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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第五部
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違う色の視線

(なるほど、城戸はそれまではっきりとは知らなかったみたいだが、朝霧秀一はその前に何らかのきっかけで城戸との本当の関係を知り、それを本人に確認すべく自宅に招いたのだな。そして職業柄知り合った医師に彼女のDNA鑑定を依頼すべく髪の毛を彼女の寝てる間に数本頂戴したってわけか。)

コーヒーをすすりながら、天谷は納得した。これは憶測ではなくかつての部下達の間で裏が取れていたのだ。

一つだけ遥の話の中で、腑に落ちない箇所があった。

なぜ遥と秀一が一線を越えた場所がベッドではなく浴室だったのか。あの日の気温は十度あるかないかの寒い日だったはずだ。しかし、あの電話の音声の中では確かに『浴室での事…誰にも言ってないわよね?』の遥の声があったのだから浴室でそういう事があったのは事実なのだろう。

天谷は不思議に思ったものの、ある事に気付いた。

(…あぁ、そういう事か。)

遥が出た後、入れ違う形でアパートを訪れた母親との口論の中での秀一の言葉を思い出した。

()()()()()()()()()()

(あまり重要事項でもないし、俺から突っつくのも不躾な話だな。)

天谷は気まずそうに軽く咳払いした。

「六年前に秀長が亡くなった際に秀一が隠し子の存在を知った経緯を知っているか?これは俺の個人的興味なのだが、その時の遺産分与も気になってな。」

「えぇ、知っています。私もその場にいましたから。」

遥も同じように咳払いした。

「…私は大人になるまで朝霧家の本邸の門をくぐった事はありませんでした。六年前に実父が亡くなった時も、葬儀などへは参加しませんでした。もっとも、その頃の私は秀臣さんが父だと思い込んでいましたから、余計秀長に対する情など湧かなかったのです。

初めて家を訪れたのは秀長の四十九日が過ぎた頃でした。仮初の父に遺産分割協議をするからと呼ばれたためです。無論寺西弁護士も立ち会ってくれました。こういう場には母の沙織も来るべきだったのですが、秀長の死の一報を聞いた母は「ずるい!」などと叫んで気がおかしくなってしまって、とても来れる状態ではなくなっていました。それに娘である私も、18の時に安アパートで一人暮らしを始めて以来ほとんど母の元へ帰ることはありませんでしたから、今更母の同伴なんて必要なかったのです。当時私はもう二十四の大人になってましたからね。

私は正直、朝霧の本邸へ行くのは気が進みませんでした。秀臣さんは良くても、奥さんはじめ他の関係者が私達母娘を疎ましく思っているのは前から知っていたので。三歳の時に奥さんに叩かれた具体的な記憶はなくても、本能的に何か酷い事をされるかもしれないと言う微かな恐怖心があったのです。ですが寺西先生は私を説得し、励ましてくれました。

『分かる。よう分かるで、遥。あのバケモンみたいなオバハンが怖いと思うんは当然のこっちゃ。任しとき。もし遥に何かしようもんなら私が一生ムショにブチ込んでやるさかい、安心しい。』

意外にも朝霧家の会合はすんなりと進められました。しかも、寺西先生から『孫にあたる遥の取り分や。』と金額を提示された時、私は目を見張りました。相続税を差し引いたおよそ七千万円を母に、五千万円を私に分け与えると言ったのです。そうです、あなたが気にしていた神田の借金の肩代わりはそこから出してやったのです。冷静に考えれば母はともかく、孫であるはずの私が受け取るお金の額は遺産分割の法に則っても不自然なものでした。幼い頃に決めた通り、私の養育費も今まで秀臣さんに出してもらっていたにも関わらず、ですよ。

『寺西先生から聞いたところによると、君は薬剤師になるために頑張ってるんだってね。』

『いいえ、それが…。』

私が言いかけると、すかさず寺西先生が口を挟みました。

『そや、朝霧先生。この子は白衣着るだけやのうて、医療業界のいろんな側面をこの目で見てみたいと言いましてな…』

私が返済不要の奨学金を勝ち取り、優秀な人材として教授に紹介された大手医療機器メーカーに就職する予定だと寺西先生から聞いた兄夫婦の反応が忘れられません。秀臣さんは呆気にとられた顔をしたものの、素直に『おめでとう』と言ってくれましたが、奥さんは何故か歯を食いしばり、血走った目つきで私を睨んで来ましたから。あの時は私が優秀なのがそんなに不服なのかしらと思いましたが…事実はそう単純ではなかったのですね。

その時本邸にいたのは秀臣さん夫妻と寺西先生と数人の家政婦だけ…いいえ、秀一さんもいた…らしいのです。

穴瀬先生はこの時、帝人を退所して隠居生活に入っていました。

誤解しないでくださいね。私は金額に釣られて態度を変えるようなマネしません。その頃は既に高級クラブのホステスやその…ビデオモデルで波はあるものの多い時には一月に五百万以上巻きあ…いえ、稼げていましたから。

話が終わり、おいとましようと席を立ちました。そこでの家政婦達は、臨時ではなく昔からいたらしいのですが、そこでも私に対する眼差しは辛辣なものでした。表面では丁寧にしていても、その目からは(朝霧家の忌み子がどうして()()()来たの!?)と言う言葉が、言われなくともこちらを刺して来るのです。

早くこの家を出たかったのに、寺西先生と来たら『秀臣さんに言い忘れた事がある。外に出て待っといてんか。』と言って引き返すものですから、私は玄関を出て正門への長い小路の間にある中庭をうろついていました。しかし、そこにいた庭師が怖い目で私を睨むので、邸の壁際の方へ避けました。

その時の私はこう考えていました。

(五千万、五千万…。本当ならあんな金、たとえ兆積まれても溝に捨ててやる!でも待って、折角敵から兵糧を寄越してくれたんだからそれを使って…確かママも言ってたわね…医療機器メーカーの開発部の方が黒霧医科大と懇意だって…。)

その時、建物の方から視線を感じました。また家政婦だか誰かが私を軽蔑の眼差しで覗いてるのかと思うと腹が立って、(いい加減にして!)と言う意味でこっちも目を見開いて気配のする方向へ見返してやりました。

バタン。

慌てたように視線の主は何かを閉めて行きました。

中からバタバタバタ…と駆け出す音が…しました。秀ちゃんも悪い人…外に出て声をかけてくれればよかったのに…。」

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