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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第六部
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反響と形見

かつて捜査一課に所属していた天谷桂吾は、ホテルから救急搬送された。後藤刑事はそれに同乗して行ったため、残された園谷は半狂乱に陥った容疑者城戸遥を他の捜査員達と共に四苦八苦しながら容疑者を警察署へ連行した。


遥の自白の通り、彼女が住んでいた京都のマンションを家宅捜索したところ、リビングと浴室から被害者のDNAが検出された。浴室の排水溝の蓋を開けると、その人の眼球が見つかり、遺体に慣れているはずの若手の鑑識の一人は思わず悲鳴をあげた。


世間では他に大きな事件がなかったためか、遥が逮捕されてから日が経つ毎に各メディアがこぞってこの一連の事件を大々的に取り上げた。中には生前には全くだんまりだった朝霧秀長の人物像と遥の過去の行いがよく似ていると言わんばかりの表現を用いた見出しもあった。

「魔性の隠し()に壊された息子一家」

「故朝霧秀長とその娘城戸遥の父娘鬼畜協奏曲 徹底比較!」

「前理事長の血を最も濃く受け継いだのは城戸容疑者(30)」

そして遺棄されていた遺体が医療法人黒霧会の跡取りの妻と断定するや、報道は一層ヒートアップし、遥と若夫婦の関係について世間の目が注がれた事に便乗する形で無責任なライターやコメンテーターの槍玉に挙がった。

「この女は生まれから今までの所業に至るまで異常そのものですよ。自分以外は石ころとしか考えていない。」

「確かに黒霧医科大がやった城戸への資金横流しはいけない事なんですが、それでも隠し子の暴走を抑えるためにはやむを得なかったのかなと思いますね。正直秀臣理事長には同情するところもあるんです。K大の山垣先生もお嬢様があんな無惨な事になってしまって…いたたまれないですよ。」

「こう言ってはなんですが、あの時殺しておけばよかったのではないですかねぇ。そうすれば秀長先生の功績に傷がつく事もなかったでしょうし、孫の秀一さんもあんなに思い悩む事はなかったのですから。気にする事ありませんよ。あの田舎の看護師には金さえ弾んでやればたかだか赤ん坊の一人や二人死んでも墓まで持って行きますから。」


―逮捕から二日後。

「これからあなたは検察庁に送致されて、そこで再び取調べを受けます。あなたに黙秘権はありますが、くれぐれも嘘偽りの供述をしないように。裁判で大いに不利となりますから。もしもし、聞いてますか?」

拘置所の面会室で、遥はプラスチック製の仕切り板越し向かい合う弁護士からの呼び掛けで我に返った。

その弁護士は寺西美紗ではなく、帝人法律事務所の所属弁護士でもなく、公選の弁護士だった。

頭頂部のみが禿げあがった、縁ありの分厚い眼鏡を掛けた痩せ型の男性弁護士だった。寺西弁護士とは反対になぜこの職業に就いたのか不思議なくらい口下手で頼りない雰囲気が滲み出ているのが遥にも伝わった。

「…えぇ、聞いてますよ。もうじき私はここを出るのですね。」

聞いていた風を装って遥は答えた。実際は直前までこう考えていたのだ。

(ドラマで見たのと同じね…。板に開けられた小さな穴はやっぱり放射線状。試しに蹴倒したら私でも脱走出来るのかしら?今更行くあてなんてないけど。)

「いいですか、検察庁(あっち)では油断禁物ですよ。これだけ世間を騒がしている大事件で検察官(れんちゅう)は腕まくりして気合い入れてるそうですよ。ドラマの影響か何だか知らないけど、世間の大半は向こうを正義の味方、こっちを悪者に決めてかかってるそうですから。…もちろん私はそんなの認めませんがね。」

困り顔で弁護士は言った。最後の言葉はあくまで自らの職業を確認するための義務的なものであって、決して被告人の味方である事を意思表示したつもりはなかった。

今回の遥の弁護士はどちらかと言うとこの「世間」側の人間で、背景事情を一応調査したものの、情など起こるはずもなく遥をただの色気狂いとしか見ていなかった。

「今更そんな事気にしませんわ。生まれつきこうですから。」

弁護士は反応に困ったのか「は、はぁ。」と賛否どっちつかずの返事をした。

遥もそれで良かった。寺西(ママ)のように変に寄り添われては、程よい緊張の糸が切れてしまうのは嫌だった。しかし、遥はいつも考えていた。

天谷があの後どうなったのかを。

遥は生まれてからずっと「世間」と対立してきたし、彼女自身嫌ってもいた。「世間」とは遥にとって同調圧力の権化そのものであり、わずかでも世間様の意にそぐわない事をすればたとえ直接被害を与えていない見ず知らずの他人相手でも厳しい言葉で罵る怪物。世間が遥の事を「怪物」と称するのなら、彼女にとってもまた世間は顔の無い巨大な「怪物」なのだ。

だが今は、遥のこの考えは微かに変わっていた。

こちらの素性は徹底的に調べあげておきながら、こちらからは顔の全く見えない仮面を被った無責任な群衆の中に、素顔を晒して面と向かってこちらの間違いを指摘してくれる人がいるのなら、こちらの状況を理解し、なぜ間違っているのかを根気強く説いてくれるのなら、その世間からの叱責を少しだけ受けても良いと思うようになっていた。

「えぇと、ではあなたから何か聞きたい事はありますか?」

弁護士からの問いに、遥は応えた。

「一つだけあります。」

「何でしょうか?」

「私が捕まる直前まで、話をしていた天谷桂吾さんの容態はどうなのですか?私、とっても気になっているのです。警察の方に尋ねても『分からない』とだけ言われるばかりで。先生、搬送先の病院へ問い合わせてもらえますか?お願いします。」

遥は感極まるのを隠すように、頭を下げた。

「うぉっほん!」

弁護士は(場違いな愚問!)とでも言わんばかりの咳払いをした後、口ではこう答えた。

「誠に残念ですが、親族でもない限り事件と関係のない私人の動向についてはお答え出来かねます。プライバシー保護のためなので。」

「どうしてもですか?」

「どうしてもです。もし他にないのなら…。」

「帰られるのですね。どうもお世話かけ…。」

使えない人、と思いながら遥は弁護士を見送ろうとすると、仕切り板の向こうの弁護士は手を振って拒否した。

「その前にあなたにお知らせしたい事があるんです!」

「何です?」

この時の遥は、天谷に関する事以外のニュースになど興味がなかった。母の沙織から今更どう言われようと知った事ではないし、秀一がこの世にいない以上朝霧家の事など考えたくもなかった。弁護士の次の言葉を聞くまでは。

「京都府警の方から朝霧秀一が生前あなたに宛てて書いた手紙らしき物を預かったんですよ。おそらく自殺する直前に書いた物をね。ここで手渡せないので警察の方に渡しておきました。もしあなたが読みたいと意思表示すれば警察官立ち会いのもと、開封する事になりますが読まれますか?」

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