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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第四部
31/62

「世間」と言う鬼

遥は勧められた通り紅茶を一口すすると、再び話し出した。

「なぜ私が秀臣さんを父だと思い込んでいたか、その発端はこうです。

私が3歳の時の6月に秀一さんが生まれました。寺西弁護士によるとこの時から私を秀臣さんの娘と言う事にしようと朝霧家の間で話を決めたそうです。秀長はこれについて全く異論はなかったそうです。と、言うより彼の関心は専ら未来の跡取りとなる秀一さんに夢中になっていたため、自分が寝盗った女とその子どもの事など眼中に無かったのです。その正妻の方はと言うと、『誰?遥って?私とは何の関係もないでしょう?二度と私にそんな話しないで!』と撥ね付ける始末。

私は覚えてないのですが実はこの年の8月に私達母娘は京都にある朝霧家の別邸に呼ばれていました。そこで初めて寺西弁護士と出会いました。呼んだのは秀臣さん達夫婦でしたが、そこに立ち会う形で当時の帝人の代表弁護士だった穴瀬先生と、その頃まだ助手の様な立場だった寺西先生が同席していました。二人は法人黒霧会の顧問弁護士でした。本来なら幼いと言えどこうした会合を開く事になった原因である私は最初だけでも朝霧夫妻に顔を見せた方が良いと寺西先生は予め提案して、穴瀬先生も受け入れたのですが、実母と秀臣さんの妻の強い意向で私は家に上がるとすぐ朝霧家の家政婦と共に別室へ連れて行かれました。理由は簡単なものです。

『あくまで世間体への繕い方を模索するためなので、顔見せなんて必要性を感じないから。』

そこで隠し子不在の中、話合ったのは、一つ目は私が成長した時に父親が誰なのかを聞いてきた時の答え方の確認、二つ目は引き続き私を沙織の元で育てるかあるいはどこか他所の家へ里子に出すかどうか、三つ目は沙織の元で育てて行く場合の私の養育費についての三点でした。

まず一つ目の議題です。

秀臣さんは前もって秀長に私に父親の名乗りをするか意思確認をしていたのですが、これもまた至って簡単でした。

『全てお前に任せる。儂のかわいい孫が出来た以上、もう()()は不要だ。二度とそれを口にするな。表沙汰になれば世間が許さんからな。』

しかしいくら世間から除け者にしたくても、この母娘をあまり邪険にしては朝霧家に報復しないとも限らない。この子の実の父がだめなら正確には兄の立場であっても自分が形だけでも『父』と名乗って経済的支援をしてやろうと、やむを得ず秀臣さんは弁護士達にそう申し出たと言う事です。日本を代表する名門医科大学の理事長に隠し子がいて、その過程が公になれば朝霧家に傷がついてその跡を継ぐ自分にも秀一にも影響が出る、そうなるくらいなら年も親子ほど離れている事だし今のうちにこの幼女には父親は朝霧秀臣なのだと刷り込ませた方が幾分かはましだと考えての、秀臣さんの決断でした。

二つ目ですが、意外にも養子に出す案は沙織が固辞しました。私は母からはおよそ愛情らしい愛情を受けた事がありません。何せ望まない子でしたから。それなら手っ取り早く養子縁組で私を手放してくれれば良かったのに、母はそれを選びませんでした。これは私の想像ですが、たとえ里子に出したとしてもどの道成長すれば私がルーツを知りたがらないとも限りませんし、そうなるくらいなら自分があえて幼いうちから私を冷遇しておいて、自発的に親元を早いうちから去ってくれたら願ったり叶ったりだと考えたのでしょう。

三つ目は、都内でも有名な私立小学校に通うなど、朝霧家の子どもほど―秀一さんには二人の姉がいました―手厚くはしてやれないが、最低でも義務教育を受けるのに不自由しないくらいの工面をしてやるとの事でした。

…余談になりますが、なぜ私が大人になった今でも寺西弁護士を慕うのかお話しておきましょう。あの人はずっと独り身で、弁護士として長年法の世界に身を捧げてきました。しかし私はあの人に実の母以上の御恩を感じています。初めて会ったその日から。…蛇足ですか?」

「蛇足なものか。」

天谷は身を乗り出した。

「俺が聞きたかった話題の一つだからな。」

天谷の目は輝いていた。さすがの彼も、遥と寺西弁護士の関係のきっかけまで知ることが出来なかったからだ。

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