追い込まれた先に
秀一さんは、『ふざけんなよ…。』と言うが早いか、いきなり正面から私の両肩を掴んだかと思うとそのままベッドの上へ押し倒したのです。いいえ、あれへ突き飛ばしたと言った方がいいかもしれません。彼は自分の着ていたジャケットを脱ぎ捨て、仰向けになっている私の脚の上に乗っかり…私に顔を近づけて…低いこ…声で言ったのです。
『自分勝手な人だ!俺は一度もあな…遥さんを叔母と思った事はない。俺の事、そんなに幸せに見えるの…?今のままでいれば100%明るい未来が待ってるとでも…?』
『違うの?とても幸せな事だと思うけど?私から見ればあなたは井の中の…あぁっ!!』
彼に直接私の背中を弄られて、思わず声を出してしまいました。と、言ってもあの時のカッターで切られた跡が痛んだのではありません。そこまで傷が深くなかったので。ただ…彼の方からそんな事するとは思わなかったの…です。
秀一さんは私を…いいえ、止めときます。いずれにせよそれ以上へ及ぶ事はなかった、正確には彼の携帯に電話が来たのです。私は冷や汗をかきました。ここまで誰かが見張ってたのかと思って。
実際は違いました。会社からの、仕事に関する簡単な連絡でした。電話が鳴った事で我に帰った…のかは分かりませんが、秀一さんは服を着直して私に背を向けて言いました。
『バレてないと思ってるかもしれないけど、俺は…遥さんが今まで何をしたのか知ってますから。』
そして、こうも言われました。正直こちらのセリフの方が私には堪えました。
『俺は…俺はあなたが羨ましい。自分がなりたいと思ったものになれて、やりたい事があれば何の障害もなく実行できる。俺もあなたの様な、自由に飛び回れる鳥として生まれたかったな。』
彼は去って行きました。
私は追いませんでした。
話が逸れますが、私が今まで会ってきたような最初から下心丸出しの男と、上辺だけでなくどこからどう見ても紳士的な秀一さんとは、当然ながら応じるこちらの心構えも随分異なります。正直な所個室に二人きりだったと言え、私は彼を見くびっていました。直接本人に確認したわけではありませんが、そこでの会話の内容―手紙と言う物質的な物を求めていた―からしてメールや電話でできる事ではないし、その背景事情も含めると二人で静かに話できる場を…と言う彼の考えだっただろうと思いました。しかし、秀一さんのあの突飛な行動は、彼の中で堪えていた何かが弾けたのだと…今になって思うのです。
部屋に一人残された私は、これで…良かったのだと思い…安…心しました。これで、秀一さんに嫌われる事ができた。私の事、もしかしたら救い主か何かと思っていたのかもしれないけど、そんなの彼の創った幻想にしか過ぎなかったのだと悟らせる事ができたと。明日からはまた、私が私らしく生きていけるのだと思うと…あぁ、心の底からホッとしました。そして…身支度を整えて、心身共に…解放された気分で…私も一人で帰宅しました。」
(全くそうは思えないがな。さて、京都から動きがあったようだしそろそろ…)
天谷はスマホの着信バイブを肌で感じながら、再び涙を落としている遥に結末を話しさせようと考えたその時―
「でも…まさか…。あんな事に…なるなんて…。」
「…!」
獲物が自ら切り出して来た。そう思った天谷は思わず身を乗り出した。
「どんな事だ?」
なるべく刺激を与えないように、穏やかな口調で遥に話し掛けた。
「…私は……本当に…真面目に…彼の事を忘れようとしました…男女の仲になる事はもちろん…私達の間に何かしらの血が繋がっていると…言う事も全て……でもそう思おうとすればする程、私の頭の中で彼の存在は大きくなって…いったのです。」
遥は言葉を切った。そのまま口を一文字に結び、天谷から目を逸らして少しためらう様子を見せた後、テーブルの上に置いていたネックレスを自らの顔の前に掲げて、はっきりと言った。
「先週、京都で…あの朝霧家の別邸で…私は…私はどうしても秀一さんを独り占めしたくて…彼を殺したのです。このネックレスでね!」
この言葉を聞いた天谷は、遥が密かに望んでいたように、テーブルを思いっ切り蹴り上げたくなった。




