その夜の出来事④
こう尋ねられた私はすかさず『朝霧瞳です。』と答えました。
朝霧家の家政婦だと名乗ってもよかったのですが、瞳さんの名を借りた方が二人に指示しやすいと考えたのです。もしかすると彼らと瞳さんが顔見知りの恐れがあったかもしれません。ですがどちらにせよ嘘がバレるのは時間の問題ですし秀一さんを埋葬した後は自分も後を追いかけようと決めていました。
しかし、長年のお得意様の息子の妻を名乗った所で、二人の態度は変わりませんでした。おそらく造園会社の方も長年の顔見知りではなく入りたての下っ端を使いに遣ったと見えて朝霧家の事もろくに知らない人達でした。上からすればその方が都合の悪いことがあればすぐに切り捨てられるから寄越したのでしょう。とにかく私はその人達に急かされるまま、懐中電灯を頼りに秀一さんの眠る部屋まで案内しました。部屋の外で二人を待たせて私だけ入室して寝袋を開けてみると私の気のせいかもしれませんが再び見た彼の死に顔がやや青ざめていたのを見て、私の独断で顔の部分に余った冷却パックを当てようと決意しました。なぜわざわざそんな事をしたのかと言うと死亡推定時刻を操作する意図はなく、おかしな話ですが彼が腐敗していくのが耐えられなかったのです。応急処置にあるような包帯やガーゼで包みたかったのですが、地下の部屋に布状のものはありませんでした。仕方なく地上の台所の部屋に一枚だけ掛けられていた白タオルと造園会社の者のうちの一人から一枚手拭いを頂戴してそれらを使いました。その人は初めいつまで待たせるんだと苛立っていたのですが私が後で多額の報酬を与えると条件を出したら、急に大人しくなって簡単に差し出してくれたのです。
やっとのことで作業を終え、寝袋を閉じて二人に地上へ運んでもらい庭に埋めてもらいました。場所はこちらから指定はしませんでしたが、最初は夾竹桃の下に埋めようとしました。しかし、穴を掘る途中で夾竹桃の根とぶつかってしまいました。
『この植木、全部刈り取ってくださいな。代金ならこっちから支払いますから。』
『しかし根っこはそう簡単に除けませんよ。』
彼らの言う通りでした。丈夫な夾竹桃の根が張り込んでいたので一晩ではとても取り除けそうにありませんでした。なので私から場所を変えようと提案したのです。最終的には私がかつて秀一さんのお母様に叩かれた場所、そう池のほとりに彼の亡骸を埋めてもらったのです。二人が夢中で作業している間に私はこっそりその場を離れて母屋の台所へ向かいました。そこで別邸を出ることもできましたが漠然と私は罪を被ろう、被らなくてはならないと考えていたのです。あまり時間がないことも分かっていました。なのでとてもお粗末な工作になってしまいました。
まず台所のシンクにある茶色の瓶を見つけると、それを直持ちして応接間の小さな押入れの中に仕舞いに行きました。百パーセントマイタキシンの瓶だと思っていたのですが、違ったのですね。」
「その中に文書か何か入ってなかったか?」
「ありました。大きな封筒が、ですが焦っていたので中身は見ていません。」
「分かった。」
天谷は自分に届いたメールの確認をとっておいた。
(それに触らなかったのは偉いが…それにしても引っかかるな。さっきの秀一のメモと言い。)
遥の言っている事に嘘は含まれていなかった。メモの筆跡は明らかに遥ではない。自分の目の前で遥に書かせた朝霧家の系図の字とは字体が異なる。遥は大人の女がよく書く薄い草書体のような字体であるのに対し、朝霧秀一の字は強い筆圧でトメはねを意識した字体だ。いや、問題は筆跡ではなくメモの形だ。文末に秀一の署名があったが不自然な所でカットされているのがどうしても天谷の頭から離れなかった。
「最後に、私は自分の銀行の口座を教えて造園会社の二人にここから必要な分だけ引き落とす様に言いました。しかし二人はここで違和感を覚えたようで、直接支払いではないのかと指摘しました。私は落ち着いてこう言いました。
『あら、そうでしたの?ここの息子さんと結婚したばかりで私あまりよく分かってなくて、すみません。ちょっと主人に持って来てもらうよう連絡して来ます。』
そうして私は部屋を出ると応接間に行き自分の私物一式を持って気付かれない様に別邸を出ました。後はあのメモに書いてあった通りです。」
(こいつは秀一の事を話す時は泣いてたのに、今や淡々としていやがる。)
天谷はあきれていた。しかし、表に出さずに遥に最後の指示を出した。
「では、続いて朝霧瞳の事件も話してもらおうか。」
「なぜ?」
遥は不思議そうに聞いた。まるで瞳の事など何もなかったかのように。
「なぜもクソもない!俺は一言も秀一の最期だけで良いとは言っていない。警察では朝霧夫妻失踪事件と一つの案件として扱っている。さっきは話し辛かったかもしれんが朝霧瞳の件なら澱みなく話せそうだろ…ゴホッゴホッ!!」
思わず咳き込んでしまった天谷は慌ててハンドタオルで口元を覆った。
(頼むぞ俺。あとちょっとだ。あと少しなんだ!)
この時、名嶋班一行は天谷と遥のいる部屋の隣りにいた。
そこには寺西もいた。スピーカーから流れる遥の一連の話を聞いていた彼女は、まるで頭痛でも抱えているかのような表情をしていた。
(何でや、遥。何であの時私に連絡よこさんかったんや!あの子は今まで私がおらんと何にも出来ひんかった言うのに。)




