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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第五部
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歓迎された子、されない子

「どうやら色恋沙汰だけではなかったみたいだな。」

天谷の『色恋沙汰』と言う表現にムッとしたものの、遥は首を縦に振った。

「…ことわっておきますが、私は職場で出会った時から秀一さんをあの朝霧家の跡取り息子だと分かったわけではありません。そもそもあの家に息子が存在していた事さえ知らなかったのです。母は私が朝霧家について聞こうとすると、必ずと言って良いくらい機嫌を損ねるので、秀臣さんに子供がいるのかいないのかさえ分かりませんでした。四月に職場で出会っても別に『朝霧』と言う名前だからと言ってすぐに断定できるものではないですし、しょっちゅう秀臣さん達と会っていたわけではなかったので、秀一さんの顔を見ても特に朝霧家の誰かに似ていると言う判断は私には出来かねました。したがって、私が彼を一人の男性として好意を抱き、二月の金曜日にカフェに誘ったのは紛れもない事実です。

問題は、その後の日曜の方です。

確かに私は直接秀一さんに呼ばれて、彼の住むアパートで会いました。いくら顔見知りとは言え女を自宅に入れるなんて礼儀を重んじるタイプの彼にしてはらしくない行動だとは思いましたが、特に警戒しませんでした。

最初の経緯は前述の通りです。私が秀一さんがバレンタインデーのY公園でのキスに怒っていないか心配だったのは事実ですし、彼が本当に私の身を案じていた様子なのも嘘ではありません。ここからが、隠していた事です。彼は私を家に上げると、自らの悩みを打ち明けました。その時です。名字はもちろん『秀』の付く名前からして私が頭の隅でうっすらと抱いていた疑惑が確信に変わっていったのは。ですが堪えて顔には出しませんでした。その悩みとは簡潔に言うとこうです。自分の実家は代々病院を経営していて、祖父も父も理事長を務めている。なので自分も医学部に進んだものの『ある事件』をきっかけにいつまでも親の言いなりになっている自分に嫌気が差して中退したが、今でも親から跡を継げとしつこく言われていて困っていると言う悩みでした。

彼は『黒霧医科大病院』の名前こそ出さなかったものの、この時点で私はあっと思いました。

『ある事件って、具体的に何?』

私は尋ねました。勝手な願望で私は親子喧嘩でもしたのだと決め込んでいました。むしろそうであって欲しいと願ってもいました。すると彼は…ドキッとするような事を言ったのです。

『父に…隠し子がいるらしいのです。最初は信じたくなかったけど、六年前に祖父が亡くなった際に父と寺西…いえ、ウチの病院の顧問弁護士の会話を聞いてしまって…。』

『……!』

思わず叫びそうになりました。

他人の事言えないけど…彼も悪い男ですよ。いろいろ聞かされていた癖に、私を騙すなんて。秀一さんは私とのお互いの関係について知らないのだろうと信じていました。でなきゃ私を前にして『最初は信じたくなかったけど…』なんて口にするとは思えなかったものですから。

ですが、それ以上に驚いたのは私自身の反応でした。

『それだけではないんです、五年前…城戸さん!どうされましたか?』

私は知らず知らずのうちに涙を流していました。もちろん芝居なんかじゃありません。

その時はショックのあまり言葉も出ませんでした。

秀一さんは、私が生まれて初めてと言っても過言ではないくらい、何も語らなくともそばにいるだけで大きな安心感をくれる人でした。寺西先生から聞いた、私が今まで抱いて来た朝霧家に対する印象と秀一さんの人間像とすぐには結び付かなかったのです。私に同情的だった秀臣さんでさえ、確かに親代わりとして経済的な援助はしてくれたものの、それだけです。あの人から私に直接情をかけてもらった事は…ありません。

天谷さん、あなたには奇妙奇天烈と思うでしょうが、私は物心付いた時から憎まれる事に慣れていました。たとえ本当に実の父が秀臣さんだったにしろ、『世間』的に言えば私は『隠し子』と言うレッテルを貼られて生まれたので、自分は愛なんてものとは無縁だと思ってこれまで生きて来ました。十代から二十代半ばにかけて何人かの男と交際してきたものの、温もりの全くない金欲しさかあるいはお戯れに過ぎなかったのですよ。そこにときめきや思いやりの心なんてものは存在しませんでした。…秀一さんに出会うまではね!

三十目前にして初めて本気で人を好きになったのです。彼は外見も中身も美しい人でした。

どんなに激務でも社内でくたびれた姿を見た事がなく、会社のMRとしても有能で要領良く医療従事者達と対等に話が出来るため、顧客からの評判も高かったのです。一筋縄では行かない難しい仕事も自分から進んでやる人です。彼は決して弱い人間なんかじゃありません!

そこから、だんだん私は彼を自分のものにしたい、誰にも渡したくないと考えるようになりました。確かに五月頃に彼が入籍したと言う話は小耳に挟みました。でも、今更そんな事で諦めるわけありません。ちょうど今年度いっぱいは遠距離恋愛中であることを良いことに、私はそれまでに彼を奪おうとしたのです。

しかし、その願望は崩れ去りました。私と秀一さんとの間には決してかき消す事の出来ない繋がりがあったのですから。二人が異母姉弟―正確には叔母と甥―であると言う繋がりがね!

『あ、ごめんなさい。何でも…何でもないの。一つお願いを聞いてもいい?』

『もちろんですよ。僕に出来る事があれば何なりと。』

『アルバムか…無ければ何か家族写真を見せてくれる?』

『…はい。一冊だけ実家から持って来ています。ちょっと待っててください。』

『ごめんなさい。こんな事聞いて。』

アルバムを開くと、まず生まれて間もないの秀一さんが満面の笑みを浮かべた祖父の秀長に抱っこされている写真が目に飛び込んで来ました。待望の跡取りなのでかなり盛大に出生祝いが行われたようです。その後何ページにも渡って秀長との幸せに満ちた写真がありました。祖父だけではありません。秀一さんの周りには秀臣さん夫妻とそのお姉様達の心からの笑顔が咲き乱れていました。幼少期の写真、習い事の発表会の写真、親戚や友達との写真、医学部合格祝いの写真と、どの写真を見ても彼が多くの人から愛されていた事が分かりました。

(不本意だけど、私はこの人から離れなければならない。朝霧家が怖いんじゃない。秀一さんは生まれた時から跡取りとして大歓迎されて、周りからの愛情も受けて育った彼は、自分にもう一人母の違う兄弟がいただけでショックを受けている。これ以上私は秀一さんと交わってはいけないのだ!第一、ママが許さないだろう。)

そう思うと同時に、私は頭痛がして来ました。本気でね。

秀一さんにはもちろんその旨を伝えて『帰りたい』と言ったのですが…。

『僕のベッドで良ければ…横になりますか?わざわざ休日にお呼び立てしたのは僕の方ですし。何か食べたい物があれば仰ってください。』

少し戸惑いながらも、私は彼の言う通りにしました。

秀一さんは私を気遣ってか、私に『どうか御自宅のつもりでくつろいでくださいね。』と言って、外出してしまいました。

でも…頭では血縁関係があると分かっていても、欲しい気持ちに変わりありませんでした。

一時間後、彼が帰宅すると私はすっかり眠ってしまいました。目を覚ますと、すぐ目の前に彼の顔がありました。どうやら私に熱がないかどうか確かめたかったそうなのですが。

目覚めた私は再び秀一さんを独占したいと言う思いに駆られました。もうお分かりでしょう。その後ですよ。

私はいそいそと洗面所へ行く彼の後を追って行きました。手を洗おうとした彼を後ろから抱きつき、こう囁いたのです。

『秀一さん…熱い…シャワーを…貸して?』

後は前述の通りです。

どの道私は突飛な行動に出る事など、何の迷いもないのですよ!」

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