寺西弁護士の言い分②
「それは5年前の夏に発覚したあの医療機器メーカーによる不祥事ですね?」
名嶋は確認した。
「せや。ざっくり言うと当時のそこの開発部長やった相模原幹弘が主導して最新の癌のレーザー治療機の実験データを都合ええように改ざんしたヤツや。その治療機は黒霧医科大と共同開発した鳴り物入りの製品でな。しかし、あのレーザー治療機には癌細胞だけやのうて正常な細胞にもエラい悪影響を与えてまう物やったんや。そんなんはメーカー側による実験でも出とったから市場に出すのに反対やった者もおった。しかし、相模原はセッセと都合悪いデータを隠蔽してそれでも文句言う人間は次々切り捨てていきよった。自分は大きな商売を成し遂げたとして上から認められ、本社の重要なポストに就いといてな。そんな悪事を明るみにしたんが遥やったんや。当時あれは薬剤師の国家試験に失敗してしもて、知り合いのツテで一年メーカーの支社の相模原のおる部署に勤めとったんや。遥は正面切って相模原を責め立てる事はせず、逆にアイツを丸め込んで、それを利用して改ざんの証拠となる資料を集め、ウチに相談してきた。幸い、医療機器総合機構が承認を取り下げたため実際の治療には使われんかったけどな。もし遥が言うてこんかったら、そらもう悲惨な事になったやろな。あの子が多くの癌患者の命救ったも同然や。」
「しかし、城戸も必ずしも清廉潔白とは言い難いですよ。彼女は相模原氏を正当な方法で告発しただけでなく、不適切な男女関係を結んだ挙句家族をも巻き込んで大きな傷を負わせました。確かに彼女は労働法上は保護されて、通報後も何の問題もなく同じ職場で働けるでしょうよ。でも人として…。」
「あーもー、アンタら探偵事務所でも開いたらどや?そんなもんは警察の範疇とちゃうやろ?」
寺西は園谷の話を遮り、手で追い払うような仕草をした。
「知っとるか?私ら弁護士が最も敬遠する依頼は離婚訴訟、もっと言うと不倫に対する慰謝料の請求や。相続問題みたいなソロバン案件ならまだしも自分とこの配偶者が寝盗られた言うだけでビービー泣き喚くわ、相場からは有り得ん慰謝料の額要求するわ、もっとタチ悪いんは配偶者は許すけどその愛人を社会で生きていけんようにせぇ言われた事あるって知り合いらからよぉ愚痴られたもんや。こっちからハッキリ言わしてもらうと『アホちゃう?』としか出てけぇへん。んなもんペットやあるまいし、盗られたから言うて窃盗罪になるわけでなし。私から見てお宅の旦那・嫁が他人の一人や二人と遊んだから言うて何をそないに発狂せなあかんのん?ウチの親父も判事やったけど、よう芸妓やバーの女と遊んどったモンや。当時はソレが許されとったからな。せやけど母は露骨に怒り狂う事はせんかった。腹ん中は知らんで。けど今でも覚えとるのは母がよく『どれだけ外で遊んでても、デンと構えとったら必ずお父ちゃんは帰って来る。』と言うとった事や。事実、最期まで添い続けたからな。あれが強い絆で結ばれた夫婦ってなモンや。そこら辺の束縛したいだけのカスとはワケがちゃう。」
この時、既婚で子持ちの園谷は刑事として表には出さなかったものの、腸が煮えくり返らなかったわけではなかった。この人は東大法学部卒のエリートなのかもしれないけど、子どもでも分かる事が理解できない、しようともしないとんでもない阿呆だ。女帝だか知らないが所詮この婆さんも城戸と同じ穴のムジナなのだ。
言い終えると、寺西はジャケットのポケットからシガレットケースを開けて一本取り出した。すぐに園谷が咎める。
「生憎ですが、ここは禁煙となっておりまして…。」
「喫煙所は?」
「数年前から撤去されて、今は敷地内全面禁煙です。」
園谷に諭され、寺西はタバコを腹立たしそうにケースにしまった。
「けったいな時代やのう。ささやかな楽しみは何でも規制規制。しかも内情をよく知らん外野の者に限って喜んでやる。挙句純白にこだわるあまりちょっとでもシミつけられるとすぐに流血沙汰起こしよるヤツもおるし、かなわんわ。『もとの濁りの田沼恋しき』や!」
「あなたと城戸が固い絆で結束した仲なのは十分伺っております。ですがね寺西弁護士。」
待ちかねたと言う様子で名嶋は話し始めた。彼は相手が弁護士だからか、班長でありながら相手のまくし立てに気圧されてしまう嫌いがあった。
「あなたは半年前、この男に偽のダイヤを譲渡しましたね。しかも本物だと言う鑑定書付きで。」
言いながらタブレット端末に映った神田の写真を見せた。満身創痍になる前のものだ。
「はぁて、どうなんやろなぁ。年のせいか記憶が曖昧でなぁ。」
寺西はまじまじとディスプレイを見ながら言った。口調からして本当に記憶が曖昧なのではなく、弁護士として追及をかわすための戦略を踏襲した反応であることが名嶋にも見てとれた。
「先日、神田から供述を得ました。何もかも失った神田は強盗や空き巣を繰り返すまでに落ちぶれ、ある日あなたのいた帝人法律事務所へ押しかけたそうですね。目的は勝手な理由で自分を捨てた城戸の現在の職場と住所―相模原悦子の事件の後すぐに転居した―をどうにかして聞き出すため。もちろんあなたはそう易々と教えるわけもなく、場所と日を改めて落ち合う約束をして帰した。そしてあなたは『これで借金返せ』などと言って神田に本物なら5000万以上はする10カラットのダイヤモンドを手渡した。しかしそれはダイヤに似せたビーズで、うかつにも神田は自分で買取店に出さずにサラ金業者に直接渡しに行ってしまった。早く取り立てから逃れたい一心で。結果、1000円にもならないブツを掴まされて激高した従業員―早い話がヤクザ達―は神田を殺す勢いでリンチにかけた言う事です。神田曰く、ビルの一部にされそうになった所を一瞬の隙を見つけて脱出したそうですが。以上が神田から聞いた一連の話です。」
後藤の報告を聞いても、脚を組んで両腕はソファの背もたれに掛けて座っている寺西は眉一つ動かさず目は半分閉じたままリラックスした態度を崩さなかった。話が終わると、寺西は誰に言うわけでもなくボソッと呟いた。
「『弱い犬ほどよう吠える』。犬やなしにゴキブリみたいなヤツやでホンマ!なんぼ叩いても生命力だけ無駄に強いんやからな。」




