼の後ろではアンズが縮こまっているが、別にこれは、予想外の豪邸を目の前にして委縮しているだとかそういうわけではない。

 アンズは玉依御殿の育ちである。もっと大きな豪邸を見慣れている。

 伏せた顔も真っ赤っ赤。耳まで茹で上がっている。


「――あらぁ、いらっしゃい。

 お久しぶりね、夏彦くん。

 元気な姿をまた見られて叔母さん嬉しいわ」

「どうもです。

 心配かけてしまってるみたいでちょっと心苦しいですが」


 やがて扉の向こうから足音が聞こえてきて、がらっと扉を開けて出てきた大人の女性。

 きちんと襟元まで正した和服を着込んだ、都住まいの上品な着こなしである。

 十七歳のコナツが叔母さんと言うからには、三十路はとうに過ぎたものだと予想もされるのだが、そうは見えないぐらいには若作りだ。

 アンズには、ぱっと見て三十手前の人と見えたぐらいである。


「あら? あらあらあら?

 夏彦くんってば、女連れ? やだもう隅に置けないわぁ。

 いつの間にか又甥や又姪が出来てたら私どうしたらいいのかしら」

「違うし早ぇし叔母さん相変わらずっすね。

 こいつ同業者ですよ、めちゃくちゃ強ぇんですから」

「あらあら、そうなの。

 それはそれでお似合い……うふふ……」

「駄目だ、何言っても通じねえや」


 コナツを幼名で呼び、はじめのご挨拶をした時はお淑やかな京美人にも見えたハルミであったが、コナツが女連れと見るや気分上々。

 喋りはお淑やかで静かだが、他人の色恋沙汰の気配を、ありもしようがしまいが関わらず嗅ぎ取れば途端に饒舌である。

 西国のおばちゃんらしさ全開だ。コナツもあしらい慣れているようで。


 そして、普段ならどんな初対面の相手にも挨拶するし、今のようないじりにも嫌味無く否定が出来るアンズが、今だけはおとなしい。

 顔を伏せてもじもじと膝をすり合わせる彼女の姿は、内気そうな女の子だとハルミに第一印象を抱かせたはずだ。


「それにしても、なかなか、その……攻めた恰好ねぇ……

 随分と人目を惹いてきたと思うのだけれど……」


「ふ、ふしだらと仰って下さっても大丈夫ですょ……

 私も好きでこんな恰好してるわけでは……

 これはうちの神社の巫女の正装に過ぎないわけでして……」

「事情があってこういう恰好してるだけなんだってよ。

 あんまり突っ込まないでやってくれ。

 ここに来るまでも、道行く人にじろじろ見られまくって恥ずかしい想いしてきたばっかりなんだよ」


 すっかりアンズが借りてきた猫よりもおとなしくなっているのは、大奈村に入って衆目に気付いてからである。

 山波国では、特に山波村ではアンズがこんな恰好をしているのは周知の事実なので、今さら誰も突っ込まない。

 アンズもこんな恰好恥ずかしいとは言いつつも、山波村ないし桑原村を歩く限りではもう慣れているのだ。


 最近ずっと地元を離れていなかったから忘れかけていたが、初めて訪れる地をこの巫女服で歩くと、もの凄く数奇の目で見られる。

 二度見三度見されるのは当たり前、何あの恰好――とひそひそ声が聞こえてくるのも日常茶飯事。

 山波京を訪れた時などもそうではあるが、あそこは何度か通っているから辛うじて耐えられるとして。

 完全に初めて訪れたここ大奈村において、まして人も多いこの村で、初見のアンズを見た村人の反応は悪い意味で上々である。

 忘れかけていた視線の集中砲火を、それも道中のお喋りに夢中で気構えすら忘れたまま無防備に受けてしまったアンズは今、羞恥の沼に沈んでいる。

 こうなると、今日のうちはなかなか立ち直れない。


「あ、あら、そうなの?

 ごめんなさいね、ちょっと失礼だったかしら……

 でも、そんな恰好の女の子を甥っ子が連れてきたら、色町で引っかけてきたのかなって私も思っちゃうわけで……」

「はぐう、っ……!」


「叔母さん勘弁してくれ、なんか俺までこっ恥ずかしくなってくる」


 お淑やかな人ではあるのだが案外歯に衣着せない人だ。西国のおばちゃん。

 仰ることも一定の筋は通っている。真っ当な貞操観念上、裸も同然認識の服装の女の子を甥が連れてきたら、叔母としては別の意味で心配にもなろう。


「もういいかな、上がらせてくれよ。

 あんまりこいつを外に晒しておくのも可哀想だからさ」

「はいはい、勿論。

 あなたのお名前は?」

「あ、アンズです……」

「はい、アンズちゃん。

 遠慮なく上がってね」


 柔らかい笑みで歓迎してくれるハルミに、コナツに続いてアンズも家に上がらせて貰う。

 ちゃんと自己紹介できているだろうか。これは出来ていない。

 山波神社の巫女アンズです、というのが普段の彼女の名乗りである。

 それすら出てこず、最低限の名乗りと敬語しか発せない程度には、今のアンズは壊れているということだ。


 そういえばこいつ、駄目な時はとことん駄目になる奴だったなぁとコナツも思い出す。

 こんな調子で明日以降大丈夫なんだろうか、と思ったのも正直なところである。




「"フユナ"はいます?」

「いま台所でご飯を炊いてくれてるわ。

 あなたの声が聞こえなかったぐらいだから、一生懸命やってくれているのね」


 草鞋を脱いで家に上がるや否や、真っ先にコナツが尋ねたこと。

 家に上げて貰ってからでも、一つや二つはご挨拶もあろうところをこれなのだから、彼にとっては重要なことなのだろう。

 目ざとくそれだけのことを即座に感じ取れる程度には、アンズも少しは落ち着いた模様。

 壁に囲まれた屋内に入ったことで、衆目から匿われる形になればアンズも頭が冷えてくるらしい。


「フユナ、ただいま。

 頑張ってんだな」


「え?

 あっ、ナツ兄ぃ! おかえり!」


 勝手知ったる我が家のように、台所へと真っ直ぐ向かったコナツを、遅まきに追うアンズ。

 竈の前に腰を下ろしていた女の子が、コナツのことに気付くや否や、嬉しそうに駆け寄る姿がコナツ越しに見えた。

 一目でわかるほど生地のしっかりした着物を纏う、黒髪の美しい女の子である。


 歳は十二歳か十三歳ぐらいだろうか?

 十歳なのにちんちくりんのクマリと親しみ慣れ過ぎていて、初めて見る年下の女の子の年齢読みに若干難儀するアンズである。

 あんな子が一番身近だと眼力が若干狂う。


「久しぶりだね、ナツ兄ぃ。

 またちっちゃくなった?」

「お前がおっきくなったんだよ。

 勝手に兄ちゃんを縮めんな」


 コナツは背の低い方ではあるが、妹と思しきフユナと呼ばれた女の子よりはまだ大きい。

 これ以上妹に順調に伸びられたら追い付かれそうにも見えるが。

 兄の痛いところをつついてくる妹の頭を、髪が乱れるほどわしゃわしゃするコナツに、やめてやめてを手を払いながらもフユナも楽しそう。

 女が髪を触らせて許すのは余程に心を許した相手だけなので、兄妹仲が良いのはこれだけで充分に見て取れる。


「ナツ兄ぃ、旅は……どん、な……」


「ん?

 ああ、あれはただの友達だからな。

 女連れだからって騒ぐなよ、それさっき叔母さんがやったくだりだから」


 コナツと向き合って話を始めようとしたフユナであるが、コナツの後方で二人のやりとりを見ていたアンズの姿が目に入った。

 明るい色の髪が目を惹いたからその全容を視界いっぱいに含んでみたら、初見は誰でもびっくりするような服。

 特に女性目線では、裸でうろうろしているのと同じような認識の――


「アンズ、紹介しとく。

 こいつはフユナ、俺の妹だ。

 んでフユナ、こいつはアンズ。

 山波村で出会った俺の友達だ、良い奴だからそんな怖がるな」

「ん……そ、そう、なの……?

 ま、まあ、そうだね……悪い人には、見えないけど……」


 家に入って少し赤みが収まり始めていたアンズの顔が、また一気に最紅潮まで茹で上がる。

 あの目が一番つらい。奇異の目じゃなく、顰蹙を買っている。

 わかってます、ええわかってますとも。まともな女性の感性からすれば、私の恰好なんて裸でうろうろしているのと同じですもんね。

 特に性意識が強まり始める、十五歳前後の女の子辺りからは、こういう目で見られることが一番多い。つらい。


「っ、っ……っっ~~~~~!

 や、山波村の神社の巫女、アンズです……!

 この服は、神社の正装だから大目に見て下さい……っ!」


 胸元や腋を隠す仕草も、股をぎゅっと閉じるような仕草も敢えてせず、堂々胸を張ってアンズは自己紹介した。

 ちょっと涙目、ぷるぷる全身を震わせながら。

 そんな目で見るのは本当にやめて、というのが言葉無く伝わる態度そのもので、ある意味口よりものを言う彼女の目と表情はこんな時に最も活かされる。


「せ、正装なんですか……

 わ、わかりました、納得します……

 ナツ兄ぃ、信じてるからね……?」

「お前も俺があいつを色町で拾ってきたとでも思ってんじゃねえだろうな」


 額を手で押さえて溜め息つくコナツの前、フユナの納得とやらも半々な顔。

 つくづく、新天地に足を踏み入れる前には、晒し者になる覚悟と心構えというのを先にしておかないと、心がもたないとアンズも胸に刻み直す。

 あんなにお喋りに夢中になって、大事な心の準備を怠っていた自分のことを、時を遡ってでも今から目いっぱい叱り飛ばしてやりたい。


『そうへこむな。

 こうした目で見られることはわかっていたことであろう』

(は~~~~~!?

 存じているなら根本的に巫女服の意匠を見直してくれませんかねぇ!?

 私が今こんな恥辱にまみれているのも全部あなたの御嗜好のせいですよ!?)

『前からしばしば言っているが、初見の者の心に強く残るのも重要なんだ。

 敢えてそうした意匠にしている側面もある。

 お前の心労は察するが、大奈村の者達にもここの家人らにも、忘れられぬ者にはなれたはずだぞ』

(え~そうですよ! 間違いありませんね!

 はしたない淫らな女として記憶されたに違いありませんよ!

 あ~嫌だ嫌だ! 私の尊厳どこ行った!)


 脳裏で喧嘩。声に出さず、顔にも出さずにそれが出来るのは優秀だ。

 改めてフユナの方を見たら、ふいっと目を逸らされたアンズは、その辺りのものを蹴ってでも八つ当たりしたいぐらいにはやりきれなかった。

 ちゃんと意図があってこのような巫女服であること自体には、渋々嫌々泣く泣く納得できたとて、乙女としての感情とは別物だ。

 テンジン様の神力というものを、この世で唯一授かれるという得難い立場に対する租税として、この羞恥が高いか安いかはその日の気分による。

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