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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第四部
33/62

信じられない反応

家政婦に呼ばれて寺西先生達が離れの六畳の部屋に駆けつけた時、そこにあるテレビに大きな密着型のヘッドホンが繋がれていました。そして座布団の傍にはスナック菓子と週刊誌二、三冊。後日、寺西先生が早合点していた点が判明しました。あの家政婦は本来子供のお世話は範疇ではなかったのです。本邸に留守番していた朝霧の子供達にはそれぞれお世話をする専属のシッターが付いていましたから。それに従来の朝霧家の家政婦達とは派遣元さえも違っていました。私の見張り番をしていた家政婦は東京の本邸から連れて来たのではなく、あくまでその日だけの契約として京都の最も安く雇える紹介所から来てもらった人だったのです。

寺西先生の抱いた私の殺害疑惑については、別邸には外の正門付近以外には防犯カメラはありませんし、当時の私に証言能力はないわけですから、今となっては真相など闇の中です。しかし、初めに中座した沙織が私をどうやって大人しくさせたのか、私がいなくなった時自分がたまたま池に行かなければ奥さんは私に何をしたのか、寺西先生にとって不審な点がいくつもありました。

(この二人共、遥を()()同然に扱っている気がしてならない。沙織の方はともかく今まで秀臣さんの奥さんが―これまで何度か朝霧家を訪れたが―朝霧の子供三人にあんなに辛くあたっているのは見た事がない。どの道このままではアカン。)

庭から元いた部屋へ戻る途中、先生はある事を実行しようと考え、それを穴瀬先生が許可してくれるように説得しようと決心しました。『許可してくれるだろうか』と悩むのではなく、自分の計画を実行させる事を前提としていたのですから助手でありながら当時から『女帝』の素質は備わっていたわけです。本来こう言った事は企業法務を扱う弁護士には職務対象外だと指摘されそうですが、寺西先生はちゃんとそれに応えるカードを用意していました。

話合いの部屋に戻ると、私は奥さんは家政婦に冷たい飲み物を入れて来るよう言いつけました。私はまだ泣いていたため、部屋の外の縁側に座った沙織に抱っこされていました。沙織は私をあやす訳でもなく、眉をひそめて夏空を眺めていたそうです。

一同がくつろいだ雰囲気になったのを察知して、今がその時と寺西先生は穴瀬先生に小声でちょっといいですかと外に誘いました。部屋を出て視界に私達母娘が入る様に縁側の曲がり角まで来ると、寺西先生はこう打ち明けました。

『先生、私の実家はここからそう遠くないんで、遥ちゃんをウチに預からしてください。もちろん一晩だけ。』

穴瀬先生も同じような事を考えていたようです。

『私もそう頼もうと思っていたんだ。あの子はまだ幼いと言うのに明らかに秀臣医師以外の大人から邪険にされ過ぎている。』

池で寺西先生が見た光景やお互いの考えを話し合った後、部屋に戻って早速このことを発表しました。

『何でそんな事するんですか!?』

案の定、真っ先に反対したのは沙織です。

『沙織さん、見たところあなたはだいぶ疲れているようですので一日だけでも母親を休業してはどうでしょう。ずっと一人きりで育児にかかりきりになっていると、ストレスも増大していくでしょう。ご安心ください。その間遥ちゃんは寺西の方で大事にお預かりします。』

今度は沙織の方が騒ぎたてました。

『人さらい!娘はあんた達なんかに渡さない!』

『私の気持ちなんて分からないんでしょう!分かってたまるか!』

『この子は私の大事な娘なの!私…この子がいないとダメなんです…生きていけないんです!』

母がこんな言葉を口にしたなんて、大人になって寺西先生から知らされても私は正直信じられませんでした。

私の知っている母は、とにかくヒステリーが服を来たような人で、喧嘩の度に『悪魔の子!やっぱりあの時殺しておけばよかった!!』と常套句の様に怒鳴られ、中高生時代はちょっと遅く帰宅すると『あんたどこほっつき歩いてたのよ!まさか援交でもしてたんじゃないでしょうねぇ?汚らわしい娘!あんたなんかこうしてやる!』などとビンタされるのがお決まりだったものですから。私が今更さっきのように他人から憎まれても笑い飛ばせる理由が分かるで…あ、これは失礼しました。」

最初の念押しを思い出させるために、天谷は無言でテーブルの上をノックするようにコンコンと叩いた。

「しかし寺西先生によると預かると言われた母の反応も予期していた事だったそうです。

『虐待している親やDV癖のあるヤツはな、実は相手にえんらい依存してる場合がほとんどなんや。日頃は弱い者にえげつない当たり方してて、私らがコラあかん、引き離さな!と思ていざ離そうとするとそいつの態度が今までとコロッと変わって急に泣いて謝ったり、離されたら自殺するとか言うて取られるのを嫌がるんや。』

その時も私の一時預りを勝ち取ろうと、寺西先生は内心躍起になっていましたが、声と表情は穏やかに沙織に語りかけました。

『別に私一人が預かるわけやありません。ここら辺に実家があるんです。そこに私の両親が住んでましてな。私ら子どもが独立したもんで今は二人しか住んでなくて寂しい言いますのや。こんなかわいいお嬢さんが来るとなったらそらもう歓迎しますやろな。何ならお母さんも一緒に来はりますか?もしそうでなかったら私がえぇホテルとりますよ。』

刺激を与えないように苦心したそうです。いくら弁護士とは言っても緊急事態でもない限り親の同意なしで私を連れては行けませんから。

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