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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第六部
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告白① 始まりは夏

以下は朝霧秀一の遺体の傍らにあった、ビニール袋にあった手記。城戸遥に宛てた手紙と共に入れられていた。

自分は今年で27歳。

人生100年時代とか言われているが、どうでもいい。自分はもう充分に生きた。

その内容は多くの人と同じように、人生の楽しさや辛さをそれなりに経験してきた。待望の朝霧家の長男として、いずれは医療法人黒霧会の全てを背負って立つ跡取りとして生まれてから今年の6月に瞳と結婚して家庭を持つまでのこの過程は、世間一般から見れば「恵まれた人生」としか見えないのだろう。現にこれまで幾多の親戚や知人達からそう言われてきた。


しかし、自分は断言する。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。家族も、黒霧会の奴らも俺の存在を都合の良いように用いやがって!!


〈略〉


朝霧家に生まれた俺は、幼少期はずっと祖父(とはもう思いたくない)の秀長の隣にいた。あの人は俺の欲しい物を何でも買い与え、遊び等で俺が興味を示した物はいつでも一番にやらせてくれた。だけど、記憶にある限り秀長が同じ孫である姉さん達にも俺に対してと同様の愛情を注いでいたのをあまり見た事がなかった。いわば依怙贔屓されていたのかもしれないが、それがために姉弟喧嘩になった事もなかった。冷静に考えてみると、秀長は黒霧会の未来の跡継ぎとされた俺と現に自分のポストを継いだ息子である父さん以外の人間は…露骨に表現すればただの家畜としか見ていなかったのだろう。思い返せば妻であるお祖母様や母さんの事を常に「お前」か「おい」としか呼んでいなかったし、家政婦達に至ってはモノ同然の扱いだった。どんなに些細な事でも何かしらの失敗で彼に不利益を被らせてしまえば、長時間怒鳴るのは勿論のこと、物を投げつけて壊してしまう事も朝霧家では珍しくなかった。お祖母様のこの話が今でも忘れられない。「あれでも結婚当初と比べればだいぶお優しくなられたのよ。昔は喧嘩の度に私の髪を掴んで引きずったり、床の間の刀を振り回されてたのだから。今はちょっとの間辛抱すれば怒りを治めてくださるだけ大した事ないわ。」

このように朝霧の家庭内は秀長の恐怖支配によって成り立っていた。


今となってはありえない話だが、俺はそんな中でも秀長を祖父として、大病院と学校を束ねる一人のリーダーとして尊敬していた。8歳の夏にあの人と会って、あんな事件が起きなければ、俺自身も今頃医師となって、もしかすると秀長同様傲慢でいて、自分に都合の悪い物事には背を向ける、ある意味順風満帆な人生を送る俗人になれていたかもしれない。正しいか正しくないかは別として。


全ての始まりは、小学二年生のあの日だった。それまで俺にとって秀長への尊敬と朝霧家の人間であると言う誇りは、この頃から揺らぐ事になった。所謂「歯車が狂い始めた」のだ。もっともそれは俺が生まれる前の出来事を思えば当然な事だけど。

夏休み最初の日の夜、家で父さんからこっそり部屋に呼び出された事がそもそもの始まりだった。俺は無自覚のうちに何か悪い悪戯をしてしまったのかとビクビクしてついて行った事を今でも覚えている。そうでなければ同じ部屋に父さんと二人きりと言うのはあまりなかった。

そこで父さんは正確には忘れたが、大体こう言ったと思う―

「秀一、『秘密の友達』に会ってみないか?その子は君より年上の女の子なんだが、気の毒な事に一度も誕生日を祝ってもらった事がなくてね。兄弟や親しい友達もいないんだ。8月1日に11歳のお誕生日会をするから、是非とも我が家から誰か一人でも一緒に祝ってやって欲しい。」

その頃、下の姉は一週間の臨海学校と日程が被っていたし、上の姉も海外へのホームステイで不在の日だったから、唯一予定の空いていた俺に来て欲しい様子だった。「秘密の友達」と言う謎めいた言葉に惹かれた俺はすぐに快諾して、プレゼントとして今まで貯めていたお小遣いを崩して既に持っていた植物図鑑を新たに買ってもらった。当時の俺の愛読書だった。


そして8月最初の日、あのRホテルで城戸遥さんと俺は初対面を果たした。今でも微かに覚えている。少なくとも悪魔の影は全く感じられなかった。ポニーテールに纏められた黒い艶やかな髪、「目は口ほどに物を言う」を幼い俺にも実感させた意味深な瞳を持つ大きな目、色白の肌!俺の通っていた学校でさえそうそう見つからない程の美少女だった。ただ、あまりにも挙動不審で同席していた寺西弁護士の後ろに隠れていたため当時の印象は失礼ながら「変な人」という感の方が強かった。自分が主役なのだしもっと大いばりして良いはずなのに。だけど全てを知ってしまった今なら、なぜ遥さんがあんなに気後れしていたのかがよく分かる。


朝霧家での大事件はこの日の夜に起こった。

秀長が鬼と化したのだ。正直、大人になった今でも彼の怒号、鬼の形相、何をどうやって投げつけたかがはっきりと目に浮かんでくる。もう確かめようもないが、医療業界の権威でありながら、当時8歳の俺にはアレが一生のトラウマになるって事をお祖父様は分からなかったのだろうか?

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