苦しい告白
二人は互いを主語に話し始めた。
しかし、二人とも一旦口をつぐんだ。
「失礼、君から話してくれ。」
天谷が譲歩する。
「いえ、あなたの方から…。」
こういうハプニングの後にありがちな譲り合いが始まった。
「もういろいろ気付いていると思うが、自分は君から話を聞くためにここにいるんだ。どんな側面からでも良い。ただし、嘘をついたりさっきみたいに誰かを侮辱するのは禁止だぞ。」
天谷は念を押した。
(「自分」…まるでAさんみたい。そして相変わらず「君」呼びなのね。)
遥は危うくセンチメンタルになりそうな心に蹴りを入れて、言われた通りに話し始めた。最初の様に楽しい、流暢なお喋りではなく、脚を揃えた神妙な面持ちで。
「あなたがスマホで見ていらしたのは、ニュースサイトだったのではありません?確か【速報】と出ていたような。」
「よく分かったな。」
天谷は本心から驚いた。この女はちょっとした隙も見逃さない鼻の利く娘だ。薬剤師としてはこうした些細な点を見逃さない人間でなくてはいけないのだろう。それは良いのだが、時によってはその利点が厄介となるのかもしれない。今回の事件の様に。
「少し異なりますが、職業病かもしれません。薬品を扱う上で、たくさんの資料に目を通す事だってあります。それに薬によっては所定の場所になければ大変な騒ぎにだってなりますし。」
「そうなのか。では俺が何のニュースを閲覧していたかまでも当てられるか?」
「俺」…!
遥は胸が締め付けられたが、何もなかった様に努めて質問に答えた。
「『黒霧医科大学附属病院 業務上横領の罪で家宅捜査』でしたっけ?」
「惜しいな。正しくは『業務上横領・脱税の罪で強制捜査』だ。しかし病院の名前を正確に言えたのはすごいぞ。」
そう言われた遥はテーブルに目線を落とすとフフッと微笑した。照れていたのではない。
「天谷さん、もういい加減やめません?あなたからそんな事言われても皮肉にしか聞こえないわ。 実際そうなのでしょうけど。既にいろいろお調べになったのでしょう?私がどんな生い立ちで、身内…にあてはまるのか分からないけど誰と血が繋がってるのかと言う事も全て。どこから聞きたいですか?」
遥は今までの人を食ったような表情ではなく、迷っているような顔で天谷の顔を見た。
「君が良ければ背景事情からでも良いし、今回の事件のみ話してもらっても構わない。これは警察の公式な取り調べではないからな。寺西弁護士から聞いたと思うが、俺はもう警察関係者じゃない。なので君自身の事も、A夫妻の事件の事もはっきり分かっていないんだ。」
頬杖を解いて腕を組みながら彼は嘘をついた。あえて知らない振りをして遥に自供させたかったのと、もし本当に事実を前もって調べていなければこのような事は実現出来なかったからだ。
「そうだったんですね。分かりました。私、こういう話はあまり得意ではないのですけど…。」
遥は少し迷った後、正面を向き演説するようにはっきりした口調で打ち明けた。
「先に言っておきますが、最初のA…もう隠すことありませんね。朝霧秀一さんとの思い出話の中に嘘は一切ありません。私が彼の事を好きになって男女関係にあった事も、彼の結婚を知っていた事も。でもそれは…後で知ったのですが大変不本意ですが不適切なものでした。でも、それは変え難い事実として受け入れなければならなかったのです。たとえ、秀ちゃ…いえ秀一さんが奥さんと出会うよりもっと早く私と出会えたとしても。」
「そうか。それはつまり…」
天谷は眉一つ動かさずに言おうとしたが、遥は手で待ったをかけた。
遥は居住まいを正し、少し咳払いした。
「失礼。もしかすると、勘違いをしてらっしゃるかもしれませんので。ひょっとすると私の事、そこの病院の現在の理事長の娘だと思っていませんか?」
「違うのか?」
「…違うんです。私も…最近まで…そうだと、思い込ん…でたのですが。」
震える声で遥は言った。その後、彼女は息が荒くなり言おうか言い出すまいかで葛藤している様子が天谷にもわかった。
「あまり無理しなくて良いぞ。」
天谷は注意深く遥を見守った。
「無理……していません。」
遥はテーブルに目を伏せながら応えた。この様子から、寺西以外の人間にはほとんど知られていない事なのだろう。
落ち着いてきたのか、遥は再びテーブルの向かい側にいる相手の顔を見た。そして久しぶりに声を出すかの様に一語一句声を絞り出して言った。
「私の、本当の、父親は、朝霧、秀長。6年、前に、亡くなり、ました。…つま…り、今、の、秀臣、理事長、の、お父、様です。」




