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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第五部
39/62

縋られて

(当時、朝霧秀一は医学部の三年生。ちょうど大学を中退した時期と被る。だんだんピースがはまって行くな。もうそろそろ時間稼ぎはしなくて済むか?しかしヘタに急かして刺激を与えてはなるまい。)

天谷は遥にテンポ良く話をさせようとした。

すると―

「…天谷さん…。」

遥は涙の跡がこびりついた顔を向けた。

(この先の話をするのは…私には辛い。)

彼女の顔にはそう書いてあった。

「ん?どうした、さっさと続きを話しなさい。」

遥の心を悟りながらも、天谷は突っぱねた。

(わがままは許さないぞ。話できるようなら聞き出してやる。)

彼女にはそう目配せしておいた。

諦めた様子で紅茶を飲み、遥は続きを話した。

「その後アパートを出てから水曜日に彼に電話した事までは違いありません。私が離れようと思いながらも電話した経緯については後の方で話した方が分かりやすいので省略します。

私としては、あれきりで済んだと思ってました。もう二度とあんな形で秀一さんと会う事はないし、電話する事もない、と。でないと彼の将来に差し支えますから。愛する人が自分のせいで未来が崩れるのは避けたかったのです。気晴らしに、また千歳さんや相模原さんのような人を見つけて忘れようとも考えていました。それが不道徳な事かどうかは置いといて。

ですが…それから尽く彼の方から『会いたい』と求められてたので、私はあえて場所をY公園の森のエリアやレイトショーを選んで会いました。勘違いしないで欲しいのですが、邪な事はしてませんよ!ただ彼の社会的立場上、月曜日に寺西先生と話したような、ゆっくり話が出来るような飲食店には行けませんでした。朝霧家の関係者がいる恐れがないとも限らなかったので。

お母様から真実を聞かされた後も、秀一さんは以前と変わらない様子で私に接しました。

今でもはっきりと覚えています。おかしな場所ですが、夜のY公園の森の中の東屋で、私達はこんな事を話しました。

『いいの?あなたにはもう…。』

『良いんです。相手とは遠距離ですし、それよりもあなたの事が気がかりで…。』

『何が気がかりだって言うの?もうお母様から聞いたの…でしょう…?私が…誰の子かって…言うことを…。』

この時の私はまだ自分が秀長の子であることが信じられなかったのです。私のギクシャクした話し方から、秀一さんは少し動揺した様子で、こくりと頷きました。

『…ごめんなさい、聞いてしまったの。あなたのお母様とすれ違って、とても怒っていらした様子でアパートに入って行くのを見てつい…。でも、これだけは言っておきたいの。私、本っ当に知らなかったの!名前だけ聞いてその人の全てなんて分かるはずないでしょう?それに、もし知っていたならあなたにあんな事…。』

『僕は全く気にしてませんよ。』

『えっ?』

『あの日の出来事も、城戸さんの…父親が誰なのかもそれほど気にしていません。でも母から聞いた時、全く戸惑わなかったと言えばそれは嘘になります。実は、この間の日曜日に僕はあなたに裏口から出て欲しいと急き立ててしまいましたよね?あの時はすみませんでした。城戸さん、呼ばれて来たのにあんな形で出て行かされて不愉快になってしまったんじゃ…と思って。ちょうどあの時、僕のスマホに母からこんなのが送り付けられてたもので。』

言いながら、秀一さんはスマホのメッセージの画面を私に見せました。

それは、私の顔写真でした。社員証にぶら下げているのと全く同じ物です。それだけでなく、こんな文言が添えられていたのです。

『秀一さんへ。

今、あなたのアパートへ向かっているところです。

同じ会社で働いてると言うこの写真の女について言っておきたい事があるので。◼️◼️◼️』

私は秀一さんの優しさが辛く感じました。文言の末尾が黒く塗りつぶされていたので、すぐにスクリーンショットだと分かりました。

『どうやらお母様は私の事が大嫌いのようね。ここ、何て書いてあるの?加工してない物を見せて。』

『原本は削除しました。あなたが見る必要ありません。』

『そんなの気にしないから見せて!』

『ダメです!』

いつもは温厚な彼に、この時は怖い顔で断られました。

私を傷つけまいと思いやってくれたのでしょう。

思いやり故の厳しさ!余談ですが、私は初めて『威嚇』と言う物に触れたのです。」

「正しくは『威厳』じゃないのか?」

「そう、なんですか。初めて聞きました。」

(正確には、秀一のそれも「威厳」とは少し違うんだがな。)

天谷はこう思ったが、黙っていた。

「秀一さんにきっぱり断られた私は、次に彼の結婚について尋ねました。相手はどんな人なのか、どこで知り合ったのかを。空気を変えたかったのです。お互いがお互いの事を知って、私達の間に気まずい雰囲気が漂ってしまいました。

しかし、おめでたい話題のはずなのに、彼はあまりいい顔を見せませんでした。それどころか、話したくもなさげな様子でこう言いました。

『…あぁ、お祝いありがとうございます。はい、そうなんです。去年の五月に入籍しました。相手の方がアメリカに留学していたもので…今まで黙っててすみませんでした。…馴れ初めですか、今度また会った時に詳しくお話しましょう。と、言うより見せた方が早いと思います。では、今日はこの辺で…ありがとうございました。何でしたら城戸さん、御自宅までお送りしましょうか?』

本当は今すぐにでも飛びつきたかった。

でも、私の理性はそうはさせませんでした。

私は彼の申し出を辞退して、さっさと公園の出入口まで歩いて行きました。彼の縋るような、愛くるしい視線を振り切りながら。」

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