登場人物・世界観紹介:第壱章
第壱章に登場した登場人物や、舞台設定の紹介です。
【主要登場人物】
<アンズ>
【年齢】17歳
【姓名】花咲杏
【出身】山波国の山波村
【好きなもの】梅おにぎり
【苦手なもの】イナリ姫
【長所】限られた食材で料理上手
【短所】神様について語り出すと恐ろしく長話
【特技】独楽を回せば山波村一
【秘密】かなり涙もろい
【大事なもの】ナルミが作ってくれた兎の人形
【弱点】腋が敏感で自分で触れるのすら苦手
【好きな異性の傾向】ぐいぐい来てくれる人
【雑記】神職者として非常に身持ちは固いが、そのせいで些細なことでも性について意識することが多くもあり、恐らく同世代の中ではむっつりな方。
【解説】
山波神社の巫女。両親が既に世を去っているため、当代においては山波神社唯一の神職者である。
主神テンジン様の神力を借り、顕現させた雷神太鼓と撥、それによって生み出される雷の力で妖と戦うことが出来る。明るく笑顔が可愛らしい巫女と評判ながら、数多くの修羅場を潜ってきたこともあって、その実かなり気が強い。誰にでも愛想は良く、ちょっとぐらいセクハラじみた発言を向けても笑って許してくれるが、一線を越えてお触りでもしようものなら間違いなく鼻っ柱に手加減無しの鉄拳が飛んでくる。妖魔のみならず野武士や山賊相手の迎撃戦も経験が多く神様の力に頼らずともその身体能力と身のこなし、何よりその細身からは信じられない膂力により、そんじょそこらの庶民では絶対に敵わないほど喧嘩も強い。
基本的には誰に対しても優しく、気配りが出来、対立する相手の事情までも考慮するなど人情に溢れている。しかしそんな彼女をしてもなお、話し合う余地も無き完全な敵と見做した相手には、一転して徹底的に容赦が無くなる。ぶっち切れた時の暴れぶりは本当に凄まじいので、山波村においてはアンズを本気で怒らせるようなことを絶対にしてはいけないというのは、最近の常識のようなものである。
<テンジン>
【年齢】不明
【真名】天満雷真道天神
【出身】山波国
【好きなもの】勤勉な者。若ければ尚良い。
【苦手なもの】うるさい者。子供は少し苦手。
【長所】深い知識と経験則
【短所】からかう時に相手の弱いところを突き過ぎる
【特技】太鼓打ちの腕はアンズを遥かに凌駕する
【秘密】アンズが危ない目に遭うたびはらはらする
【大事なもの】愛娘のアンズ
【弱点】今は手足が短すぎて不便
【好きな異性の傾向】教養のある人
【雑記】アンズの胸の上で寝転がるのが好き。単に形が好みな寝場所というだけで決して下心は無いのだが、当然アンズは徹底的に御免こうむっている。
【解説】
アンズが奉る山波神社の神様。現在のところは、雷を司る神様とのみ伝えられる。
神様として奉られるようになってからの歴史は、遥か古来からも敬われる神々も多い中にあっては比較的新しい方であるとされる。神格を得た黎明期には大いなる力を行使し、人に仇名す妖魔を討つなど、山波国の外からも広く敬われた。しかし昨今は、神々の力に頼ることなく妖魔を退ける陰陽術などの使い手が増え、そんな世相となってから長い時を経て、テンジン様への信仰が薄れている。神様は自らへの信仰の数と篤さに、その神力はおろか存在力までもが依存するため、今は全盛期とは程遠くささやかな神力しか行使できない。それでもアンズがあれだけ活躍できる姿からは、全盛期の足元にも及ばぬ力で尚それほどということで、最盛期の力の大きさを推して知ることも出来る。
神様にしては偉ぶらず、唯一語り合える間柄のアンズとも砕けた会話を繰り返す。自らに仕える巫女アンズに対してもさほどは服従を求めることもないほどで、人類からすると親しみやすい神様と言え、アンズからも信心を抜きにした感情で慕われている。それでもアンズが一番渋い顔をする、あの露出の多い巫女服だけは覆さないのだが。
<コナツ>
【年齢】17歳
【姓名】夏彦
【出身】大奈国の和良村
【好きなもの】酒粕を用いた漬物
【苦手なもの】話のわからない奴
【長所】身体能力は異常の域
【短所】本当はかなり気が短く喧嘩っ早い
【特技】笛での独奏
【秘密】自分よりも背が高い女性が好み
【大事なもの】弟と妹
【弱点】女性経験にかなり乏しいため初心
【好きな異性の傾向】己の芯がしっかりした人
【雑記】張り詰めた日常に内心気疲れしているせいか、一度頼れると信じた人には意外なほど素直に従う。自覚は無いが、リードしてくれる女性は好きなはず。
【解説】
山波国の隣国にあたる、大奈国生まれの根無し草。故郷を離れ、人里に泊まることも少なく、山林のような過酷な地での野宿が殆ど。
基本的には心根優しい若者で、わざわざ口数は多い方ではないが愛想も良く、農民の生まれにしては敬語も使えて、社会性のある好漢と定評を受ける。かなり気が強く、とげのある言葉を発することもあるが、相手の話を聞いて態度を改めるのも必要に応じては早いので、人間関係で下手を打つことも殆どない。妖魔に対して、それも鬼に対しては相当に深い憎しみを抱いているようで、討つべきそれと対峙した時に豹変する眼差しは極めて危うい。常に命の危険と隣り合わせの世界で寝泊まりし、機があれば積極的に山賊の群れすら狩り京に突き出したりてきた実績からも、常日頃から憎き妖魔を討てるだけの力を求め、培い続けていることが窺える。人類を凌駕する鬼ですら彼の拳の一撃を受けて驚愕するほどの怪力で、過言無くその若さで人間離れした身体能力は、歴戦の武士ですら一目置くか敵わぬとお手を上げるほどである。
コナツというのは、昔から背がなかなか伸びない彼につけられた、かつては本人もちょっと嫌だった渾名である。今となっては自分の個性と認め、自己紹介でも親しみを込めてそう呼んでくれていいとアンズにそれを名乗った辺りには、懐の深さが表れているようにも感じられる。
<クマリ>
【年齢】10歳
【姓名】分
【出身】山波国の桑原村
【好きなもの】アンズ
【苦手なもの】酸っぱいもの
【長所】体力。本当に無尽蔵。
【短所】女の子として羞恥心が薄すぎるとされる
【特技】木登り
【秘密】口にしないだけで孤独はつらい
【大事なもの】飼っている兎
【弱点】アンズに死なれでもしたら本当にやばい
【好きな異性の傾向】ずっとそばにいてくれる人
【雑記】子供らしく突拍子もないことを言うこともあるが、既に算術を身に付けているなど基本的に地頭は良い。たぶんお馬鹿さんと紙一重の天才型。
【解説】
山波村から山を越えた隣村、桑原村に住まう女の子。時代を先取りし過ぎのツインテール。
天真爛漫、明るく元気でいつでも笑顔、そして底知れぬ体力という、妖魔と戦い慣れ体力も豊富なアンズをも振り回すおてんば娘である。敵を作らない無邪気さが一番の魅力であり相まって、桑原村でも山波村でも誰からも愛される少女。
一緒にいるだけで隣人を笑顔にする少女として名高いが、その一方で既に両親に先立たれ、今も桑原村では独り暮らし、自分の家に残された畑の世話すら誰にも頼らず(自発的に手伝ってくれる人はいるが)、この幼さで自炊すらし、毎日一人の夜を寂しく過ごしており、その背景はかなり重く暗い。このご時世において孤児はまったく珍しくもないが、親を亡くした経緯もアンズは身近に知っているせいなのか、クマリに対してはのみかなり特別に、親身に接している。クマリもそんな、ずっと優しくしてくれるアンズに強い感謝を伴う親愛感情を向けており、二人の繋がりは本当の姉妹のように強い。彼女の個性を語るこの解説文にすらアンズの名が多用されるほどには、今の孤独なクマリが生きていくにあたり、アンズの存在を欠かして語ることは出来ないということである。
<ナルミ>
【年齢】39歳
【姓名】玉依鳴御
【出身】山波国の山波京
【好きなもの】山菜料理
【苦手なもの】火
【長所】高い政治力
【短所】片付けられない人で書斎が超散らかっている
【特技】創作編み物
【秘密】けっこう嫉妬深い
【大事なもの】アンズ
【弱点】実は男性のことがあまり好きではない
【好きな異性の傾向】なし。生涯独身を貫く心積もり。
【雑記】攻撃力高め。アンズを躾けてきた拳骨もデコピンも相当な痛打。農作業もしていない貴人の身でその筋力はどこで培われたのやら。
【解説】
山波京の皇族に名を連ねる貴人。現在は山波村の村長と呼べる立ち位置にある。
京にあった頃から他の皇族を差し置いて、傑物と称された人物でありながら、かつて自ら山波国で京に次ぐ大きな村である山波村に居を移す決断をし、今日まで至っている。政争激しい京の皇族間でも、敵に回すより味方につけた方が間違いなく賢明とされた人物であり、京の民からも強く敬われていたことからも、人の上に立つ人物として卓抜したカリスマの持ち主である。広く敬われてやまぬ彼女だが、その一方で山波村に移ってからはなお顕著に、私生活はのんべんだらり。家人の前では村長ないし元皇族としての顔はどこへやら、足を投げ出して座ることも、だらしなく寝そべることも厭わない。尊敬され続けなくてはならない、人々をがっかりさせてはならない立場ゆえ、ずっと背筋を伸ばした姿を演じるのも疲れるということなのであろうか。
親を喪ったアンズを引き取り、母親代わりに育ててきたが、家族同然のアンズの前でのみ見せる彼女の素顔は、茶目っ気と遊び心豊かな、未だ二十代にすら見える美貌とはまったく別の意味でも、四十路前とは思えぬほど無邪気である。ただし躾はかなり厳しかったようで、アンズもナルミには未だ頭が上がらないようだ。愛娘同然に愛するアンズに対しては、巫女たる彼女への仕事の依頼の斡旋もしており、家族としても村の要人としてもアンズとの繋がりは強固である。
<イナリ姫>
【年齢】15歳
【姓名】水原稲荷
【出身】倉鎌国の将軍家
【好きなもの】油揚げ
【苦手なもの】色んな意味でアンズ
【長所】算術に明るく既に経済政治に関われる
【短所】癇癪を起こすと誰も手が付けられない
【特技】詠んだ詩には歌人も舌を巻く
【秘密】可愛いものが大好き
【大事なもの】ナルミに貰った年賀状
【弱点】虫が苦手で悲鳴すら上げる
【好きな異性の傾向】今の旦那様に勝る者なし
【雑記】かっこいい男性より可愛い女の子の方が好き。アンズについても本音では可愛いとは思っている。しがらみさえ無ければ確実に愛でているのだが。
【解説】
山波京の帝の御長男、次期帝たる皇に嫁いだ姫君。帝と双璧を為す和の大国の最高権力者、大将軍の親族である。
京と将軍家は数十年前に主権を争い合戦を起こした間柄であるが、時も経ち、両陣営の関係の融和を図る意味も込め、政略結婚とも言える形で旧敵である京に嫁いだ。しかし実際のところは、イナリ姫の方が皇様に一目惚れし、それならば政略結婚も兼ねられるということで将軍家がはたらきかけてみたところ、皇殿もイナリ姫を快く受け入れたため、実質のところは貴人同士の円満恋愛結婚であった。彼女自身も愛する旦那様のおわす京、そして山波国を決して悪くはしないよう精力的に励んでおり、勉学にもいっそう励んだ結果、この若さにして皇族の一員として政治に関わり始めているほど。京と将軍家の間には燻った因縁めいたものが未だに残る中、彼女はそんなものどこ吹く風で山波国に尽くしてくれる姫君であり、天下泰平の少なからぬ立役者として貴ばれる姫君と言えよう。
この歳で未だ幼女のような身体の育たなさとは無関係ではあると思われるが、ちょっと気が短いところがあり、怒らせてしまうと癇癪を起こすので、仕える側も常々慎重にならざるを得ない人物なのは確かである。しかし、そうでない時は地位の低い者にも横柄な態度を見せず、困っているなら自分から声をかけて話を聞きたがる器量をも併せ持ち、怒らせると怖いがそれ以上に優しい姫君だと、総じたところでは人望に厚い。そんなイナリ姫ではあるが、過去にアンズとは何やら確執めいたものがあるらしく、対アンズにおいてのみは常に癇癪を起こしたも同然で苛烈に当たり、いつもアンズを戦々恐々とさせている。
【その他の登場人物】
ざっくりと書いてます。
それぞれ詳しい人物紹介はまた機会があれば。
<玉依四人衆>
京に居た頃からナルミに仕えていた忠臣。以下4名。
<ナベツナ>
源辺綱。53歳。
山波村の長であるナルミの腹心で、いわば参謀役。アンズにはナベ爺と呼ばれる。
ナルミよりも年上なだけあり、この村でナルミに箴言が出来るのはこの人物ぐらいのもので、ナルミからも頼れる相談役として信頼されている。
<トキガネ>
阪田時金。36歳。
アンズにとっては兄のような人物でトキ兄と呼ばれる。
がっしりとした体格で力持ち、見た目にもわかりやすい勇猛な武将。
<ミツサダ>
臼井光貞。42歳。
山波京に仕える武士であり、歴戦の武将ひしめく京においてすら随一の武者とされる。
若者への剣術指南役、京の守衛、有事の際における指揮官格と、多数の貴ばれるべき立場を兼任するほど京からの信頼も厚い。
<タケスエ>
浦部武季。49歳。
山波村警邏組の長。アンズにはタケおじさんと呼ばれる。
寡黙で強面ゆえに誤解されがちだが、心根は弱きを助け悪を挫く、武士の鑑のような人物。
<コガラシ>
<ユキタダ>
コガラシは37歳。武士としては脂の乗った年齢。
ユキタダは22歳。この若さでその地位は相当に優秀で将来有望な証。
京に仕える武士のコガラシと、同じく京に仕える陰陽師のユキタダ。いずれも高い能力を持ち、指揮能力も高く、京においても高く評価される人物である。
イナリ姫という貴人の護送という責任重大な任務で、武士と陰陽師の指揮役に指名されたというだけでも、人を見る目のあるイナリ姫からも強く信頼されているのが窺える。
<カムロ>
山波村の隣国である、商売人の集う地と呼ばれる摂泉国の大商人。43歳。
ぽってりお腹で自慢のハゲ頭、愛嬌のある笑顔で、おっさんなのになんだか可愛い人。商人という身分でありながら、人に幸せを売るのではなく、人の幸せを買ってでも見たいと言って憚らぬ人の良さでよく知られる。山波村にもよく商売に訪れ、面識を持つアンズも彼のことはそれなりに敬い慕っている。
<クラマ>
流れ者の修験者。年齢不詳。見た目は二十代ぐらい。
山波村に立ち寄った際には必ず山波神社を参拝してくれる人物で、当然アンズも彼のことはかなり慕っている。修験者らしい見た目の割には話し方も柔らかく、アンズ目線ではたまに会える近所のお兄さん感覚で接せる大人である。テンジン様のことが見えているような目の動きであったり、先を見通したような発言が悉く予言のように的中したりと、なんだかミステリアスな人。
<キドウマル>
山波国に突如現れ、イナリ姫を襲撃した黒鬼。
鬼という妖魔は人類を超越した膂力が何よりも脅威で、何も考えずに暴れるだけで、人を殺め、家屋も叩き潰せる恐ろしい存在であり、キドウマルもその例外ではない。しかし、黒鬼というのは実を言うと、"色"を持つ鬼の中では最下級の格であり、これを退けられたからといって、鬼はもう怖くないと考えるのは大きな間違い。アンズとコナツは己の力量と比較して正しく侮っていたが、二人とも、真に恐ろしい鬼とはこんなものではないこともご承知である。
<ミノヤマ>
キドウマルをなだめすかしながら操っていた、鬼によるイナリ姫強襲事件の黒幕とも言える存在。
全身黒装束の姿しか晒していないため、妖魔であるのか人であるのかも現時点では定かでない。何やら妖術めいたものも使っていたが、人類とて陰陽術なるものを扱える前例はあるため、それが彼が妖魔である根拠にはならないのだ。
状況的にそうであるのが明白なので改めて表記するが、山林にアンズをおびき出して包囲戦を仕掛けた、カムロを名乗る者はこのミノヤマである。ただし、ミノヤマとカムロが同一人物であるかどうかはまだ確定的ではない。少なくとも、アンズはそうだとは信じたくないようである。
【舞台設定】
<山波神社>
アンズが生まれた神社。テンジン様、天満雷真道天神を奉る。
天神信仰の"総本山"は別の所にあるので、厳密な意味では分社である。しかしその総本山は、普通の人には参拝に訪れるのも苦労する場所にある。山波神社は民草が気軽に参拝に足を運べるように造られた最初の分社であり、一般的な感覚ではここが天神信仰の最たる中心地と考えて差し支えない。
色々あってテンジン様への信仰が薄れきってしまった昨今、参拝者も少なく閑散とした毎日ながら、アンズは毎朝きちんと境内を掃除している。彼女の活躍もあり近頃はちらほらと参拝者も来てくれるようになっているので、廃れた神社と評されながらもまだ諦めるには早い。
<山波村>
山波国の最大の村。和大国全土を見渡しても、最も栄える村の一つと言い切れる。
山波国には山波京という帝おわす都が存在するため、国一番の人里と称されることはあり得ない。京は都であり村ではないので、国一番の村という表現は適切。国内の流通の中心地であり、商売人の集う隣国にも負けず劣らず商売も盛んであるため、政治的な意味ではない俗な感覚で言えば、山波国の盛衰を左右する国一番の村と言っても遜色は無いだろう。統治力に秀でるナルミが治めている昨今は特に賑わいを増し、その存在感は紛れもなく山波国でも随一である。
栄えるにつれ開拓が進んで領地が大きくなり、黎明期には村の真ん中にあった山波神社も、今はやや隅の位置に追いやられているのが現状でもある。信仰の篤い時代であれば、神社が常に村の真ん中にあるよう領土が広げられるものなのだが、そうではない実情もまたアンズに厳しい現実を突きつけている。
<稲荷御像>
イナリ姫を模した石像で、山波村の広場の真ん中に置かれている。
よく目立つので、待ち合わせ場所に使われることが多く、京の皇族様の像ということで本来ならもう少し畏れられて然るべきものでありながら、村人達には親しまれ愛される置物として定着している。みだりに触れたり乱暴な扱いをすれば不敬にあたるのだが、置かれている場所が場所で子供でも触れるため、気安い関わり方もある程度は甘受されているようだ。とはいえ立小便でもかけようものなら獄門まっしぐらなので、酔っ払いは近付いてはいけません。
像そのものは五年前の、十歳であった頃のイナリ姫の姿を模したものであるのだが、イナリ姫は当時から既に自分の背が伸びないことをひどく気にしており、そんな彼女を慮って、当時の時点でちょっと背丈が盛られている。が、それ以降も背が伸びなかったイナリ姫は、仮に今この像に並んでも背丈で負けてしまうという哀しい背景もあったりする。一方で、イナリ姫ご本人の御姿など、山波村の村人がお目にかかることなどまず無いので、彼女が気にしている本当の背丈が大衆に知られることもないだろう。そういう意味では像の背丈を盛ったのも、存外よく気の利いた配慮である。
<筆場>
山波村にある施設。全国を見渡せば似たような施設もあるかもしれないが、少なくともこの時代にこれと同じ名高いものは無い。
表向きには六日に一度、アンズお姉ちゃんと遊びたい子供達を集める施設とされているが、創設の理念にあるのは庶民に読み書きと計算を教えることである。遊びの中で、文字や数字を意識できることをアンズが積極的に織り交ぜていき、子供達に読み書きと算術を覚えさせていく目的があるのだ。畑仕事のやり方など、生きていくための知識や知恵は誰しもか自ずと学んでいくものであるが、そうではない教養というものが求められるのは、京などにお住まいの貴ばれる立場の方々に限り、生きていくだけで生涯を駆け抜ける農民には意識すらされないのが実状である。
庶民の人生に選択肢があればこの世はもっと人々にとって生きやすくなるだろう、という理念をもとに、筆場の創設を最初に提唱したのはテンジンである。この偉大な発想が神様の知恵によるものであると周知されるなら、テンジン様が"学問の神様"と称され崇められる日が訪れることもあるかもしれない。
<桑原村>
山一つ隔てて山波村の隣村とされる村。どこにでもよくある山間の小さな農村である。
不作一発で村人全員が飢えて餓死と隣り合わせとなるのは、小さな村ならどこでもそうであるため、桑原村もその例に漏れず清貧が習慣付いている。特産物と呼べるほどのものも無く、どこにでもよくある個性無き小さな村という表現が似合ってしまう村には違いない。とはいえ、山波国最大の村である山波村が近いこともあり、しばしばその援助も受ける機会もあるため、貧しい村としては恵まれている方である。
アンズにとっては目にかけているクマリが住む村ということで、暇があれば寄ることも多い親しみ慣れた村。それを抜きにしても、山波村の人々にとっては隣人も同然の村であり、しばしば気にかける村には違いない。困った時はお互い様、という理念が自然と身に付いていれば、隣人は決して他人ではないのだ。
<山波京>
山波国最大の都。帝と皇族のお住まいの地ということで、全国的にもその権威は衰えていない。
四百年近く、和大国全土の政治の主権を掌握する帝のお膝元として栄えたが、数十年前の壇ヶ浦の戦いなどを含む、現在の幕府の大将軍である水原家との戦いに敗れ、現在は帝のおわす都という名高さのみが残る。とはいえ未だ大将軍様とて、京と帝の意向を無視して和大国の政治を執り行うことは遠慮気味であり、未だその存在感そのものは霞むことはない。和大国では、東の幕府と西の京という認識が未だ全国的に根付いて忘れられておらず、政治的闘争に敗れた今なお山波京の名が墜ちることは決して無いようだ。
御貴族様が詩を詠むなどして優雅にお過ごしの地であるという事実と、庶民にも浸透したそのイメージは未だ廃れておらず、西国の都ということで京への移住を夢見る庶民は絶えない。お金はかかっているが雅で華やかな無二の都というのは確かであり、歴史的な背景を抜きにしても京そのものが庶民の羨望の的として捉えられる実態は未だ変わりない。
<山波国>
<大奈国>
<摂泉国>
<近滋国>
本作の主な舞台となる四つの国。
山波国といえば、山波京と山波神社。
大奈国といえば、大奈大仏と旧大奈京。
摂泉国といえば、商人の町。本作では省くが訛りも特徴的。
近滋国といえば、和大国最大の湖である近淡湖。
それぞれの国の象徴的なものを適当に挙げてみたが、人によってはそれだけで、どんな形をした国土なのかもぴんとくるかもしれない。
<山近街道>
山波国と近滋国を繋ぐ国道のうち、山波国領内をこう呼ぶ。近滋国領内に入ると近山街道と名を変える。理屈はわかりやすいはず。
<和大国>
上記の四つの国、そこからさらに東西に南北に広がる、遠き東の幕府ありし倉鎌国をも含めた大陸全土、加えてそれに寄り添う大きな島二つを相称してそう呼ぶ。その大国全土の支配権を持つのが大将軍と幕府であり、数十年前は帝と京がそうであった。
海を越えたさらなる異国と比べると、万物に神様が宿ると信じる八百万の神を敬う国であり、神様に対する認識がなかなか独特な大陸国である。きっと、千年後も同じ事を言われ続けるのだろう。しかし、この自由な信仰を遠因に生み出される多くのものが、この国をこんなにも面白いものに溢れた楽園たらしめているのだと誰かさんはいつも思っているのだが如何でしょうか。
【アンズの披露した技】
<火鼓・春告>
雷の砲撃を放つ技。アンズが恐らく今後も含めて最もよく使う技。
直線的だが高威力の稲妻砲撃であり使い勝手は良い。並の妖魔が相手ならこれで一撃必殺である。相手が強くなってくると一撃で仕留められなかったり躱されたりもするので、これ一本だけで戦っていくわけにもいかないが。
<伏鼓・木棉>
アンズを乗せて空を飛ぶ雲を生み出す技。一人の時は、あまりこの技の名前を口にしない。何故なら技の名前を口にするのは、勝ちたい勝負で気合を入れて大きな声を発する意図か、神様の力を行使しているのをそばにいる人に主張するためでしかないからである。詠唱は別に必須ではない。
雷神の力で生み出す雲なので、雷雲よろしく黒い。雲に体を沈めると周囲の目からは隠せる。だらしない座り方をしたとしても下半身を見られず安心。そうでもなければ空を飛んでいる時に下から覗かれた時に最悪なので、意外と重要な話である。
<火鼓・八重咲>
撥を交差させた所から、激しい稲光と熱と火花を発生させる技。
至近距離の相手に逃げ場なく強烈な雷撃を浴びせることが出来るため、接近戦において高い効果を持つ。離れた場所には火花を飛ばす程度にしかならないが、妖魔が相手なら神力の込められた雷撃は多少の火花でもそれなりの威力を持つため、敵の接近を嫌がらせるだけの効果は期待できる。雷撃や火花は炸裂点のそばのアンズの身体も焼くため、雷撃で痺れもするし火花で痛みもする。しかし神様の力の使い手ということで、アンズ自身には加護があるようで、火傷ができたり服が焦げたり焼けたりすることはない。
<火鼓・八種火>
現状においてアンズの技で一番の威力を持つ技。アンズの切り札でもある。
天を劈き落ちてくる特大の稲妻を、我が身を貫く形で導いて、下方の対象を撃ち抜く大技。真っすぐに放つ稲妻砲撃よりも更に高い威力を持つため、生存力の高い強き妖魔ですら、この技を直撃させられれば概ね仕留められる威力を持つ。神力で生み出した稲妻なので、晴れた日でも問題なく使える。
天の力を介することで極限まで威力を高めた稲妻は、その絶大な力ゆえに制御すら容易ではなく、狙った場所にしっかり落とすのが難しいらしい。ゆえに自らへ一度導くことで稲妻を落とす場所を調整し、真下の相手にしっかり狙って当てるという過程を必要とする。あまりに高威力であるため、神力による加護によって守られているはずのアンズの身すらそれなりに強烈に焼いてくる自爆技であり、この技を行使する以上は我が身を守るための神力も余計にかかる。ただでさえ神力の消費が激しい大技にして、自衛のための神力も消費するため、そうした意味でも切り札とされる技である。
<火鼓・松葉>
我が身に稲妻の力を流し、自分に触れている相手を感電させる技。
稲妻の力を外向きに制御しているため、他のあらゆる技と比較して、敵にもたらす威力に反してアンズ自身の身体も多少ぴりぴりする程度でそこまで痛くはないらしい。接触してきた相手には、自分への被害も少ない激烈なカウンターとして機能するため、効果範囲は限られるがそれなりに強力な技ではある。ただ、あくまで身体は一般的な女の子のそれでしかないアンズは、強い妖魔を筆頭とした難敵との戦いの中で、相手に触れられた時点で致命傷となることが殆ど。小さな妖魔の群れに纏わり付かれた時など、使い所を選んだ上でなら便利な局面もあるが、有効にこの技を活用できる局面は案外少なかったりする。
【登場した妖魔】
<手の目>
山波国で見られる妖魔の中では恐れられる方。
顔に目がついておらず、代わりに両の掌に眼球がついているという、人型ながらも異形の妖魔である。人の程とは思えぬ脚力と力の強さを併せ持ち、狙った人間を追いかけ、捕まえ、掴めばその手から相手の生気を吸い取ってしまう。逃れられなければそのまま生気を吸い切られてしまい、最後はミイラのような干からびた亡骸に変えられてしまう。逃げ切るのが難しい上に、武装した武士が足を切り落としてやっても這ってしつこく追ってくるしぶとさがあるため、対処の難しさも含めて脅威的な妖魔として名高い。これをあっさり始末できてしまう雷神巫女は確かに頼もしい。
<屍人>
腐敗した屍が動き出したようなおぞましい妖魔。
別に噛まれた側も屍人に変えられてしまうだとか、そういった後年に抱かれるイメージに似合った特性は無いが、知性は感じられずとも生前かと思われるような脚力や力はまだ健在。あ゛ーあ゛ー言いながら鈍い動きをしそうだという、ある意味でありふれたイメージにはそぐわないので注意。
見方によっては、殺人衝動に狂った人間とさほど変わらないので、危険ではあるが妖魔の中では人間的な脅威を持つ存在に過ぎない。しかし腐敗した爪や牙に傷つけられると、怪我そのものが致命的でなくともその傷から腐り、結果的に軽傷すら致命傷になる攻撃の持ち主でもあるため、人類のならず者とは一線を画した怖さもある。切り落とした腕も独立して人の命を奪うために這って動くなど、目の当たりにすればぞっとする動きを見せるのも確かであるため、恐怖と類似した嫌悪感はある意味で妖魔の中でも随一。完全に無力化するには、火をつけて灰にするなどするしかなく、始末に負えない妖魔である。
<鶴瓶落とし>
山波国に限らず全国で見られる妖魔だが、どうも最近は山波国に多い。テンジン様の威光が薄れていることと無関係ではないかもしれない。
己の足元で命を落とした命を樹木が吸い上げ、その牙を持つ頭部を樹上の枝から下ろし、噛みついた命から生気を吸い取って樹木の生命力に変える性質を持つ。つまり樹上から降りてきて人に噛みつく鶴瓶落としそのものが妖魔本体ではなく、それを操る妖木そのものが本体であるとも言える。獣や人に限らず、虫なども含め、その根元で何の命も息絶えていない樹木というのは珍しいぐらいなので、極論この世に存在する殆どあるいは全ての樹木は、鶴瓶落としを生み出せる素養を持つと言える。ただ、むやみに生命力を欲しがって鶴瓶落としを降ろすような樹木は、人の手によってぶった斬られてしまうことも妖木自身も承知しているため、積極的に鶴瓶落としを落とす樹木はやや稀で、人里の樹木に関しては尚のことである。鶴瓶落としを使役するのは、山林などで近き木々との栄養の取り合いで上手くいかず、枯れぬために最後の手段で生存のために鶴瓶落としに頼る、切羽詰まった樹木ぐらいのものである。寿命や負傷で山林において寿命を目前にした獣や虫が、これ幸いと鶴瓶落としの餌食となり、少ない余生を短縮されて静かに息絶える一幕は実のところ結構多いそうな。
<七歩蛇>
蛇の身体に四本の足と鱗を携えた、竜のような風貌の妖魔。ただし全長は10cm程度と小さい。
その牙に傷つけられることそのものは浅い刺し傷程度のもので脅威的で無いが、極めて強力な毒を牙に有しており、噛まれれば七歩のうちに命を落としてしまうと言われるほどの毒がそのまま名の由来になっている。一撃必殺級の毒を持つ以上、発見し難いその小ささはむしろ脅威の要素でしかなく、山林に足を踏み入れて気付かぬ間にこれに近付かれ噛みつかれようものなら、と想像しただけで恐ろしい妖魔には違いない。
竜という存在の数そのものが希少であるのと同様に、七歩蛇も決してその数が多い方ではなく、唯一の出没地である山波国においても存在数そのものは少なく、人里にも降りてくることは無いため、普通に過ごしていれば遭遇すること自体が少ない。怖さの割にそうであってくれるのは、人類にとって救いと言える。アンズを襲撃した七歩蛇はかなり頭数であったが、あれはミノヤマがアンズを討つためによく頑張って集めてきた頭数である。同じだけまた集めてこいと言われたら、ミノヤマもそれなりに面倒であろう。




