振り回されて
「それがこれなんだな。」
天谷はベストの内側に隠していた茶封筒を取り出し、その中から一枚の紙を出してテーブルの上に広げた。
それは、亡き朝霧秀長氏と城戸遥が99%血の繋がった親子である事を示すDNA鑑定結果だった。
遥は一瞬、悲鳴をあげそうになったが、すぐに抑え込んだ。
「あなた、これをどこで…あぁ、寺西弁護士からですね。」
「そうだ。君から話してくれたんで、安心して出せた。万が一君が嘘をついた時の切り札として昔の仲間に入手してもらった。」
(さすがに魔女も、自分の生い立ちは話し辛いものなんだな。確かに異様で複雑なものだ。だが自分から言い出した事だしここで中断されるのもな…。少々キツいようだが、ま、頑張って続きを話してくれ。)
天谷はそう考えながら、遥の次の言葉を待った。
(「安心した」ですって!これを出すと言うことはやっぱりこの人私の事既に隅々まで知ってるんだわ。あぁ、ママがここにいてくれたら。分かってくれるのは後にも先にもママしかいない。自分の素性が社会に受け入れられる物ではない辛さを。)
洗面所では最後まで冷静でいると固く決心したものの、遥は内心ぐらつきかけたが、また持ち直して天谷に次の依頼をした。
「あの、すみません。紙と、ペン貸して…もらえます?これだけじゃ分かりにくいでしょうから図にした方、が、視覚…的に…」
「あっちにあるから取って来なさい。」
天谷は真顔でベッドの傍にある電話台の方を指さした。そこに備え付けのメモとペンがあった。
言われた遥は唇を噛んだ。紙は本当に持ってないのかもしれないが、天谷の胸ポケットにはペンと思われる物が二本引っ掛けてあるのが見えていたのだ。しかし、彼はそれを差し出す気はないようだった。のんきな様子でお茶に誘わってきたと思えば今度は突き放した態度で応じてくる。遥は天谷に完全に振り回されていた。
ソファから立ち上がって、遥はフラフラと電話台へ歩いていき、その場で書き物をしようとした、が。
「俺の目の前で書いてくれないか。変に小細工されては困るのでな。」
居間から天谷の声。
(鬼!私がどんな気持ちでいるかも知らずに!)
外では黙って指示に従いながらも、心の中で天谷を腐した。
言われた通り遥は天谷の前で紙に何かを書いた。書き終わるとそれを見せた。
そこには系図が描かれていた。一番上には「(故)朝霧秀長」とあり、彼の名の右側に書かれた「正妻」との間を二重線で結んでいた。同じく秀長氏の名の左側から点線で「城戸沙織」つまり遥の母親を繋いでいた。
その下には、秀長氏と正妻との間の子として秀臣氏の名前が、沙織との間には「私(城戸遥)」とあった。さらに秀臣氏のすぐ下には「秀一」、そこから横に二重線を引いて「瞳」と記されていた。
「言った通り、私は朝霧秀長の隠し子です。今の理事長の秀臣さんとは異母兄妹、その息子の秀一さんとは叔母と甥の関係になります。秀臣さんと兄妹と言っても30歳以上の開きがあってむしろ甥にあたる秀一さんとの方がずっと年齢が近かったのです。何せ私は秀一さんより先に生まれたとは言え3歳しか違わないのですから。」
「別に兄弟よりも甥や姪との方が歳が近いのは今だってそう珍しい事ではないぞ。」
天谷が指摘した。
「わかってます。でもそのほとんどは同じ両親から生まれた兄弟の事でしょう?その場合甥や姪に会う事のハードルはそんなに高くないはずです。その人達の関係が良好であればね。ところが…私は生まれながらの忌み嫌われ者だったのですよ。全く歓迎される事はありませんでした。父も、その正妻も、実の母親からもね。七五三はおろか、お宮参りなども行かなかったと言います。事実小学校に行くまでの私の写真なんて1枚も存在しません。…だから、あの時は嫌で仕方ありませんでした。あの時と言うのは小学四年生の3月、総合学習で10歳を向かえる節目に自分の生い立ちを振り返ろうと言う調べ学習をした時の事です。どうしてあんな事をいちいち授業でやるのでしょう…。もちろん担任にも事情を話しましたが、とても面倒くさそうな顔をされて…。」
だんだん俯き加減になっていく遥は声が小さくなっていった。
「辛い過去の事は、話さなくて良い。」
言われた遥はハッと目を上げた。「どこから話しても良い」と言っておきがら話を途中で切り上げられた事に腹を立てたのではなく、天谷の話し方が妙にゆっくり且つ優しかったのだ。焦れったそうな響きは感じられなかった。もしそうならこんな言い方だったはずだ。
「子どもの頃の話などいいから、早く朝霧秀一の居場所を教えろ!」と。
むしろ遥にはそう接してくれる方がありがたかった。
大声をあげ、テーブルを叩き、脅し文句の一つや二つ浴びせて話を聞き出してくれた方が逆にこっちもいつまでも「魔女」でいられた。鑑定結果の見せ方だってそうだ。持っていたのなら洗面所から出て来た時にテーブルに叩きつけてくれればいいのに。そして―
「もう言い逃れできんぞ。お前と朝霧秀長は親子だったらしいな。こっちは全部調べてあるんだ!さぁ正直に吐け!!」
などと言って欲しかった。それともこれらはドラマの世界だけのやり方で、現実ではこのように静かなものなのだろうか。
(分からない。この人のペースが私には掴めない。この人は私を捕まえる気があるの?かと言って、下手にこっちから何かをけしかける訳にもいかない、出来ない!)
「天谷さん…。」
頭の中ではパニックになりながらも、無意識に遥は天谷に声をかけた。
「何だ。」
天谷は返事をした。
「はじめの続きを話しますわ。これも辛い思い出である事に変わりありませんが、私と秀一さんと…その相手との結末までをね。」
「そうか、どこまででも聞くぞ。」
「そう言って頂けて嬉しいわ。では…。」
「ちょっと待て。」
天谷は戸棚の方へ行き、ポットの中にミネラルウォーターを継ぎ足し、お湯を沸かした。
「コーヒーおかわりするんですか?」
キョトンとした表情で遥は尋ねた。
「いや、君にだ。」
天谷はポットの方に向いたまま言った。
「私に?」
「あぁ、そうだ。かなり長い話になるだろう。最初の調子で君がよどみなく話せる様に何か入れてやる。コーヒーにするか?それとも紅茶が良いか?」
「ではお言葉に甘えて、紅茶を頂こうかしら?さっき『フレーバーティーがある』と仰いましたね。何があります?」
「待てよ…。ローズヒップにペパーミントにアップルだ。どれにする?」
「アップルを頂きます。」
遥は即座に答えた。




