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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第四部
32/62

愛情はいずこ

「そうだったんですか、ではお話しましょう。

これも寺西先生から聞いた話です。母と半ば強制的に引き離された私は、泣く泣く離れの部屋で過ごしていました。確かに臨時の世話係の家政婦が付いていましたが、それは当時3歳児の私が何かの拍子で死なないように見張りしていただけで、私の気が紛れるような玩具を用意するなどの具体的な世話をしていた様子はなかったと言います。話合いの場にいたはずの寺西先生がそう言えた理由は、あの日事故が発生したからなんです。もしかしたら私は殺されかけてたのかもしれませんけど。

先程私は実母と秀臣さん夫妻の三つの話合いの結論だけを簡単に述べましたが、実際はそこまで行くのにかなり拗れたようです。沙織が暴行を受けた事は紛れもない事実ですし、その事を起こした張本人、つまり秀長は警察を黙らせた上に無責任にも後始末を息子夫婦と弁護士に丸投げしたわけですし、当事者だからと無理にでも引っ張って来させようものなら怒りを爆発させて秀臣さんと秀一さん以外を皆殺しにしかねない様なお人柄だったみたいですから、まさに『触らぬ神に祟りなし』でした。息子夫婦は言わば沙織と秀長の板挟みに遭わされていたのです。」

遥は顔を青くしながら、また紅茶をすすった。

(あまり実父(おやじ)の話をしなくても良いぞ。そいつの事なら6年前に警察内で散々聞いた。)

天谷はそう思ったが、あえて口にしなかった。

せっかく遥が円滑に話せているところに、下手に自分が口を挟めば話の腰を折ってしまいかねないと考えたからだ。

「そんなわけで数時間も母と離れ離れにされていた私は途中でついにけたたましい金切り声をあげました。大人達の話合いの部屋にも十分聞こえるくらいに。初めは母親の沙織だけが世話係から何とかしてくれと引っ張られるように私の元へ連れて行かれました。しばらくして私のぐずりが治まり、沙織がやや疲れた様子で戻って来ると寺西先生達は母親として私を頑張ってあやして泣き止ませたものと思ってまた続きを話し始めました。

外が静かなまま話が進み、大体まとまった頃、再び世話係が一同の部屋に駆け込んで来ました。

『お話し中のところ申し訳ありません!子供が…姿を消しました。』

名家の別荘で幼児が事件か事故に巻き込まれたなんてマスコミに取り上げられるのは御免だと、この時ばかりは大人総出で探し回りました。何せ家にいたのは話し合いの部屋にいた五人と家政婦一人だけでしたから。

二十年以上経った今でも、寺西先生はあの出来事を昨日の事の様にはっきりと覚えていると言います。まずは全員離れの部屋に行って、そこから散り散りになって家中を捜索しました。そこで二人の弁護士が違和感を覚えたのは、なぜか沙織は真っ先に部屋の押し入れの中を覗き込みました。まるで私がそこにいると決まっていたかのように。『小さい子ならここに隠れたがるものだと思ったから。』と言うのが理由だったそうですが、おかしいのは押し入れの中を覗くだけでなく、中にしまっていた布団を広げてまで私の所在を確認していたと言うのです。寺西先生はこれを見て不吉な予感がしたそうですが、秀臣さんの奥さんに庭を探して来いと急かされて出ていかざるを得ませんでした。

朝霧家のルーツは京都府にありました。別邸は元は秀長の父親の代まで本邸として使われていた日本家屋で、高級料亭か観光名所にあるような神社仏閣と見まがうくらい、かなり広い庭園だったため探すのが大変で、さらに、その日は気温が30度以上もあったので場所によっては熱中症で倒れていてもおかしくなかったのです。

結論から言うと、捜索開始からおよそ10分後に私は秀臣さんの奥さんによって発見されました。ただ、寺西先生は奥さんに対しても不信感を抱きました。奥さんの話によると、私は池の中に落ちていたそうです。ですが、奥さんが『いましたよ!』と皆に知らせる数分前に池の方向から子どもの悲鳴と水のはねる音がしたのです。それだけでなく、寺西先生が発見の声を聞く前に偶然池の方へ足を運ぶと…奥さんは水に濡れて仰向けで気絶している私の顔を複数回ビンタしていたのです。どう見ても意識を確認するために叩いてるようには見えず、憎しみを込めて黙って大振りでバッチーンと音が響くほど、引っぱたくと言うよりは殴っていると言う方が合っていました。私は両方から鼻血を出していたらしいので。

思わず寺西先生は叫びました。

『奥さん、何してますのん!?遥ちゃん見つかったんですか?』

それと同時に、気が付いた私は大声で泣き始めました。

直後にあわてて奥さんは私の発見を大声で知らせました。

大人達が池の周りに集まって私の生存を確認し、捜索が終わりました。その際、寺西先生は大人達の反応を注意深く観察しました。

まず発見した秀臣さんの奥さんは、『暑い中探し回させられる面倒事に巻き込まれた、だから子供を連れて来るなと言ったのよ!』と憤怒していました。

秀臣さんはそんな奥さんを咎め、『そんな事言うもんじゃない!お前も人の親だろう!鼻血まで出して可哀想に。』と私の味方に立ってくれていました。

世話をする家政婦は、『本当にすみませんでした。』と頭を下げていたのですが、それは専ら秀臣さん夫妻に手を煩わせてしまって申し訳ないと言う意味であって、私が事故に遭って怪我した事を詫びたものではない様子でした。きっと主である秀臣さんの前ですから本音など言えなかったのでしょう。

穴瀬先生は秀臣さん同様の反応で、『いやぁ、本当によかったですなぁ。奥様が発見なさらなければと思うとゾッとしました。』と本心から安堵していました。

しかし、寺西先生が何よりもゾッとしたのは…隣にいた沙織でした。行方不明になっていた幼い娘の母として、誰よりも大きな安堵を示し、『皆様、お騒がせして本当にご迷惑をおかけしました。申し訳ありません。』などと頭を下げるであろう所を、沙織は全く黙ったまま一番最後にやって来たのです。そして、私が池の水を吐きつつ元気に泣いている姿を見て、舌打ちしながら独りごちた言葉を、寺西先生は聞き逃しませんでした。

『チッ。そのまま池に沈んで死んでくれれば御の字だったのに。』

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