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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第四部
36/62

泥の寝床

―京都府内の朝霧家別荘地

強い雨にも関わらず、大邸宅の中を警察関係者達が懸命に捜査していた。

そこは二十七年前に、当時の理事長の隠し子の処遇を秘密裏に話し合った場所だった。ただ、現在は家主達の私物は全くと言って良いくらい引き払われていた。

屋内では捜査員達が大広間から四畳半の部屋、さらに台所まで何か手掛りを残してないかと押し入れや備え付けの戸棚が開けられ、畳が上げられるなどの大規模な捜索を繰り広げていた。

外も同じように、複数の警察犬を引き連れて数種の植物の茂みや池の周りを隈無く探索していた。

「おぉい、来てくれ!」

先に収穫があったのは中の方だった。そこは応接間となっており、かの話合いが行われた部屋でもあった。書院造の違棚ちがいだなの小さな押し入れの中に、使いさしの透明な空のグラスと薬品が一瓶、そして戸籍謄本のコピーが入った茶色の角形二号の封筒がしまわれているのが見つかったのだ。薬品は市販されていないもので、小さな茶色の瓶の中にはまだ液体が残っていた。

「グラスはまだ洗われていない。鑑定を頼む。」

捜査員の一人が白手袋をした両手でグラスと瓶を丁重に取り出して、使い主が誰なのかを明かすべく同行していた科捜研に渡した。次は外の方から大きな動きがあった。

「皆!池に来てくれ!ここに何かあるみたいだ!」

ほうぼうを捜索していたレインコートを着た捜査員達が声の主のいる場所へ集まった。そこは池のほとりの茂みだった。警察犬の一匹が地面を嗅ぎつけ、大きく吠えたてたのだ。

「よーし、掘っていくぞ!もし何かにあたったらスコップを置け!そこからは手を使え。」

指示役に従って、多くの捜査員達は初めに大きなスコップでドロドロの土を掘っていった。雨だった事に加え夜になっていたため、捜査員達は今、どれくらいの深さを掘っているのか確認するのに苦心していた。

ガッ!

「手応えあり!スコップを置いてくれー!」

捜査員の一人が叫んだ。

スコップに接触した物体を傷つけないように手で掘って行くと、寝袋が発見された。寝袋の中には大から小までおびただしい数の保冷剤と一人の遺体が横たわっていた。体つきからして成人だった。顔には白いタオルがかかっていたが、上からかけたのではなく、後頭部までぴったりと保冷剤を挟んで何重も巻き付けられた形となっていた。

すぐに顔を確認すべきところを、悪天候だったため、遺体は寝袋ごと担架に乗せられ、慎重に家の中へ引き上げられた。

捜査員達は既に捜査の終えた、何も出なかった部屋に寝袋を運び込むと、寝袋のチャックを全開し、遺体の全身をあらわにした。上下共に衣服を着けており、みぞおちの上には両手が組まれ、数珠が掛けられていた。目立った外傷もなければ腐敗した箇所もなかった。ただ、保冷剤の他に黒いビニール袋が見つかり、それは押収された。

顔の確認に入るため、捜査員はハサミでタオルを切り、保冷剤を出してを繰り返し、じっくりと時間をかけながら丁寧にタオルを取り除いていった。

全て取り払われ、顔がはっきりと現れると、それまで作業をするためにざわついていた周囲が数秒間静まりかえった。

そこには、芯から安らかさを覚えた顔があった。

生きていく上で逃れられない現世に蔓延る醜い欲望、嫉妬、憎しみなどと言った負の感情から完全に解き放たれた表情。長いまつ毛を持った目は閉じられ、口元には微かに笑みが浮かんでいた。顔色は青白くなっていたものの、そこには何故か不吉さなどなく、むしろ神々しさが漂っていたのだ。

周りにいたうちの一人の捜査員が遺体に向かって静かに合掌した後、部屋を出た。少し離れた所へ移動すると自らのスマートフォンで電話を掛けた。

「もしもし?そちらに天谷班長おってですか?……あぁ、そうなんですか、それはすんません。…いえね、見つかったんですわ。…はい、そうやと思います。…分かりました、鑑識の撮った写真をそっちに送りますんで、確認お願いします。…へぇ、あの人らしいっちゃらしいですなぁ。…はい、はい。それでは失礼しますー。」

電話を終えて、再び元いた部屋へ戻った。


―東京都内の警察署

朝霧秀臣は横領・脱税の取り調べを受けていた。警察に出頭する際に、既に嗅ぎつけた報道陣に出くわしたものの、特に取り乱す事もなく、淡々と受け応えが出来ていた。

その最中だった。

一人の若い刑事が取り調べ室のドアをノックして入ってきた。

「失礼します。ヤマさん、ちょっといいですか。」

「何だ。」

秀臣を取り調べていたヤマさんこと捜索二課の大和課長は部下の呼び出しに応じて一度退室した。

しばらくすると、タブレットPCを持った大和は静かに部屋に戻り、改めて秀臣の向かいにゆっくりと腰を下ろした。

「…見つかりましたか?」

期待を込めた目で、秀臣は尋ねた。

「えぇ、見つかりました。ですが…。」

言いながら、大和はタブレットを机の上に置いた。

「いいですか?朝霧さん、どうかこれから私の言う事を落ち着いて聞いてもらいたい。あなたには酷な知らせをせねばなりません。」

「…だめだったのですか?」

「はい。あなたの御子息、朝霧秀一さんは京都の別荘地で遺体となって発見されました。画面越しになりますが、本人確認をお願いします。」

信じられないと言わんばかりの、瞬きを忘れた表情の秀臣の前に、大和はタブレットの画面を掲げた。よく見えるようにと明かりに照らされた息子の死に顔を数秒間見つめると…。

「……うっ、……うわあああああ!!!」

秀臣は泣き崩れた。朝霧家の血を引く唯一の直系男子が途絶えたのだ。三十年前、父が看護師を妊娠させた時、母は自暴自棄になって自分達夫婦にこう言い放ったのを覚えている。

「あんた達のせいよ!あんた達がやるべき事をやらないからお父様があんな事をしでかしたのよ!何ですか!生まれて来なくてもいいような子ばかり産み落として!次は男ですよ!絶対に男の子でないと私は認めませんからね!!」

もちろん既にいた娘二人が要らないわけはなかった。男だろうが女だろうが、今時そんなのにこだわるなんて時代錯誤も甚だしかった。

しかし、秀一が生まれた事で朝霧家が安泰となったのも事実だった。その一族の希望の光が…消えたなんて!

「秀一ぃぃぃぃ!!なぜだ、なぜ遥は私の息子に手を…畜生!!」

大和は何かを言おうとしたが、すぐに黙った。

今は何を話しても無駄だと悟ったのだ。

大和は再び部屋を出て、ポケットからスマートフォンを出して操作を始めた。

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