こうはなりたくない大人?
エレベーターから出た俺が最初に目にしたものは、眼下に広がる直径数キロはあるであろう、広大な円状の大地。大半は土が剥き出しであったが、天然芝と思しきものが植えられている箇所もある。さらには小さいながらも湖や林、砂丘じみたものまであり……
「ミニ地球、って感じだな……」
「そりゃ、砂漠だけだったら水をメインで戦う人は圧倒的に不利だし、土中の鉱物を使う人に海だけのフィールドじゃあねえ」
ノリはチケットに記された座席が、このだだっ広いドームのどの辺りにあるのか的確に把握しているらしく、何一つ確認せずに歩みを進めていく。
フィールドに目を向けてみれば……
「……飛んでる」人が……飛んでた。
ロケットをしょっている訳ではなく、グライダーみたいなもので滑空しているのでもなく、剣らしきものを持った人間が宙に浮いているのだ。
なんだこれ、どんなトリック使ってんだ? ピアノ線で吊るしてんのか?
「貴方でもそういう顔、するんだ」
「ホント、旦那がそんなたまげた顔しているとこ、初めてみたよ」
何言ってやがる、人が空飛んでんだぞ、これにたまげずに何にたまげろと?
空飛ぶ人間は、右手に持っていた剣の切っ先を林に向け……林が、いきなり爆発した。
何をしたのだか俺にはさっぱりわからんのだが、そうとしか表現の仕様がない。
爆薬を地面の中に埋め込んだ演出か?
爆発がCGというのは、なさそうだ。微かな振動が足元に伝わってきていたから。
「お、おいっ……!」
「ん? どしたの旦那、顔青くして? 具合でも悪いの?」
つうか、何でコイツ等はこんな平然としてられるんだ?
「マジで大丈夫なのかよ? あんなド派手な爆発が何度も起これば、建物自体が」ぶっ壊れる、ってことも……
「ああ、そりゃないない。試合見に来るたびに死んでちゃ割に合わないよ。いくら保険があるったって、蘇生の費用だってバカにならないんだから」
また爆発。しかし、音は周囲の観客の歓声にかき消されて耳に届かない。
林の中から赤い光が放たれた。炎と言う名の、一際熱い光が幾条にもわたって、空飛ぶ人間を打ち落そうと空を駆け上がる。
空飛ぶ人間は、先程と同じように剣の切先を炎に向ける。たったそれだけの事で炎が鎮火したのにも仰天したが、全てを迎撃出来ないと見るや、そいつはあっさりをその炎をかわしやがった!
空飛ぶ人間の後ろには、たくさんの観客が……っ!
俺はこの後に起こるであろう大惨事を直視出来ずに目を瞑り……悲鳴が聞こえてこない?
「何してるの?」
何が起こったのかと目を開けると、アイツは僅かに眉をしかめ、俺を訝しげに窺っていた。
炎が撃ち込まれたはずの観客席には、変わらず熱狂中の観衆がチケットを握りしめ、フィールドに視線を、あるいは中空にある巨大スクリーンに映された二人の人間に歓声を送っている。
「ま、こんな感じで、電磁場の見えない障壁が四重に施されているんだよ。だから安心して観戦出来るってこと」了解、旦那? とノリは笑っている。
「いけぇぇぇ、そこだぁぁぁ、ぶっ殺せぇぇぇぇぇっ!」
背後から、選手に向けて送られたであろう一際物騒で、やかましい声に苦笑しつつ歩みを進めようとすると、
「……なんでケンがいんのよ」
珍しくしかめっ面なノリの顔が目に入った。
その視線が向ける先にはチケットを握りしめたバットさん。
目は充血しており、嫌そうに見上げているお客さんを無視しつつ右足を前の席に行儀悪く踏み出し、絶叫している様を見ればノリがしかめっ面になるのもわかる。
よくよく見れば隣の席ではナガイさんが瞼を閉じ、憮然とした様子で両腕を組んでいる……いや、ピクリとも動かない事から判断すると寝ているのか? でなけりゃさらにその隣で騒いでいるであろうアツシとのダブルパンチを凌げる訳がない。
アツシがこちらを向いた。
周囲の歓声にかき消されて何を言いたいのかはサッパリわからんが、スゴイ速さで口と腰が連動していた。
ノリは自分達の席へ急ごうとしているが、さすがに無視するのはいただけないだろう。
「俺、挨拶してくるわ。俺達の席ってどの辺?」
ノリはこちらから見て左上方にある空席を指差す。
その真上は特等席なのか、こちらも空席だが造りが大きく、椅子というよりソファと言った方が適当だ。加えて重力制御がなされているのか、地に足がついていない。すぐ隣には高級そうなワインを持った執事さんが控えている事から判断しても、かなり高い席なのだろう。
「どっちだ? 普通の席? それとも豪華そうな方か?」
「普通の方。んじゃ、あたいは先に行ってるから」
そう言ってノリは一人で歩きだし……一人?
「オマエはどうすんの?」
「バットさんに挨拶するんでしょ?」
ああそうか、バットさんがコイツの担当の医師なのか。というか、人間の医師は少なさそうだから、院長のバットさんも患者を見なけりゃいけんのだろう。
納得して頷き、人込みを掻きわけて三人の元へと向かう。
バットさんは応援している選手がやられたのか、パーマのかかった髪を掻き毟り、頭を抱えて奇声を発している。ナガイさんはその奇声で目を覚ましたらしく、軽く頭を振っていた。
アツシは俺の後ろの辺りを凝視し、顔を青くしている。あぁ、アツシはアイツに関わりたくないって声高々に宣言していたしな。アツシの口が重くなるのであれば丁度いい。
そんな状況だったから、俺が会釈しても返答してくれたのはナガイさんだけだった。
「初めて見るサイコ・トーナメントは如何ですか? 私は正直あまり好きではないのですが」
「好き嫌いって言うより、びっくしりしましたね」
人が空飛んでんだから……
ナガイさんはアイツに向かって軽く目礼をし、スーツの胸ポケットから名刺を取り出す。
「お初にお目にかかります。私、アルファード社に勤める……」
「ななななななんで自殺令嬢がいるんだよぉぉぉまたなんか変なこと起こるの巻き込まれるの嫌だよぼくは平穏無事がモットーなんだ!」
アツシはアイツを指差し、口から唾を飛ばして腰を左右にカクカクと動かし始める。
ここまで堂々と言われると、言い繕う気も失せるのだろう、ナガイさんは大きく嘆息。
俺個人としては、陰口叩かれるよりはずっといいんだけどな。
まぁ、アイツが眉ひとつ動かしていない事から判断しても気にしてはいないのだろうし、この場では、アツシは空気として扱おう。たった今俺はそう決めた。
アイコンタクトが通じたのか、ナガイさんが気を取り直したように名刺を再度差し出す。
「改めまして。私、こういう者でございます。以後、お見知りおき……」
「バットさん、ずっと叫んでいるのは、喉によくないと思うんだけど」
が、アイツは名刺を差し出しているナガイさんを無視してバットさんの肩を叩いている。
「うっせぇぇぇぇ、畜生ぉぉぉぉっ! パンサーの野郎、どうして俺が賭けた時に限って負けやがるんだよぉぉぉっ! ぬぉぉぉぉぉぉっ!」
大敗したのか、叫ぶだけ叫ぶとがっくり肩を落とし、バットさんは真っ白に燃え尽きていた。仕事を終えて着替える暇もなかったのか、よれよれの白衣が余計に哀愁を漂わせていた。




