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滅ぼしの醸成  作者: 藤野彩月
第三部
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求めてるもの

寺西からの電話を切った後、弱った遥はしばらく洗面所から出なかった。

(いつかこうなる事は分かってた。でも、こんな形で白状させられる事になるなんて想像してなかった。てっきり外を歩いていて、あるいは家のインターホンが鳴って連行されるものとばかり…。)

遥は力ない目付きで大理石でできた洗面所とその傍らにある浴槽を見回した。天井にはほんのりとした橙色の光を灯す丸い照明があった。

(何の因縁かしら?前にも訪れたこの部屋、今でもはっきりと覚えてる。あの人はわざとこのホテルを選んだの?だとしたらどこまで私のことを調べたの?どうしてあえて私に喋らせようとするの?ママから何も聞かなかったの?)

寺西から天谷の事を聞いても、遥はまだ納得いかなかった。

あのおじさまは堅物ぶったサディストだ。どうしても私が感情をあらわにする所を見たいのね。

(でも、思い通りにはさせない!私も良い大人。最後まで冷静さを貫いてやる!)

遥はキッと鏡の方を向いた。そこに映るのは今まで通りの良心の呵責を感じた事のない、他人に対する憐みを持たない魔女の姿だった。遥の目は力強さを取り戻していた。実際この期に及んでも、彼女には今まで自分がしてきた事やその被害者らに対する罪悪感の気持ちは微塵も感じていなかった。

いや、たった一人だけ感じていた。遥はあまりその事について考えないようにしていた。考え込んでしまったらそこで終わりになってしまう。決して感情を出してしまってはならない!どこまでも、何を言われても淡々としていなくては!

ママの言われた通りにしよう。そう決心すると、遥はそれまで着けていたネックレスを外してドアの方を向き、3分程じっとしていた。迷っていたのではない。どこかで待っていたのだ。外からドンドンと言うノックと共に天谷からこう急かされるのを。

「いつまでそこにいるんだ、さっさと出ろ!」と。

あの「君にそんな事言う権限はない!」や「神田仁についてはどうなんだ!」と怒ってくれた時の様に。

そんな微かな期待を無視するかの様にドアはいつまでも静かだった。遥はがっかりしたようにため息をついた。そして自分でドアを開けて居間に出た。

今度は遥の方が拍子抜けした。こともあろうに天谷はカーテンを閉めた窓側のソファに座って備え付けの戸棚にあったドリップコーヒーを嗜んでいたのだ。お湯は元々冷蔵庫にあったミネラルウォーターを使ったようだった。

「電話は済んだか?」

持っていたカップをコースターに置き、黒縁の小さなレンズの眼鏡越しに上目遣いで遥を見た。それまで天谷は裸眼だった。テーブルの上にスマートフォンの画面が光っているあたり、老眼鏡かブルーライトカットの眼鏡なのだろう。だがそこには例の封筒はどこにも見当たらなかった。

この瞬間、遥は見逃さなかった。天谷がスマホで何を閲覧していたのかを。

「君も飲むか?フレーバーティーもある。さすがRホテルのスイートは違うな。なかなか上等だぞ。」

天谷は戸棚の方を見やった。その姿はさっきよりも緊張感が薄らいでいるように見えた。

遥は返事に困ると同時に腹立たしさを覚えた。こっちは事件の捜査対象として覚悟を決めて出てきたのに、天谷の緊張感のないむしろ余裕のある姿を見せつけられたのが却って癪に障ったのが主な理由だが、最初を除いて彼がちっとも自分の名前を呼ばない、いや呼んでくれない事にもイライラしていた。「君」と言う年下なら誰にでも通用する記号めいた呼び方は嫌だった。そっちから先に本名を呼んでおいて、ずるい男と遥は心の中で叫んだが、表には出さなかった。

「いいえ、結構です。」

遥は冷たく答えて向かい側に腰掛けた。

二人の様子は、完全に先程とは逆転していた。

天谷はリラックスした様子でコーヒーを味わい、遥はそれを楽しむ余裕もなく話を切り出すタイミングを窺っていた。

天谷は眼鏡を外してテーブルに置き、スマホを胸ポケットに仕舞った。そして右手で頬杖をつき、遥を見た。

(やっと話す気になったか?)

彼の黒い瞳はそう問いかけていた。それは元警官として相手を追及する気満々の眉間に皺寄せた厳しい目付きではなく、父親が自分の幼い子どもに「怒らないから話しなさい。」と優しく諭すような態度そのものだった。

一方で遥は天谷のこうした態度が辛かった。今は違えど元は捜査一課にいたのだから、さっきまでの調子で自分を厳しく取り調べればいいのに。

どういう理由で辞めたのかは知らないけど、真相を突き止めたい執念でここまで来た男。警官ではなくなった今、その気になれば恫喝などの荒い手を使って自白させても処分される事はないのに、そんな手段はとらない男。逆に遥にはどう接したら良いのか分からなかった。今まで男性からこんな風に応じられた経験が無いに等しかったから。職場、大学、そして高校以前。そこで「上司」や「先生」の立場にいた男は下卑た目的で遥に近寄って来たのがほとんどだった。

(そんなに優しい眼差しで見ないで。私はこういう事に慣れてないの。とりあえず、話せば…いいのね?)

遥は戸惑いの汗をかきながら、何とか口を開いた。

「あなたが…。」「君は…。」

偶然にも、二人同時に声が出た。

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