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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第六部
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生きる自由、死後の不自由

もはや遥は涙も流れなかった。

とうとう行き着くところまで来てしまった。

ここで天谷桂吾と出会ってしまったのが彼女の運の尽き。

秀一と恋に落ちる前の、自分の行いを叱責されるだけならいつまでも笑っていられた。だが秀一と一線を越えたその先まで話をさせられ、遂に結末まで来てしまった今、その場で考えたさもありなんのストーリーを考えて煙にまこうと考えた。しかし、歯が立たなかった。相手が悪過ぎたのだ。

(このおじさまは平静を装っているけど、本当は怒鳴りたくて仕方ないんだわ。本当なら私も挑発してやるのだけど…でも、この人には完全に嫌われたくない。嫌われたら本当に終わりな気がする。どうしたの?遥。)

「……ひ…ます。」

遥は最後の抵抗に出た。

「聞こえないな!」

天谷は声を張り上げた。「黙秘します。」と言いたげだったのは本当は分かっていたのだが。

(どうしようもない娘だ。黙秘は通用しないと言ったのに。)

天谷は苛立ちを募らせていく。

遥はまるで聞こえなかったかのように天谷の大声に微動だにしない。

向かい合うのはやめて、遥の真横に座ろうかと天谷が考えたその時―

突然、遥は傍にある自分のバッグに飛び付き、中を探った。荷物は最小限だったため、探し物は簡単に見つかると思った。一秒でも早く遥はそれを手にしたかったのだ。

だが、目当ての物は見つからなかった。

(どういう事!?取り出した覚えなんてないのに…。)

遥は混乱した。

「お探しの物は、これか?」

振り向くと、天谷が離れた場所で液体の入った透明の瓶を掲げていた。その瓶にはラベル等はなかった。

「卑怯者!私のいない間に盗った…」

「うるさい!いつまで逃げてるつもりだ!!」

天谷は怒鳴り声を発した。そして静かに低い声で言った。

「いいか、お前は秀一がやれ弱虫だのバカだの言われるのを最も恐れているのか知らないが、それは諦めるんだな。どう足掻いたって死んだ者が反論する術などないんだ。無論お前にもその資格はない。今まで話を聞いてると『勝手な決めつけ』などと言って散々世間のルールと言うものをバカにしていたが、お前は世間どころか幼な子でも分かるような人として最も重要な部分が欠落している。その結果が相模原さん始めお前の犠牲となった者達の声だ。確かに君は生まれ育ちは恵まれなかったかもしれない。俺が警官時代に様々な事件を調べた中で、そういう人間はザラにいた。しかしそれは何の免罪符にもならない。むしろそれは同じ様な境遇を味わいながらも、真面目に生きている者達に対する冒涜だ。彼らはお前みたいな奴のせいで余計に出自のために割を食う事になるんだ!」

「あなたに…何が…分かるって言うの?生まれがどうであろうと死を望むのは同じよ。」

遥は感情こそ表に出さなかったものの、今まで胸にしまい込んでいた物を吐き出した。

死を望む!

やっと、やっと聞き出せた。

天谷はほうっと息をついた。そして、もう少しとぼけて尋ねた。

「『死を望む』?どういう事だ。」

「あなたは一度も経験した事がないようだけど、私も彼も死を望んでいたのよ!でも秀ちゃんだけが逝ってしまった。私には死ぬなと言っておいて自分だけさっさと望みを叶えたんですもの!私も逝こう逝こうと思いながら踏ん切りがつかず、偶然か知らないけどあなたが指定した…昔彼と初めて会ったこのホテルで追い付こうと思ってたの!あなたと寝た後にね!」

「ちょっと待て。」

予想外の事実を聞いて、天谷は話を止めた。

「朝霧秀一とここで初めて会ったとは、どういう意味だ?六年前の家ではなかったのか?」

「違います。十一歳の時…この部屋で生まれて初めて仮の父だった秀臣さんに誕生日を祝ってもらった日に…秀一さんもここにいたんです。一度きりのささやかな物でした。でも、正直忘れたい思い出でした。なぜかと言うと、彼からもらったプレゼントは後で沙織に無残にも捨てられたからです。『二度とこんな物をもらってはいけない。あなたはプレゼントなど受け取る資格はないの。』と。」

「そのプレゼントは何だったんだ?覚えてたらで良いので教えてくれないか?」

天谷は尋ねた。

「本でした。確か植物図鑑の様な内容だったと思います。」

「そうか、分かった。」

天谷は無意識に薬指で唇を撫でた。

(京都の庭でアレだけ刈り取られていたのは、そう言う事だったんだな。)

「秀一さんがいつから自死を考えていたのかは分かりません。これは…あぁ、やっぱり私は生まれて来なきゃよかったのです。」

「そんな事を言う物じゃない。」

きっぱりと天谷は否定した。そしてこう続けた。

「人がどう生まれ、どの方向を向いて生きようとそれを否定する謂れはない。勘違いするな、君みたいな邪道を行く者は別だ。しかしそうでなければ人生は自分だけの物だ。成功を目指して大きな物に挑戦しようが地道に安定した生活を望もうが、どちらを選ぼうとその人の自由だ。」

思わず遥は傾聴してしまっていた。本来の彼女であればこの類の話は嘲り、一蹴したはずだった。だが、今は違う。

出会ったばかりなのに、天谷とは濃い時間を過ごしたように感じられた。それはセックスだけでは絶対に得る事のなかったものだ。静かな佇まいで話を聞き、あと少しでモノに出来ると思えば怖い顔で音声を聞かせ、自分が電話している間に大人の余裕なのか、コーヒーを嗜んでいる、捉えどころのないおじさま。

この時遥は、職場で秀一と出会った時と同じような思いを胸にひしひしと感じていた。

「…だがな!死んだら何もかもお終いだぞ。断言する、天国や地獄なんて物は無いと思え。後の事なんて死んだ本人には全くの無関係なんだ。遺族が対応するケースもあるが、それだって出来る事は限られている。君がよく知っているはずだ。二人な。」

毒の入った瓶をティーセットがあった棚に置くと、天谷は遥の真横にしゃがみこみ、背もたれに腕を置いて上目遣いで遥の顔を見た。

「あの忌まわしい老人と…秀一さんですね。」

一瞬だけだが遥は天谷と目を合わせた。彼女の目には、今までとは全く違うものが現れていた。

「その通りだ。それで良い。」

天谷は力強く頷いた。

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