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あんずの神様 ~山波雷神幻想譚~  作者: ざくろべぇ
第弐章  大奈国の鬼退治
22/28

第二一話   ~倉鎌時代の平安時代~



 お天道様の目を借りて見下ろす山波国。

 手つかずの山々の木々が茂る大地は、土の色よりも新緑で以ってその全土を彩り、むしろ緑こそが山波国の七割を物語る色ですらある。

 その中にあってまさに、残る三割がこの山波国の栄えようを体現しているといっていい。


 山間に拓かれた小さな農村、桑原村を例に取るなら、それを囲ういっぱいの緑。

 村は、その真ん中に拓かれた土色の人里だ。

 自然色の真ん中に人里の色を、そしてその存在感をお天道様にも示す、かすかな人類史の実在の証に相違ない。

 全国的に見ても栄える山波国は、そんな農村も多数あり、数万年の大地の歴史に、人類の開拓史が今ここに割って入っていることを主張している。

 それに加え、山波京や山波村といった、かつて存在した山々をも広く開き、空高くから見ても開けた人里もまた広く点在する。

 そして、それらを繋ぐ道もまた、見通し良いように木々を断ち、均された砂地を露わに流通と往来の象徴として広がっている。

 かつては樹木こそが、領土の九割を占める支配者であった山波国が、今や斯様に地上の様を変えていることは、まさしく人類の栄えし現代を顕すかのようだ。

 それこそ千年後には、三割はおろか七割すらゆうに超えようほど、人が拓いた住宅地や道で、この国全土が満たされることすら夢妄想ではなかろうほどには。


 大地のそばを駆ける風の目を借りて、間近に眺める山波国。

 人が増えれば賑やかさに溢れるのが人間社会という半ばの真理には反し、山波国というものは穏やかで静かだ。

 畑を耕す農民。歌を詠む貴人。気合も控えめに素振りや手合わせを行う武士。

 天まで届く、人々の密集地が織り成す大きな声とも呼べようものが、控えめな人々の集いゆえなのか成り立たない傾向にある。

 誰にだって想像できるのだ。

 己を風に見立てて山林を駆け抜け、獣と風の声を耳にしながらそれを抜け、いざ人里に辿り着いても、慎ましやかな人の声が少し前に聞いた音に代わるだけ。

 騒がしさを耳に感じる人里など、栄えに栄えた山波村と山波京ぐらいのものだ。


 集いし数千の民草の声が、自然の発する音を用意に呑み込むことなど誰の想像にも難くない中、京と国一番の村を除き、人里すらも静かなもの。

 きっと山波国というのは、土地柄というべきか、静かで人類が自然に溶け込む人々が集いし国なのだろう。

 人と自然が、言い換えるならば人類史よりも遥かに深い歴史が、何ら意識せず共存できるお国柄。

 新緑とそこに拓かれた人類の軌跡。そして木々の匂いや揺らぐ音を、耳にし心地良く思う人々がそれをも意識してかせずか遮りもしない趣深い大地。

 山波国は、わざわざそうとは評されぬながら、そう形容して趣を強調するに値する、美しく輝かしい地として存在感を失わずに今も在った。






 さて、そんな静謐で慎ましやかな山波国。

 ここでこの国でも最も貴ばれるべき立場の一人、すなわち一子相伝の血を引く、由緒正しき山波神社の巫女様を今日の御姿を見てみよう。

 巫女とはすなわち神職者。つまり、この美しき国を根元から支える神々の教えを人々に説き、導かんとする者達の第一人者。

 きっと今日も、神様の代弁者として敬われるに値する姿を――


「どぉらっしゃーーーーーーーーーー!!!!!」


「はわぁっ!?

 あははははは!! お姉ちゃんすごーーーい!!」


 山波国に二人といない、山波神社の巫女アンズ。

 その一身に敬意を受け、主神テンジン様への信仰を集めて然るべき巫女は、とある樹木に全力助走をつけての飛び蹴りをかましていた。

 山猿の所業である。


 山波村の隣村、桑原村にて静謐さも慎ましやかさも欠片とて無き所業に励む巫女、彼女が蹴ったことで揺れる樹には、一人の幼女がしがみついている。

 彼女の飛び蹴りの威力は凄い。草鞋の裏で木の幹を全力速度でどついた結果、幹こそ細くもどっしりと根を張った樹木が微かに揺れるほどだ。

 枝に手もかけず、木の幹に蝉の真似事のようにしがみつく――いや、両手両足の力だけで張り付く幼女は、その揺れで木からずり落とされそうになる。

 木登りが得意な幼女は、そんな自分ですらちょっとでも危ないと思えるほどの揺れを起こす巫女の蹴りに、若干慌てながらも笑いながらの賞賛を惜しまない。


「もっときて!

 私、まだまだよゆう!」


「はぁはぁ……クマリぃ、もう勘弁してよぉ……

 お姉ちゃんもうへとへとだよぉ……」


「だめ! これはしゅぎょう!

 わたし、つよくなる! お姉ちゃん、きょうりょくして!」


 今日すでに百回近く、幼女がしがみつく樹を揺らすことを強いられて、とうに草鞋越しの足の裏が痛くなっている巫女アンズ。

 楽しそうに笑っているが、そろそろ本当に手足が疲れてきていて、樹にしがみつく指がぷるぷる震えてきている幼女クマリ。

 歳は七つほど離れているが仲良しの二人である。

 そして、いつでも元気いっぱいで活力の余っているクマリに、毎度遊ぶたび振り回されてへろへろにさせられるのもアンズお姉ちゃんの宿命。


「頑張って下さい、アンズ様!

 うちの隊長を満足させられるのはあなたしかいないんです!」

「ちょっともぅ~、いい加減にして欲しいよぉ……

 あなた達がやってくれればいいだけの話でしょお……?

 えーとあなた、誰だっけ……"へこすか"君だったっけ?」

「俺に君付けなんて結構です!

 うちの隊長が敬ってやまぬ方に敬称で呼ばれるなど畏れ多い!

 へこすかと呼び捨てにして頂きたい!」

「敬語上手いね、あなた……」


「一同! 斉唱!

 隊長の修行にお付き合い下さる巫女様が少しでもお元気になれるよう!

 そーれ、アンズ! アンズ!」

「「「アンズ! アンズ!」」」

「「「アンズ! アンズ!」」」


「あんず! あんず!

 さあお姉ちゃん、もっとこーーーーーい!!」


「っ、うがーーーーーーーーーーっ!!

 クマリ覚悟しろーーー! 落ちて怪我しても知らねぇぞーーーーーっ!」


 疲れ果ててきたし、こんな遊びはもうやめにしたいアンズだが、逃げ場も無い。

 クマリがしがみつく樹の周りを、桑原村の子供達が、アンズを逃がすまいと大きく囲う円陣を組んでいるからだ。

 結束力満点の子供達に包囲されてしまえば、よもや子供達に手を出してどけることなど出来ようはずもないアンズをして、それは堅固な城壁にも匹敵する。

 結局、胸も足裏も痛いのに、再びやけくそでクマリがしがみつく樹に助走跳蹴(どろっぷきっく)をかます他ない。


「あわわっ!? あわっ!?

 むぐうぅーーーーーっ! たえるっ!

 わたしは、もっとつよくなるんだっ!」


「はぁはぁ……早く落ちてこいクマリぃ……!

 落ちてきてもお姉ちゃんが意地でも受け止めてやるぅ……!

 だから早くっ、このあほくさい遊びを終わらせろぉ……っ……!」


 息切れを起こしながらも、振り上げた足で木の幹をげしげし蹴り、その一撃一撃も強いので、跳び蹴りほどではないにせよ樹を揺らすアンズである。

 角度の問題で誰にも覗けないとはいえ、そんなに足を振り上げたら短い裾の奥の褌も前から丸見えであり、巫女としてなんとはしたない挙動であることか。

 しがみつくクマリも必死である。なかなか落ちてこない。

 さっさと落ちてきてくれないとこの遊びが終わらないので、クマリが頑張れば頑張るほどアンズはつらい。


 戦禍無き谷間の泰平時代とはいえ、農村の皆々様は明日の命も保証されてなどいない、厳しい時代であることも確かである。

 そんな時代の中にあって、年長者の巫女がちょっと無理をするだけで、子供達が現実の厳しさも忘れて楽しめるこの時間は貴重でもある。

 恥も淑やかさも捨て去って、子供達の要望に応えて汗だくになる巫女が、子供達の笑顔と満足をこの日もたらしているなら、それも偉大なことかもしれない。


 まあまあ無理矢理な解釈にも違いないが。

 やんちゃ巫女の変な頑張りをなんとか評価しようとる側も、言葉探しに苦労するということを存じて頂ければ幸いである。






「アンズ様、お水です。

 本当にお疲れ様でした、ありがとうございました」


「あ、ありがとぅ……

 悪いけどもう少し持ってきて……汗かき過ぎて死にそう……」


「承知しました!

 "ぺんたりむ"、すまないが水をもっと汲んできてくれ!」

「しょうち!

 すぐにもってきます! へこすか副隊長!」


 ようやくクマリとの遊びから解放されたアンズが、ぺたん座りで両肩を落として疲れ果てているところに、桑原村の子供の一人が水を提供してくれる。

 息も絶え絶え、いっそ大の字に寝るか足を投げ出した座り方でだらけたいほどでありながら、ちゃんと股に両手を置くアンズは疲弊してもしっかりしたものだ。

 周りにいるのが幼い子供達とはいえ、裾の短いこの巫女服、お尻とお股を覆う最後の一枚を、万が一にもどの角度からも見えぬよう徹底した姿勢は流石である。


「……で、あなた達は何なの?

 クマリからも何にも聞いてないから、今日久しぶりに来て困惑してるんだけど」


「よくぞ聞いてくれました!

 俺達は、"桑原村自警団"!

 クマリさんを隊長とし、俺へこすかを副隊長としております!」

「あんたが勝手に作った、只のクマリちゃん親衛隊でしょ」

「うるさいな、"はみみん"!

 きっかけはどうあれみんな村を守ることを意識してるんだからいいだろ!


 所々で妙な名前が頻出して、いちいち気になって仕方ないアンズだが、今はとりあえずこの謎の集団の正体の方を整理して知ってみたい。

 今日久しぶりに桑原村を訪れたアンズだが、それまでにも何回か、山波村の筆場にクマリが遊びに来たことはあったはずなのだが。

 クマリからこんな自警団なるものがある話は一切聞いていない。

 最近村では何があった? ぐらいの話題はアンズも毎回振るのだが、それでもクマリの口から情報は一切出てこなかったのである。

 隊長とされているクマリだが、彼女はこの自警団にさして興味はないのかもしれない。

 現に今も、疲れ果てたアンズや自警団の面々をほったらかしにして、修行と称して走り込みに行って消えている。


「きっかけは先日、クマリさんが――」


「――あぁ、なるほどね。

 だからクマリは修行とか言って張り切ってるんだ」


 へこすかに話を聞いてみると、どうやら先月、クマリが危機的な状況になったことが、この桑原村自警団が発足したきっかけらしい。

 クマリがカムロと思われる人物に人質に取られ、アンズを追い詰めたあの日である。

 誰がどう見ても、一歳年下のクマリに対して好意を抱いていそうなへこすかが、あんなことは繰り返されてはならないと、自警団を作ることを声高に掲げた。

 要するに、はみみんと呼ばれた彼と同い年の女の子が言うように、村を守る自警団という名目で、クマリ隊長を守る組織を立ち上げただけである。

 村の子供達も暇はいくらでもあるので、新しい遊びだと食い付いてきて、結構な人数に膨れ上がっている。

 もっとも、子供達のごっこ遊びの域は出ていないが結束力はあるようなので、きちんとした大人の指導者がいれば、数年後面白いことになるかもしれないが。


「で、みんな変な名前で呼び合ってるけど、それは何なの?

 まさか本名じゃないよねぇ?」


「変なことはないですよ!

 これはクマリ隊長が、団員みんなにつけてくれた団員名です!

 自警団の団員として活動する際は、本名とは違う名前で団員であることを強く自覚することに繋がり……」

「変な名前ですよ。

 クマリちゃん、独特の名付け方で適当につけるんだから」


(なるほど、興味なさそうだな)


 副隊長へこすか。

 暴走気味の彼に突っ込む団員はみみん。

 へこすかに命じられて水を汲んできた団員ぺんたりむ。


 全部クマリがつけた名前らしい。確かにあの子は発想が独特だが。

 大方、団員に団員名(こぉどねぇむ)をつけて欲しいとへこすかに頼まれ、正直めんどくさいから適当に考えて片付けたクマリの姿が目に浮かぶ。

 子供だけで構成された団員、案外みんな面白がっているようだが。

 親に貰った名前を大事にしていないわけではなさそう。子供っていうのは違う名前を使って遊ぶのも案外好きなんだろうか。


(ま、クマリが元気にやってるならいいや。

 修行って、やっぱあの時捕まっちゃったの気にしてるのかな)

『お前はクマリ以外のことはどうでもいいのかね』

(どうでもいいとは言いませんが、こんな変すぎる子供の遊びも扱いに困ると言いますか何と言いますか)


 へこすかが色々と自警団の心得だの発足時の精神だの喋ってくれるが、まあ真剣にそんなこと考えてるのは彼だけだろうと、アンズも頷きながら聞き流し気味。

 脳裏ではテンジン様とお喋りである。興味ないもん。

 あの時、悪漢に人質に取られてしまって、アンズの命をも危ぶめてしまったのを気にするクマリが、もうあんなこと無いように修行しているのは心温まる。

 努力の方向性が正しいのかどうかは怪しいが、嫌な未来を避けるために一生懸命な毎日を過ごせるのは前向きで良い精神性だ。

 悪人に狙われても抗う力はついぞ培えなかったとしても、逃げ足が速くなって危機回避能力が少しでも高くなるならそれも良しである。


「クマリは、どんな修行してるの?」

「走り込みは毎日してますし、村の男の子相手と組手したりもしてますよ。

 あそこで小さい子相手と取っ組み合いしてる"めけもこ"辺りが、積極的にクマリ隊長の組手相手をやってます」

「積極的に? ただのすけべじゃん」

「でもクマリさん強いんですよ。

 毎回めけもこに触らせる隙すら与えず、投げてどついて撃退しますからね」

「あ~、まあクマリはそうだったなぁ」


 めけもこと呼ばれた男の子、ちょっとぽっちゃりしていて大柄だ。

 あれと組手と称した模擬の喧嘩をして、女の子のクマリが触らせもせず負け知らずという話に、いちいちアンズは驚きもしない。

 元気いっぱい、年上相手にも負けない体力と健脚を持つクマリだが、あの華奢で小さな身体にして、意外過ぎるほど力が強いのだ。

 幼い頃から親を喪い、一人で畑仕事も一生懸命してきただけあり、同い年か少し年上をも凌駕する膂力と瞬発力の持ち主なのである。

 その経歴、同じぐらいの年頃だった時のアンズとそっくりなのだが。そんなところまでアンズに似なくてよかろうに。

 今や荒事慣れしてしまい、大人相手にも本気の喧嘩で悠々圧勝可能なアンズ程ではないにせよ、同い年では敵無しというところなのだろう。


「あんな身体の大きい子でも無理ならあなたがクマリの相手してあげればいいじゃん。

 すけべ目当てであの子の身体触るなら私がぶっ飛ばすけど」


「いやいや、まさかそんな畏れ多い!

 俺なんかじゃ歯が立ちませんし、相手をするのも恐縮ですよ!」

「好きな女の子に触りに行って嫌われるのが嫌なだけでしょ」

「うるさいなぁ!

 俺はそんな下心でクマリ隊長のこと見てねえってば!」


 顔を真っ赤にして、突っ込み飽きた顔のはみみんに言い返すへこすかの態度、何もかもが図星でアンズも白眼視である。

 こんな変な虫がクマリに付いたら嫌だなぁ、という目。アンズもアンズでクマリにはちょっと過保護気味。


(まあでも、平和でいいですよね。

 子供達がこんな風に、良い意味で下らない遊びに夢中になれるのは)

『ふふ、どうかな?

 案外こういう(わらべ)らが、数年後には大成して思わぬ大物になっているかもしれんぞ?』

(そうなり得る素地があるのも、余裕ある泰平の時代ゆえですよ。

 戦乱の時代なんかより、やっぱりこういう平穏な時代の方が、みんな心豊かに過ごせますからね)


 へこすかも、はみみんにいちいち突っ込まれて嫌になったのか、彼女と口喧嘩めいたものを始めるが、ごく真っ当な正論を返されて劣勢気味。

 他の子供達も、今はここにいない隊長や、副隊長がご勝手なされているのを見受け、好きに遊び始めている。

 眺めるだけのアンズだが、やっぱりこうした光景は心洗われる。

 子供は無垢だが同時に無力。危機が訪れた時、それを自らの力ではねのけて、生き延びていく力には欠ける存在だ。

 そんな子供達が怖いものを意識一つせず、その純真な心のまま奔放に遊べる姿がいかに貴いか、凶刃や妖魔と対峙した経験に富むアンズはよく知っている。


『平和な時代が進むと武力は衰える。俗に言う平和呆けというやつだな。

 しかし、そんな時代においてもままごとでありながら、荒事を意識して知恵と身体を絞る若い志があるというのは、やはり頼もしいものがある』

(今の自分達に何が出来るか、それを自分の足取りに合わせてじっくり考えられるのも、穏やかな時代に許された特権だと思いますよ。

 明日にも戦が起こるかわからない情勢であれば、明日どうするかだけで手いっぱいの頭いっぱいになっちゃいますしね)

『そうだな。

 良き知恵というものは、切羽詰まった状況の中よりも、落ち着いた時に綴られるものだ。

 死地の中で生み出された逆転の成功策というものは、結果とその燦然さから語り継がれがちでもあるが、その裏にはいくつもの語られぬ無念がある。

 冷静に考えれば愚策であることをも、追い詰められた中でそれしか選び取れず、その失敗を語り継ぐべき当事者が世に遺っておらぬなど枚挙に暇が無い』

(多くの文化が平穏なる暮らしの中でこそ生まれて洗練されてきたというのは、まさしく歴史も物語ってくれてることですもんね。

 これはテンジン様の受け売りでもありますが)


『ふふ、私はよくお前にそんな話をしてきたな。

 詩は下らんよ。蹴鞠も下らん。小説も随筆も下らんものさ。

 私はどれも、好きだがね』

(ねー。

 詩なんて貴人様が自己満足で綴られた、しょうもない日記ですもんね。

 蹴鞠なんて球蹴ってるだけで何にも生み出しません。

 小説も随筆も空想と自己主張の塊でしかありません。

 私も全部、好きですけど)

『そうした"下らないもの"に、集った者達が一定の決まり事を設けたり、より良きものを生み出せる手法を編み出し、後進の者達が洗練していく。

 そうしてかつては下らなかったものが長い歳月をかけ、"文化"と呼ばれ尊ばれるものに昇華されていくのだからな。

 私には見えるぞ? 京の皆々様がお綴りになった、たいした内容でもないしょうもない文章の数々が、千年後には文学の黎明として古典と呼ばれる未来がな』

(え~、まっさかぁ~。

 誰でも経験したことあるような内容を、たまたま字が書けて暇な大人がつらつら書いただけのものばかりじゃないですか。

 共感を得ることもあるし面白いとは思いますが、千年後にも愛されるようなものとは私には思えないなぁ)

『その共感が重要なんだよ。

 海を越えた隣国の、千年以上前の学者が記した哲学書に書かれた人間模様ですら、今なお私の目を以ってもなかなか良い内容だと思う。

 人の本質は何千年経ってもそうは変わらんさ。

 ありふれたことも達筆に記せば、人類史の教訓や理念として伝わっていくものだ。

 まさしく、共感を以ってだ』

(う~ん、若輩者の私には実感の沸かないお言葉ではありますが)


『蹴鞠は楽しいだろう?

 地面に落とさず何度足で触れられるか、それを数えるだけの遊びだ。

 たったそれだけの決まり事を定めただけで、個人で楽しむことも、他人と競うことも出来る遊びとなる。

 あんなに本来、何一つ生み出さぬ下らない行為がな』

(私この巫女服のせいで蹴鞠を人前で出来なくてつまんないんですよ?

 脚を上げ過ぎただけで、見せちゃいけないとこ見えちゃいますからね)

『それはすまん。確かにそれは申し訳なく感じるよ。

 だが、巫女服の改善はまだ予定に無い』

(はいはい、存じてますよ)


 自分に話しかけてくる子供がいなくなっても、アンズには声を出さずに話せる父がすぐそばにいる。

 だけど、平穏な光景を前にして一柱と一人が語らうのは、決まってこうした平穏な世だからこそ思えてならぬ内容に自ずと偏る。

 治水も豊穣策も、飢饉の真っ只中では編み出す余裕も無い。明日以降どう食い繋ぐかに全身全霊を費やすしかないのだから。

 戦乱の中でしか迫真に閃けぬ兵法は確かにある。余裕無き中で洗練と改良する余地無く断行されたそれが、実を結ぶか否かは極めて危険な博打でもある。

 歴史上に実在する成功と失敗を加味し、議論と改善を繰り返して生み出した洗練策の方が、命という掛け替え無いものを守るには確実に信頼性が高い。


 追い詰められた中で生み出された成功例を美化するより、いずれ訪れるやもしれぬ危機に備え、時間をかけて研ぎ澄まされたものの価値を見失ってはならない。

 そしてそれが生み出されるのに最も必要な素地とは、切羽詰まらず誰もが冷静にものごとを考えられる、余裕ある泰平の世であるとテンジンは説く。

 アンズも決して、主神の言うことだからと妄信するのではなく、自身の経験からもそれに強く共感する。

 彼女自身が幾度も、策もあらかじめ用意できなかった突然の窮地に追い込まれながら、閃きと咄嗟の判断で生き延びてきた他ならぬ成功者の一人であって、尚。

 そうした己の紡ぎ出した奇跡めいたものは、所詮は経験と、授けられた知恵、すなわち過去がもたらしてくれたものが編んだものに過ぎぬと自覚があるからだ。

 命からがら生還し、血を流しながら震えた夜を経て、次はもうあんな目に遭いたくないと知恵を絞った日中の日々。

 奇跡を起こしてきたと賞賛される者ほど、普段からよく知恵を絞っているものであり、そうでなければ生き抜いてこられなかったアンズだからこそ実感も強い。


(乱れた世というものもまた、いつか必ず訪れるんでしょうね。

 その日に備えられるのまた、こうした静かで穏やかな時。

 未熟とされながらも村を守ろうと、クマリのような目に遭う子が二度と無いよう、あれやこれやと尽力するあの子達が、まさにその生き証人だと思うんですよ)

『だから、子供達には無限の可能性がある。

 大人は多忙を言い訳に、已む無く考えられるべき時間も捨てざるを得ない局面が増えてしまうのだからな』


 人類史の繁栄は、災い無きこの世にこそその礎を根差す。

 子供達が無邪気に遊ぶ光景は、只それだけで心温まる。その一方で、こんな光景も見られぬような時代もかつて多々あった。

 だからこそ貴く、今あるこの平穏の中にあって尚、悪しき過去を忘却せず、明るい未来を目指す子供達の尊さは、アンズの目には倍以上美しく映る。

 こんな童が案外数年後には――とはテンジンの語る思い付きに過ぎぬが、そんな未来が実在する可能性もまた充分に感じられるのだ。

 明日の命も保証されていないのが本質の世にあって、希望ある未来を想像できることそのものが、どれほど幸福であるかなど語るべくもないことである。


(巫女を志した幼い頃の自分を、私はけっこう褒めてあげたいなって思います。

 こうした日々のために尽力する今があるのは、あの可愛げのない昔の私が今の私にもたらしてくれた、頭の上がらない恩に他ならないですからね)

『心から神職者であることを誇らしく思ってくれているお前のことが、私にとっては何よりも誇らしく、頼もしいな。

 我が子が私の内心で望んでいた道を、強いもしていないのに進み、今なお胸を張って歩んでくれていることは、親として何よりも幸福だと感じてならないよ』


(でも、巫女服の改善は考えておいて下さいね。

 今でもこれだけは許容できてるわけではありませんから)

『はっはっは、考えておこう』

(それ絶対一考もしてないやつでしょ)


 不満はあるけれど心からの反抗とは少しかけ離れている。

 私が巫女という生き方を選ぶことが出来た、最大の根拠であり、あなたのそばに生まれられたことが生涯最高の幸せだと感じるアンズも。

 見返りも求めず、可愛さだけで育ててきた愛娘が、人々の幸福と世の泰平を心から願い、粉骨砕身をも厭わぬ巫女に至ってくれたテンジンも。

 時々皮肉や冗談口も交えながら、つくづく互いが家族であることを嬉しく思うことを、少々照れ臭く思いながら穏やかに語らうばかりである。


 それさえも、間違いなく、今が平穏だからこそ。

 他愛も無い話を重ねる神様と巫女は、それを通じて今なお改めて痛感する。

 幸せとは、いつだって、後から気付くものである。

 思い返すまでもなく、今まさにそれを実感できる幸福とは、その何倍も貴い。

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