禍々しき出自
その翌日の夜に、私は当時まだ帝人法律事務所にいた寺西弁護士と会いました。なぜ、今まで父親をすり替えていたのかを聞くために。
事務所の最寄り駅で待ち合わせして、予め寺西先生がとっておいた高級ホテルにある会員制バーへ行きました。なぜそこにしたのかと言うと前日に私が電話で『空模様の話がしたい。』と伝えたからです。この言葉は秀長が亡くなった時に先生と決めた合言葉でした。大げさかもしれませんが、誰がどこで聞いているのか分からないので露骨に『朝霧家の…』と言えば、大変な事になるし、私の存在は朝霧家の血縁者の中でも限られた者しか知らないから、と言うのが寺西先生の意見でした。
個室の席に着くと私は先生に言いました。
『これから私が話す内容に、腹を立てないで欲しい。』と。
しかし…マ、いえ寺西先生は何もかもお見通しでした。
『腹立てるも何も、あの朝霧の秀一が遥んとこの会社に転がり込んで来たんやろ?何かされたんか?』
そこで私は、秀一さんと男女関係にあった事を伏せて、ひょんな事から私の父親が秀長である事を聞いたのだが、本当かと尋ねました。…ですが…ダメですね。あの人を見くびっては。私は何もかも見透かされていました。
『正直に言ぃ、遥。お前は秀一が好きなんやろ?最初は赤の他人のつもりが血の繋がりがあったと知って、それでも知らん振りしてアイツと寝たんとちゃうか?』
この言葉は私の胸をグサリと突き刺しました。
『どうして、それを?』
『昨夜アイツのオカンから聞いたんや。息子が結婚するにあたって今まで伏せとった事実―つまりお前の存在―を言いに行こうと息子のアパートに向かう途中、遠くでお前がアパートから出てくるのを見たってな。すれ違いざまに顔を確認したら、やっぱりジイさんの隠し子やったと。部屋に入るとお前の香水の匂いが漂ってたさかい全て分かったそうや。あの瞳はつけへんからな。えろうカンカンになって息子問い詰めたら、お前を家に入れたんは認めたけど寝てはいないの一点張りやったそうや。絶対嘘やと思たけど確かめようないから私にクギ刺して来たんや。アホな事せんようにお前の監視きつうしとけってな。』
『そう…だったのね。私が盗み聞きしてたのも知ってた?』
『全然。もしそうと知っとったら大声であんな事言うかいな。』
『それはそうだけど…でも、どうして?ママは今までずっと私は秀臣さんの娘だって言ってきたじゃない?秀一さんの母親とどっちが正しいの?私は誰を信じたら良いの?私、騙されてたの?』
『遥!』
『弁護士会の女帝』の異名を持つ寺西弁護士の、あの困り果てた表情を見るのはあれが初めてだったかもしれません。
『ええか、遥。よお聞き。もうアンタも立派な大人や。いつか話さなあかん思て、でもこれまで用心して外に漏らさんように気ぃ付けてたけど、やっと話さなあかん時が来たな。どや、一本やるか?』
ここで初めて私は自分の本当の生い立ちと、実の父である朝霧秀長について詳しく知りました。
朝霧家は代々医師の家系で、東京に黒霧医科大学の本部があるだけでなく国内外にあるいくつもの系列校や病院を経営していました。朝霧秀長は政財界にも顔の利く人物で、あなたのいた警察に対しても黒を白に変えさせるくらいの影響力を持っていました。私はほとんど会うことはありませんでしたが、その人となりは良く言えば初志貫徹がモットーのやり手のリーダー、悪く言えば計算高い利己主義者だったと言います。
私の母、沙織は黒霧医科大病院の看護師でした。決して裕福ではなかったのですが死にものぐるいで勉強して看護師になった矢先に、彼女は夜勤の際に当時の理事長だった秀長に部屋に呼び出されて…何とも不本意な妊娠をさせられたのです。しかも、秀長は勝手に子どもを堕ろされては困ると言う事で自分の経営する地方のマタニティクリニックの病室に沙織を閉じ込め、そこの医師や看護師達に24時間監視させながら私を出産するまで拘束したのです。そこのクリニックは富裕層御用達の所で表向きはとても高待遇で、沙織は理事長の懐に上手いこと入り込んだものだとまで言われました。
しかし、沙織本人の精神状態はボロボロでした。当時遠距離交際していた恋人から『裏切り者!』と関係を切られ、親ほど年の離れた秀長に無理やり犯され、中絶も出来ないまま全く欲しくもなかった赤ん坊を産み落とす羽目になったのですから。さらに泣き面に蜂で秀長は生まれた子が女だと知るや、それきり私達に会うことはなかったそうです。
秀長は完全なる直系男子至上主義でした。その頃秀臣さん夫婦になかなか男の子が生まれず、悩んでいたと言います。沙織の妊娠が分かると、秀長は秀一さんのお母様に向かって上機嫌でこう言ったそうです。
『安心しなさい。お前に代わってウチの跡継ぎを孕んでくれる女が見つかったぞ。そうなれば家庭会議でも開いて女っ腹のお前の処遇を考えねばならんなぁ、ガハハハハ!!』
蓋を開けてみれば、行きずりで妊娠させた女に期待していた跡継ぎは生まれず、ちゃんと息子夫婦に生まれてきたわけですから秀長は一切の罰を受けることなく安心して晩年を過ごし、天寿を全うしました。」
膝の上に両手を組み、俯きながら話していた遥はここで言葉を切ると、上にのせていた右手の爪を立てた。当てられた左手の甲の皮膚にグリグリと爪が食いこんでいく。
「一旦飲め。紅茶が冷めてしまうぞ。」
命令するような口調で、天谷は自分の入れたアップルティーを遥に勧めた。




