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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第五部
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虚しき盾

「…もう、悪あがきは止せ。」

蹴りたい気持ちを抑えながら、天谷は静かに言った。

「どういう事ですか?もう自白したでしょう?殺したのは私だって。」

怯える目で遥は応えた。その目には(もう、やめて!これ以上彼の事を詮索しないで。私が悪者になれば良いんでしょう?お願いだから、これ以上問いたださないで!)と訴えていた。

「じゃぁ、聞くが。」

天谷は変わらぬ調子で続けた。

「君は秀一をそのネックレスでどうやって殺したんだ?確かこれは香水か何かを入れるボトルがぶら下がってるんだな?しかし、君は俺に乗っかる前に別に持っていた香水のスプレーを首に振り撒いていた。と、なるとネックレスの方には何が入ってるんだ?香水じゃないのか?」

「…違います。媚薬です。確かに香水と媚薬が一緒になったのもありますが…これは媚薬専用なんです。私が調合した手作りなんです。秀一さんには毒薬を入れて…もう一度抱く振りをして死に至らしめたのです。」

「しかしそれで殺せるとは思えん。本当にったのか?秀一にそれで殺してくれと依頼されたとでも?」

「違います!私が衝動に駆られて殺ったんです!」

遥は強い口調で言い切った後、また黙り込んだ。

「ではその時の状況を詳しく述べてもらおう。もう一度言う。嘘は厳禁だ。今まで黙っていたがお前の話を聞いているのは俺だけではない。これ以上嘘を吐くと…分かってるな?」

ここで天谷に警察にいた頃によく称されていた「鬼刑事」のスイッチが入った。若い頃から優れた観察力と抜きん出た身体能力の高さから次々と犯人(ほし)を挙げ、表彰されてきた。これらの功績を考慮すれば五十路の彼には警視の地位

を与えられてもおかしくないのだが、生来曲がった事を嫌い、警察上層部からこれ以上は手を出すなと御触れを出されても折れる事なく独自で捜査を進めて来たため、上からは気に入られなかったのだ。しかし、今は違う。とても今更ではあるが、事勿れ主義だった幹部の連中が今になって早期退職した自分に擦り寄って来た。かの黒霧会が弱体化した今になって。

「君も知っての通り行方不明の朝霧秀一は警察が全力をあげて捜査している。俺はわけあって警察から身を退いた。だが、俺は警官だった時から背景が気になって仕方のなかった

案件がいくつもあった。君のいた医療機器メーカーの目玉商品のデータ偽装問題、T化学工業の多額の横領、それに…危険な薬品の紛失などな。最初は俺もそうだったが警察はこういう企業絡みの事件が起こると、真っ先に組織内の人間を片っ端からつぶして行く。幹部を始めとした人間関係、それぞれの分野毎の業績、国内外で何か不都合な物を隠してないかとな。だがおかしな事に、当事者とまではいかないが捜査対象者との繋がりの糸が君に及んでいた事が何度かあった。従って任意で君に話を聞こうと接触を試みると、決まって上から待ったをかけられたんだ。君が心を寄せる弁護士あるいはそれに近しい者によってな。一時の過ちで相模原さんに一年以上冷や飯を喰わせたのも…そいつらが裁判で弁論いや暴論かましてもらったおかげなんだろう?」

遥はカチンときた。自分の事ならまだしもよりによって世界一頼りにしている寺西弁護士バカにされるのは耐えられなかった。

「何が仰りたいの!?」

キッと天谷を睨む遥。

天谷が遥の過去の所業を話している間に、落ち着いて来たのか彼女の目には力が戻ってきた。

(あなたが何者だろうと、売られた喧嘩は買ってやるわ。)

睨みを通して、遥は天谷にこう訴えた。

「…その際に、君のそのネックレスは十分活躍した。そこには高濃度の媚薬と市販の風邪薬で使われる所謂『眠くなる成分』とやらが合わさった薬を入れてな。」

「ジフェンヒドラミン塩酸塩ですね。」

遥は答えた。

「そう、それだ。副作用として多く服用するとめまいや倦怠感が出る物らしいな。」

「えぇ、そうですよ。このネックレスを仲間の警察に渡してくださいな。今もそこに入ってますから。」

遥は差し出された天谷の手の上に乗せた。証拠品を差し出す事で彼を黙らせたかった。

だが、それでも天谷は不満な様子だった。

「で、秀一の最後の様子はどうだったんだ?」

「『最期』ですか…。苦しみ、悶えながら息をひきとりました。左手で自分の首を押さえて、うめき声をあげて…。」

「なぜそうなった?」

「毒薬を…服用したからです。」

「その毒薬はどうやって調達した?」

再び天谷は鋭い眼光を放った。

「会社の、薬品倉庫からです。偽りの理由で手続きして頂戴しました、本当です!京都の別邸にあるはずよ。そこに隠したんです。」

「じゃぁ、これはいったい何なんだ?」

天谷は再びスマートフォンを取り出して遥の目の前に突きつけた。画面には、京都府警から送られ、大和によって転送されたメールの文字があった。

分かっていたはずだった。この子どもじみた細工が何の役にも立たない事を。

しかし、それがバレるより先に遥は逃亡を計画していたので問題ないはずだった。

自分の目の前にいる男が、鈍感で欲望の塊で隙だらけのオヤジだったら―

メールにはこう書かれていた。


「天谷さんの推測の通り、京都の朝霧の別邸で秀一のホトケさん発見。書院造の棚に朝霧家の戸籍と液体の入った茶色の瓶がありました。なお、科捜研で調査したところこの液体には毒性はなく秀一の死との因果関係はゼロです。戸籍の文書に秀一の指紋が出て来ましたが、瓶からは検出されませんでした。」


「いい加減、吐いてもらおうか。」

スマホをテーブルの上に置きながら、天谷は感情をなくした、死人同然の相手に向かって低い声で言った。

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